ゲームな私
承前
まず、伏線から張っておく。
私が住んでいる家のそばに病院がある。とんだ名医が二人いる。腕は確からしいが話し方がすこぶる暗い。軽い症状でも、重病そうに聞こえるのが常だ。
「これは⋯胃、潰瘍ですね⋯」
がん告知ではないか、と思わせるくらいなのだ。そんな重病なのにあっさり治る、と評判だ。
もうひとりは脳神経外科のおじさんだ。私はそこには縁がない、と思っていたのだが、内科の紹介で行くことになった。とても腰が引けていた私を診察し、頭痛の原因を語る二、息を大きく吐きながら言ったものだ。
「⋯肩こりです」
それから通院して、マッサージのような治療をしてもらっている。この人も良い医者らしい。
その日は寒かった。冬支度もままならないままに、一気に気温が下がってしまった。私はコートに身を包み、家路を急いでいた。
とはいえ、保育園に娘を迎えに行かなければならないが。
ただ楽しみがあった。今日はゲームソフトを買ってきたところだ。時間が空いたらすぐやってみよう。
娘は5歳。来年は年長さんになる。本当はやり取りを記しておきたいが、今晩のところは割愛する。旦那の帰宅は遅い。一〇時位にはなるので、娘を寝かしつけた後の時間が私にとっての自由な時間だ。
娘が寝入ったのを確認すると、ゲーム機に向かった。
一章「旅立ち」
私の名前は瑠羽だ。仲の良い友達には、るー、と呼ばれている。旦那も以前はそう呼んでいたと思う。確か。
サイト等ではルーフィ、と気取って名乗っている。とはいっても、そんなに頻繁にネット遊びをするわけではない。むしろオンラインゲームなんかほぼ初めてだ。かといってゲーム自体はやらないわけではない。ロールプレイングゲーム(RPG)はすごく好き。うちの旦那もだけど
「ドラクエは全部発売日直後にやったよ」
と言ったら、
「女としてはあり得ない」
なんて全否定された。むぅ。FFシリーズもオンライン以外すべて好きだし。
「あんたはウィザードリィって知ってる?」
「あぁ、簡単にクリアしちゃったね、そっちもやったことあるんだろ」
「それどころか、レベル300位まで上げたりしてたけどぉ」
絶句する旦那には、年甲斐もなく、「てへっ」と笑うしかない感じで。最早、「私、テーブルトークRPGもやってました」などとは言えない状況で。「あれ、面白いよね」と色々言ってくる旦那にレベルを下げて話を合わせている自分がいた。それくらい、「るー」こと私はゲーム好き女だ。
今回始めたのは【WORLD】というオンラインRPGだ。始めた理由は子育てに疲れて娯楽に飢えていたってことと、やっぱりRPGが好きだから。オンラインかどうかはどうでもよかった。
仕事は私立高校で非常勤講師をしている。日本史を教えているが、かなりマニアなので、毎年歴史オタクを一人ずつ生み出している。
なにかと制約が多い教師ではないので、少し時間もある。夜遅くまで働いて帰ってくる旦那とは違って。学校からは五時位には帰ってきて、帰りに年長の娘を保育園に迎えに行く。ご飯を作り、お風呂に入って、夕食をとり、寝かしつけると少しだけの私の時間。以前は授業の準備が大変だったが、もう慣れた。テレビばかり見ているのも飽きたので、ゲームをすることにした。
起動させ、オープニング映像が出た。それを感動しながら見ている。スキップはしない。最初だし。そしてスタート。まずキャラクター作成をする。名前はもちろん「ルーフィ」に決定。次は職業を決める。戦士、盗賊、僧侶弓使い、魔術師から選ぶらしい。魔術師とは攻撃魔法を使って攻撃するのを特色とする。
性格上は僧侶なんだけど、ここは魔術師で。この選択は後で旦那に、
「性格上なら、魔術師か戦士じゃないの?」
と言われた。うるさいっ。
ともあれ、魔術師になってスタートすることにしたが、ゲームシステムは全く分からない。元々、説明書等は読まない方だが、これも同じだ。とりあえずやってみることにした。永年のRPG魂の勘で何とかなるでしょ。
そしてしばらくして、「ルーフィ」の前に世界が開けた。もちろん、ゲーム画面が映ったってことなんだけど、ちょっと感情移入してそれっぽく行こうと思う。
ルーフィが入った所は、名も無き小さな村だった。かなり荒れていて、岩だらけだ。私のルーフィは岩をよけながら、慎重に進んだ。
「武器屋さん、ないかな。冒険目的は何なんだろう」
大体こんな考えしかないんだけど。
村人発見。おばあさんかな、話しかけてみることにする。
「武器屋さんはどこですか」
『この荒れた村を見ておくれ。みんな魔物どもが悪いんじゃ』
「では村長さんの家はどこですか」
『この荒れた村を見ておくれ。みんな魔物どもが悪いんじゃ』
ま、ゲームキャラ相手なので当たり前か。ルーフィは老婆のわきを通り過ぎて近くの崩れかけた家に入ってみた。やはり中も崩れていて、いろいろ探しても何も見つからなかった。ここでよく金貨などを見つけるものだが、誰もが「これって犯罪じゃね?」って思いながらやってたな。
ルーフィが何軒か建物を巡ってみて分かったのだが、この村には武器屋どころか商店がない。「装備はどうすんだ?あと回復は?」と思ってしまう辺りがゲーマーだ。世界を救うために旅に出た冒険者ならば、「そこまで荒れているのか、私が何とかせねば」と燃えなければならないところだ。
そこでステータス画面を初めて開いてみた。
すると、最低限の装備はされている。「杖」と「ローブ」を身につけている。レベルは勿論1だ。弱っちいステータスを閉じる。ただとりあえず装備はあるので一安心した。
最後に一番奥にただ一つ、壊れていない建物があった。最初からこれだけあればよさそげだが、入っていくことにした。中はココも実は壊れていて、私の予想には反していた。
「もっと豪華な家の中から偉そうな村長さんが、弱い振りして『助けてくれ』なんて言うのか、と思った」
ルーフィは家の中にいる人たちに喧嘩を売りながら入っていくのであった。家の中は戦士風の男が何人かいて、忙しそうにしている。当然、キャラだからルーフィが話しかけるまではランダムに動いているだけだ。そんな中を抜けて奥に行くと女の人が立っていた。
「あなたが責任者ですね」
とか莫迦なことを言いながら、ちょっと予想外な相手に話しかけた。
『私はセリナ、と申します。旅の人よ、私たちは困っています』
「えー、初対面の人間にいきなり本題?」
『見ての通り、この村は魔軍の攻撃によって荒れ果ててしまいました』
あなたね、「見ての通り」では「誰の」攻撃によってか分からないでしょ?しかも「魔軍」っていきなり出されても分からないよ。でもセリナさんの話は続くらしい。―クリック。
『魔界よりこの世界を滅ぼすためにやってきた魔軍の斥候部隊がもうここまで来ているんです。わたしたちはそれと戦っていますが斥候部隊とは言え、魔物です。私たちではだんだん劣勢になり、このようなことになってしまいました。そこで旅人よ』
「ねぇ、その屈強な戦士も敵わなかった魔物と、こんなぽっと出の冒険者を戦わせるつもりではないわよね?」
『お願いです。私たちを、いえ世界を滅亡から救ってください』
一気にまくし立てられたので、ルーフィはともかく私が混乱している。世界はどうなっている?魔軍って何だ?と思っていたら、ウィンドゥが出て、詳しく聞けるように項目が出た。しかも「戦い方」なんていう項目もある。
「気が利いているじゃない」
私は順番にクリックしていった。
それによると、もともとこの世界の裏側には闇の世界が広がっていて、これを魔界と呼ぶ。魔界にはあらゆる魔物が住んでいるが、基本的に行き来はできない。たまに来ているのもいるのはなぜかというと、魔界とこの世界がごくまれに重なってしまう時があるので、その時に力のない魔物は魔界から振り落とされてしまうのだそうな。その魔物たちがこちらの世界へ向って、大挙して押し寄せようとしている。その斥候部隊と、人間たちは戦っているらしい。
何となく分かったんだけど、それってこの世界の住人である「ルーフィ」は知らないことなのだろうか。些細な疑問を流しながら、クリックしていく。
戦う力を持っているのは、ごく限られた人間らしい。この村にも数人しかいなかったために、旅人の中から力のある人を探していたとのこと。その一人がルーフィなのだとか。ルーフィには魔術師の素質があるらしい。
「だってPCだもの」
余計なことを呟きながら、さらに話を進めた。
『ただまずは、毎日のように襲撃をしてくる魔物の退治からお願いできないでしょうか』
「もちろん。やっぱり世界の前に目先の危険だよね」
ということで。ここから西に森がある。それを抜けると町に出るが、森の中の岩場に洞窟があり、そこに魔物が巣食っているとのことだった。
「つまり、洞窟強襲シナリオだね?」
『よろしくおねがいします』
と言うセリナを気取った目で見つめながら、そこを後にした。町はちゃんとあるんだ、と思って少し安心した。
そしてルーフィは西に向かって出発した。
戦闘方法は、フリーエンカウントシステムのようだ。どういうことか、と言うと、ドラクエみたいに「戦闘シーン」が始まるのではなく、画面上にすでにいる敵と直接戦う。
だから、設定したボタンを押すと、ルーフィは杖を振り回したり、魔法を放ったりする。
今は「火矢」という魔法を覚えてるので、ボタンを押して発射しているわけだ。
「煩わしくなくていいわね」
システムは気に入った。まずは慣れるために、近くでザコ敵を倒していくことにした。体力はルーフィの頭の上にバーが表示してある。それで分かるようだ。 回復も、何もせずに座っていると少しずつ回復する。
慣れたころ、ルーフィが白く光った。
『レベルが上がった!』
「やった!」
初めて上がった。そしてステータス画面になる。ここでステータスを増やせるらしい。
『睡霧を覚えた!』
新しい魔法も覚えたのは嬉しい。すぐに使ってみよう。その後もう一つレベルを上げてから、西へ向かった。
そこでいったん中断。娘がぐずぐずいっている。あやしに行かなければ。私はすぐセーブして立ち上がる。
「ほらゆー、おかーさんここだよ」
「うー」
よしよし。ゆーは私にしがみついてくる。娘はやはり可愛い。布団に横にしてお腹をさすってあげている内に寝てしまった。むろん、私もだ。
この日は結局そこまでで終わってしまい、プレイすることができなかった。
翌日はテストなので授業準備はしなくて済む。ただし、私の出題は難しいので、採点が大変なのであるが。
昼休みになり、生徒たちが皆疲れた顔で学食に来た。この高校は私立ということもあり、かなり整備された学生食堂が付いている。我々教職員もそこで食事をとる。いつものように一人で食事していると、生徒が話しかけてきた。
「同席いーっすか?」
2組の田井くんと矢沢くんだ。どちらも私の日本史を受講している。
「いいわよ」と快く了解。明るくなる。
「またるー先生、カレー食べてる」
「カレーるー先生でいいんじゃね」
二人で笑うほど、私はいつもカレーだ。「いいじゃない。好きなんだから」
田井くんは食べながら、鞄からプリントを出す。先程終わったばかりの日本史だ。テストの日は午前しかないので今、鞄ごと持っているわけだが。
「日本史難しすぎっすよ」
「そう?」
「いや、田井は日本史苦手だから」
と矢沢くんはフォローしているつもりらしい。
「じゃ、この『山城国一揆のときの将軍』ってた誰ですか?」
「あ、それ俺分かった」
と矢沢くん。田井くんは嫌な顔をして友達を見返した。
「『いない』が答えだよ。空白の時だし」
「おお、当たり。良く分かったね」
私が言うと、田井くんはさらに嫌な顔をした。
矢沢くんは歴史オタクだ。私の作った難題をいくつも解いてくる。
「るー先生の問題は書く量が多くて大変ですよ。問題量は少ないけど」
「それがいいのよ」
口を尖らせる田井くんに思わず笑ってしまう。
そこでちょっと話題を変えてみる。
「みんなはネットゲームとかするの?」
「たまにしますけど。―あ、先生何か始めましたか?」
と、いきなりばれてしまった。笑顔が可愛いぞ、田井くん。わたしは「ちょっとね」と誤魔化す素振りはしてみたが、最初からそのネタで話そうと思っていたんだ。
「オンラインゲームをやっているんだ。『WORLD』っていうんだけど知ってる?」
「うーん、やったことないっすね。お前ら知ってる?」
田井くんが訊くと、矢沢くんも首を振る。「俺、あまりやんないっす。PSPばかりすから」
「俺も」
「そっか。どんなのか、評判知りたかったんだ」
意外に高校生はゲームをやっていないのだろうか。
「親も使うんで、ゲームやるほど占領できないんすよ」
それもそうか。なかなか高校生も大変だ。ここからの情報収集は難しいな。
「最近お勧めゲームはある?」
「ないっすね。先生の眼鏡に適うような極上のは」
「人をどんなゲーマーだと思ってるのよ」
「筋金入り。俺らじゃ敵いませんて」
と言いながら、田井くんと、後はやたらと声が大きい矢沢くんが笑った。
「あんたらねぇ」
でも反論が出来ないんだ。私、この子たちが生まれる前からゲーマーだ。ファミコンなんかやったことないだろうな。
「じゃ、進んだら訊くから相談に乗ってね」「いいっすけど、やってないものは分かんないなぁ」
それはそうだ。
「詰まったら、他のプレイヤーに聞けばいいんじゃないすか。オンラインゲームなんすよね?」
え?どういうことだかわからない、という顔をしていると、矢沢くんが説明してくれた。
「同じ世界にみんなでプレイしているんですよ⋯」
それによると、同じフィールド上をたくさんのプレイヤーが同じようにプレイしているので、他のプレイヤーと会話が出来たり、ゲームによっては一緒に戦うことが出来る、という。
「それがオンラインゲームのウリですから」
「すごおい。楽しいね」
「知ってると思ってましたよ。ほら先生、かなりゲーマーだし」
それにしても私のキャラクターっていうのは、生徒たちの間でも割と確立しているんだな、と思う。
歴史オタクで、ゲーマーなアラサ―女。本当に私は女なのかな?と思う時もある。一応、ゆーは私から生まれたんだっけ。だから多分女だ。
そこで思い付いたことがある。結構、最近問題になっていることだけど、ネット上の匿名性というやつだ。
この世界での自由さに思い至ったのだ。私は理屈っぽくて感情的で、保守的で狭量な瑠羽ではない。自由で、理知的で、大らかで社交的なルーフィなんだ。私はここではルーフィを演じようと思った。
でもそれは結果から言うと、比較的早い段階で挫折した。何しろプレイしている瑠羽の人格が変わらないのだから、繕っても無理がある。結局、ほぼ瑠羽通りのルーフィが出来上がってしまったんだ。
そんな感じで食事を済ませ、職員室に戻った。この後は大量の採点作業が待っていた。今日中に終わるような問題は作っていない。ある程度やったら定時で上がることにした。
また今日も娘を迎えに行き、ご飯の支度をし、寝かしつけると、楽しみにしていたゲームタイムである。勿論、この箸折った時間が大事でないわけではないが、気分的にはそうだったのだ。途中でぐずらないように完全に熟睡させてきたのだ。
「ではスイッチ、オン」
こういうのも楽しみの一つだ。またタイトル画面が出た。「つづきからはじめる」を選んでスタートした。
途端、画面にルーフィが帰ってきた。
「よし行くぞ」と気合を入れてみる。何しろ1日目は進んでいないのだ。
「たしか、西だな」
割と覚えている。西の森の中に洞窟があるとか。ルーフィは勇んで西へ向かった。
ほどなく森があり、森の中の道を進んでいく。この間敵も出ているが、森に入って敵が強くなった。魔法一撃では倒せなくなった。そうするとダメージも食らいやすい。
「ウルフっ。咬まれた―」
などと一人声を上げていた。傍から見たら、相当変な女だと思う。戦うたびに座り込んで回復を図るようになっていた。しばらく進むと岩場が見えてきた。確かに洞窟がある。敵もその前にいるので戦うと。
『レベルが上がった!』
また上がって喜んだが、さらにもう一つ魔法を覚えた。「氷矢」だが、意外に使える魔法だった。
「フリーズアロー!」
叫んで撃ってみた。ちなみに、このころは勝手に魔法に名前をつけ、それを唱えながら撃っている。ますます変な女だと思う。
「およ、凍るのね」
当たると、しばらく敵の動きが止まるのだ。これは大きな武器となり、二発撃っても敵は動いてこない。要するにダメージがゼロになるので喜んだ。
ルーフィは洞窟に入っていく。細い道だが、まっすぐ進む。
「なんで、暗くないんだろ」
突っ込みを適当に入れつつ、方向キーに力を込めた。ルーフィは広い部屋のようなところに出た。置く日本の道があるが、その前に敵がいる。しかも複数。
「ゴブリンが、4匹?複数は初めてだわね」
呟きながら戦闘開始。一発撃つ間に、残りから攻撃を喰らう。それをかいくぐりながら「氷矢」を放ち続けた。この一瞬凍結させる効果がなければ死んでいたと思う。ルーフィはぼろぼろになりながら、4匹のゴブリンを倒した。
「ふう、同時にやるとまずいな。打たれ弱い。魔法使いだからかな。しかも洞窟シナリオな以上、奥にはボスがいるよね。大変だ」
こんな感じの嫌なやつである。さらに洞窟をさまよっていく。敵も倒しながらだが、レベルはなかなか上がらない。
「うーん、少しとどまるか、それとも進むか」
レベル上げをしてから進んだ方が良いような気もする。敵が結構強い。
「いいや、行ってみよ」
と、そのまま奥を目指した。そして最奥と思しき空間に出た。やはりボスがいる。しかもゴブリンより少し大きい。
「ホブゴブリン、覚悟!」
と戦いを挑んだ。氷矢を撃つ。だが凍結しない。
「うそ、止まらない!」
ルーフィは彼女の顔より大きな棍棒で殴られた。体力は三分の一くらい減ってしまう。
「いったぁい!っていうか、今のは普通なら顔面砕けてるんですけど」
