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果たし状

初のシリーズものです。

目標は取りあえず100話達成としてます。

応援よろしくお願いします!

時は平成。


京都、嵐山、渡月橋。


桂川をまたぐ風流な橋に、たたずむ影が二つ。

静寂が彼らを包み、水の流れの音は、時間の存在を訴え続けている。

片方が口を開く。

「オマエか!ワシのトコにこんなモン置きおったんは!」

そう怒鳴る男の手には、一片の紙が握られている。

丁寧に折り込まれた封書の表面には達筆な墨字で


果たし状


もう一方の影は何も答えない。微動だにしない、その姿はまるで、蝋人形のような佇まいである。

「何か喋らんかい!」

果たし状を持った男の怒号は桂川周辺に響き渡る。

どこかで鳥が羽ばたいた。彼の声に驚いたのだろうか。

雲が動き、月明かりで橋が照らされた。

果たし状をもつ男の前にいる影の姿が月光で鮮明になる。

パーカーのフードを深く被り、右手には日本刀が握られている。その姿は若者とも老人とも、男とも女とも見て取ることができ、不気味さが一層増す。

ぎゅっ、ぎゅっ、とスニーカーが木の板を踏みながらゆっくり、間合いをつめてゆく。

すらり、と抜かれた刀は月光をまとい、煌びやかに光る。

その歩調は次第に速くなり、()を制された男に容赦なく斬りかった。


脳天に切っ先を叩き込まれた男はへたりこみ、苦悶の表情を浮かべ、あぁぁ、と哭いている。

「安心しろ。模擬刀だ。」

男の背後に抜けた影は刀を鞘に戻し、言う。男はその声に思わず振り向いた。

「…女?」

フードの中から現れた顔は月光に照らされて端正な顔立ちをより一層際立たせた。

(あき)(やま) (ごん)()、あなたは先月、通勤中にて痴漢行為を行い隣にいたサラリーマンに罪を擦り付けた。よって、この場で成敗させてもらう。」

「何根拠のないことを言うてんねん。だいいち、証拠はあんのかい!」

「あたしが見た。」

「はぁ?」

「見てたもん。あんたのいやらし~い手が被害者のお尻触ってたのを。」

「んなもん、証拠になるかえ!」

「とりあえず、自首しなさい。あの人冤罪かけられて苦しんでるよ。」

「誰がするか!」

バシッ。

抜きざまに男に一閃をかます。

「ったいなぁ!何すんねん。このアマぁ!」

「自首しなさい。」

「するか、アホ。」

バシッ。

「しろ。」

「何でおれ―」

バシッ

「何やねん!さっきから人様の頭叩き倒しおって!自首しろやと?死んでもするか!生まれつきやらしい顔しとんのが悪いんや!」

女は叩くのを止め、ポケットに手を入れた。


ピッ


《何やねん!さっきから人様の頭叩き倒しおって!自首しろやと?死んでもするか!生まれつきやらしい顔しとんのが悪いんや!》

少女は録音機を見せて、詰め寄る

「どうしても自首しないなら、この音声持ってくから。」

「そんなんで警察行ったかて、ワシはお前に暴行受けとんねんぞ。お前、あん時おった高校生やろ。ええんか?学校行けへんくなるでぇ。」

「正当防衛でしょ?いやらしいオッサンが誰もいない橋の上で女の子を襲ったんだから。」

「そ、その日本刀はどう説明すんねん?」

「拾った。十分でしょ?ここ京都だし。土産物でも十分ありえるよね?」

「…」

「警察行こっか。」

男はついに諦め、うなだれた。

「…お前、何モンや?」

女は答えた。


成敗屋(せいばいや)望月(もちづき) (れい)



           1


「また出たらしいで、『パーカー侍』!」

「何やそれ?」

笠原(かさはら) (たく)()はクラスメートの鎌田(かまた)の話題提示を無視しようとした。こいつの言うことはいつも下らない、今回も大した内容じゃないだろう。そう判断したからだ。

「知らんの?めっちゃ有名やん。」

鎌田の「有名やん。」は根拠がない。自分と家族と知り合いが数人知っていれば「有名」のようだ。ただ、こう言うということは、構って欲しい、のサインだということを拓真は知っていた。これをシカトすると後で面倒になる。仕方なく拓真は鎌田の話題に付き合う。

「知らんわー。誰なん、『パーカー侍』って?時代劇か何か?」

「違いますがな、センセェー。最近、巷で話題になってる、『成敗屋(せいばいや)』ですがなぁ。」

「成敗屋?なんやそれ?」

「まぁー、簡単に言うと、お金を払えば気に入らん奴をやっつけてくれる人、やな。殺し屋の殺さへんバージョンみたいなやつや。」

「くだらん。何やねん、それ。」

悪ふざけにも程がある、拓真はそう思った。金をもらって人を成敗するなんて、馬鹿のやる事だ。多少の力がついて、自分の力量もわきまえてない奴は、大概傲慢(ごうまん)になって喧嘩稼業や大物に挑もうとして、本物の強者、という壁にぶち当たる。そうして、経験したことのない挫折を味わうと、すぐに立ち直れなくなる。学校にもそんな奴は何人もいた。

少し知識を得たからひけらかす奴。

人より少し体力があるから、弱い奴を相手取って、プロレスの真似事をする奴。

数少ない友人に芸達者とうたわれて、要らないところでふざける奴。

そして、拓真もそんな(やから)の一部だった。

一年生の秋、文化祭で部活動はそれぞれ、出し物がある。サッカー部は焼きそばを、野球はフランクフルトをやる中、拓真の所属する映画研究会は時代劇をやることになっていた。

