表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第九章 今、目覚めの時
41/43

今、目覚めの時 8

    *    *    *



 ひ。


 あかい、ひ。


 あたしの、あたまを、だれかが、なでている。


 おおきな、て。


 ぱちん。


 ちいさな、ひが、そういった。


 いろりの、ひ。


 ぱちん。


 あたしは、そう、こたえた。


「セイナは……苦しまなかったのか?」


 あたしの、あたまを、なでている、おおきな、てが、そういった。


「……骨も残らなかった。今となっては、もう、確かめようもない……」


 もうひとつの、こえがこたえた。


「セイナたちを襲ったのは……おそらく、バンガクの配下、白狐党の者どもだ……

 面をかぶった黒ずくめの男たちが山に入るのを、見ていた者がいる。

 そやつらも……皆、跡形もなく……」


 ぱち、ぱち。


 いろりの、ひが、そういった。


「この子がやったのか?」


 おおきな、てが、そういって、もうひとつの、こえが、こたえた。


「そうだ……まさか、この子に、あのような力があろうとは……!

 火を呼ぶ子と言われてはいたが、よもや、本当に……!

 魔術使いは、その家の血筋によらず、突然に現れるというが……

 この子は、山ひとつ火の海にして、全てを灰にしたのだ。

 こんな幼い子どもが! 恐ろしいことだ……!」


「恐ろしいだと!」


 あたしの、あたまを、なでていた、おおきな、てが、さけんだ。


「誰がそんなふうにした!

 なぜ、セイナとアニータを守れなかった!?」


「やろうとはした! 屋敷にかくまい、護衛をつけようとしたのだ!

 だが、セイナが聞き入れなかった!

 一族の者たちは、この子を認めてはおらぬ。

 そんな屋敷へ、戻ることはできないと――」


 だん、と、ゆかを、たたく、おと。


 ぼろりと、すみが、くずれる。


 ひの、かたちが、かわる。


 ぱち、ぱち。


 ああ、そう、そうだね……


「そもそも、貴様に言われる筋合いはないわ!

 セイナを放って、ひとり祖国に戻った貴様などに!」


「……帝都では、異民族に対する差別は、まだまだ厳しい。

 慣れぬ国で苦労させるよりはと、こちらに残したが……

 結局は、彼女を苦しめる結果になってしまった……」


 あたしの、あたまを、なでていた、おおきな、てが、あたしの、かたを、ぎゅうっと、だいた。


「あのとき……俺が、ここに留まることができれば……」


 ぱち、ぱち。


 ひが、そう、つぶやいて、あたしは、ぱち、ぱちと、こたえた。


「この子は、俺の子だ。もう、置き去りにはしない。

 帝国へ連れ帰る。――魔術師の学院に入れるのだ。

 魔術師たちは、種族や民族の違いに寛容だと聞く。あそこならば……」


「それは、許さん!」


 もうひとつの、こえが、さけんだ。


「妹の忘れ形見だ。

 妹は、あの家から逃れる前に、書き置きを残していた。

 自分にもしものことがあれば、この子を頼むと……

 妹の、セイナの、最期の頼みだ。兄の私が、それを叶える!」


「俺の娘だ!」


「何が、娘だ! 今まで放り出しておいて、都合のいいことを言うな!」


「貴殿こそっ、これまで、さんざん邪魔者扱いにしてきたのだろうが!

 よくも――」


 ぱち、ぱち。


 ああ、そう、そうだね。


 あたしは、ひ。


 にんげんたちの、なかで、ちいさくなって、いるのは、いやだな。


 もっと、もっと、ひろがりたい。


 ひろがり、のびあがり、はじけ、ゆらめき、おどり、のみつくし、はいにかえて、


 さいごに、なにも、なくなるまで。


 もえつきるまで。


 もっと、もっと、もっと――




「アニータさん……」


 だれ。

 

「こんにちは。私の名前は、ソヨカ・オウグンといいます……

 今日から、一緒に、お勉強しましょうね……」


 にんげん……


 おんな、の、ひと。


 まるで、ああ、みず、の、ように、あたしの、こころ、に、

 その、ことば、が、染み透って、少し、ずつ、

 あたし、は、そう、何?