そうはいっても強い。距離をとってもう二発当てている間に、さらに攻撃を喰らった。
今度は体力バーが黄色になる。あと一撃か二
撃で死ぬ。
「やばいぃ!」
叫びながら撃っていたが、駄目だった。今度こそ、ホブゴブリンの棍棒がルーフィの頭にめり込んだ。体力バーが赤くなる。ルーフィはその場に倒れこんだ。
私は死んでしまった。いや、もとい。ルーフィは死んでしまった。
『最後に寄った町からやり直しますか?』
と画面には出ている。「はい」か「いいえ」か選ぶらしいが、「はい」しかないだろうとボタンに指をかけたその時、ルーフィは立ちあがった。
『ティームは「復活」を使った。ルーフィは生き返った!』
「へっ?何、突然」
気付くと周りに別のキャラクターが立っている。明らかに登場人物ではない。
『ティーム:こんばんは』
この人が生き返らせてくれたんだ。分かったけど返事を返すのに時間がかかる。まだ操作法に慣れていない。
『ルーフィ:復活ありがとうございます』
『ティーム:いえいえ。でもここのボスには少しレベルが足りないよ。あと2くらい上げた方がいいよ』
やっぱり。そんな気がしていたから。じゃ、もう少し修行し直すかな。言い人のおかげで助かったし。
『ルーフィ:ありがとうございました』
『さくら:良かったら手伝うよ』
もう一人いた。返事しなきゃ。
『ルーフィ:ありがとう、でも悪いし』
少し沈黙。この時私はまだ、特定の相手とだけ話すということを知らなかった。つまり、二人の間で内緒話があったところなのだが。
『ティーム:こちらも暇なんだから、遠慮すんな、って』
『ルーフィ:ありがとうございます』
するとルーフィの前に、一人の女の子が立った。こちらが「さくら」かと思ったら違った。
『雪子:いえいえ。気にしないで』
なんか、キャラなのに手を振っているように見えた。その「雪子」さんが身を翻したところに、もう一人現れた。このひとを私は忘れないだろう。このひとが「さくら」だ。
『さくら:はじめまして。新人さんね?』
『ルーフィ:はい、そうです』
と打ってみても間が抜けているな。そうしている間に、次がきた。
『雪子:このゲームのボスは強いよ?魔術師一人じゃ、絶対倒せないよ?』
「えーーー!」
そんな馬鹿な。でもさっきの水竜、最初にしては勝てる気がしない。
『さくら:よかったら一緒に倒しに行きませんか?』
そんなことが出来るの?それなら願ったりなんですけど。
『ルーフィ:ぜひ』
うしろにハートマークなんかつけたりして。
するとすぐ、ウィンドウに表示かあった。
『パーティ参加の誘いが来ています。承認しますか』
「もちろん、『はい』だ」
すると、「さくら」「ティーム」「雪子」の三人の名前が画面端に出た。その上にpartyの文字がある。
「あ、こうやってパーティを組むんだ」
『さくら:しばらく、よろしくね、ルーフィさん』
『ルーフィ:こちらこそです、さくらさん』
そこまで打って、ちょっと考える。
『ルーフィ:私のことは、「るー」でいいですよ』
ほとんど本名。見知らぬ人に呼んでもらったらいいかな、と思って。
『さくら:じゃ、るーちゃん。わたしは「さくら」でいいよ』
『雪子:雪子は言いづらいからそのままで』
『さくら:いんや、雪子は「ひめ」で』
『雪子:初めての人にそれなの?』
と、雪子は怒ったマークを入れている。面白いな。
『ルーフィ:なんでひめなんですか?』
『眠り姫だからぁ』
とさくらさんのセリフには笑顔マーク。
『さくら:すごくよく寝落ちするんだもん、この子』
『雪子:さくら、そんなあることないこと⋯』
『ティーム:あるある。いくら呼びかけても固まったままだし、そのまま自動ログアウトが何回あったか』
しばらくそのやり取りを見ているのは楽しい。仲良しなんだ、と云うよりも、接点がこのゲーム内でしかない不思議なものを感じる。
とにかく、「さくら」と「雪子ひめ」「ティーム」と仲間になれた。
そして私たちは、再度ボスに向き合った。さぁ行くぞ、と思っていたら。
『雪子は「千速」を唱えた!さくらの速度が上がった!』
「お、掩護魔法?」
と思ったら、ルーフィ―の倍くらいの速さでさくらさんがホブゴブリンに向かって突っ込んでいく。そして攻撃を始めた。一撃で100以上のダメージを、連続して与え続けてる。連続、っていうのは文字通りの毎秒である。
「ルーフィの氷矢は30くらいあるけど⋯」
次に撃つまで、ルーフィの魔法は十秒はかかる。
『敵を倒した!』
なんですと?まだ三十秒も経っていない。ルーフィに至っては氷矢を二発しか撃ってない。
「すごいなぁ、ベテラン。気付かなかったけど、この人たちレベル70もあるんだ?」
経験値もたくさん入り、何とこれだけで二つレベルが上がった。しかも新たな魔法も一つ覚えたらしい。そして、
『何か光っている⋯。ルーフィはそれを拾い上げた。ルーフィは[魔晶石]を手に入れた!』
『やったね、るーちゃん』
さくらさんだ。
『ありがとうございますー。さいこーです』
いや、ほんとに。この人たちがいなかったら、ルーフィ一人に出せるダメージ量ではない。
『さくら:いえいえ。さいこーです(笑)。このゲームは新人に優しくないからね』
『雪子:さくら、システム批判?でも初期のボスはまず一人じゃ倒せないよね』
『そうなんですか!?』
それってゲームバランス的にはどうなのかな、と思うんだけど。
「また次も手伝ってくれないかな」
と云うのが正直なところ。でもお別れの時間みたい。
『さくら:じゃ、私たちはこの辺で行くね。もとのクエストに戻らないと。雪子、まだ大丈夫だよね?』
『雪子:まぁ、うん。ちょっと眠いけど』
『ティーム:寝落ち姫きた!』
やり取りが面白い。多分ゲーム自体より面白いんじゃないかな。残念だな、またどこかで会えるかな、と思っていると雪子さんが言った。
『さくら、るーちゃんもギルドに誘おうよ?』
『そうだね。るーちゃん、私たちのギルドに入らない?』
『ギルド?』
初めて聞く言葉である。
『ま、一緒に喋ったり戦ったりする相互援助組織みたいなもの』
『さくらの説明、分かりそうで分からない』
ティームさんが突っ込んでる。要するに、いつでも話せる友達なんだな、と思う。
「そりゃもう、望むところよ」
少し私は興奮していた。キーボードでは、『ぜひ』に顔文字を入れる程度しかできなかったが。
『さくらさんからギルド参加のお誘いが来ています。参加しますか?』
と、メッセージが出たので『はい』をクリックした。
『ギルドに参加しました』
この一文が、やけに温かく見えた。
『ようこそ、るーちゃん』
『るーちゃん、よろしくね』
『よろしくっす』
これはそれぞれ、さくらさん、雪子さん、ティームさん。なにか、友達が増えたような気分。いや、増えたと思っていいのかな。ここからはもう少しセリフ調に記しておく。
『こちらこそよろしくです』
『ギルド参加のお祝いに、アイテムあげる。全部Yesで答えておいてね』
そんなこともできるのか。それでさくらさんにもらったのはマジックローブという防具だった。
『ありがとうございます』
『いえいえ。じゃ、行くけど、セリフを[ギルド]に合わせて打てば、いつでもはなせるから』
そう言い残して、さくらさんはパーティ―を[解散]した。そしてしばらくして二人の姿は消えた。
「移動の魔法とかあったのかな」
でも今日はすごく良かった。ゲームも進んだけど、仲間ができたことがとても良かった。少し興奮している私。さらに進めようと思ったが、そろそろ時間だ。シナリオクリアは次の楽しみにしよう。
「また、明日だね」
独語して、切り上げた。―ログアウト。
ふと気付くと旦那が帰って来ていない。
「遅くなっているのかな」
メールを打つためにスマホを探す。テーブルの上に放置されたそれには、メールの着信を知らせるマーカーが点滅していた。
「やばい」
予想は当たりで、旦那からだった。
「なになに、今日は遅くなるとかは入っていたのかな」
『どしゃぶり。迎えに来てほしいんだけど』
「あう。ほんとに?」
着信時間は三〇分前。今の天気は―。とカーテンを開けて窓の外を見ると、やっぱりどしゃ降り。
「あちゃー。怒ってるよねぇ」
ゲームに夢中になっていて気付きませんでしたなんて、いい年した大人の女が言えるわけがない。
「なんて言おうかね」
などと呟いている間に、行けばいいんだが。とりあえずスマホで電話してみる。怒っていませんように。
「もしもし、ごめん。今メールに気付いた」
「ああ、良かった」
お、怒っていない。でも疲れてるね。
「ゆーを寝かしつけてそのまま寝ちゃったのか、と思ってた」
「え?あ、うん、そう。なかなか寝付かなくてさ」
ごめん、優。お母さんを許して。あなたは気持ちいいくらい、すこんと眠ったよね。
「お疲れさん、俺は大丈夫。傘を借りたから、歩いて帰ってる」
「ごめんね。ご飯、すぐ食べられるようにしておくからね」
と言って切った。本当にごめんなさい。私はご飯を作った後は遊んでいただけで、ちっとも「お疲れ」ではないのですが。よっぽど旦那のほうが「お疲れ」で。あとでサービスしてあげるからね。
今日は少し反省が残った。明日からは、時間に気をつけてやろう。少なくとも、スマホは近くに置いておこう。
こんな風に、私はさくらさんに会ったのだ。
勿論ゲームの中だから、どんな人かは分からない。私よりはだいぶ若い女の子がプレイヤーなのだろうな、と思った。あとになって思うのだが、たぶんさくらさんに会わなければ飽きっぽい私は、このゲームはやめて別のゲームを始めていたと思う。
さくらさんと友達になれて良かったと思う。勿論、桜さんにも友達がいて、一気に私にとっての輪が広がった。
さくらさん以外は、雪子さん、ティームさん、アルさん、一郎さんとか。みんな先輩だから、詰まったら教えてくれたし、たまにアイテムをくれたりした。
とくにさくらさんには結構感情移入していた。
単なるゲームキャラ、それを気に入っていた。要するに、さくらさんが大好きになっていたのである。ここからは、そんなお話。
次の日は、もちろん仕事だ。日本史の授業を担当している私にも、好きな時代もあるし、苦手な時代もある。ちょうど今、好きな戦国時代に入った所なので、私としても盛り上がっている。
その日も独り、学生食堂で食事をしていると、二人の学生に声をかけられた。
「山崎先生、またカレーですか」
「いつもじゃないわよ?」
確かに、前島くんの言う通り、結構な割合で昼のメニューはカレーかもしれない。そうしたら、隣の田井くんが私の前に座って笑った。
「カレーるー先生ですから」
「もう。ほっといてよ。なに?そこに座って、今日の授業で質問でもあるの?」
「まぁね」
と言いつつ、前島くんもトレイをテーブルに置いて席に着いた。
「質問が来そうな話はしたっけ?」
「突っ込みどころ満載ですよ」
と田井くん。ハンバーグを一切れ、口に入れながら言った。
「大体、今川義元と北条早雲が何親等か、なんて入試に出ますか」
「絶対出ないわね」
「戦国武将の死因を並べていく先生、ってこの人くらいだよな。まだ分国法と一緒にやるだけいいけど」
前島くんのセリフに、田井くんも笑っている。ま、ちょっと独特な授業をしてるとは思うけど。
「この前のテスト、ってどうやってつけたんですか、二回あったけど」
「そうそう、授業中とテスト期間中と。でも授業中のはひどかったですよね」
「あぁ、授業中にやったテストも採点したから、来週には返すわね。ああいうテストも必要なのよ。またやるわね」
というと、二人とも「エー」とげんなりした顔をしている。その顔が何処か面白くて、笑ってしまった。
「どちらか良い方のテストの点を成績に入れるつもり」
「それはそれで俺らは得なんでしょうけど」
「やる方はきついっすよ」
私は終始にこにこ。勉強になるテストは好きだ。出した問題は、「室町時代の倭寇について説明せよ」と「国一揆と土一揆の違いについて説明せよ」の二問だった。大学みたいで良いと思う。実は結構、みんな頑張って書いていた。
「ノートは見ながら解いていい、って言ったじゃない」
「はいはい。勉強って本来こうなんじゃないか、って思わされましたよ」
「俺もっすよ」
二人とも苦笑していた。 こうやって歴史好きが増えたらいいのにね。
ところで、
「ときに先生?」
「ははい?」
話を変えようと思った時だったので、間が抜けた返事になった。
「この前言ってたゲームって、やってんすか」
やってるも何も。盛り上がってますよ、高橋くん。私はカレーの最後の一口を口に入れ、
「少しずつね。なかなか時間も取れないからね」
「ネトゲ廃人にならないでくださいよ?」
「ネトゲ?」
「先生が始めたような、ネットのゲームですよ」
というのは前島くん。なるほど、ネトゲね。あまり良い響きではないけど、不健康なゲーマー心をくすぐられる言葉だ。
「やりつづけちゃう、ってこと?」
「ネット上で仲間が出来ると特にですね」
思い当たる節あり、だ。ギルドに入った。仲間が出来てすごく嬉しかった。
そのことを話すと田井くんが、笑顔だけど少し眉をひそめて言った。
「るー先生、あまり深入りしないのがコツですよ」
「そうですよ。適当にやっとく方が楽しいですよ」
「分かってる、って」
とは答えたものの。ネット上の関係に深入りするなんてことはないだろう。出会い系でもあるまいし。お互いの個人情報なんて分からないし。
「ま、始めたばかりだし、また教えてね」
「いいですよ。暇ならここに来ますから」
そんな形で、昼休みを過ごし、午後の授業もやって帰途に就いた。
帰り道では買い物はないが、ふと思い出してコンビニに寄った。今日が締め切りだったのを思い出した、英検。私のもう一つの趣味が英語だ。
「ゲームよりは建設的だよね」
いまどきの英検はコンビニでも申し込めるようだ。それだけ申し込むと、娘の待つ保育所に向かった。
今日は食事の支度をしながらも、ゲームのことを考えていた。ふと思ったのだが、前回の終わり方では、シナリオはクリアしていない。
「ギルドに入って忘れちゃったか」
舞い上がってた。確か、泉の主を倒したけど、セリナのところに戻らないといけないんだった。
「あと、新しい魔法も覚えたのに使ってなかったっけ」
という感じなので、上の空のまま料理をしていた。食事の時、娘のゆーが少しだけしかめ面をしたのは、とりあえず見ないふりをした。
そんなうちの娘は良い子だ。そんなお母さんの事を考えてくれたんだろう、今日は寝つきがとても良い。すぐ寝てくれた。
「よっしゃ、ゲーム!」
勢い良く、ゲームを起動した。
「まずやるべきことは、クエストのクリアかな」
と呟いているとスタート画面になったので、即始めた。
画面には薄暗い森の中に、女魔術師である私ルーフィが現れた。だんだん愛着もわいてくるものである。
「その前に―」
ステータス画面を開く。レベルが上がっていて、現在6レベルだ。ステータスも少しだけ上がっている。新しく覚えた魔法は
「小治だ」
何て読むのかは分からないけど、回復魔法なんだろう。
「ヒーリングとでも呼んでおこう。あとは確か、魔法も『装備』しないと使えないんだったね」
しっかりクリックして、ボタンの一つに設定した。でも、黒魔法なのに回復も覚えるんだね。と思ってたんだけど、この後ルーフィ―が覚える回復魔法はこの一つだけだった。とりあえずこの時の回復量は満足以上だったのだが、レベルが上がってくるとあまり役に立たなくなるのである。
とりあえず。ルーフィは森を戻っていくことにした。
途中敵が出たが、魔法で与えるダメージが少しだけ増えた気がする。
「そうやって強くなっていくのねぇ」
私は少しご機嫌で画面に向かっていた。間もなく画面上にあの荒れた家々が現れる。
「おじゃましまーす」
という気持ちで、入っていく。
その時だった。
『一郎:こんばんはー』
誰かにに挨拶された。誰だかは分からないけど、会話画面に出た。すると間もなく、
『ハーン:こんばんは。
アッツ:こんばんは。今日は遅かったじゃん?
雪子:こーんばんはー。』
なんか、一気に挨拶が入った。もしかして、これがギルドの仲間なんだろうか。そう言えば、昨日いた雪子って人もいる。
「あいさつ、しておくべきだな。新入りとしては」
私、ちょっと考えながら打っていく。
『こんばんはです。初めまして。新入りのルーフィと言います。宜しくです』
なんか、他に言いようがないのか、と思う。文字だけ、というのが煩わしい。すると、返答がすぐ返ってきた。
『一郎:よろしく。一郎です。ナイトやってます。
アッツ:初めまして。スカウトやってるアッツです。
雪子:るーちゃん、ようこそ。
ハーン:わたしはハーンです。私はパラディん。魔術師は少ないから良かったです』
わ、一気に友達が増えた。
『一郎:ひめ、るーちゃん、って。もう知り合いなんか?
雪子:昨日、わたしとさくらが勧誘したんだもん。かわいがってあげてね。
一郎:そりゃもう。久しぶりの女の子ですから』
正直に言うと、「女」には違いないが「女の子」かというと自信がない。でも、ゲーム上じゃ分かんないしね。
そう考えると、どういう人なのかお互いまるで分からないしね。
『一郎:クエストとか、手伝うからいつでも言ってね。』
うわぁ、優しい。さすがナイトだ。お礼しておこう。ハートマークでも付けておこう。
『ありがとうございます。そのときはお願いします』
『ハーン:早速アピールだね、一郎。
アッツ:マジでいつでも言ってね。』
再度お礼を言うとしばらくコメントがなくなった。また、改めて進めることにする。
セリナのところに近付いていく。
その間にたまに誰かが「発言」するのを目にしていたのだが、なんて言っていいか分からないので、コメントせずに放っておいた。なぜならこんなのだからだ。
『アッツ:ひめ、まだ起きてるかー
雪子:起きてるよ。失礼な。』
その会話、そこで終了なんだ?
