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成敗

草木も眠る丑三つ時、果たし状を手に、拓真は渡月橋へと向かった。

            2


果たし状にはこうあった。


笠原 拓真 殿


   午前二時にて、渡月橋にて待つ。


成敗屋


妙に達筆な墨字は、その内容の厳粛さを際立たせ、拓真の恐怖心を煽る。あまりにも内容が素っ気なさ過ぎて、様々な憶測と妄想が、頭を駆け巡った。

先輩が依頼したのか。行けば何をされるのだろう。行かなければ、こっちに来るのかもしれない。午前二時に家に来るのか、そんな心配が拓真の頭をかすめる。

「親父もオカンもおるのに、殴り込まれんのは、堪忍やな…。」

大体、なんで、部外者に介入されねばならないのか。そもそも、これは、俺と部活の先輩の問題じゃないか。

拓真にかすかな憤りが芽生えた。こうなったらガツンと言ってやろう。部外者が口を挟むな、文句があるなら本人に言わせろ、と。そうだ、この際この問題にケリをつけてやろう。今までは、自分がわずかに秀でていたのに酔っていた自分を責めていたが、その文句を、報復を、部外者の第三者が行うのは、明らかにおかしい。

拓真のかすかな憤りは、律、とした決意になっていた。


午前二時。何分歩いただろうか。嵐電 京福電鉄の路線沿いに帷子ノ辻から徒歩三十分、嵐山、渡月橋に着いた。辺りは奇妙なくらい静かで、たまに通る車の音と桂川の流水の音色しか聞こえない。拓真は、果たし状を片手に握りしめて橋の真ん中に立つ。とは言っても、歩道の真ん中であるが。例の成敗屋はまだ来ていない。


草木も眠る丑三つ時。文明が発達し、夜でさえも人が活動するようになった現在、夜中の静けさは昔より騒がしい。それでも、道路の少ない地域では人がいない分、昼間との差は大きい。そして、その静けさは、拓真の第六感を敏感にした。

「誰や!」

振り向いて叫んだ拓真に対し、影はなにも言わず、ぬうっと立っている。

その影はパーカーを深く被り、その奥から鋭い眼光が拓真を捕らえている。黒い袖を通した左手には鞘におさめられた日本刀が握られていた。

「お前が、成敗屋か。」

パーカーの影はこくりと頷く。

「誰が以来したんや。それでもって、ジブンは何者やねん。」

拓真が詰め寄ると、相手はフードを取りながら言った。

「質問が多すぎ。」

高い声と共に現れたのは、端正な顔立ちをした…

「…女?」

「あぁ、もう。これで十五回目!何回男と間違われればいいわけ?」

「いや、フード被っとったら誰かて間違えるやろ。」

「顎は?顎と鼻でわかるでしょ!」

「わかるか!」

なんやこいつ。拓真は拍子抜けした。「パーカー侍」なんていうものだから、てっきりガタイのいいマッチョメンがやって来るのか、と怯えていたが、少し背が高いだけの女じゃないか。こんな奴に成敗されるなんて、たまったもんじゃない。

「それで、なんで俺は成敗されなあかんのや。」

「…ホントは、成敗しちゃってから言うのが決まりなんだけど、今やっちゃうと、流れがなぁー。まあ、いいや、今回は特別。やる前に教えましょう。」

少女はそう言うと、改まった顔をして言った。

「笠原 拓真、あなたは半年前、都坂高校映画研究会、通称『シネミヤ』にて、一年生にして、その非凡な技術をみこまれ、重役を任されたものの、挫折。その責任を負うのかと思いきや、すべての責任を放棄し、退部した。残された部員たちは貴方の空けた穴の修復と、尻拭いをさせられ計り知れない損害と迷惑がかかった。よってこの場で成敗させてもらう。」

「商売文句かなんか知らんけど、悪いのは、俺を勝手に起用した先輩らやろ!確かに役者志望で入部したけど、それは演劇部が無かったからや。初めは俺も先輩も、同じ演技やからって映画と演劇の違いをあまくみとったわ。せやけど、演じていくに連れて、わかってくんねん。映画と演劇は違うんやって。せやのに、脚本やカメラ、監督、さらには、おんなじ役者の連中でさえ、気付けへんかった。早い段階で経験者の先輩が気付いて、他の奴と役を代えとけばよかったんや。俺は悪くない。全くわる―」

「黙れ。」

いつの間にか少女は刀を抜いて、切っ先を拓真の土手っ腹に叩き込んでいた。

その表情には烈火の如く激しい怒りが現れていた。

「カメラマンはね、役者の大胆な動きを追うのに必死なの。役者は監督の考えた流れに、どう乗るかを時には身を呈して考えて、他の役者と協力して演じないといけないの。監督は脚本にそっていくだけじゃなくて、その内容をあるときは泣く泣く省いてでも、作品を上手に作り上げていかないといけないの。そして、脚本家は自分の想像した世界をただ書いていくような仕事に見えるけど、例え心血を注いで書き上げたとしても、進行上の都合であっさりと切られてしまうものなの。」

「ったいなぁ。いきなり暴力かえ!」

「皆、苦しいし、皆つらいよ。でも、その辛さは本来、皆のチームワークで乗り越えるもの。だけど、あんたはその辛さから逃げるどころか、本来あなたが負うべき責任を押し付けたじゃない。残った部員の負担に比べたら、そんな痛み、たいしたことないでしょ。」

「何やとぉ?」

拓真は激昂して、少女の胸ぐらを掴んだ。

「放しなさいよ、ヘンタイ。」

「もういっかい言うけどなぁ、俺は自分から進んであの役を引き受けた訳やないんや!先輩が勝手に―」

「あなたのためだったのよ!」

「はぁ?」

「脚本をを担当していた、望月 怜はあなたの才能を4月から見抜いていたわ。それで、あなたの才能を伸ばせる脚本を書いたの。」

「…依頼人は望月先輩やったんか。」

「ええ、そうよ。だけれども、あなたを主役にした脚本は当時部長だった監督に却下されたわ。それでも彼女は諦めなかった。上級生を主演に当てていきながら、出来る限り、あなたにとって今後に繋がるような役にした脚本を書き上げたわ。でもあなたは、そんな彼女の苦労を無にしたのよ!今、彼は得意だった脚本も書けなくなって、裏方の仕事に埋もれているのよ。」

「それやから、何や。俺のせいで先輩は脚本が出来なくなったから、責任取れとでも言うつもりか。」

「ええ、そう。責任をとって戻りなさい。シネミヤに。」

「なんでやねん!ふざけんな。あんな奴らのおる部活に何で戻らなあかんねん。」

バシッ

不意に、少女の一閃が拓真の脳天を叩いた。

「~!」

拓真は呻きながら頭を押さえてへたりこんだ。

「情けない。それでも男?」

「こンの、アマァ!」

「気絶する前に、これだけは言っとく。あなたはずっと避けてきたから知らないと思うけど、誰もあんたを恨んではいないし、嫌ってない。それどころか、みんな心配してあなたのこと、待ってるよ。」

何を言ってるんだ。拓真は痛みに耐えながらその言葉を噛み砕いた。意味がわからない。どうして、あれだけの失態を犯して退部していったのに、誰にも恨まない事があろうか。

拓真は言い返そうと、少女を睨むと、

「反抗心が消えてないね。頭冷やして出直して来て。」


ズン


重々しく鈍い音と共に拓真の意識は消えた。


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