覚醒!? 炎の狂戦士! 2
* * *
「終わりだぜっ!」
膝をついた少女に向かって剣を大きく振りかぶり、マックスは叫んだ。
正直、思っていたよりも遥かに手応えがあって驚いたのだが、しょせんはこんなものだろう。
もちろん、相手を本気で切り捨てるつもりなど毛頭ない。
ぶん、と真っ向から振り下ろした切っ先を、少女の額の直前でぴたりと止め――
その瞬間。
甲高い音が上がった。
「何っ!?」
マックスは、目を見開いた。
目の前の少女――アニータが、ウォーハンマーを跳ね上げ、彼の一撃を受け止めたのだ。
膝をついたまま、それも、片手で!
思わずうろたえ、反射的に剣を引いたマックスの目の前で、アニータはゆっくりと立ち上がった。
「すごいすごいっ! すごいです、アニータさん~!」
「いえ! お待ち下さい……!?」
ミーシャとライリーがざわめく。
アニータの様子は、どこか奇妙だった。
その表情には、いまや緊張も恐れもなく、ぼんやりと虚ろになっていた。
姿勢はやや前かがみに、武器を握った手はだらりと垂れ、完全に力を失ったかに見える。
「霊気が、変わった……」
「えっ?」
かすれた呟きを漏らしたのは、ルークだ。
その表情は、今までにないほど引きつっている。
「これっ……マジで、尋常じゃねえ……! 何だ、この……威圧感!?」
「ウォオオオオオオッ!」
猛獣の雄叫びのような絶叫がとどろいた。
「な……」
声すらそろえて、一同がうめく。
アニータの周囲の空間に、禍々しく輝く緋色の魔方陣が、凄まじい勢いで増殖していた。
魔術師である一同の目には、魔力の動きが《光子》の紋様として映るのだ。
だが、魔術の才を持たぬ者にさえ、この場のただならぬ気配は、容易に察せられただろう。
集中した魔力の余波で空気がゆらめき、アニータを中心として渦を巻きつつある。
熱く、鋭く、乾いた旋風――
「ヒノカゼー!」
甲高い叫び声と同時に、その旋風が突如として炎をまとった!
「どわあぁぁああっ!」
見物していた生徒たちが、慌てふためいて後退する。
「アニータさん……!?」
ルークの背中に庇われて、ミーシャが呻いた。
炎の渦の中心に立つ、アニータの顔つきが変わっていた。
最前と同じ人間とは思えないほど凶悪な形相だ。
目は血走り、焦点が合っていない。
「――水神の、息吹!」
唸りをあげる炎の風を圧して、男の声が響きわたった。
マックスだ。
彼がかざした腕の先から、灰色の雲が一直線に噴出し、炎にぶち当たる!
「バッカヤローッ! 何、考えてんだコラァッ!? 体技館が燃えたらどぉぉするううぅッ!?」
「おおおー! がんばれマックス! そのまま消火だっ!」
喚くマックスに、思わず声援をおくるルーク。
突っ立っていたアニータの目がぎろりと動いて、マックスを見据えた。
その唇が、すうっと吊りあがり、獰猛な笑いになった。
彼女はウォーハンマーを振り上げた。
「……ヒノタマ!!」
紅蓮を通り越して白熱した火球が、振り下ろされたウォーハンマーの先端から撃ち出される!
火球が雲に激突し、もうもうと水蒸気があがった。
白濁した視界の中、火球はじりじりと前進しながら、灰色の雲を喰らい尽くしてゆく。
「こっ……バカな!?」
迫る炎を目前にしたマックスの表情に、初めて焦りと、わずかながら恐怖が浮かんだ。
「この、俺が、圧されて――」
「キィイィィィーアッ!」
金切り声とともに、出し抜けに水蒸気の幕が裂けた。
ガイィィン!
少女がすさまじい気合いとともに振り下ろしたウォーハンマーを、マックスがかろうじて受け止め得たのは、奇跡に近い出来事だった。
先ほどとは真逆の体勢で、ふたたび鍔迫り合いのかたちになる。
ギギギギ……
破綻ぎりぎりの力の拮抗に、金属がきしむ音がする。
マックスは、信じがたい思いだった。
体格も、腕力も、おそらくは戦闘の経験も、自分のほうが勝っているのだ。
その自分を――
目の前の少女が、圧倒しようとしている。
「くそっ……たれぇぇえっ!」
ギャンッ!
マックスが力任せに押し返した勢いを利用し、アニータはとんぼを切って数メートルも後方に跳び退った。
音もなく床に降り立つと、低い姿勢を保って再びじりじりと近付いてくる。
浮かべた笑みは、まさしく血に飢えた獣そのもの。
その瞳に正気の色はなく、ただ、燃えたぎるような歓喜があるのみ――
「面白ぇ……」
そんな少女を前にして。
マックスもまた、笑みを浮かべた。
「面白ぇぜ、アニータ・ファインベルド!」
収束した力があふれ出て、彼の服を激しくはためかせる。
「俺の本気、見せてやるよ!」
「ガァアアアッ!」
マックスがかざした左手、アニータが突き出したウォーハンマー。
それぞれの先端に、恐るべき魔力が渦を巻いた。
この力がひとたび術として解き放たれれば、あたり一帯は最大級の破壊に見舞われることになるだろう。
「ちょっ……待てっ!? アニータ! それはヤバいぜっ!!」
「マックス! やめろ、それ以上は!」
両陣営からの叫びは、両者の耳には届かない。
「ホムラノオロチ!」
「死神の大鎌!」
高らかに響く呪文。
その場の全員が悲鳴をあげて身体を丸め、目と耳をかばい――
「護りの盾よ!」
突然、まったく別の声とともに、まばゆい光がスパークした。
「うおぅっ!?」
見物人たち、そしてマックスとアニータも、思わず腕を上げて目をかばう。
カッ! と無音の光の炸裂が、2つの術の効果を飲み込み、打ち消した。
そして、激しい光がおさまったとき――
そこに、ふたりの男の姿が出現していた。