『一郎:あー土竜の牙が集まらん
ハーン:土竜を狩り続けるしかないじゃん。
牙十個出すなら、五百匹くらいじゃない?』
モグラに牙はあるんだろか。とも思ったけど、特に発言はしなかった。
さてルーフィは。一番奥の人物に話しかけた。
「セリナだ」
呼び捨てだけど。ルーフィは偉そうにセリナに近付いた。
『旅の人、もう魔物を退治して頂いたのですね』
『ありがとうございます。これは軍資金です』
〈1,000Gを手に入れた。〉
お金をくれるのね。旅人みんなに払ってたら、お金がなくなったりしないのかしらん。会話はさらに続くらしい。またクリックした。
『これでダイセンの町までいけます。あなたのおかげです』
「そりゃ、よかったね」
『ただ、きっとあなたの戦いにも役立つものがあったはずです。それはあなたが持っていてください』
「なんだっけ?」
そう言えば、ホブゴブリンが何か落としていった。
『それは魔晶石といいます。魔法の力を増幅する力があります。ぜひそのままお持ちください』
ルーフィ―は改めて、魔晶石を見直した。道具リストの中にちゃんとある。
『そんな強いあなたにお願いなのですが』
なんか、来た。と言うよりも、次のクエストが始まることを喜んでしまう私は、救い難いゲーマーなのだ。
『私たちとともに、魔軍と戦って頂けないでしょうか』
いきなりな気もするが、もちろん『はい』をクリックする。最初のクエストがその入団テストのようなもので。
『ありがとうございます。
では早速なのですが、ここから北の山のふもとに魔軍と戦うための砦があります。そこに行ってもらえますか』
はいはい、分かりました。北の山ですね。そこに行ったら、新しいクエストが始まる、というわけですな。であれば、この辺りが切りの良い時間だろう。そろそろ旦那も帰って来る。
ルーフィがちょうどセリナの家を出たところでログアウトした。
「なんかいつも、新たな発見があるな」
独語してみたが、今日はさくらさんとは話せなかった。そこでふと、またやり忘れを思い出した。
『昨日もらった防具、装備していない⋯』
また明日、と考えることにした。
もうすぐ旦那が帰って来るので、食事の準備をすることにした。先程作ったのを温め直すだけだが。
「あーさん」
寝室から、優の声が聞こえた。目を覚まして寂しくなってもよいように、ドアを開けてあったのだ。私はすぐ、娘のもとに行く。
すると、娘はしっかりベッドの中で眠っていた。
「寝言でお母さんを呼んだのね」
愛おしさが込み上げてきて、思わずほっぺたにチュッとした。そうしたら、もそもそと動く様が可愛くなり、しばらく見つめていた。
そんなところに旦那が帰ってきた。いや、帰って来た事に気付かなかった。
「一応、ただいま」
「うをい!?」
私はとても驚いたんだろう。旦那の驚いた顔が忘れられない。
「をかえり!」
「⋯ただいま。―大きな声を出すなよ。ゆーが起きちゃうだろ」
しまった。と思って娘の顔をのぞきこむと、私の声なんか気にならないらしい。スースー眠っている。一安心して部屋に戻ってきた。
「ごめん、ちょうど優が、寝言を言ったのよ」
「なんて?」
「おかあさん、って」
旦那が怪訝そうに。本当なので強弁して「本当だもん」と食い下がっていたが、あまり信じなかったようだ。
ただたまに優は寝言を言う。それが旦那が知らない私の楽しみだ。すこし笑ってから、食事の支度を再開した。
私はもう夕食は取っているので、旦那は独りで食事をする。独りだとかわいそうなので、大体私は一緒にいるか、近くで雑誌などを読んでいる。今日は他愛もない話を、食事中の旦那相手にしていた。
ふと旦那は箸を止める。
「なにか、最近良いことあっただろ?」
「え?別に。いつも通りだよ」
「ふーん。それにしては、やけに楽しそうだね」
本当のことを言うと、楽しいことはある。でも最近ゲームが楽しい、なんて言えない。旦那にはお茶を濁したが、これははまりつつある、と自分でも予感がする。気をつけなければ、とも思っている。
「来週休みがあるから、楽しみにしているのか、と思った」
「会社、休みなの?」
「いゃ、そっち。高校の創立記念日、って言ってたじゃん」
そうだった。すっかり忘れていたが、週のど真ん中の水曜日に休みだ。ということはかなり珍しく、私がひとりになれる休みだ。悠の保育園を休んでもいいのだが。
「忘れてた。家のことがかなりできるかな」
「どっかに行って来ればいいんじゃない?」
旦那は優しい。私は今、一日ゲームが出来る、って考えた。思わず心の中で謝った。私も働いているけど、やっぱり旦那だし、がんばっているし、頭は下がる。
「まだ考えてないよ。早く食べちゃいな」
「おう」
その後はまた他愛もない話に戻った。
第二章 激闘
次の日の授業はひとクラスしかなかった。一応朝から行ったが、授業は四時間目だけだ。全部で七クラスの日本史を担当しているが、日によって差がある。
唯一の授業を終えて食堂に行った。あの子たちがまた来るかな、と思いながら。
あまりメニューを意識してなかったせいか、私はまたカレーライスを注文して、それを持って席に着いた。
「今日は来ないな」
と呟きながら、ノートを見ていた。先程の授業のおさらいである。カレーはもう食べ終わるところだ。要するに、読みながら食べているわけだけれども。
そろそろ食べ終わる頃になって、目の前に三人ほどの男の子が座った。
「ここ、いいっすか」
「どうぞー」
いつもの田井くんや矢沢くん、佐藤くんだ。私はそろそろ食べ終わるが、三人ともこれかららしい。
「今日は遅いのね」
「体育だったんですよ。時間ぴったりには終わるんすけど、着替えなきゃいけないし」
「まだまだ暑いんで、みんなだらだらっす」
田井くんと佐藤くんで笑っている。何か、私にとっては眩しすぎる。若いな、と少し心のどこかにチクリと刺さった。
矢沢くんは私の食べかけの食事を見ると、ふとため息をついた。
「ほんとにカレーるー先生じゃないですか」
「ほんとだ。好きですねぇ」
と三人に笑われた。
「いいのよ。食べやすいから」
「はいはい」
確かに。他に食べやすいものはいくつかあるしね。
「カレーはいいのよ、野菜もたくさん入っているし」
「別に責めてないし、莫迦にもしてないですよ?」
いいや、田井くん。あなたは莫迦にしている。その笑いが。その悪戯っぽい目がね。
「で、カレーるー先生。例のゲームは進みました?」
「カレーは余計よ。あまり進んでないのよね。まだ一つ目のクエストが終わったばかり。これからね」
「なんだ。友達もできたか、と思った」
出来たんだけどね。その田井くんとのやり取りを聞いていた佐藤くんが、目を丸くした。
「山崎先生、ゲームなんかするんすか?」
「するする。相当らしいよ」
答えたのは矢沢くん。いやいや、高校生に言われるほどではない、とは、思うんだけど。
「すこしね。あなたたちもするんでしょ」
「少しっす」
矢沢くんも、私の真似をして肩をすくめて見せた。
「たまに集まって、五、六人でもやるんすけどね」
「テーブルトーク?」
つい手拍子で言ってしまった。三人とも絶句して私を見ている。なんて言い訳しよう。
「るー先生、どんだけゲーマーすか」
「んー、なんのことかな。ちょっと、すこしだけ聞きかじって知ってただけよ」
「そうっすか?」と言いながらも、高橋くんなんか特に、信じてませんよ、っていう目で私を見てる。確かに知っているどころか、やってましたよ、もっと若いころにね。
「ま、教師としては、ゲームはほどほどにしなさい、って言いたいところだけどね」
「説得力ゼロですね」
佐藤くんが厳しく乗っかった。
「そうなのよね。自分で時間を決めてやりなさいね」
「はぁい」
三人とも笑った。
私は食事を終えて立ち上がる。カレー皿を持って行こうとする。
「るー先生、ノート忘れてますよ」
田井くんが後ろから声をかけてくれた。しまった。授業のノートが出しっぱなしだった。
「ありがと、うっ」
有り得ないことに、振り返った途端に躓いた。まずカレー皿が転がり、わたしもそのまま倒れる。ちょうど田井くんのすぐ横に向かって。
「うわぁ」
派手に転んだ、と思ったが、誰かに横から抱きとめられていた。多分田井くんなのだが、荷物のように落ちていく私の胴体を、上から両手でつかんだ、って感じか。しばらくその姿勢のままだった、が。ちょっと、手が。
「ありがとう。助かった」
「ああ、はい。あ」
気付いたのね、田井くん。あなたの手はかなりワイルドに、後ろから私の胸をわしづかみにしていたんですよ。彼が慌てて放したので、多少私はよろめいてしまった。
「急に離したら危ないじゃない」
「すみません、でも」
「助けてくれてありがと。そのまま行ったら段差からも落ちて大けがだったかもね」
本当にその通り。だから感謝こそすれ、胸をわしづかみにされた、って文句が出るわけでもない。でも、田井くん、自らの手のひらを見つめてこうのたまった。
「おれが掴んだの、おなかですよね?」
かちん。いや、違います。これでもCカップあるんだ。いくら最近腹がぽよんとしてきたから、といったって、そこまでふくよかじゃない。女の意地にかけて、もう一回掴ませてやろか?
などと、一瞬の間に不穏当なことを考えたが、ちょうど田井くんの向こうに中村くんたちが見えた。そうか、友達関係って大事ね。
私はしっかり立ちあがって。
「そうね、おなかよ。おしい、もう少し上だったわね」
「先生?」
「でもそのときは、このほっぺた平手打ちよ」
と、田井くんの頬をつっつく。矢沢くんと佐藤くんは笑った。田井くんはといえば、明らかにほっとした顔をした。
「でも、改めて。助けてくれてありがとね」
きちんとお礼を言ってから、私はカレー皿を片づけて退席した。
「別に減るもんじゃなし」
って考えてる時点で、私も若くないなと思う。高校のときにこんなことがあったら大事件だったな。
「あの頃なら恋が芽生えたな」
新鮮さをまるで失くしてしまった自分に気付いた。平凡な毎日に飽きているわけではない。あの頃の自分を思い出しただけ。
さて、午後の時間には授業がない。講師としては帰ってもよいのだが、次の日の授業準備に充てることにしている。他の先生たちは授業中なので、職員室は閑散としている。
そのなか、テストの採点をしたり、準備をしたり、英語の勉強をしたりもしている。
「自分のことだけど、いいよね」
一か月も経たないうちに英検も受けるし。歴史の先生が英検を持ってる、ってなんかいいな、と思って。
変化のない日常にアクセントをつけたい、というのが動機なのだが。
そして五時になり、仕事を終えて家路に付く。そしていつも通り、保育園に優を迎えに行く。
保育園に入ると、優はブロックで遊んでいた。
「ゆー、ただいま」
あれ?今気付いたはずなのに、娘は遊び続けている。
「ゆー?」
近づいていくと、遊びながら私を見上げて、にまっと笑った。
「ちょっと待ってね」
「はいはい。でも、もうおうち帰るよ?」
というのだが、「もうちょっと」と言いながら手を動かしていた。娘なりに、何かをやりかけなのだろう。
「何を作っているの?」
「ないしょ」
少しさびしい。そのうち完成したらしく、すくっと立ちあがった。
「帰る」
「あ、はいはい」
自分で片付けると、荷物を取りに行き、帰り支度を始める。結局、完成したブロックを見ても何が出来たのか分からなかったが。
帰りの車を運転しながら、娘に声をかけた。
「今日はどうだった?」
「いつも通り、楽しかったよ」
いつも通り、って。大事だけどね。
「何して遊んだの?」
「うーん、ブロックとか、仮面ライダーごっことか」
仮面ライダーか。女の子のくせに好きだもんね。戦隊ものとかも。
「ゆーは、何の役をしたの。仮面ライダー?」
「ゆーは怪人」
少し絶句。
「ひでくんが仮面ライダーだったんだ。でもゆーが勝ったんだよ。仮面ライターが逃げて行ったんだ。『覚えてろー』って言って」
なんか、母親としてはいくつか突っ込みたいところがあるんだけど。なんで怪人?っていうか、怪人が勝っちゃだめじゃん。
でも、優がすごく楽しそうに報告しているので、気にしないことにした。
そんな感じで家に帰っても、にこにこしながらあったことを報告している。
「お休みの日に、お父さんにお話しするの」
「そうだね。休みはずっとお父さんにくっついていなさいな」
「うん!」
うれしそうに娘は頷いた。お父さんが大好きらしい。何歳までそう言っていられるかな。
「お父さん、休みいつ?あした?」
「明日は金曜日。ゆーも保育園行くでしょ?あさってが土曜日でしょ」
そっかぁ。と言いながら身支度。私は食事の支度をし、お風呂の準備をし、と大忙し。あとでゲームをやろう、って考えながらゃってたと思う。
一通り区切りがつき、優も何とか眠りに付いたころ、私は今日もパソコンを起動させた。
「さぁルーフィ、行くわよぉ」
「では次のクエストに出発!」
けっこうノリノリで画面に向かう私。
「そうだ、挨拶を忘れてた」
気の利いた言葉が思いつかない。
『こんばんはです』
まんまじゃん。でも誰かから返って来るかな、と思うとわくわくしてくる。
『ハーン:こんばんは。お元気ですか。』
うんうん。元気です。
『さくら:るーちゃーん、来たぁ!こぉんばんはー』
さくらさんだ。昨日はいなかったけど、今日はいるんだ。
『ハーン:さくら、やけにテンション高いね。ルーフィさん、引いてるよ?』
そんなことないよ、ハーンさん。あぁ返答が間に合わない。
『さくら:そんなことないよね、るーちゃん。それより、新しく入ったるーちゃんです。よろしくしてあげてね』
『一郎:知ってるよ。昨日からいるからね。さくらはいなかったけど』
ここは私の番かな。
『きのうもう話しましたけど、改めてよろしくです』
『さくら:はーい、よろしくでーす!』
ご挨拶しながらも、ルーフィは北の山に向かって進んでいる。敵は出るが、魔法で倒しながら歩いていく。やがて山が見えてきた。
「砦もすぐかな」
という時にこんどはさくらさんから来た。
『さくら:るーちゃん、今どこにいるの?』
『えぇと、スタートから北の山の砦に向かってるところです』
『さくら:分かった。今そこに行くから、ちょっと待ってて。』
『あ、はい』
なんだろう。また手伝ってくれるのかな。そこに行く、ってすぐ来れるものなんだろうか。
「移動魔法みたいのあったみたいだしね」
初めて桜さんたちに合った時に、使っていたはず。
間もなく、その砦と思われる村に着いた。そう、家が何軒か建つ村を城壁で覆っているような作りになっている。入口の脇には櫓のようなものが建っている。
村の中央は広場になっているが、そこに入って驚いた。むろん、ルーフィもだが、私自身も。
そこにはルーフィと同じような、プレイヤーキャラたちがたくさんいたのだ。
「たまり場?」
そのなかに、見覚えのある姿があった。
「さくらさん、いるねぇ」
『さくら:るーちゃん、こっち!』
さくらさんが、画面上で手を振っている。そんな機能があったんだ。面白い。ルーフィはそちらに近付いていく。
『さくら:あれ?あげた防具、装備してないの?』
あ、マジックローブだっけ?忘れていた。装備しないと意味がないのはRPGの基本なのに。うーん、言い訳。
『始めたばかりで人の力で強くなったつもりになるのは、反則じゃないかな、と思いまして』
ちょっと強がりも入れたけど。あとで装備しておこう。
『さくら:るーちゃん、かわいい!』
『かわいい?』
『さくら:レベルが上の人と知り合うと、まずみんな武器ください、とか防具ください、とか言うのよ。るーちゃんはえらい!』
あらら、そこまで考えてたわけじゃないけど、急に強くなると面白くないだろうな、程度は考えていた。
『さくら:だから、またあげようと思って』
「だから」って言っても、何か理屈が合わないような気がするけど。
『大丈夫ですよ。何とかしますよ。桜さんも自力で進めたんじゃないんですか?』
何か、すごく堅い文章だ。ちょっと考えて、私はニヤニヤしながらキーボードに指を走らせた。
『助けが欲しい時は悲鳴を上げますね』
『さくら:やー、かわいい!もうぜったい受け取ってもらうから。るーちゃん、このあと全部Yesで答えなさい』
『さくらさんから、持ち物受け渡しの申請が来ています。承認しますか?』
画面上にメッセージが表示され、私はすこし考えたけど素直にYesをクリックした。
結局、受け取ったのが、雷の錫杖、リトルウィング、魔力の指輪、黒のリボン。なんかいくつももらったぞ。あと、お金も。二百万Gって。
「どういう金額?」
『さくら:この場で装備してみて、るーちゃん。ちゃんと見ておくから』
はいはい、放っておくとしないからかな。そこまでストイックじゃないんだけどな。
一通り、装備してみた。
『さくら:よし。るーちゃんの言いたいことは分かるし、それって素晴らしいことなんだけど、このゲームはそういうものじゃないんだ。利用できるものはみんなしてほしい』
『ありがとう、さくらさん』
『さくら:でも、いきなりねだってきたらあげないつもりだったけど。また必要なものあったら言ってね。るーちゃんならいいよ』
『ありがとうございます。私、何も返せないけど』
『さくら:やっぱりるーちゃん、かわいい!
じゃ、わたし、もう戻るね』
とすぐ行くのか、と思ったら、また手を振った。すると、光とともに消えてしまった。
「なんか、気に入られたらしいな」
でも心地いい。るーちゃん、なんて呼ばれたのは何年振りだろう。友達が新しくできた気がする。私の中が何か温かくなった。
「ちなみによく見ていなかったな」
もらった装備品の力を見てみると、なかなかのものである。いや、それどころか相当強い。
「すごいのもらっちゃったな」
ため息が出るくらいである。なんと、
〈雷の錫杖〉とかいう武器は装備しただけで魔法を一つ覚える。
「『雷撃』っていうのか。『ライトニング』と呼ぼう」
また忘れないうちに、魔法も装備しておく。今の「氷矢」よりも強いだろうとは思う。
それからルーフィはこの村の中を探索してみることにした。建物もいくつかあるし、店らしき看板もある。
「片っ端から行ってみよう」
と云うことで入ったのは道具屋、武具屋。そして討伐隊詰所、というのがあった。とりあえず近くの建物に入った。
『【道具屋】いらっしゃいませ、何になさいますか』
というようなメッセージが出るので、何をする所かはもちろん分かる。大体、体力を回復するものや、毒消しなどである。あと「帰還の足」などという、一瞬で村に戻れる、というアイテムもあった。
「大人買い、させてもらうか」
すべて、持てる上限まで買った。何しろ、桜さんにもらった二百万がある。数十Gくらいのばかりだもの。
武具屋さんには、目ぼしいものはなかった。いや、そんなはずがないのだが、桜さんにもらった装備と比べると霞んでしまう。
まずは村を見て回ってから、ルーフィは〈討伐隊詰所〉に入っていった。
中はセリナがいたところとは比べ物にならないくらい広い。しかも、人がいる。
「わたし、セリナさんからの紹介を受けて来ました、旅の魔術師のルーフィと申します」
『ここは魔軍討伐隊の詰所だ』
「責任者の方にお会いしたいんですけど」
『ここは魔軍討伐隊の詰所だ』
うん、そうだね。つい何回も話しかけてやり取りしてみたりする。やはり、プレーヤーキャラとは違うな、と思ってしまう。
ルーフィは別に案内されるでもなく、建物の奥に入っていった。人はいるが、とりあえず奥に大事な人がいるものである。
案の定、一番奥に一人だけ椅子に座っている人物がいる。多分こいつだ。
「こんばんは」
つい、私の時間で言ったが、もちろん昼だ。
『君が新入りか。セリナ様に話は聞いている。なかなかの力を持っている、ということだな』
セリナ、様?あのひと、偉い人なんだ?
