覚醒!? 炎の狂戦士! 3
「知らせを受けて、来てみりゃあ……」
低い声で呟いたのは、耳やくちびるに銀のピアスをじゃらじゃらとつけ、腰にチェーンを巻きつけた強面の男だった。
その容貌は、マックスやルークたちほど若くはないが、壮年というにもいささか早い。
逆立てられた金の長髪。
吊りあがった目は、ほとんど血の色に近いブラウン。
引き締まった腕や顔には無数の傷跡と彫り物が刻まれており、そこらのチンピラごときでは勝負にもならないほどの凄味がある。
「このザマは、いったい何事だ、あぁ?」
「ダグラス先生!」
この世の終わりを見たような声で呻いたのは、マックスだ。
「おい、マックス……貴様、誰の許可を得て、こんな真似をした?」
「う……あ……」
ごつい指輪をはめた手で、笑いながら顎をつかみ上げられ、あのマックスが声も出ない有様だ。
ダグラスは恐ろしい笑顔のまま、マックスの顎から手を放すと――
「こんな面白そうな見物に、貴様、なぜ俺を呼びに来んのだコラァァァッ!?」
「ぎゃああああっ! すんませんすんませんすんません! ああああぁ!?」
ぐりぐりごりごりごりっ! と指輪つきの拳で頭を挟み上げられ、あられもない悲鳴をあげるマックス。
十秒後、しゅうううう……と頭から煙を上げてブッ倒れた教え子を放し、ダグラス・ハウザー教官は苦り切った声をあげた。
「おう、お前も言ってやれバノット――うおおおおおぉっ!?」
すさまじい爆音とともに、体技館の床板が燃え上がって吹き飛んだ。
一瞬早く、ダグラスは気絶したマックスの襟首を引っつかんで飛び退いていたが、そうでなければふたりそろって黒焦げになっていただろう。
「狂戦士、か」
――そして、もうひとり。
ダグラスとともに姿をあらわした男が、爆風に黒いローブをはためかせ、低い声で呟いた。
彼は、最初にあらわれた位置から、一歩たりとも動いてはいなかった。
アニータの魔術を受け、そのあたり一帯の床板は完全に消し炭と化している。
だが、彼の周囲、半径一メートル以内には、焦げ目ひとつついていない。
「バノット先生!」
ミーシャたちが、震える声をそろえて彼の名を呼ぶ。
燃え上がる炎の照り返しを受けて赤く染まった彼の横顔は、ダグラスと同じくらいの年齢に見えた。
だが、容貌はまったく異なっている。
前髪を一筋だけ銀色に染め、ひとつに束ねた黒い長髪。
頬のそげた顔つきはいかめしく、荘重さを感じさせた。
手には、まるで槍のように先端の尖った銀の杖。
長身を黒いローブに包んだその様は、炎上する背景とあいまって、まるで冥府から現れ出た死神のように見えた。
バノット・ブレイド教官。
「あのヤロー……!」
いつの間にか起き上がってきたマックスが、ふたたびアニータに向かっていこうとする。
そのマックスの二の腕を、バノットが掴んだ。
「邪魔するんじゃねえ!」
吼えたマックスを、灰色の瞳がじろりと見据えた。
「誰に、ものを言っている?」
声は静かだ。
だが、マックスの顔は大きく歪んだ。
バノットの指が腕を締め付ける強さは、子どもならば泣き喚きかねないほどのものだ。
「貴様」
そのバノットの手を、横からダグラスが掴む。
「俺の生徒に、手を出すなよ」
凄みのこもった声音と視線に対する返答は、冷ややかな一瞥だった。
「俺も、俺の生徒に、手は出させん」
言い放ったバノットを、ダグラスは忌々しげに睨みつけたが、内輪でもめていられる事態ではないと判断したらしい。
掴んでいた手をすぐに放すと、その手で生徒の肩を叩き、
「マックス、下がれ。
……おい、どうする気だ、バノット? このままじゃ、冗談抜きで、建物がぶっ潰れるぞ!」
「俺の組の連中に止めさせる」
バノットは、あっさりと宣言した。
「できるな?」
ひとかたまりになった生徒たちに、じろりと視線を向ける。
「は……はいっ! です!」
びしと直立不動の姿勢をとり、答えたのは委員長――ミーシャだ。
「ライリーさん! ルークさん! わたし、このあいだ開発したアレを使います~!
今、取ってきますから、それまで、何とか時間を稼いでください!」
「はっはっは! お任せください!」
「おうよッ!」
ミーシャのことばに、反論も、疑問すらもなく二人が頷く。
そして次の瞬間、ライリーとルークは同時に駆け出した。
まっすぐに……アニータに向かって!
「おふたりとも、よろしくお願いします!
