茫々
裏切られたと誰かが唇を噛む
滲んだ血の錆びた鉄の味を誰かが啜る
熱い吐息は人間の匂いがする
甘く伝わる熱量が交わる快感を呼び起こす
『私たちどうなるのかな』
暗闇の中でシーツは映えた
波の中に身を沈める
痩せた腹から浮き出た骨が
不穏な気配に細かく震えた
解らないよと諦観の声
不思議とその声に苛立ちは誘われなかった
そうねとそれだけ口にする
それ以上の言葉は無意味だったろう
朝が来るのが怖くて仕方がない
明日は破滅の階段に足を掛ける日なのだ
それとも少しでも光が差し込むことがあるのだろうか
暗く無邪気な瞳とぶつかった
わからないよと目を伏せられる
そうねわかるわけないわよね
胸の奥に重い空気の塊が入り込んだように
するりと冷たい冬の空気に身を晒す
どうしたの?
声が裸の背に掛けられる
少し水を飲みたいの
醒めた頭を振って窓の外を眺める
静まり返った街の中
喧噪の中にあった街からずっと遠く
ここは見知らぬ街
足音が聞こえる
振り返った
この世の中で誰よりも信じられると信じた人
その顔は青ざめている
窓を開く
冷たい風が室内に入り込む
凍てつく空気に吐息が白く凍った
そして弾けて消えた
寒いよ閉めてくれよ
男の声に私は頭を振った
慣れておかないと
いけないわ
私は喉を刺す甘美な痛みを伴う空気を飲みこんだ
吐き出す吐息がまるで吹雪のようにも見えた
だって私たちもうこんなものじゃないんだから
無理矢理に微笑みを浮かべて見せた
どんな表情になっているのかもわからない
彼は怯えたようだった
そのままベッドの中にまた戻る
私はそんな彼の細い身体がベッドの中に隠れたのを確認した後で
窓の外に身を乗り出してその視界の中に月が見えやしないか探していた
空には無数の星と掠めるように遮る雲が茫々としずんでいた