『早速だが、君には魔軍討伐隊に入隊し、我々とともに魔軍と戦ってほしいのだ。ともに戦ってもらえるだろうか?』
勿論Yesをクリック。そうしないと話が進まないだろう。
『ありがたい。ではまず最初の任務なのだが、この砦よりさらに北の山中に、鉱山がある。そこに巣食う魔物を討伐してもらいたい』
話が急なおっさんだな。
「承知しました」
『報酬は、鉱山で取れるミスリル銀を進呈しよう。戦いの準備は村の商店で整えるといい』
はいはい、分かりました。準備はとうに整えている。あとは行くだけか。
ルーフィは身を翻すと、詰め所を出ていく。
私は時計を見た。思ったほどゲームが進んでいない割には時間が経っている。
「もうすぐ帰って来るなぁ」
また明日、のタイミングなのだが、魔法の威力だけ確かめておくことにした。
村から外に出て敵を探す。何匹も倒してきたゴブリンを相手に〈雷撃〉を撃ってみる。
「おお!」
ちょっとカッコいい。稲妻が光りながら敵を貫いた。
「しかも、すごい」
ダメージ量が200。〈氷矢〉の7倍くらいである。これはゲームバランスが崩れないか?
とりあえず満足して、ログアウトした。明日は鉱山に行くのだろう。
思えばこの時からルーフィの激闘が始まったのだ。攻撃力、防御力ともに飛躍的に強化された我がキャラクターは、この辺りでは完全に無敵だった。回復すら必要としないので、かなりのペースで経験値が稼げた。
次の日は金曜日。授業も三クラスほどあったが、結構終わるのが待ち遠しい。
「生徒たちの気持ち、少し分かってきた気がするわねぇ」
「ほんとすか?」
これはいつもの中村くん。最近ずっと彼らと食事をしている。あとは昨日もいた、佐藤くんといつもの田井くん。
「今日もカレーですね、るー先生」
「失礼な。そんないつもいつもカレーじゃないわよ。これはハヤシ」
「そんな変わんないっすよ」
田井くんが突っ込んで笑った。
「またあのネットのゲームやってるんですか」
「やってるよ」
やはりそれに興味があるんだ?
「仲間も増えたし、装備も貰えたんで相当強くなった」
「結構面白いみたいですよね。えぇと、〈world〉って言うゲームですよね。たしかにありましたね」
「うんあった」
あら、みんな知ってるんじゃん。
「昨日ネット見てたら、見つけたんですよ。実は結構参加者が多いんですよね。田井も見た?」
「うん、俺はやんないけどね」
あら残念。一緒にやったら楽しいのにね。矢沢くんも「俺も」と言って、私に向かった。
「るー先生」
「はい?」
「ネットゲームは深入りしない方がいいですよ?」
前にも言っていたね、矢沢くん。少しだけ真面目な顔で。
「分かってる。大体、はまるほど長い時間やれないから」
その話はそれっきり。田井くんはあまり発言しなかった。昨日のことを気にしているのか、とも思ったが、もちろんこちらは気にしていない。
帰宅したらすぐにゲームスタート、というわけではない。食事の支度をしたり、悠を寝かしつけなければならない。
それが全て終わると少しだけ私の時間。また、ルーフィとしての私に会いに行く。
始まるとまず、することは。
『こんばんはです』
『ハーン:こんばんは
ティーム:こんばんはっす。』
挨拶をすると、すぐ挨拶が返って来る。こういうのっていい。そして。
『さくら:るーちゃん、こんばんはー』
さくらさんもいた。
『昨日はありがとうございます。かなり強いですねぇ。びっくりです』
『さくら:喜んでもらえてよかったー。』
なにか文字の羅列にすぎないのに、それを見ているとすごく楽しくなる。誰かとつながっている感じ。私と同じように、キーボードに向かっているんだ。仲間意識のようなものがある。
挨拶が終わると、ルーフィは歩きだす。
「鉱山、って言ってたな」
初めてのダンジョンである。山際にある洞窟のような入口から、中に入った。中は結構広く、トロッコの線路のようなものもある。線路沿いに進んでいく。
実はこの間も誰かが何か発言している。
『一郎:雪子は?さっきまでいなかった?
ハーン:寝ちゃったんじゃない?でも困るよねぇ。魔道士だしね』
とかならまだゲームの話。
『一郎:明日から出張なんだ。
ティーム:へぇ、どこに?
一郎:札幌。食いものはうまいぞ。もー、それだけが楽しみで。
さくら:いいなぁ。おいしいもの食べたいな。お土産よろしくね。
一郎:どうやって!?』
などというやり取りがあったりする。こういうところも、どんな人たちなのか垣間見えて面白い。
ルーフィはというと、どんどん鉱山の中に入っていく。
敵は出る。外で出てきているのとは色や持っている武器が違うゴブリンだ。
「ライトニングーっ!」
稲妻が画面奥に向かって走る。一撃でゴブリンは消滅した。はっきり言って、快進撃である。
ダンジョンも結構得意だが、ステータス画面を開くと、今まで歩いていたところがマップとして出来上がっている。
「オートマッピング機能付き?いいねぇ。昔は自分でやったものよ」
少しゲーマーとして歴史を思い出した。コントローラーと方眼ノートを握り、地図を書きながらプレイしたっけ。
鉱山の中には、何人かのプレイヤーキャラもいた。戦士タイプもいるが、何回も武器をふるってゴブリンを倒しているのが分かる。そもそも攻撃を受けていて、力尽きそうなキャラもいる。
「回復できるかな」
仲間でもない人に魔法が使えるかと思い、やってみると出来た。
『山車:辻回復、ありがとうございます』
役に立ったらしい。通りすがりに回復するの、って辻回復、って云うんだね。
ルーフィはかなりのハイペースでゴブリンを消滅させながら、奥に向かった。実はこの間にまたレベルが一つ上がっている。
一番奥にボスがいて、それを倒すとそのクエストはクリアなんだろう、と考えること自体がすでにゲーマーなんだろうと思う。
実は大当たりなのだが。
そんな中でもギルドの人たちはたまに会話をする。
『ハーン:そろそろ今日は落ちるわ。ちょっと用があるから。
さくら:はーい、おつかれさまー
雪子:おはよう。そしておつです』
こうやって挨拶してからログアウトするんだ。昨日まで黙ってログアウトしていた。
『ティーム:ひめが起きた。ハーンもお疲れ―』
私も挨拶しなければ。
『お疲れさまでした』
やはり字にすると、面白みに欠ける気がする。雪さんがログアウトした後、
『雪子:ハーンの、用がある、って何だろね』
と小さい突っ込み。雪子さんは結構好奇心旺盛なタイプかも。
『さくら:知らないの?金曜の夜は彼氏が来るんだって。
雪子:えーーー、知らなかった。じゃ、これからの時間、お楽しみじゃん。
さくら:おやじみたいなこと、言わないの。自分こそ、金曜の夜に、いい年した女子がこんなゲームしていていいの?』
やり取りに思わず私も笑った。そうだ。こんなゲームにはまっている若い女の子、って大丈夫かな、という気になってしまう。
『雪子:うーん、いいひとがいれば、わたしだって。
―彼氏がほしいです』
『さくら:素直でよろしい。がんばれ』
雪子:リア充はいいなぁ。るーちゃんは彼氏いるの?』
私?いるもなにも、旦那と娘が。なんか、私だけ結構年上らしい。だがここで少しサバを読むことにした。彼氏、ということにしよう。
『いますよ?』
『雪子:ああああ、るーちゃんにもいるぅ。わたしがんばるぅ。だれか私と付き合ってぇ。
ティーム:俺は相手いるし。そもそも会えないし。
一郎:俺は妻子持ち。不倫はしないつもりだが。
雪子:いやぁぁぁぁ!みんな幸せなんだぁ。わたしだけ独りで老後を過ごすのよぉ。
さくら:はいはい。ゲームばかりしていないで、外でもっと遊びなさい?』
私は画面の前でげらげら笑っていた。そんなやり取りだけでも、みんながどんな人なのか少し分かった。
そんな話を聞きながら、ルーフィは鉱山の最深部まで来た。とても広い空間に出たが、行き止まりで何もない。
「ここには何もないのかな」
とは思わない。ここは臭い。絶対ここだ。特にダメージは受けていないが、一応ステータスをチェックする。
「来る!」
ちょっとカッコつけたりして。
その瞬間、この部屋の全方向から、おびただしい数のゴブリンが現れた。そしてゆっくりとした動きでルーフィに襲いかかって来る。
「二十匹以上いるわね。ちょっと予想外だけど、行くわよぉ」
ルーフィは魔法を撃った。
一匹消滅する。これを連発すれば勝てる。
と思ったのだが。じつはこの数が厄介だった。
「多すぎるぅ」
確かに一撃で倒せるのだが、五匹位倒す間に囲まれてしまう。
「やばい、タコ殴りだ」
防具が優れていなければ、この中でルーフィは滅多打ちにあって、ポロ雑巾のようになってしまっただろう。
「距離を取らなきゃ」
ルーフィはその囲みから、転がり出た。そして全速で壁際まで走る。
「ここからまた、撃てぇ」
また雷の連発で、少しずつゴブリンを仕留める。近づいてきたら、逆側まで走っていき、そこからまた魔法攻撃、ということを繰り返して全滅させた。
「じつは防具も貰わなかったら、けっこう大変だったかも」
防御力が上がるマジックローブだけではなく、スピードが上がるリトルウィングも素晴らしい。背中からのグラフィックでは、ちょこんと小さな羽根が付いている。
そして、この鉱山のボスを倒したことで、かなり多く経験値を手に入れた。これだけでまた一つレベルが上がった。
「これでフラグも立ったことだし、砦に帰ればまた次のクエストが始まるわね」
嫌なプレイヤーである。いつの間に私はこんなにすれてしまったのだろう。
ルーフィの方は、ちゃんと達成感に身を震わせながら、鉱山の出口に向かうのだった。
そこでまた誰かの発言。
『アルフレイド:こんばんは』
初めて見る名前だ。ギルドの人かな。
『こんばんはです。初めまして、ルーフィです』
『アルフレイド:新入りさんだね。よろしく』
やっぱりそうだ。あまり入らない人なのかな、と。
『久しぶりじゃん。しばらく来なかったな。どうしたん?
アルフレイド:定期テストだったんだよ。今日で終わったので来たところ
一郎:学生も大変だね』
高校生みたいだけど、うちの学校ではないだろうか。うちの高校の定期テストの日程と同じだ。
『テスト、どうでした』
『アルフレイド:いやー。日本史以外全部だめ。気になるの?』
『私、高校で日本史を教えてます』
う、ばらしてしまった。どこの高校か分からないし、問題ないよね。しかし反応は大きかった。
『一郎:ええ?ルーフィさん、先生なんだ?
雪子:えーーーー、るーちゃん。先生だったの、ですか。
アルフレイド:あちゃあ。でも日本史は得意っすよ。』
『一応ね。雪子さんも、今迄通りでいいですよ?』
『雪子:はいぃ。じゃ、るーちゃんの彼氏も、先生なの?』
『いえ、普通の会社の人ですけど』
確かにそうだけど、気にしているんだ、と思うと何だか瑠美菜さん、かわいい。
『雪子:そんなぁ。どこで出会ってるのぉ。わたしもほしいぃ』
『大学の時から付き合ってたんで。別に今見つけたわけじゃなくて』
『雪子:私だって大学生だもん。どうなの?アルくんは彼女いるの?
アルフレイド:すみません、います。
雪子:いやぁぁぁ。高校生にも負けてるぅ。絶対頑張ってやるぅ。
ハーン:うっさい、ひめ。』
このゲームの日常は、どうもこんな感じらしい。実はゲームストーリーとしては、あまり面白くない。でも、こういうリアルな人間同士のやり取りが面白い。
ルーフィはそんな声に惑わされることもなく、砦に戻ってきた。
激闘の中、レベルがいくつも上がって嬉しい限りだ。
そんな中、私とルーフィは大きな冒険をすることになる。
事の起こりは、その金曜日のログアウトのときだった。
『そろそろ上がりますね、お疲れさまでした』
『雪子:おつかれさま。私はしばらく旅行に行ってるので、元気にやっててね』
と雪子さんに言われた。私は、いいな、旅行ってどこに行くんだろう、程度にしか思わないままだった。そのまま土日は休みなので、ゲームも休みのつもりである。
土曜日の朝に一番早く起きるのは優だ。早い時間に、ポケモンの番組が放映されるのを見るためらしい。少し前までは自分でテレビを点けられなかったので、起こしてきたものだが、今は勝手に起きて勝手に見ている。音量を抑え気味にしているのが、我が子ながらいい子だ。
それが終わってから、私が起きる。私がまだボーっとしている間に、優は次のテレビを見ている。
「おかーさん、朝ごはんはなに?」
「ハムエッグ。お父さんはまだ?」
「ねてるー。起こしてくる?」
「まだいいよ」
と笑って、朝食の支度を始める。するとだいぶ出来上がったころ、旦那が起きてくる。
「あらおはよー」
「おあよ」
うまく言えてない。彼は食卓の様子を見ると、ティーサーバーを出した。
しまった。先にコーヒーを淹れるのを忘れていた。
「コーヒーでいいのよ?」
「今日は紅茶」
私はコーヒー好きだが、旦那は紅茶党なのだ。だから、先に淹れたほうが勝ち、というのが我が家のルールになった。
休みはそんな感じで始まった。いつもは何をしているかというと、午前中は私が家事をしている間に旦那が優の相手をしている。旦那は娘にめろめろなので、ずっとじゃれたり、たまに公園に行ったりしている。
「おとーさん、今日はなにする?」
「おべんきょうするか?ゆーはひらがなが書けるようになったか?」
娘の方は「うん!」と笑ってノートを持ってくる。旦那はそれを見て目を細めている。
「うまくなったじゃないか」
「うん!ゆーの名前も書けるよ!」
娘はノートに名前を書きだした。私ものぞきこんだが、がんばって書いている。
「すごいな、ゆー」
名前に使っている字は結構難しいらしい。
やまさきゆう、と丸みのある字がうまく形を作れないようだ。
旦那は鉛筆を取り、ノートに字を書く。
「よし、ゆー。今日は名前をもっとうまく書く練習をするぞ」
「するぞっ」
こうなるとおかーさんは手を出さなくても大丈夫だ。しばらくは旦那についてまわるはずだ。色んな家事が出来る。
午後になってから買い物に行った位で、特に遠出はしない。ゲームも今日はお休みだ。
次の日曜日も同じような過ごし方だ。あえて言えば、近所の公園に三人で遊びに行ったくらいか。
普通の生活に埋もれるとゲームのことなど、思い出さないものだ。日曜の夜に旦那に聞かれて思い出した。
「『world』ってソフト、最近買った?」
もうばれたね。いや、別に隠すつもりなら隠すんだけど。
「うん、RPGだけど、面白いよ」
「へぇ。ゲーム好きだなぁ。俺もなんかやろうかな」
という割には、あまりやらない。私の方がゲーマーだ。
「ちょっとした息抜きだけどね」
「いいんじゃない?」
一回にやる時間が少ないので、なかなか進まないけど。
「どんどんやっても」
いやいや、そこまでではないが。またいつも少しずつやろうと思う。その日は旦那と夜の生活を楽しんでから、少し遅めに寝た。
次の日、学校に行くといつも通りの一日があり。食堂ではいつもの男の子たちと一緒にご飯を食べ、そしていつもの通り授業をした。
なんだかんだいって、worldをやりたがっている自分に気付いた。
優を迎えに行く、食事の支度をする、その中でも考えている。
「おかーさん、たのしそう」
「そ、そう?」
ゆーにも分かるのだろうか。すこしわくわくしているのだろう。
「いつもたのしいよ」
と娘のほっぺたをつっついた。そうすると、にーっと笑う。そのまま寝室へ送り届ける。
優が眠りにつくと、やっと待ちに待っていた時間になる。
「さあやるか」
とスイッチを入れる。丸二日間、入っていなかったからな。何か変わったことがあるかな。
そしてゲームにログインすると間もなく、いつものようにルーフィの姿が画面に現れた。
「まずはご挨拶」
『こんばんはです』
しばらく返事に間があった。誰もいないのかな、と思っていると、
『さくら:るーちゃん、まってたよー。昨日もいないんだもん。
ハーン:助かったね、さくら。るーちゃん、こんばんは』
どうしたんだろう。なにか、待っていてくれた様子だけど。
『何かありましたか?』
『さくら:クエストに連れて行きたいの。ちょっと手伝ってもらえる?』
『私でよければ』
『さくら:さんきゅうー!今迎えに行くね。山麓の砦にまだいるよね?』
『はい』
返事をするとすぐに、前に会った広場まで走った。
するともうそこに桜さんがいた。
『さくら:じゃ、パーティに誘うね』
『パーティ参加の誘いが来ています。承認しますか』
すぐ、私は[はい]をクリックする。すると、すでに三人がパーティにいた。他にはハーンさんと、ティームさんだ。
『さくら:急いでいるので、説明は移動しながらするね』
『[移動の足]を使った!』
さくらさんが何かの道具を使うと、二人の体が輝き、画面が消えると全く見たこともないところに来た。
「ううむ、どこだろう」
どこに連れてこられたかは重要ではない。何でぽっと出の私を連れてきたか、が問題だ。
『さくら:るーちゃん連れてきたよ。
ティーム:これで進めるな』
話の流れから判断すると、私の力を必要とする場面があるらしい。
『役に立つかどうか分かりませんが、よろしくです』
『ハーン:いないと進まないの。私たちが守るから、お願いね』
桜さんたちの話では、彼らの次のクエストがこれから見えてくる、[魔道士の塔]の攻略らしい。
『さくら:魔術師がいないと入れないし、通常攻撃無効の敵がいるし。
