夜出
「コーヒーなんか久々やな」
ユカリは帰宅するなり、ドリップコーヒーを探し始めた。
初めて飲んだのは中学校の時。マズかった上に眠れなくなるという飲み物のどこに魅力があるのかを疑問に思ったのをユリカは記憶している。
「お母さーん。コーヒーてない?」
「最近飲んでへんからね。お金渡すから買うてきてくれる?てゆーか、あんたコーヒーなんか飲めたっけ?」
ギクリ
「別に、久々に飲みたくなってんよ。」
自転車のスタンドを蹴りながらユカリは思った。
深夜にどうやって出掛けよう?
その日の夜、ユカリが外出をするには三つの関門を突破せねば成らなかった。
一つ目は「許可」だ。ユカリは夜中に外にふらっと出かける事があまりなかった。それも一人では。吉村家の両親はそれを許すのか。これが完全にOKならば残りの関門はスルーできるのだが、許して貰える確率は極めて低い。何故なら、彼女が女の子であり、未成年であるからだ。一般的に考えれば年端もいかない女の子を一人で夜中に外出させる両親はいない。
かといって、親にわざわざ訊ねるのもリスクが高い。断られれば目を盗んで抜け出そうとするのではないかと警戒されてしまい、出ていきづらくなるからだ。
黙って行こう。
ユカリはそう決意するとコーヒー豆を適当に選んで会計を済ませた。
第二の関門は「家の間取り&母」だ。
二階建ての吉村家は物置部屋、ベランダ、そしてユカリの部屋が二階にあって一階には両親の寝室兼書斎、ダイニングキッチン、リビングがある。
階段はリビングの手前にあって、彼女が外出するときは必ずここを通らないといけない。
夜中にこっそりドアから出るのにはここがなかなかの難関なのだ。
というのもユカリの母親はかなり遅くまで起きる癖がある。深夜にやる外国ドラマを観るためなのだが、その時間帯が渡月橋に二時に着くために家を出ないといけない時間と一致しているのだ。
つまり、ユカリは母がドラマに夢中な間にリビングを音もなく通過しないといけないのだ。
そして、第三の関門だ。
これは最難関で「鍵」である。
吉村家のドアの鍵は施錠音がデカい。
特に雑音の少ない夜になるとそれは更に大きくなる。
窓から出よう。
彼女がそう決心した時にはもう家の前に着いていて、時計の針は十八時をさしていた。
買って来たコーヒーは、やはり苦かった。
口内上部を複雑な感覚が刺激し彼女の頭部に直接それが行く。
ユカリはとりあえずベッドに向かう。まだ十九時にもなっていないが、ここで寝とかないと明日はもたない。
携帯の目覚ましを0時にセットすると、そのまま、ふかふかのシーツに身を委ねた。
彼女が目を覚ましたのはそれから三時間後の事である。母親が起こしたのだ。
「アンタァ、何でこんな時間に寝てんのぉ?夕飯にも降りて来んと。」
「ごめーん!」
異様に目が冴えている。
いつもなら空っぽのお腹も不思議と満たされ、ユカリは不思議な感覚に浸っていた。
「頂きます」
よりにもよって出てきた好物のコロッケもあまり箸が進まなかったが何とかおしこんで、
「ご馳走さま」
「あら、今日は偉い早よう箸を置きはった」
「うん、何かお腹一杯やわ。」
いちいち鋭い指摘をしてくる。
軽く流して再び二階に上がった。
五時間後。
まだ目は冴えていた。
あらかじめ用意しておいたロープで地面に降りると音を立てないようゆっくりロープで窓を引っ張る。
ぎぎっと窓が軋み音が鳴る。
ユカリはぎゅっと目を瞑り家の中の音を確認する。
微かに韓流ドラマのBGMが聞こえる。
母親は起きているがドラマが終わるとそのまま意識を落とす。
いつも通りであることを祈りながらユカリは最後まで降りた。
門の金具をゆっくり上げ、軋みを最小限にとどめ、外に出る。
「っしぃぃぃ~」
ユカリは最小音量のガッツポーズを終えると、ゆっくり門を閉めた。
「…行ってきます」
少女は街灯と月明かりが照らす夜の住宅街を駆け抜け出した。