先生! わたし、今から、アレを取ってきますから~!」
無表情な教官がかすかに顎を引くのを見届けもせず、ミーシャはただひとり、ばたばたと体技館を飛び出していく。
――その一方で。
「ルーク、頼みますよっ!」
「よしきたぁッ!」
ライリーのことばを受けて、気合い一発、ルークが加速する!
彼は恐れも見せず、堂々とアニータの真正面に立ちはだかった。
両者の視線がまともにぶつかる。
そして、次の瞬間!
「ハァーッ! ハッ、ハッ! チョワーッ! ハイヤーッ!」
ルークは突然、謎の気合いを発しつつ、その場で見事な格闘技の型を披露しはじめた!
「…………おい」
いささか呆気にとられた様子で、ダグラスが呟く。
「何をやっとるんだ、アレは……?」
「………………」
ダグラスの問いかけに、バノットは、無言のままだった。
しかしながら、ルークの突然のパフォーマンスは、とりあえずアニータの虚を突くことには成功したらしい。
動きを止め、こころもち首を傾げるような仕草を見せてルークの動きを見つめるアニータ。
「ふっ……!」
その隙に、ライリーの集中が完了した!
宙にかざした、十本の指先に光が灯る。
舞のような動きにつれて光の軌跡が空中にとどまり、複雑な魔方陣を描き出した。
「いと気高く優美なる、風の乙女らよ!」
交差させた両腕をこれ以上ないほどに気どって広げ、ライリーは声高らかに叫んだ。
「我が血と、真の名のもとに! 御身が翼、我に授け給え!」
その瞬間、魔方陣が激しく明滅し、次元の扉が開く――
まるで噴水のように魔方陣の中央から噴き出してきたのは、無数の純白の羽だった。
それらは一瞬でライリーの背中に収束し、一対の大きな翼を形作る。
「はあっ!」
床を蹴り、あざやかに空中に舞い上がった彼は、ルークと入れ替わるように、アニータの目の前に躍り出た!
「ギ……!?」
アニータの目がぎらりと光った。
振りかぶったウォーハンマーに、灼熱の炎が宿る。
次の瞬間、アニータは雄叫びをあげながら《ジークの鉄槌》を振り下ろした。
ウォーハンマーの先端から伸び上がった長大な炎の蛇が、ムチのごとくしなり、空間を斜めになぎ払う!
「おおっとぉ!」
宙でぐうんと深い弧を描き、間一髪でその攻撃を避けるライリー。
アニータは、なおも炎の蛇を操り、執拗に彼を狙う。
だがライリーは巧みに翼を御し、ひらりひらりとアニータの攻撃をかわしていった。
アニータの注意はいまや、完全にライリーひとりに集中している。
と、そこへ――
「おっ……お待たせ、しましたぁ~っ!」
姿を消していたミーシャが、息せき切って駆け戻ってきた。
その姿をちらりと認めたとたん、ライリーが叫ぶ。
「今です! ――ルーク!」
「はっああぁぁぁーッ!」
ライリーの声を受け、それまで無言で集中していたルークが、一気に気合いを高めた。
彼の右拳に収束した魔力が、蒼白くゆらめくオーラとなって噴出する。
彼はそのまま、高々と腕を振りかぶり――
「止まれ、アニータ! 地・脈・炸・裂・拳!!!」
ドゴォォォオン!
ルークが拳を打ち下ろした場所から、網の目のように地割れが広がる。
そのひび割れは、一瞬でアニータの足元に達した。
「ガァッ!?」
足元を崩されながらも、なんとか倒れずに踏みこたえるアニータ。
よろめきつつ、なんとか体勢を立て直そうとする。
――しかし!
バリバリバリバリバリ!
ズズズズゥン!
突如、彼女の足元の床が砕け散り、そこから出現した巨大な柱状の岩が、天井に向けて凄まじい速度で伸び上がる!
一瞬にして地上数メートルの高さまで持ち上げられ、さしものアニータが動きを止めた。
ここからまともに墜落すれば、いかな彼女とはいえ無事ではいられまい。
「ライリーさぁん! これを~っ!」
ミーシャが、手にしていた「何か」をふりかぶり、空中のライリーに向かって投げ上げた。
きらめきながら飛んでゆくそれは、銀色の筒だ。
筒は空中でひょろひょろと頼りない放物線を描き、あさっての方向に大きく逸れたが――
「とうっ!」
すばやく回り込んだライリーが、見事にキャッチ!
その筒に記された品名は――《ミーシャ印のノックアウト・スプレー》。
バノット組の委員長にして不世出の天才、そして発明の大家、ミーシャ・エフターゼン。
彼女の手になるこのスプレーに詰まっているのは、間近で噴射すれば大人の象をも一瞬で打ち倒す、強力なスタン剤だ。
「お許しを、アニータ……!」
翼を羽ばたかせて舞い上がったライリーは、アニータの目の前に躍り出るや、一気にスプレーのトリガーを引いた――!