ハーン:もう一人の魔術師の、雪子は旅行に行って帰ってこないし』
なるほど、代役とはいえ、ルーフィの魔法攻撃が役に立つのね。やりましょう。
「色々もらった恩返しもしなきゃいけないしね」
やりましょう、といってもすでに巻き込まれていて、断れないところまで来ているが。
やがてルーフィ達の目の前にはそれほど高くもないが、古びた塔がそびえている。
ルーフィは桜さんの後を走って追いかけながら、入っていく。
『さくら:入口の扉が開かなくて。魔法をぶつけるらしいの。るーちゃん、やってみてくれる?』
『なんでもいいのかな?』
では、最近のお気に入りの「ライトニング!」を唱えた。
光る稲妻が扉に向かっていき、はじけて消えた。
「あれ?」
『ティーム:ルーフィさん、だめだ。アイテムの力ではなく、覚えている魔法を使って』
なるほど。アイテムなら、戦士でも使えるはずだ。ルーフィは覚えたての魔法をセットし、使った。
「ファイヤーアロー!」
魔法の名前は[火矢]なのだが、やはり気分の問題である。
ルーフィが少しの詠唱の後に撃ったのは、人の頭くらいある大きな炎の矢だった。それが扉に突き立ったと思うと、扉が消えてなくなった。
『さくら:やったぁ!開いたね。さあ、中に行くよ、るーちゃん』
『はいです』
まずさくらさんが突っ込んでいく。そしてルーフィ、他の二人、と続いて入る。
『ティーム:ルーフィさんは後ろにいて。敵が強いから
ハーン:ティム兄さん、かっこいー』
『ありがとうございます』
何かそれだけでは面白みが足りないな。と思い、もう少し言葉をつなげた。
『こうして、淡い恋心を抱くのであった』
また少し、空白。でも面白いのが、みんなその場で立ち止まったこと。
『さくら:げらげら。やっぱりるーちゃん、おもしろいわ。
ティーム:うん、もっと真面目な人かと思ってた。』
どういうことですか、ティームさん。どうも受けたらしい。
ただそれはすぐ収まった。
ルーフィ達が、敵の出現するエリアに入ったからである。
通路を進んでいくと、通路の両側から石像のようなものが襲ってくる。
「(ガーゴイル)か。魔道士の館にはつきものね」
などと呟く間に、先ずハーンさんが突撃していく。武器は槍みたいだから、近接戦闘ね。ただ先に攻撃したのは、さくらさんだった。一撃では倒せず、連続攻撃中。
「こっちも行かなきゃ」
今度は、[雷撃]を唱えた。稲妻が別のガーゴイルに直撃した。
「一撃で倒せない!?」
確かに、ガーゴイルの生命力の大部分を奪ったのは間違いない。ただ、それでもガーゴイルはルーフィに向かってくる。
「もういっちょ!」
ルーフィは、ためなしで二発目を放った。目の前まで迫ったガーゴイルは、喰らった途端に消滅した。
その間に、サクラさんもハーンさんもそれぞれ一体ずつ倒していた。もう一体いる。
ルーフィはさらに稲妻を放つ。と同時に、さくらさんとハーンさんが間合いを詰めていく。
さくらさんが斬りかかる。ハーンさんも付く。そして、敵は消滅する。
「すごい」
今までなかった戦いだった。パーティプレイっていいね。
『ティーム:だれか怪我している人はいない?るーちゃん、大丈夫?』
『大丈夫ですよ』
そうだった。ティームさんは僧侶だった。
回復のエキスパートである。
ルーフィ達はさらに奥を目指した。上への階段があるところで、また敵に遭遇する。また石像モンスターである。
今回まずかったのは、狭いところでの戦闘だったということだ。やはり四体のガーゴイルが相手だった。
「ライトニング!」
などと叫びながら、攻撃を繰り出したが、やはり一撃では倒せない。その一体と、戦う相手がいないもう一体がルーフィに迫った。
「もう一撃!」
ルーフィがさらに魔法を放った時には、相手の攻撃を喰らっていた。合い撃ちでガーゴイル一体が消滅する。しかし、すでにこれでルーフィはHPのほとんどを失っている。
「もう一体来る?」
だめだ、間に合わない。ルーフィはガーゴイルに殴られて、その場に沈んだ。HPのバーが赤くなっている。
「死んじゃったぁ」
さすがにレベル不足で連れてこられただけあって、打たれ弱い。
画面では残った一体を、さくらさんとハーンさんが滅多打ちにして倒した。
『ティームは「復活」を唱えた!ルーフィは生き返った!』
ルーフィは優しい光に包まれると、全快で復活した。
『ありがとうございます』
『ティーム:気にしない、気にしない。今のはきつかったね』
そしてさらにルーフィ達は、階段を上っていく。するとすぐ、ガイコツみたいな敵に囲まれた。
『ハーン:スケルトンウォリアーね。魔法に耐性があるから、動かないでいてね』
言われた通り、ルーフィとティームさんは後ろの方で動かずにじっとしていた。その間に二人の戦士は連続で攻撃を加え、ガイコツを消滅させた。
さらに先に進んでいく。どんどん出てくる敵をさくらさんとハーンさんは蹴散らしていく。
「すげえ。強い」
さすが、レベル80とかあると全然違う。
私、どこまでこのゲームをやればいいんだ?とか考えていると、またレベルが上がった。
「やっぱり上のシナリオになると、経験値がたくさん貰えるねぇ」
しかも、また新しい魔法を覚えたらしい。〈反射〉という。魔法攻撃を反射出来るらしい。
さらにルーフィ達は階段を上がると、大広間に出た。なんか、怪しい気配がする。
『さくら:中ボスが出るよ。こいつは魔法しか効かないの。アイテムでもいいけど、魔術師が使わないと。
ハーン:だから、私たちが守るから、その間に魔法を撃ちまくって。
ティーム:じゃあ、防御魔法いきます』
『ティームは「大鎧」を唱えた!』
パーティのみんなが白い膜につつまれた。防御力が上がったらしい。
『さくら:るーちゃん、いくよ』
『はい。がんばります』
みんなで近づいていくと、広間の奥で銀色の姿が立ちあがった。名前は、シルバーゴーレム。ルーフィ達の十倍くらいの大きさの巨人だ。
「やるしかないわねぇ。―ライトニング!」
稲妻が巨人の体を貫いた。予想はしていたが、敵のHPは少しだけ減った。これを連発していくのか。
『ティームは「吸撃」を唱えた!』
これも防御魔法らしい。みんなの体はまた赤い膜に包まれた。
さらにルーフィは稲妻を放った。また少し効いた。その間に銀の巨人は近づいてくる。
『さくら:るーちゃんを守るよ!ハーン、前にいて。
ハーン:まかせて。そのためのパラディンだもの。お願い、るーちゃん』
返事の代わりにさらに一発撃った。シルバーゴーレムは稲妻を喰らいながらも、ハーンさんを棍棒のようなもので殴った。すると、ハーンさんを包んでいた赤い膜が一気に薄いピンク色になった。
「攻撃を吸収する膜をつける魔法なのね」
だがそんなに上限は高くないらしい。ハーンさんが二度目の攻撃を受けると、そんなピンク色の膜は消えてしまった。
『ティーム:うを?もう消えたの?その魔法、二発目は使えないの。なんとか耐えて、ハーン!
ハーン:何とかがんばる』
と言いながらも、ハーンさんはさらに攻撃を喰らっている。今度は少しHPが減った。
ルーフィも間断なく稲妻を撃ちだしているが、倒すには遠い。
「おちろ、おちろ、おちろー!」
私が興奮して叫びながら撃っているが、画面上のルーフィは至って平然と、錫状を敵に向けている。その間、ハーンさんはじっとしていながらも、銀色の巨人に殴られている。
そしてその時がきた。
棍棒で殴られると、ハーンさんのHPのバーが赤くなり、彼は崩れた。
『ハーン:ああ、駄目だぁ。あとはたのむ⋯
ティーム:【瑠美菜】復活はあとでしてやるから。しばらく死んでてくれ』
まだ敵の体力は今ちょうど半分だ。ルーフィも頑張っているが、まだ先は見えない。
巨人の次の目標はさくらさんだった。ルーフィの目の前に立ってかばってくれている。
その時、シルバーゴーレムが万歳をしたと思ったら、そこを中心に炎が巻き上がる。炎の輪が広がりながら、広間の端まで一瞬で到達した。ルーフィは一気に瀕死である。HPのバーも黄色になる。
『ティームは「治癒」を使った!』
間髪入れずにティームさんの回復魔法が飛び、ルーフィは全快する。
「いまのは危なかった」
このために、ハーンさんのことは回復せずにMPを温存してたのか。
ルーフィは涙をぬぐいながら、稲妻を撃ち続けた。
さくらさんはかなり、敵の攻撃を回避するのだが、喰らうとナイトであるさくらさんの方が、ハーンさんよりダメージが大きい。
あともう何発かで倒せる、というところで、さくらさんが倒れた。
『ハーン:さくら、ちょっとはやい!
さくら:そんなこと言ったって!』
『ティームは「復活」を唱えた!【桜舞散】は生き返った!』
ルーフィの目の前で、崩れたさくらさんが、すくに光に包まれて立ち上がった。
『ティーム:さくら、死ぬのはちょっと待ってくれ。るーちゃん、もう回復できないから、一秒でも早く倒して
さくら:いいよ。私、るーちゃんのために何度でも死ねる』
おお、名台詞だ。ちょっと感動だ。
その直後、炎の嵐が再度吹き荒れた。ルーフィはまた瀕死になる。
「がんばれ、がんばれ」
私は手に汗を握っていた。負けずにルーフィは稲妻を放ち続ける。
「あと一発!」
と思った時にさくらさんは再びその場に崩れた。もう、先程のように立ち上がってくることはない。
『さくら:もう少し。がんばれ、るーちゃん!』
その直後に放った稲妻で、シルバーゴーレムは動きを止めた。ちょうど、万歳をして、炎を吐きだそうとしているところだった。
「あぶなかったぁ」
全員、満身創痍になっていた。ルーフィも瀕死だし、ティームさんだってまともに炎を喰らっている。盾になってくれていた二人は、倒れていて動かない。
『さくら:るーちゃん!やった!倒したね!
ハーン:私たちが死んだ甲斐があるってもんだ。
ティーム:ほんと。ぎりぎりだったよな』
『すみません。ありがとうございます。守ってもらいましたけど、なかなか役に立たなくて』
まったくだ。つい謝ってしまう。大体、雪子さんがいたらこんなにみんな苦労せずに済んだはずなのだ。
『ハーン:いやいや、私たちがムリ言って手伝ってもらったんだから。
さくら:そうそう。―ティム、復活かけられそう?
ティーム:まだ。MP回復中』
だから座ってじっとしているのか。こうしているとこのゲームの場合、HPとMPが徐々に回復する。
『さくら:でもほんとにるーちゃん、ありがとう。助かったよ』
『わたし、役に立ちましたか?』
『さくら:もちろん。いなかったら倒せなかったしね。』
『さくらさんにもらった装備があったからですよ』
それはそう。〈雷撃〉だって覚えている魔法ではなく、武器から出ている。
『さくら:そうよぉ、私のおかげもあるでしょお?でも魔術師しか装備できないし、装備できないと使えないけどね』
何か納得したような気がする。
そうしているうちに、ハーンさん、さくらさんの順に、ティームさんの魔法によって復活した。
『ティーム:また回復まで待ってて』
使った分のMPを回復すべく、ティームさんは座り込んだ。
とっくに満タンまで回復するほど待った。
しかしながら、ティームさんは動かない。
『ティームさん?どうしました?』
『さくら:まさか、ティムが?ひめ~!
ハーン:寝落ち?今そんなに間がなかったじゃん。ねちゃった?』
これが寝落ちか。ティームさんは固まったまま動かない。向こう側で突っ伏しているか、転がってしまっている姿を想像すると笑える。
『さくら:ごめん、るーちゃん。これ以上進めなくなっちゃった。明日また続きやろうと思うんだけど、九時位にまた来れる?』
『大丈夫。しょうがないですよ、きっと疲れているんですね』
『さくら:るーちゃんはやさしい。この寝落ち姫2号め、隣にいたら蹴ってやる』
盛り上がっていたけど、意外な幕の引き方だった。また明日に続きをやれるならいいか。こちらもここまででかなり時間を取ってしまっているので、上がる時間としてはちょうどいいかもしれない。
『じゃ私、上がりますね。また明日の九時位に入ります』
『さくら:はあい。今日はありがとう、お疲れ様です』
そこでログアウト。結構今日は盛り上がった。私的にも。今日のルーフィは大活躍だったのでは?
「ほとんど今日の主役じゃない?」
かなりいい気分である。
密度が濃かった割には、時間はそれほどかかって居なかったので旦那が帰って来るまでに少し間がある。
「もう一品出してみようか」
最近少し手を抜いているのではないか、という反省もある。私は再度キッチンに立った。
それが出来上がる頃、旦那が帰ってきた。少し驚いていたが、全て平らげてしまった。
「残してもよかったのに」
「出たものは全て食べるんだ」
私は笑って、「もっと腹が出るよ」と言ったが、私も旦那を肥えさせているんだろう。
この前もDVDでトトロを見ていた悠がふと画面を指さして、「おーしゃんだ」と言ったっけ。私は爆笑したけど。
「ゆーはどう?」
「どうって?いつも通り遊んで寝たよ」
「そうか」
何が聞きたかったんだろう。食卓をたって、リビングのソファーに座ってテレビを見始めた。
「今度の連休、どこか行くか」
「ああ、三連休ね。行きたいところでもあるの?」
「べつに」
おい。少し考えてからものをしゃべれ。まぁ、相変わらずなんだけど。
「明日にでも、ゆーに訊いてみるよ。どっかいきたい?って」
「じゃ、それで。遊園地とかいいかな、と思って」
なんだ、ちょっと考えてるじゃん。でもまだ小さくて乗物はほとんど乗れないけど。
「ちょっとまだ無理じゃないかなあ」
「そっか。戦隊もののショーがあるみたいだったから」
残念そうな顔。たしかに、それなら悠は大好きだから喜ぶかもね。考えておこう。
優が産まれてからずっと、出かける時も優が中心だ。変わったものだ。旦那もそんな考え方になったようだ。
第三章 届かない手
次の日も授業があったのだが、翌日は休みだ。今月は休みが多くない?
ちょうど一時間目が高橋くんや中村くんのいるクラスだったので聞いてみた
「みんな、今月の祝日知ってる?」
少しざわついたが、一人の男の子が元気良く答えた。
「創立記念日!」
それは明日だけど、祝日じゃないよ。
「あとは?」
まずい。小学生みたいなやり取りになっている。しかもさらにまずいことに、答えが返ってこない。
「じゃあ、佐藤くん」
「えーっと、天皇誕生日だっけ」
「はい、正解」
少しほっとした。答えられなかったらどうしよう、と。そしてまた授業に戻った。
終わって教室から出際に、田井くんに呼びとめられた。
「なに?日本史の話なら聞くぞ?」
「ならいいです」
もう。ゲームの話をしようとしていたな。私は一応先生だ、というのに。らかっているのかな。
ただ、昼休みに彼らは私のテーブルには来なかった。いつも生徒と一緒に食べよう、と言う方が変なのだが。
「またカレー、って言われなくていいか」
と独り呟きながら、カレーライスのスプーンを口に運んでいた。
家に帰ると、まず家事をする。最近優が真似をして、洗濯物を畳むのを手伝おうとしてくれる。
「おかーさん、助かるぞ?」
「ほんと?ゆー、もっとおてつだいするー」
とにこにこしている。かわいいな、と思ってまたほっぺたをつん、とする。
するとそのほほを自分でなでて、
「なんで、あーしゃんもおーしゃんもゆーのほっぺをつん、ってするの?」
ああ、旦那もやっているのか。そりゃあ、このぷくぷくのほっぺたが気持ちいいからなんだけど。
「ゆーがかわいいからよ」
と言ってまた突っついておく。本人は悪い気はしていないらしく、やっぱりにこにこしていた。
さてその後、八時には優は眠りについたので、ある程度食事の支度をしてから、私の時間だ。今日は昨日の続きだ。桜さんたち、待っているかな。
今日は昨日までよりもさらに期待を持って、worldの世界に入った。
『こんばんはです』
『さくら:るーちゃんだ、こんばんはー。
ティーム:こんばんは』
今日はティームさん居るね。
『ティーム:きのうはごめん。ちょっと、意識が飛んじゃって。気付いたら朝で。
ハーン:要するに、寝落ちしてしまいました、と』
みんな集合している。
『疲れていたんですね、しょうがないですよ』
『ティーム:ごめんー』
泣き顔付きで出たメッセージ。少しかわいい。どんな人なのか、気になる。
そして、九時ちょうどではないが、またパーティを組んで、塔の上層を目指して進むことになった。
相変わらず塔の敵は強くて、ルーフィでは一瞬で死んでいただろう。特にハーンさんの後ろで守ってもらっているので、攻撃だけに専念していられる。魔法攻撃はかなり効く。
「仲間の陰に隠れながら、攻撃だけはしてるってことか」
なんかあまり良い表現ではないような。
「魔法使いなんてどのゲームでもそんなものよね」
勝手に自分で納得している。ボスらしいものは出ないのでどんどんルーフィ達は塔を駆け上がる。
そしてついに最上階に着いたのだ。
階段を上がると広い部屋だった。正面に王宮のようになっており、玉座には誰かが座っている。
「こいつがボスか」
『ハーン:着いたね。準備をしよう。
ティーム:相手は魔道士だからな。魔法の防御くらいはするけど、タコ殴りにするしかないんじゃない?
さくら:じゃ、魔法使い二人に援護を頼みながら、突撃だ』
『〈反射〉とか使うと役立ちますか?』
『ティーム:るーちゃん、反射が使えるの?ならかなり有利になるよ!