タイトルは、「都の剣客」。

先輩の考案したシナリオは、発表とともに、これまでにない大作になることが期待された。

都坂高校映画研究会、通称、「シネミヤ」は総勢二十五人と校内でそこそこの部員数を誇る部活だ。そのうち過半数はスタッフ兼役者、残りはそれぞれの専門職になる。

もちろん仕事を一つに絞れるのは先輩の特権であり、後輩は一人二役をこなさねばならない。

しかし、拓真は中学生時代の演劇部の技術を見込まれ、一年生で役者の専門職を与えられたのであるが、所詮は井の中の蛙であったのだ。

結局、拓真が足を引っ張る形で時代劇「都の剣客」は駄作になってしまった。それから、拓真は即座に退部届けを出し。入部半年と数ヶ月でシネミヤを去ることとなったのだ。

そんな経験から拓真は一つの信念を見いだしていた。


出る杭は打たれる。


自己主張の激しい奴は結局、周りに迷惑をかけるだけだ。そんな思考重ねて行くうちに拓真は大勢の一部として生活するようになった。

だから、拓真は「成敗屋」かなんだか知らないが、ちょっと力がついただけで金が稼げる、なんて甘ったれた考えをする奴が許せないのである。


「―聞いてまっか?センセ。」

聞き流していたのに、しつこい。

拓真は鎌田の引き戻しにうんざりした表情を見せながらも、

「すまん、聞いてへんかった。」

と返す。

「せやから、その成敗屋、パーカー侍は依頼を受けると、ターゲットに『果たし状』を渡すんや。」

「果たし状?」

「内容はただ一言、『午前二時、渡月橋にて待つ。』」

「行かなかったら、どうなんの?」

「そこはいろいろな説があってな、自宅に乗り込んで来る奴もおれば、音沙汰無しや、って言う奴もおるわ。」

「にしても、午前二時て、嫌がらせやろ。」

「こないだのは素直に行ったらしいけどな。チカン魔を叩きのめしたとか。」

「物騒やな。」

「まあ、果たし状がけえへん限り大丈夫やって。」

せやな、拓真がそう言おうとすると、鎌田が変なことを言い出した。

「あ、でも、タクマやったらあり得るかも。いろんな人から恨まれてるし。」

「は?」

「ん?…い、いや、何でもないわ。冗談やて、冗談。」

「何やそれ…。」


帰り道、拓真は鎌田の言葉が引っ掛かっていた。

いろんな人から恨まれている。

確かにそうかもしれない。いるとすればまずシネミヤの連中だろう。卒業した人たちはともかく、今の二年生には恨まれている可能性が高い。何せ、年に一度の文化祭での見せ場を新人が奪ってしまい、さらには、ミスをやらかし、そのまま勝手に退部したのだから。

恨まれることなんか既に覚悟していた。何をされても、構わなかった。

しかし、恐怖心は拭えていなかった。

拓真はシネミヤを辞めてから数ヶ月間、先輩の報復を恐れながら、生活していた。しかし、報復はなかった。これが拓真の警戒心をより高めることとなった。廊下で見かければわざわざ避けて通り、他学年との絡みのある委員会活動といった類いのものも、かつては積極的だったものの、次第にその手は挙げるのが重くなっていった。

ただ、シネミヤを辞めたからといってその部員全員と決別した訳ではなかった。同学年のシネミヤの部員で話すくらいの仲の奴はいる。

鎌田もその一人だった。

当時カメラと、脇役をこなしていた鎌田は拓真のミスをあまり責めなかった。しかし、味方という訳でもなく、辞める時はその時で、「枠が一人空いたわ。」などと、露骨なイヤミを吐かれたのだった。だが、同じクラスというのもあったのか、鎌田はめちゃくちゃ拓真に絡むのだ。下らない話の中にたまに、シネミヤの近況報告が紛れていて、拓真はそれだけを真面目に聞くのである。


「ただいま。」

誰もいない家に言う。

拓真の両親は共働きで夜までいないことが多い。

帰宅した拓真にはいくつか仕事があった。

まず、夕刊を取り、リビングの掃除。不足している冷蔵庫の中身の補充。そして、夕飯の支度。

部活を辞めたなら、やれ、という父親の言い付けなのだ。

制服から着替えると、リビングに軽く掃除機をかけ、冷蔵庫のメモを確認する。

「人参三本、トマト四つ、キャベツ二つ…今日はカレーでお願いします…、か。」

買い物リストを確認するとスーパーへと自転車を走らせる。

両親と三人家族の拓真は両親の不在に慣れきっていた。やることがあるから、寂しくもない。しかし、拓真にとってその暮らしは退屈でしかなかった。毎日同じことの繰り返し。拓真は、シネミヤにいた頃の僅な時間が時々恋しくなった。あの頃の自分は充実していたのではないか。


「あ、新聞とるの忘れてた。」

買い物から帰るとポストに手を突っ込む。

中からは新聞の他に何か入っている。

「何やこれ。」

拓真は丁寧に折り込まれた封書を手に取る。嫌な予感がした。

「まさか…」

上に向いた折り込みをひっくり返す。

その表には達筆な文字で、


果たし状


「何やねん、これ!」

拓真は驚くと同時に鎌田のいっていたことを思い出した。

『せやから、その成敗屋、パーカー侍は依頼を受けると、ターゲットに『果たし状』を渡すんや。』


成敗屋


得体の知れない人物に拓真は恐怖した。



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