さくら:行けそうだね。じゃお願い』
ルーフィが二人に(反射)を唱えてから、二人は玉座に向けて突っ込んだ。
玉座の主はゆらりと立ち上がる。何かしゃべり始めるので、四人ともまず聞くことにした。
「口上があるってか」
『我が元まで良く来た。我こそが魔道士メルキオール。我を倒したとしても、もはや魔軍の到着は時間の問題だ。わーっはっはっは』
話が飛んでいて理解が出来ない。
『貴様ら、よくも我が召喚した魔将軍どもを倒してくれたな。わが手で始末し、魔界の魔族どものエサにしてくれる!』
ええと、こいつが黒幕で、今ルーフィのクエストでは魔軍の斥候隊と戦おうとしているが、それをそもそも召喚しているのがこいつ、ってことか。
なんか読み始めたマンガの最終巻を先に読まされた気分。
さくらさんたちは魔軍と戦いながら、ここまで追い詰めていた、ってことみたいだね。少し理解できた。
そして、戦闘開始だ。
ルーフィがまず雷撃を放った。何回も見た稲妻がまた、魔道士メルキオールを貫く。その直後にハーンさんの持つやりが突き立ち、
さくらさんの剣が煌めいた。
「いけいけいけ」
私は夢中で稲妻を放っていた。さくらさんとハーンさんの二人も連続的に攻撃を繰り出していく。
メルキオールから突然、光線が発射された。
「ぶっとい!」
と思わず叫んでしまったほどである。一瞬ハーンさんがそのレーザー光線の中に消えたくらいである。
しかし、一瞬ののちにハーンさんから何分の一かの光線がメルキオールに向かって撃たれた。
「あ、反射した」
でもダメージは受けている。あとで分かったのだが、この魔法は魔法の大部分は防げるのだが、喰らった分だけは反射する、という機能が付いているらしい。でも、ダメージ量は結構ある。
さらに攻撃を続けていると、さくらさんの真上から、巨大な火球が現れて炸裂した。やはり少しは反射しているが、さくらさんもダメージを受けている。
『ティーム:るーちゃん、反射を自分にも!』
「そうか、あれはこっちも来る」
と思い、ルーフィ自身にも唱えた瞬間、巨大なレーザー光線がルーフィを貫いた。HPが半分近くなくなっている。
「耐えてる。じゃ、次」
ルーフィはティームさんにも唱えた。やはりまた直後、ティームさんの背後に髑髏マークが浮かび、黒い霧に包まれたが、何も起きなかった。
『ティーム:助かった!今のは死霧だあ。死ぬところだった』
「デスクラウド、って感じか。わたし、役に立ってる?」
どうやらそのようだ。もっとレベルが高ければもっと強い防御魔法があるかもしれないのに。
さらに攻撃を加えていくハーンさんとさくらさん。たまにやけに大きな雷が落ちたり、怪しげな雲が発生したりしながらも、次第に敵のHPを削っていく。
何発か魔法を受けると、ティームさんの回復が飛ぶ。
「いけるんじゃない?」
思った時、メルキオールが何かを言った。
『我に敗北はない!魔界の門よ、開け!』
座っていた玉座の辺りに、黒い渦巻が現れ、それがだんだん大きくなる。
「なになに?」
攻撃がお互い自動で止まっているので、手を止めて注目していた。そもそも口上の間も攻撃してればいいのに、とも思う。
黒い渦巻から、メルキオールに向かって霧のようなものが流れていく。
『もしかして、パワーアップ?』
『さくら:そうみたいね。あと少しなんだけどな』
特に姿が変わるわけではないのだが、少しまずい気がする。
『ティーム:るーちゃん!魔晶石持ってない?』
『最初に貰ったやつですか?ありますよ』
そう言えば、そんなのがあったな。使い方は分からないけど。
『ティーム:あとで新しいのあげる。それを装備した状態で、覚えた方の魔法を使ってみてくれ!』
何のことか分からないけど、急いで装備欄を開く。そして、アクセサリーのところに装備した。
『しましたよ?』
『ティーム:説明はあと。来るよ!』
パワーアップが終了したらしく、メルキオールは動き出した。
この状態で(火矢)とか使うように、ということらしい。と考えた瞬間、ルーフィの目の前に高速でメルキオールが滑り込んできた。
「やば!」
覚えた魔法は、発動までに若干の詠唱時間を必要とするようだ。つまり、間に会わなかった。
ルーフィは至近距離から敵の稲妻に貫かれた。しかも、さっきよりも強力になっている。一撃でルーフィは死んでしまった。
『さくら:るーちゃんが! ハーン、次はかばってあげて!
ハーン:おっけい!』
直後には、ルーフィはティームさんの魔法で復活した。
メルキオールは高速移動が出来るようになったので、捕捉しにくくなってしまった。ふたりの攻撃はたまにしか当たらない。
今度はさくらさんのもとに現れ、魔法を唱えたらしい。大きな火球がいくつもさくらさんに炸裂した。HPのバーも一気に黄色になる。
「私もやんなきゃ」
ルーフィは(火矢)を唱えた、はずだった。
「ながくない?」
と思うくらいの長い詠唱時間の末、ルーフィの体が光り輝いた。そして撃ちだした炎の矢は。
「矢?ミサイル?」
数倍の大きさになってメルキオールを貫いた。しかも、メルキオールはルーフィの近くで動きを止める。
そこをハーンさんとさくらさんが集中攻撃をかけた。それで敵のHPはやっとゼロになった。
『おのれぇぇぇ!魔界は、いずれこの世界と入れ替わるぞ。必ずだぁぁ!』
とか、断末魔をあげながら消えていった。なんとなく、今後のルーフィのストーリー展開を知ってしまったのが残念だけど。
そんなことよりも。
『ティーム:復活させなけゃな、るーちゃん』
そう。ルーフィは力尽きていた。しかも、HPもMPも全てゼロになっている。これが魔法を強力に増幅する魔晶石の代償らしい。
まず、ティームさんの魔法で復活した後、しばらく座りながらMPを回復させる。
『ハーン:魔晶石はイベントアイテムだから、後で必要になるの。あげるから、もう使わないでね
さくら:使ってくれなかったらヤバかったわぁ。私のをあげるよ。ハーンは使うかもしれないし。
ティーム:待て待て。まだやること、あるよ。あの魔界の入り口、どうするんだよ?』
ふと気付くと、メルキオールをパワーアップさせた黒い渦がまだ残っている。
『さくら:魔界?行くよ?けどさすがにるーちゃん連れていけないでしょ?だから、いろいろるーちゃんに渡しておかないと。
ハーン:そっか。さくら、ギルドの「決定権」るーちゃんにもつけられる?』
話が見えないところで、大事な話が行われているようだ。とりあえず私は黙って見ていた。
『さくら:出来る、って言うか、そのつもり。しばらく帰って来れないしね。
ティーム:それなら、俺も渡しておこう』
どうやらまとまったようだ。ルーフィのMPも全回復した。どうやらさくらさんが説明してくれるようだ。
『さくら:私たち、このまま魔界へ行くの。しばらく帰れないから、連れていくとるーちゃんのクエストが進まなくなっちゃう。だから、ここでいったん別れます』
『はい⋯。残念ですけど』
『ハーン:ま、会話はできるけどね。
さくら:そこで、るーちゃんに宿題!』
『はいい!』
その、さくらさんから出された宿題と言うのは。
ギルドのメンバーを誘って増やしておくこと。そして、その人柄を判断して強い装備を渡すこと、だった。最近の私のような新人を発掘する、というのが私に与えられた任務だった。
『さくら:そのための(決定権)というのを、るーちゃんにもつけておくね。それで新しい仲間を入れられるから』
『分かりました。増やせるように頑張ります』
かなり信用されているようだ。私も嬉しくなる。
『さくら:じゃ、三人からアイテムを渡すね。使えるものはるーちゃんが使って。そうでないものは横流ししていいからね』
有無を言わさずアイテムや装備の受け渡しがなされ、相当強い武具も含めて、お金まで受け取ってしまった。
「一千万Gって、どうすんだろ?まだ十万も使ってないのに」
ぽっと出の冒険者が、大変な冒険をしてしまい、大変な宝を手にしてしまった。
『さくら:そろそろ行くね。宿題、頼むわね』
『帰ってきますよね?』
『さくら:もちろん。では、あちらからも話すね』
と言い残し、三人は黒い渦の中に歩いていき、消えた。しばらくして、パーティからもルーフィは外れた。少しルーフィ―と私はその様子を見つめていた。
「取り残された感じ。帰ろうか」
私はしばらく余韻に浸っていたが、(帰還の足)を使い、山麓の砦に戻った。
そういえば結構いろいろあって忘れていたが、クエストをまだ終わらせていない事に気付いた。詰め所に戻って、何かをもらって終了だ。
「なんかすごく安っぽく感じる」
今まで、大冒険しててかなり強いボスと戦っていたからだ。
変身を解いて、討伐隊の詰所に入り、一番奥まで行く。隊長と思しきおじさんのもとに行くと、急に話しかけられた。
『話は聞いている。見事な戦いだった』
「どこまでお聞きになったんですか?」
と突っ込みたくなった。ゴブリンだけじゃないのに。
『では、約束の報酬だ。ミスリル銀を進呈しよう』
何かもらったらしい。他のゲームでもよく出てくる魔法金属だ。普通は、何か武具の材料になるはず。
『これを首都ミズーイに持っていけば、強力な武具が作ってもらえるぞ』
私の予想は当たった。けどあまり惹かれない。絶対さくらさんたちにもらった武具の方が強いと思う。
それで終わりかな。フラグは立っているはずなので、新たなクエストは始まらないか、と思って再度話しかけると。
『おお、お前か。元気にやっているか』
当たり前である。
「二秒前まで話していましたが」
いちいち言わないと、気が済まないのである。
すると新しいことを話し始めた。
『そなたの力を見込んで頼みがある。首都まであるものを運んでほしいのだ』
「それはどうかな?」
『この手紙を首都ミズーイの王宮にいる、ランツ大臣に渡してほしいのだ。この依頼は受けてくれるだろうか』
そりゃあ、もう。受けなければ進まないので、イエスとしか答えられない。ただ、また今回も少し時間がかかる予感がする。
『頼むぞ』
そう言われて、手紙を受け取った。話では首都ミズーイは、ここから南西にあるという。セリナがいた廃村から南へまっすぐ行くと分かるらしい。
「でもその前に、宿題をしないといけないね」
どこで新たなメンバーを誘うかは決めている。
「あの森の奥に誰かいないか探してみよう」
位置は確か、スタート地点から西の方だ。とりあえず、敵は無視しながらルーフィは走った。
森の中ももう無視。この間に誰かがいたら話しかけよう、と思っていたが、誰もいない。
「洞窟のところで張っていれば誰か来るわよね」
確か、そこで最初のボスに会ったのだ。今回も誰かがボスに苦戦しているのだろう。
他のゲームのように、一度倒したボスとはもう戦えないわけではないようだ。なにしろ、さくらさんたちが戦っていたのだから。
そんなに待つわけでもなく、一人の戦士が来た。
「カモが来たかも」
莫迦なことを言っている間に、彼は消えてしまった。戦闘に突入したのだろう。勝てちゃったら、なんて言って声をかけよう。
そんな心配を受けてか、新米戦士は再度泉のほとりに現れた。―倒されていた。
「死んでる。ちゃ~んす!」
しまった。ルーフィは〈復活〉の魔法を知らないので、生きかえらせることが出来ない。どうしようか、と思ったが、アイテムで貰ったような気がする。
持ち物の中を探ってみると、それっぽいのはある。
「復活の玉か奇跡のしずくかどっちかだな」
と思ってアイテムにカーソルを合わせてみると、それぞれ効果の説明が出た。こういう場合は「奇跡のしずく」らしい。ちなみに(復活の玉)は装備しておくと死んでも復活できる、というものらしい。多少プレイしていたけど、こういうシステムもあまりつかんでいないのだ。
「早くしないとあきらめちゃう」
ルーフィはためらいなく、(奇跡のしずく)を使ってその新米戦士を復活させた。しばらく呆然と立っている戦士の前に行き、ご挨拶する。
「名前は、バルトさんね」
『こんにちは。水竜退治ですか?』
『バルト:復活ありがとうございます。なんか始めたばかりなんですけど、負けちゃいました。強いですね』
『ちょっとこのボスは独りじゃ勝てないですよ。手伝いましょうか?』
『バルト:いいんですか?ぜひお願いしたい』
まあ、そのためにここに来たんだし。私の方から初めてパーティに誘った。すぐにバルトさんも応じてきて、二人のパーティになった。これで私も歯が立たなかったらどうしよう。負けたらみっともないな。でももうやるしかない。
『行きますよ。バルトさん、先にどうぞ』
そして戦闘が始まった。
あのときのルーフィはもういない。今になってやっと分かったことだが、大ダメージを与えると、この敵は一瞬止まるのだ。
「いけ!いけ!いけ!」
私はびしびしボタンを叩いていた。ルーフィは稲妻を連発していく。途中で火矢に変えて攻撃していたが、ホブゴブリンにほぼ何もさせないうちに倒してしまった。
「しまった。独りでやってしまった」
仲間が一緒だったことを忘れて、戦ってしまった。はっきり言って圧勝だった。こんなに強くなったのか、と思ったが、桜さんたちにもらった武具の効果が大きい。それもあって、途中から武器の効果ではない方の魔法を使っていたのだ。
『バルト:ありがとうございます。強いですね』
『武具のおかげです。すぐ強くなりますよ』
これは本音。本当にそうなんだもの。
『バルト:助かりました。じゃ』
ああ、行ってしまう。ただで助けたわけではないのに。
『待って!』
なんか変。助けた方が追いすがって止めている。ルーフィはティーンさんの元に駆け寄った。
『バルト:どうしましたか?』
『バルトさんは独りですか?』
ああ、ナンパしているようだ。何と言ってギルドに誘ったらいいんだろう。
『バルト:意味が分かりませんが。独りでプレイしていますが?』
『それなら、私たちのギルドに入りませんか?』
唐突な上に、説明まるでなし。桜さんみたいに楽しく誘うことはできないんだろうか。このバルトさんのプレイヤーが画面の向こうで、怪訝そうな顔をしているのが目に見えるようだ。
彼はしばらく止まっていたが、
『バルト:よくわからないけど、進める上でいいことがあるなら、入ります』
『あります。あります』
つい言ってしまった。一応、情報交換が出来たり、クエストの手伝いが出来る。きっと、桜さんたちも助けてくれるだろう。そういうことを伝えた。
『バルト:そういうことなら助かる。お願いすることがあると思うので』
『じゃ、誘います。全てYesで答えてください』
こうして私は新しい仲間を得たのである。みんなにも紹介した。さくらさんたちからも「よろしく」と返事が来たのは違和感だったが。
「会話はできる、って言ってたのに」
でも話せるのを確認してよかった。
もうすぐクリスマスで冬休み。私の心はそれだけで浮かれた。冬休み、非常勤講師の私はクラブ活動も受け持っておらず、かなり休みも長い。ということはたくさん遊べるということだ。優も預けっぱなしではない。いっぱい一緒にいよう。
そう言えばギルドのみんなはどうなんだろう。雪子さんは女子大生らしいが、さくらさんをはじめ、他の人の年齢は分からない。
「聞くのも野暮だし」
せめて、さくらさんだけでも。
そんな風に考えていた。そんな冬の夜のことだった。
いつものようにログインして、自分のシナリオを勧めていた。もちろんギルドのみんなへの挨拶は欠かさない。
『雪子:さくら、さくらーっ』
『どしました?さくらさんいるんですか』
『雪子:うん。さっきまではいたけど。墜ちちゃったのかな』
私が始める前まではいたんだ。今日は人数も少ないようだが。
「じゃ、進むかな」
正直に言って。みんなと会話しているとなかなか進まないのも確か。今日は、ダイセンの町へミスリルを届けるシナリオになっている。一気に行くぞ。レベルも装備も高いんだから。
『さくら:るーちゃん、こんばんはー』
「あれ、いたんだ」
『こんばんはですー』
落ちたかも、って言われていたから、戻っていたんだね。
『雪子:さくらお帰り。寝落ち?』
『さくら:そんな感じ。なんか、すーっと寝ちゃった』
めずらしい。大体雪子さんが眠り姫といわれているけど、実際に雪子さんが寝落ちしたところは見たことがない。他の人ばかりだ。私も気をつけないといけない。
「そうはいっても眠い。こたつに入ってプレイしているけど、みんなの気持ちは分かる。
『さくら:突然だけど、るーちゃんって何歳?』
「えらい突然だな。こっちからも聞きやすくなったけど。どうしよう。本当の事知らせると引くだろうな」
『25歳。さくらさんは?』
四歳ほどサバを読んでみた。
『さくら:二〇歳。けっこうお姉さんなんだ?』
「けっこう」は言いすぎ。本当はもっとだけど。でも二十歳か。若いな。
『大学生?』
『さくら:いえ。専門学校に行ってて。写真やってるの。』
『いいな、かっこいい』
夢がある、っていいな。応援したい。私も教師になりたくて大学選んだんだもの。
「思い出すなぁ」
『さくら:写真家になるの。カメラマンじゃなくて』
『イイね。わたし、応援する!!』
『さくら:ありがとう!』
『ハーン:お取り込み中わるいんだけど
ティーム:二人で熱くなってしまって。こっちもいいかい、さくらちゃん?』
二人のシニカルな笑みが見えるようだ。私もちょっと苦笑い。
『さくら:ごめーん。大丈夫だよ。もういけるよ』
今、さくらさんたちは魔界にいるはず。そこでのシナリオだと分かった。
『頑張って。私も追い付けるように頑張る』
『さくら:はぁい。困ったら一郎や歩くんを頼るんだよ?』
そう言い残して、行ってしまった。
少し寂しさが残ったけど、しばらくは独りでシナリオを進めるつもりだったのでもと通り、のはずではあったのだが。
ルーフィは黙って道を歩いていった。ダイセンの町はかなり大きく、中央に大きな屋敷があり、いろんな店があった。まずはクエストのクリアをするために、鍛冶屋に入る。
「なんか大冒険して辿り着いた感じがするわ」
『ミスリルだな!確かに受け取ったぜ。ごくろうさん!』
鍛冶屋のおじさんは、そんな言い方で労ってくれた。さて、次のクエストはきっと大きな屋敷で貰えるはず。
と思いながらも町のいろいろなところを歩き回っていく。その上で屋敷に入っていく。
「ごめんください」
一回でいいから、つまみだされるようなゲームをやりたいと思う。誰にも邪魔されず、ルーフィは屋敷の中を歩き回った。
「偉い人は一番奥にいるに決まってる」
そんな決めつけのもと進んでいくと、案の定、一番奥のおじさんが一番偉そうだった。
「あなたが偉い人ですね。お困りはないですか」
『わしがダイセンの町長、ライムである。冒険者よ、よくぞ参った』
偉い人が偉そうに言っている。こちらは勿論、次のクエストは?ということくらいしか考えていない。ルーフィは恐れ入ってか膝をついているだろうけど。
「何か困ってるなら助けますよー」
『そなたが魔軍と戦っているのは聞いておる』
「―どこまで?」
『その腕を買い、そろそろ斥候隊とも戦ってもらいたい』
斥候隊どころか、結構上と戦ってきてしまっているのだが。一人で戦ったらどこまで通用するかも気になる。ライムさんに先を促した。
『ここから南に行った山間に、砦のようなものがある。それが斥候隊の砦となってしまった。それを駆逐するのを手伝ってほしい』
「ま、一人じゃ無理だしね。手伝いと言いつつ、結構やらされるんだ」
これでまた一つクエストを受けたわけだ。南の砦に行くことになる。早速行くか。
狩ると突然、
『一郎:こんばんは』
と入る。そりゃ突然だよね。
『バルト:こんばんは』
ともう一人。
『二人ともこんばんはです』
何かやっているところでも入って来る。それは当たり前。その後どうなるか、というと嵐のような挨拶になる。みんなの後のさくらさんの『こーんばんはー』でしめる。それがすむとまた進めた。
「どんどん行こう」
そして、砦の前まで着いた。思ったより大きい。また前のようにザコでも同時に複数出て苦労するだろう。
「そうだ、誰かに手伝ってもらおう」
さくらさんだって頼っていいと言っていたし。
『だれか、魔界に行っていない人で斥候隊の砦攻略を手伝ってくれる人はいませんか』
するとありがたいことにすぐ手が挙がった。
『一郎:手伝うよ。
アルフレイド:暇だし。俺もいけるよ』
との事だった。どちらもナイト、というのはバランスを欠く気がするけど、どちらも強い。助かる。
『さくら:ごめんね、るーちゃん。あたしらはいけないや。みんな、るーちゃんを宜しくね』
さくらさんはすごく気を使う。そういうところも好きだ。そしてすぐ、ナイトの二人は集まってくれた。
『ありがとうございます―』
『アルフレイド:ここなら何回かやったし、まかしといて
一郎:早速入ろう。ルーフィさんがパーティを作ってね』
私がメインでパーティを作るなんて初めてで、少し緊張する。
『ではいきますよ』
私はパーティに二人を誘って3人パーティを作った。パーティはギルドとは違って、一緒に戦う。
そして私たちは砦に入っていった。
予想通り、敵は複数同時に攻撃してくる。
『一郎:掩護は任せた。前衛はこちらで。
アルフレイド:大丈夫。任しといて』
入ってすぐ、敵が現れた。バーには「レッサ―デビル」と出ている。ピンク色で小さな羽根が付いている。3匹現れたが2人はそれぞれに斬りかかっていく。残り一体に向けて、ルーフィは雷撃を放つ。
雷撃一発では仕留められなかった。だがその間に一郎、アルのナイトコンビは連続でデビルを斬り、一気に倒した。ルーフィはさらにもう一発の雷撃を放った。
「行けえ!ライトニング!」
というのを実はまだやっているのだ。楽しくやらないといけない。
二発目の雷撃によってデビルは消滅した。
やっぱり二人とも強い。ルーフィもそのようになりたいものだ。
そうやってどんどん進んでいく。その中でルーフィはさらにレベルが上がった。雷撃を覚えて、自力で使えるようになった。
「なんか、うれしい」
その後使ってみて分かったのだが、杖の力で使っていた時よりも5割は強い。自力はやはり強い。
『アルフレイド:ルーフィさん強いじゃん』
『前よりはですけどね』
二人のおかげが大きく、その後割と楽に進み、ボスのところまで着いた。箸折ってしまえるくらいである。
ボスは強い。しかも大きかった。簡単に言うと人型に立ちあがったドラゴンだ。しかもいきなり炎を吐いてきた。その範囲には全員が入ってしまい、全員がダメージを受けた。
『一郎:散れ!』
その一言で三人はともに三方向に分かれた。
左右からナイトたちが飛びかかっていく。
「ライトニング・オリジナル!」
気分の問題なので許してもらおう。ライトニングの連打はかなり強かった。一撃でナイトの攻撃の数回分はある。ただスピードはナイトの方が早く、連続で攻撃ができる。
ドラゴンはツメで二人を順に攻撃していく。ただ二人とも体力が半分残った状態で勝ててしまった。最後の攻撃はルーフィだ。雷撃が突き立った途端、ドラゴンの動きが止まり、崩れ始めた。
『そんな馬鹿な。人間などに---』
「こいつはなんか喋るのか。なになに?」
『だが魔軍はもう来ている----。残念だったな。メルキオールさまーっ』
最後にそれだけ言って崩れた。メルキオールって出てた。さくらさんたちと倒したやつだ。その下っ端ってことか。
『一郎:お疲れ様』
『お疲れ様です。ありがとうございました』
『アルフレイド:いえいえ。ルーフィさんおつかれさまです』
こうしてルーフィ達は斥候隊の砦をクリアしたのだった。
翌日は終業式だった。私は担任ではないので気楽だった。食事だけして帰ることにした。カレーではなく定食だったのに、こんな時に限ってあのうるさい生徒たちはいない。
「カレーるー先生返上だったのに」
ちょうどこの後通院もしているし、早く帰ろうと思った。
冒頭に出した病院に通院している。偏頭痛でもないが、マッサージを受けに行っている脳神経外科がある。こういう使い方をしている人は意外にいると思う。
いかにもそれっぽいが、私は断じて重病ではない。病院の後は、軽やかに娘の迎えに行った。
ちょうどそんな日のゲーム内で、さくらさんが言ったんだ。病院に行ったあとだから、気になったのかもしれない。
『さくら:なんか頭痛いんだ』
『大丈夫?かぜ?』
『さくら:かもしれない。今日は早いうちに寝るわ』
『それがいい。早く寝てね』
「病院へ」と書こうとしてやめた。考えすぎだろうと思った。さくらさんはお礼を言ってくれて『じゃ今日はもうあがるね』とログアウトしていった。
何事もなければいいな、と思っていた。結果を先に書いてしまうと、何事か「ある」のだが。他の人も心配しているようだ。その中で、
『バルト:さくらさん大丈夫かな』
「を、あんたもかい」
新人と思っていたのに。慕われているな、さくらさん。
改めて進めよう。またいい人がいたら仲間にして増やそう。そしてシナリオもどんどん進めて、さくらさんに追いつけるようにしよう。
ルーフィは前のシナリオが終わったので、町長のライム氏に報告に行った。相変わらず偉そうにしていた。
『ご苦労だった。そなたたちのお陰で取りでも落ちた。これからが本番である』
「ますます偉そうだね」
『つぎは魔軍の本隊との戦いである。知っての通り、魔軍はまだこちらの世界には来ていない。ただ魔軍をこちらに呼び込もうとしているものがいるのだ』
「それがメルキオール?」
つい先走ってしまう。説明的なセリフだが、全てを覚えてはいられない。
『メルキオールという魔道士だ。どこにいるのかは分からない。彼の者が魔界への門を開こうとしているのだ』
「開いちゃってるんだけどね」
でもだいぶストーリーが近づいてきた様に思う。もうすぐさくらさんに手が届くだろうか。そして、次に行くべきは、はるか南の王都エディだと教えてくれた。しかも王への手紙をもらった。紹介状らしい。
『よろしく頼む』
町長でこれなら王様はどれだけ偉そうなのだろうか。早速出発しようと思ったら、話しかけられた。
『バルト:ルーフィさんって何してる人なんですか』
「あら、突然何かしら」
『英語教師です』
微妙に科目を変えて見た。英語も好きだったもので。
『バルト:ルーフィさんは独身?年はどれくらいなの?俺は一七歳だから結構上だと思うけど』
また。「結構」は余計だ。少し意地を張って、またサバを読んだ上に嘘までついた。
『二五歳。ちょっと上かな。独身だよ』
『雪子:でもだめよ。るーちゃんは彼氏がいるんだから』
「一体いつからそこに」
と突っ込みたくなるような入り方だった。
『バルト:雪子さん見てたの?なんだ、彼氏がいるなんて残念だ』
ちょっと本気ではない書き方のような気がする。ただそんなこと言ったら雪子さんが。
『雪子:うわぁあああ!るーちゃんがもててるぅ。私はだれも声掛けてくれないのにー』
「彼氏ほしい発作」が始まった。
『雪子:明日はイブなのに何にも予定がないしぃ。るーちゃんはあるよね』
『まぁ一応、はい』
『雪子:そりゃそうだ。バルトくんは?そもそも彼女いるの?』
『バルト:いや、いないすけど』
おいおい、高校生だし、そもそもここで相手見つけるつもりかい。放っておくとそうしそうだし。少しそらすか。
『雪子さんはどこに住んでるの?』
『雪子:横浜。るーちゃんは?』
『仙台。全然違うところなんだね。バルトくんは?』
『―おれも仙台。青葉区』
「をを?」
同じ区内。ご近所かも。うちの学校の生徒だったらまずい気がする。
『近いね。私は泉区だから、地下鉄で一本だね』
それっぽく嘘をついてみたりして。
『バルト:南北線?俺は仙山線だし』
『雪子:地元ネタで仲良しー?うわぁぁぁ』
また雪子さんがひがんだ。かえって逆効果だった。でも同じ地元がいるのは良いね。雪子さんには悪いけど、たまにネタにできるし。
『雪子:じゃあ、バルトくん、クエスト何か困ってない?』
「ほんとにアピールに出たの?」
『バルト:大丈夫。また困ったら頼みます』
ここで頼んだら魔術師二人になっちゃうしね。でも私も助けてもらっているので、頼られたら絶対助けるけどね。
心の準備をしつつ、ルーフィは王都へ向かうのだった。今日はこの辺にしておこう。今日は祝日なので、旦那が早く帰るはずだ。
『今日は上がりますね。お疲れ様です』
次の日は旦那がさらに早く帰ってきた。クリスマスケーキやらプレゼントやら、サンタの格好やらいろいろ買いこんでいた。優には内緒のものは車に隠したらしい。
優はもちろんサンタを信じている。
「いくつまで信じていた?」
の質問には八歳と答えることにしている。それっぽいからだ。本当は一二歳だけど。親がうまくやってたんだと思う。
料理も気合を入れて作り、かなりいい感じのクリスマスパーティが出来た。優が歌うと「じんぐるぺる、じんぐるぺる」
何て言ってて笑ってしまう。
「ゆー、じんぐる、べるだ」
お父さんなんか余計にでれでれだ。料理もおいしくできたし、ケーキもおいしかった。そうするとつい雪子さんの事を思い出してしまう。今一人でさびしくやってるんだな、と思うとつい笑ってしまう。
今日のゲームは休みだ。良いクリスマスイブだった。
次の日は少しだけゲームをした。まず予想通り雪子さんの呪いから始まっていた。何しろ昨日のイブは、ギルドメンバーが一人もいなかったらしい。雪子さんは大荒れだった。今日もメンツは少なかった。ルーフィが王都に着くまでやって、終えた。
さて二六日。冬休みまっ最中なので、優はずっと家にいる。今日はその優がいる中、一緒にやってみようと思う。
「ちょっと無茶かな」
と思いながらも始めてみた。
『こんにちはです』
『さくら:こんにちは。るーちゃん、今日は早いんだね』
『冬休みなので』
『さくら:私も』
この二人の冬休みは意味がだいぶ違う。ただこの人、もう大丈夫なのかな。
『調子はどう?この前、頭が痛いって』
『さくら:うーん、ずっといたい。ときどきすごく』
「え、それはまずいんじゃ」
『病院行った?風邪じゃないと思う』
『さくら:行ったんだけど全然。でも大丈夫だよ―』
どこが大丈夫なのか分からない。大体一行で矛盾している。
『もう一回別のところに行ってみるといいです』
『さくら:心配しすぎだよ、るーちゃん。いってみるけどね。ありがとうね』
絶対何かある。私はさくらさんに再度病院を訪れることを約束させた。
『さくら:またいたいごめんおちる』
今も痛いらしい。目の前いたら絶対病院に連れていくのに。もどかしい。
「おかーさん泣いてる?」
気づいたら目の前に優がいた。とっさにゲームのスイッチを切った。しまった。子供に心配させてどうする。
「そんなことないよ、ゆー。何して遊んでいるの」
と言いながら私は娘を抱き締めた。きっと大丈夫。明日になったら、何でもなかったよ、るーちゃん、って言われるはずだ。でもこのままログインしてこなかったらどうしよう。
実はそんな思いが、もう4日ほど続いた。
もう年末の三〇日の夜に、さくらさんがいた。
『さくら:こーんばんはー』
「いたーっ」
つい叫んでしまって旦那をびっくりさせた。
その後の調子はどうだったんだろう。
『調子はどう?』
最近覚えた、一対一しか伝わらない会話で話しかけた。
『さくら:だいじょーぶ』
『ではないでしょ』
どうせ強がると思ってすぐ返す準備をしていた。
『さくら:もう、るーちゃん。敵わないな。要精密検査。年明けには行くよ。大学病院とか近くにないし』
『さくらさん、どこに住んでるの?』
『さくら:福島の相馬ってところ』
近くじゃん。というか、そこから一番大きな病院は福島か郡山。仙台の方が近い。
『さくらさん、仙台の病院に行きなさい』
明日は大みそか。診察を受けるかどうか分からない。
『ちょっと待ってて』
私は診察券を出した。通院している病院の脳神経外科である。MRIを始めとした設備はかなり整っている。
直接電話をかけると、明日は午前中のみやっているとのこと。それを伝える。
『さくらさん、仙台の○○病院。明日は午前中だけならやっているって』
『さくら:いま連絡してくれたの?。』
しばらく沈黙。
『さくら:ありがとう。私、行く』
良かった。一緒に行こう。そう言いたくてたまらない。彼女の手を握りたかった。その後しばらくゲームはしたけど、全然頭に入らなかった。
そして、次の日。いても経ってもいられなくなり、病院に行くことにした。会えるわけではないし、会っても分からないけれども。
「ゆー、今日はおとーさんと留守番してくれる?病院に行って来る」
「びょーいん!?」
「肩こりの方か?」
旦那は分かってくれてる。送り出してくれた。掃除もしなきゃいけないから、急ぎだ。
いつもより早い時間、朝一で入った。
「来るとしてももう少しあとだな。相馬からだし」
ゲームな女は独りごとが多い、って本当だな。つい呟いた。まずは先に自分の診察をすます。本来の目的はこちらのはずだから。
診察が終わると待合室は混み始めていた。内科などと違って、ものすごく混んでいたりはしないが男女とも多い。みんなが脳に重傷を抱えているわけではない。私みたいなのもいるし。若い女の子は偏頭痛が多い。二〇歳前後の女の子も何人かいる。この中にいるのか、と思って一人の女の子の隣に座った。そして、呼ばれるのを待つ。私は本当は少し離れた会計に行かなければいけないのだが。
だがそこから二人目に呼ばれた。
「みやしたさくらさん、どうぞ」
本名だったの?私はその横顔と後姿を見た。
年のころは20歳代前半くらい。焦げ茶色のショートヘア。この子だろうか。彼女は診察室に入っていった。
私、何しに来たんだろう。確かめる手段なんてないのに。まるで恋する乙女だ。でも恋に似ていた。あのショートヘアーの子なら、約束通り来ている。それだけでいい。
私はそう割り切って会計に行った。
そして。
「やまさきるうさん」
会計に呼び出されて、立ち上がった瞬間。視線を感じた。それも、絶対分かるくらい、誰かが私を見たと。私は振り向いた。敵意のある視線ではない。見たとしても、さくらさんのはずだもの。見回した。でも分からない。さっきのショートヘアの子はいない。
誰とも眼が合わない。あきらめて、会計を済ませた。本当は、「私はルーフィです」とひとりひとり言って話しかけていきたい。相当変な人だ。
向き直るとまだ、誰かが私を見ている。どこからかは分からない。私は会計五、待合室をぐるっと回ってから外に出た。
「会えなかったか、残念」
もしかしたら数メートルのところにさくらさんがいたかもしれないけど。もともと会える人ではなかったのだ。私は後ろ髪をひかれつつ病院を出た。
感慨に浸っていたが、留守番をしている家族を思い出し、家路を急いだ。
その日はゲームなど出来ず、そのまま年を越した。
考えて見れば、今年は不思議な終わり方だった。
第四章 祈り
年が変わった。少しの間、私はゲームの事やさくらさんの事は忘れた。
「あけましておめでとうございます」
優はゆっくりはっきり言えた。旦那は大喜びをしてぽち袋を握らせた。
「よーし、ゆー、よくいえたぞ」
「親莫迦なんだから」
と私も笑った。
今日は義父母の家に挨拶に行った後、一緒に初詣に行くことになっている。姑との仲は良好で、仲も良い。
優はじいちゃんにつかまったが、ぽち袋を持ってにこにこしている。その後みんなで神社に初詣に行った。そこでたまたま生徒たちに会った。それほど偶然ではない。ここら辺で一番大きな神社だし、ここら辺にすんでいる生徒も多い。
「あ、るー先生だ。おめでとうございます」
「おめでとう」
てなもんだ。さすがにお年玉はあげられないが。田井くんたちもいた。でも田井くんは心配そうにしてた。なぜだ。
割と正月は楽しくというよりも、ゆっくり過ごした。おせち料理は姑と作ったのを3が日食べていた。三日になるとゆっくりしているのも飽きて出かけたりした。この間ゲームはやっていない。
大体正月からゲームをやっている人はいないだろう。たとえ雪子さんだって帰省しているだろう。その後のさくらさんの事だけは気になるが。
一月四日の夜になって、ゲームに向かった。旦那も他のゲームを始めたからだ。ただ一人でいるわけではないので静かにやらなければならないが。
「久しぶりに行こうか」
ゲームスタート。
ストーリーがどこまで進んだか分からなくなっている。大きな町にいる。そう言えば王都に向かっているところだっけと。
まずごあいさつ。
『こんばんは。明けましておめでとうございます』
『雪子:明けましておめでとうございます』
『バルト:おめでとうございます』
こんな感じだが、他にもいたのは一郎さんとあるさんとティームさんだ。さくらさんはいない。
『雪子:るーちゃん、さくらどうしたかしってる?』
『知ってる、かもしれない』
いなくて、私の予想通りなら、
『入院したかも』
年末に病院に行って、何かがあったなら。もちろんあってほしくないけど。
『でも大丈夫って言ってた』
『ティーム:さくらの事だから大丈夫太郎けど』
『バルト:帰ったらちゃんと迎えればいいんじゃないですか。いまどうしようもないし。るーさんが病院紹介したらしいので。あとは待ちですよね』
その通りだね。バルトくんの言うとおりだ。少し引っかかるところもあるけど。
『一郎:じゃ、シナリオ進めようか。誰か手伝ってほしい人』
『アルフレイド:るーさん、手伝ってあげようか。そろそろ王都でしょ?ついた?』
『まだ。もう少し。着いたらまたお願いしようかと』
『一郎:それだ。手伝ってあげるよ。その洞窟の敵強いよ。最後ドラゴン出るし』
なるほど。到着自体が一つのクエストなんだ。だから、クエストボスがいるのか。
「じゃあ、お願いするか」
というわけで、私は待たないと二人を連れて王都に向かうことになった。
洞窟自体は複雑ではない。何しろ通路なので、ほぼ一本道だ。ただ横幅がかなりある。結構な数の敵が出てくる。
「リザ―ドマンね!」
トカゲ男に勝手に命名して、また勝手に命名したライトニングを放った。一発で仕留められないが、二発で消えていく。
『一郎:るーさん強くなったね』
『まだまだ駆け出しです』
それはない、とは思うけど。やはり『まさか』とか即突っ込みが入っていた。
かなりの数のトカゲ男たちを、ナイトたちは文字通り蹴散らしていく。その背後から雷撃を放つルーフィ。そこでレベルも上がった。
「氷嵐」を覚えた。ネーミングは即決まった。
「ブリザードね」
これもまたセットしておく。そしてすぐ使う。これがまた強かった。範囲魔法で、前方へ向かって渦を巻きながら広がっていく。
その中に3匹ほどのトカゲ男がいたが、全員一撃で倒した。
「つよっ」
少し驚いた。範囲には一郎さんがいたが、そこはコンピューターゲーム。影響はない。本当なら巻き込まれてダメージだ。
『一郎:るーさんやっぱり強くなったな』
『そうみたい』
確かにね。思えば遠くに来たもんだ。まだまだだけど。
ルーフィ大活躍で進んでいく。元々ルーフィのシナリオなので、そうでないと困るのだが。そしてついに一番奥でドラゴンを見つけた。おおきさは、画面の半分を占めてなお収まりきれないくらい。頭の大きさがルーフィくらいある。
「これ、勝てるのかい?」
『一郎:行くぞ、散れ』
そうだった。炎の息を吐くんだった。左右に分かれた。ルーフィは常に顔が向いていない法に移動する。
まずドラゴンがアルさんに咬みつく。その直後に二人が斬る。ルーフィの放つ氷の嵐が体を包む。実はその繰り返しだ。まずいことに、回復できる仲間がいない。出来るだけ回避しないといけない。
「ブレスが来る!」
どうして炎の息が来るタイミングが分かったか、というと、勘である。わたしのゲーマーとしての勘だ。そのため、結構広い範囲攻撃を喰らわないで済んだ。
こうして、かつてメルキオールに食らいまくったルーフィも、神懸かり的に回避しながら攻撃し続けた。
かなり長かった。ナイト二人の体力バーが黄色になったころ、ドラゴンは崩れた。ルーフィはノーダメージではないが、かなり余力を残していた。
『お疲れ様です。ありがとうございます』
『アルフレイド:きみはすごいな。かなりやりこんでるでしょ』
その通りかもしれない。でも今の戦いはかなりスリルがあって楽しかった。
しかも、アイテムも手に入れた。「魔道士のローブ」だ。久しぶりに自前のもので装備できる、と喜んだ。
そしてナイトたちと別れて、ルーフィは独り王都エディに入ったのだった。
「おかーさん?」
集中しすぎである。旦那である。優の口調を真似してきた。
「なに?」
つい、そっけなく答えてしまった。だってちょうどいいところが終わったばかりなのだから。旦那が眠そうな目をしている。
「俺もう寝る」
「わたしも」
慌てて言った。区切りの良いところだし、その、なんか旦那に求められている気もするし。私は下着も整えて、よく歯も磨いて寝室に入ったのだが、彼はもう眠っていた。
「なによー」
私の立場がない。潤んだ目で見るから、求めていると思ったら眠いだけ、って馬鹿みたい。私も今日はもう寝ることにした。
次の日からは学校が開いている。3年生の冬期授業がある。私はまだ休みでいいらしい。旦那はもう会社なので、日がな一日、娘と遊ぶことにした。
公園に行って一人で遊ばせていたその時。視線を感じた。病院で感じたような。すぐ振り向いた。けど分からない。誰かが私を見ている、そんな気がした。
「気のせいだろう」
と思うことにした。ここにさくらさんがいるのか、とは思いづらい。
視線を感じたのは一回だけだった。また優との遊びに戻った私はその事を忘れた。
「おかーさん、一緒にぶろんこしよう」
ブランコね。大きく押してあげるとなくくせに、ブランコが大好きなのだ。
けらけら笑っていて楽しそうだった。
そしてその夜。たくさん遊んで疲れた優はいつもより早く寝てしまった。この後はまたゲームの時間だ。
またログインする。そして画面にルーフィが現れた。
『こんばんはです』
『さくら:こんばんは』
「いる!」
さくらさんが。一週間も経っていないのに、かなりたった気がする。
『さくらさん、大丈夫?』
その返事はしばらく帰ってこなくて心配になった。みんなに公開せず、内緒話のモードで返してきた。
『さくら:るーちゃん、いろいろありがとう。紹介してくれた病院も行ったよ』
『ほんと?で、どうだった?』
『脳腫瘍だって』
比較的、あっさりと書いてきた。私も、これを予想したから紹介したのではなかったか。でも、それに対する返事が見当たらない。
「何て返そう」
『さくら:で、今入院してるの。病室でやってるんだ』
思ったより明るい感じで良かった。
『早く良くなるといいね』
『さくら:もしかしてるーちゃん、病院にいた?』
やはりばれていた。『うん』とだけ答える。
『さくら:じゃ本名も分かっちゃった。っていうかそのまんまだね』
『さくらさんは?』
『私はちょっと離れたところにいたけど、セミロングの眼鏡。なまえはさくらじゃないよ』
私が反応したのも見ていたのか。
『声掛けてくれればいいのに』
『かけられないよ。変な人じゃん』
同じことを考えて私は声をかけなかったのだから。ただ私の方は外れだった。
『それで病状は?』
『さくら:分からない。今は薬が効いているのか、なんともない』
自分自身に言い聞かせるが、脳腫瘍は氏病ではない。良性と悪性があることくらいは知っている。数文字が打てなかった。「どっち?」と。
どちらにせよ、手術の可能性が高い。
『これからしばらく入院かな?』
『さくら:うん。週末に手術で、その後もしばらくはね』
そうか。私はそれに対しては『いつも来るから、何かあったら言ってね』と返した。
『さくら:るーちゃんは本当だからな。頼れるお姉さんだ。その時はヨロシクね』
そう言った後は他愛もない言葉をやり取りした。そう、わたしはさくらさんに病院を紹介した。みんなには内緒で。でも。
「それを知ってる人が、いる」
少し前に引っかかった所はこれだった。知らないはずの人が知っている。誰だったか思い出せない。あのとき絶対内緒モードにした。だからみんなは見ていない。
「バルトだ」
唐突に思い出した。バルトくんが言ったんだ。なんだこいつ、と思った。ただそれでも知る手段はない。
「いや、ある---」
すくに気付いた。確かめる手段もある。
でもこんなの、分かっても分からなくてもどうでもよいことではあった。
次の日は木曜日で、私も登校した。久しぶりに生徒たちに会って、久しぶりに日本史の授業をして、久しぶりにカレーライスを食べた。今日は私の方から田井くんたちを見つけて声をかけた。
「同席よろしいかしら」
あと前島くんと佐藤くんがいて、みんな丸い眼をしたが『どうぞ』と言ってくれた。
「またカレーすね」
前島くんが言ったが、今日は返せる。なにしろ十日ぶりなのだから。私がそう言うと、佐藤くんは冷静に、
「営業日ベースですよ」
と言った。そして続けて訊いてきた。
「ところでるー先生。まだあのオンラインゲームはやっているんですか」
「やってるわよー」
「深入り禁物ですよ」
佐藤くんの台詞にぎくりとした。だいぶ感情いにュあしている。ゲームは勿論、さくらさんにも。
「なんで深入りしてはいけないの?」
「そればかり考えるようになるらしいすよ。いつもやるようになって中毒になる」
わたしは何故、高校生に指導を受けているのだろう。そんな気になった所に、今度は田井くんが。
「先生大丈夫ですか、体調」
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくてもいいじゃない」
「でも」
分かった。ピンときた。いたよ、ここに。
「私が病院に行くのを見たとでも?」
「はい」
はっきりしてしまった。田井くんがバルトね。少し考えれば分かることだから指摘してあげようかしら。
「でも大丈夫よ。肩こりから来る頭痛だったから」
「あ、はぁ」
「でも心配してくれてありがと」
少し微笑んであげる。そして食べ終わると田井くんたちの方が先に席を立った。居心地が悪くなったのだろう。
「じゃ失礼します」
と言って去ろうとする田井くんの裾を友達に分からないように引っ張る。そして囁いた。
「私がルーフィよ、バルトくん」
彼は明らかに驚いた顔をした。
「---いつから知っていたんですか」
「あなたが私の体調を心配してくれて、確信したけどね。私がさくらさんに会いに行ったとき、いたでしょ?」
「はい。僕も会えるかな、と思って」
なんかまだ引っかかるけどいいでしょ。
「これからも相談に乗ってもらうからね」
「あ、はい」
返事をしたので開放して上げた。そんなに赤くなることではないと思うが。ただ今日バルトが入ってきたら、ゲームのやりすぎにならないように注意しないと。
その日の夜はバルトくんは入ってこなかった。やりにくいだろうか。
ルーフィは王都の王様に会いに行くことにした。何処かに入ったらそこの一番偉い人を探すのが鉄則だもの。
やっぱり王様だけあって、偉そうだった。
『よくぞ参った。町々の長からも、腕も立ち大いなる働きをしたと聞いておる』
「恐悦至極です」
画面に向かって頭を下げてみた。
『そなたの腕を見込んで課題を与えたい。それをなした暁には、我が国の近衛隊に任命するとともに褒美をとらせよう。どうだ、受け.るか?』
ルーフィは「名誉なこと、謹んで拝命します」とでもいっているのか。私は「褒美ってなに?」とか呟いていた。答えはもちろん「はい」にしておく。そうでなければ進まない、というのもあったが。
ところが。
「宿題、忘れてた!」
学校のではない。さくらさんのだ。仲間を増やすように言われたんだっけ。
王様からの課題は、魔界への扉を封じるのに必要なものが北の山奥の塔にあるから、獲って来い、というものだった。
「はいはい分かりました」
そんなことより。わたしは急いで冒険者たちが溜まっているところに行った。
色んな人がいる。その中でルーフィは、ある職の人を探した。プリーストだ。なんと、ギルドに回復役が一人しかいない。ティームさんだが、いまは魔界に行っていてすぐには来れない。
ちょうど見つけたので声をかける。
『ギルドに入りませんか』
直球である。
『シェーラ:はい、お願いします』
返事も直球だった。すぐに彼女をギルドに入れた。慣れているのは、ルーフィと同じレベルというのも大きいだろう。
『よろしくね。なにか困ったことがあったら言ってね』
『シェ―ラ:ありがとう。多分結構お願いするわ』
実は僧侶は回復のエキスパートだが攻撃力が低くて、単独で進めるのはきついらしい。だから常に誰かのサポートが要るのだそうだ。
需要と供給が合ったパターンだ。
早速シナリオにも誘ってみた。同じレベルだと同じシナリオが出来る可能性が高い。案の定だった。
『一郎:はじめましてシェ―ラさん。僕は魔女の騎士1号です
『アルフレイド:魔女の騎士2号です。勿論そのシナリオ、お供しますよ』
示し合わせたように二人のナイトが入ってきた。
『シェ―ラ:よろしくお願いしますw』
新たなパーティを作り、ルーフィ達は北へ向かって出発した。すぐ山がちになっていく。
山奥に塔があるらしいが、さらに先だ。
ルーフィは文句も言わずに、山道を駆け上っていく。やがて塔が見えた。見た目は大したことはない。
『アルフレイド:ここのボスは打撃がすごく強い。回復頼むよ。割と丈夫だし
シェ―ラ:わかりました。けどどんな敵ですか
アルフレイド:ミスリルゴーレム。堅いし弱い魔法は効かないし。
シェ―ラ:死んでも復活させるんで大丈夫』
字面だけ見ているとすごい気がする。よし入るぞ、と思ったら入口が開かない。扉に何か書いてあるらしい。
『我に強大な力を示せ』
「なんだこれ?鍵ではないらしいけど」
『一郎:るーさん、魔法だ。魔晶石の』
すっかり記憶の奥に押し込まれていたアイテムを出してきた。確か、さくらさんたちとメルキオールと戦った時に使った。
「確か、魔法を増幅する効果があるんだっけ」
あの時使った後新しくもらったものがある。
魔晶石を装備して、魔法を放った。
「ライトニングぅ」
いつもの雷撃とは桁違いの、光の柱が扉を貫き、それを消滅させた。
『一郎:すげえ。ゴーレムだって一撃でやれるんじゃね?
アルフレイド:じゃ、俺の魔晶石あげる。持ってても使う機会ないし』
ではありがたく頂いて、派手に使うことにしよう。
等に入ると中はそれほど広くなかった。三、四部屋位が一階層だ。問題はやけに高いことだ。
「ドルアーガじゃあるまいし」
それじゃ六〇階あるじゃん。と自分で突っ込むのも虚しい。敵はナイト大活躍で、圧勝しながら進んだ。いまのところシェ―ラさんの活躍の場はない。
今何階か分からなくなるころ、階段を上がった所が大広間になっているところがあった。一番向こうに階段がある。そしてその前には、一体の巨人がいた。澄んだ水色で、高さだけでもこちらの倍ある。
『あれ、ですね』
『一郎:そう。ミスリルゴーレム。用意は良い?
シェ―ラ:まって。補助魔法を』
そうだった。ルーフィも覚えていたんだ。二人はそれぞれ、千速、大鎧を唱えた。速度と防御力が上がる。
『アルフレイド:では行くよ』
「おう」
まずナイト二人が突撃する。その間にルーフィの雷撃が飛ぶ。ナイト二人が斬りかかっている間に残りの二人は、魔法が届く範囲まで近づいていく。
左右からナイトが連続で攻撃した。あまり効いている様子はない。ルーフィの魔法「ブリザード」は少し大きく体力を削った。少し時間がかかりそうだ。
とはいえ攻撃は、強烈だった。ナイトの体力の二割を奪うだけでなく、吹っ飛ばされて少しの間は慣れてしまうのだ。ただ殴るだけの単調な攻撃なので、回復さえちゃんとしてもらえれば勝てる、ということだ。
新規加入のシェ―ラさん、大活躍である。
回復を連発し、攻撃を続けていられた。しかしながら。
「やば。足りない」
このペースでいくと、シェ―ラさんのMPの方が先に尽きる。
「ここで必殺技を使っちゃおう」
急いで魔晶石を装備して、そのまま「氷嵐」を使った。一気に画面が真っ白になった。それが一気にゴーレムの体に集約する。そしてミスリルゴーレムは砕け散った。
「最初から使えばいいじゃん」
とはいえ、苦戦しながらもミスリルゴーレムを倒した。倒したとき同時に装備品を手に入れたが、剣なので装備できなかった。
そして、奥にある階段を上がると、中央に大きな鏡がある。
「お、これが封印に必要なアイテムか」
いそいそとルーフィ達は近づいていく。
『ルーフィは鏡を覗き込んだ。だがルーフィの顔が映っているだけだった』
この鏡がアイテムなのか、と思って色々調べた。すると裏側に回り込むと、
『「必要なものは、あなたの力だけ」と書いてある』
なんと。そういう落ちか。がっかりもしたけど気持ちよくもある。
『アルフレイド:もう見た?かがみのぶん』
『シェ―ラ:見ましたよ。おもしろいというか肩すかしというか』
『まったく。結構上がってきたと思うんだけど』
打ってから思ったのだが、このゲーム移動魔法はあるが、ダンジョン脱出用の魔法はない。つまり、歩いてて下りる。
『一郎:終わりだね。お疲れ様。戻ろうか』
みんなも同じことを考えて、ため息などついているのだろうか。そんなことはないというのがすぐ分かった。ナイトたちは、部屋の端までいって消えてしまったからだ。
「飛び下りればいいのね」
良くゲームである方法だ。ルーフィもそれを追うように飛び下りた。一瞬後には塔の入り口前に四人とも立っていた。
『普通なら大けがよ』
『シェ―ラ:いやいやいやいやいや、ふつう死ぬって』
厳しい突っ込みだ。もう打ち解けたようで良かった。これでもう一つさくらさんに追いついたのだった。
さくらさんに行き会えたのはこの次の日だった。いつものように、ゲームのスイッチを入れ、開始する。
『こんばんは』
とギルドのみんなに挨拶をすると、さくらさんからも返ってきた。
『さくら:こんばんは。ひさしぶりっす』
「週末手術じゃないの?」
明日が金曜日だ。そろそろじゃないか。
その内容を内緒話のモードで訊くと、少し時間をおいて返ってきた。
『さくら:あさって。大丈夫だよ。ただ何かやってないと不安になるから、あと少しだけ』
気持ちは伝わってきた。
それから内緒モードは終わって。
『さくら:るーちゃんはどこまで進んだの?全然手伝えなかったけど』
『鏡を見てきたくらいかな』
まだの人にネタばれしないように気をつけて答えた。
『さくら:早―い。っていうか良くボス倒せたね』
『シェ―ラ:チーム・ルーフィですから。ね、
一郎さん、アルさん』
それには『おう』なんて返している私のナイトたち。
『さくら:るーちゃんってもうベテランだよね。良かった。楽しんでいて』
楽しいのは確か。これが単独プレイだと、正直に言ってつまらないゲームだ。みんながいるから楽しめている。
「っていうか、別れの挨拶じゃん!」
『さくらさん!』
これだけで言いたいことは分かるはず。
『さくら:るーちゃん、わたしのところまであと少しー。わたしもがんばるよ』
伝わったよ。しばらくしてさくらさんはログアウトした。
『バルト:るー先生、大丈夫?』
『---なにが?』
他の人に知られてもいいなら自分から言っているはず。だから、わたしは守る。
って言うかバルトくんがた行くんだって云うのも分かっちゃったしね。
『シェ―ラ:るーさんって先生なの?すごいですね。
アルフレイド:そうだったっけ?多分初耳」
少しそんなネタで盛り上がった。実は前に英語の先生だと名乗った気がしたけど、自分でそれを忘れて日本史の先生だと正直に暴露してしまっていた。だからと言って何か困ることはないのだが。ただし、年は譲れない。
『二五歳、独身』を揺るがしたら、田井くんはしめてやるつもりだ。それを内緒モードで伝えていた。
『バルト:先生、踏み込みすぎです。もう引いてください』
『そんなことない。授業に影響出したりもしてないし』
『バルト:してからじゃ遅いんです。ご家族だっているでしょう?』
『大丈夫だよ。ちゃんと分かっているから!』
つい感情的になって、答えを打っていた。
普段面と向かってだってこんな話はしない。それから少し間があった。
『バルト:俺がこのゲームを始めたのは、背るー先生が心配だったからです!』
「怒られた。青いな~」
『わかった』
心配なのは確かだけれども。
週が明けた。
すぐには帰ってこれないだろう。まだ入院中だ。みんなは心配しているが、一緒になって心配していた。
さらにまた週が明けた。
それでもさくらさんは帰ってこなかった。
『がんばるよ』
最後にそう言った。
一週間後にアカウントがなくなった。つまりソフト自体を終わらせたということだ。セーブデータがなくなったんだ。要するに、二度と行き会えない。
「そんなばかな」
あのさくらさんが自分で終わらせたとも思えない。だけれども。
結局私は、さくらさんに手が届かなかったんだ。さくらさんをぎゅっとしてあげたかった。
私はゲーム画面を前にして、自分で自分を抱きしめていた。それが、届かなかったものに対する祈りだ。
私のゲームはまだ続く。