 何て、言ったの?


「アニータさん……」


 あたしは、火、燃える、もっと、もっと、大きく、


「アニータさん……あなたは、可愛い、人間の、女の子……」


 何?


 女の、子?


 子ども、そう、あたしは、


 あたしは、子ども、


 にんげん、の……

 

「我らでは、もはや、これが用いる炎の力を御することができぬ……」


 男の人の声が、言った。


「どうにか、抑えようとはしたのだ。だが、もう限界だ!

 あれからいくつ、離れを焼かれたか……

 気をつけていただきたい。これは、火の化身のようなのだ。恐ろしい……」


 そう、そうだ。


 あたしは、恐ろしい。


 火、火、火、燃えろ――


「何ということを!」


 ぴしゃりと、女の人の声が言った。


「この子は、今も、少しずつ、戻ろうとしているのです。

 それなのに、そのような言葉を聞かせて、この子の心を乱してどうするのですか?」


「何も聴こえてはいない」


「いいえ、聴こえています」


「何もかも忘れているのだ。きっと、言葉も忘れたのであろう。何も喋らぬ」


「それは、思い出したくないからでしょう」


「――思い出さぬほうが、良かろう」


 苦々しげに、その声は言った。


「だが、もしも……いつか……

 これが、いつか心を取り戻して、母親のことを訊くようなことがあったら、こう答えてやってくれ。

 おまえの母親は、おまえを生んですぐに病で死んだ、と。

 そして、この刀を、おまえに残したのだ、と……

 あれの、形見だ。

 我らが駆けつけたとき……何もかもが燃え落ち、焼けただれた中に、この子がただひとり、この刀を握りしめて、じっと座っていた。

 白い光に包まれて、な……

 どうか……この刀を、この娘に――」


 ああ、そうか……

 あたしは、心の中で、静かに頷いた。


 あたしの母さんは……あたしを生んですぐに、死んじゃったんだ……

 そして、あたしに、この刀を残してくれた……

 そうか……分かった……


 ひどく心地よく響く、その言葉を繰り返しながら、あたしは、うとうととまどろみ始めた。


 これでいい。

 このまま、心地いい暗闇の中で、ずっと、眠っていよう――




『……アニータ・ファインベルド』


 誰かが。


『アニータ・ファインベルド』


 誰かが、あたしを呼んでいる。


『アニータ…………えい、面倒くさい。

 起きんか、この馬鹿者!』


 ――誰、なの。

 

『黙れ』


 自分から話しかけてきたくせに、その声は、傲然と言った。

 あたしは、重いまぶたを、うっすらと開いた。

 真っ暗で、何も見えない――


「……っ……!?」


 不意に、あたしの目の前に、きらめく人影が現れた。

 その光は、あたしの目を焼くほどに強烈なものだった。

 あたしは悲鳴を上げて目をかばった。


 ああ、この眩しさ――

 まるで、まるで、まるで――


『こら、何を、ぐずぐずしている?

 とっとと目を覚まさんか。蹴飛ばすぞ』


 ――嫌!


 あたしは、その光を見ないように、ぎゅっと目を閉じて叫んだ。


 ぎらつく光。

 炎。

 火の、あかり。


 だめ、だめ、だめ!


 目を覚ませば、思い出してしまう。

 怖いもの。

 思い出すのは、怖いのだもの。


『まあ、なんて髪の色なんでしょう、まるで火の色だよ』


『禍々しい色……きっと災いを呼ぶよ』


『火事を呼ぶ子だ』


『恐ろしい……』


 違う、違います!

 あたしは、人間の、子ども。

 あたしは、恐ろしくないよ。

 あたしは、あんなこと、しませんでした。


『目を覚ませ。

 お前は戦士だ。

 雄々しく戦い、自らを守り抜いた、勇敢な戦士……』  


 違います!

 あたしは、何もしてない。

 何もしてません!


 あたしは悪くない、怖くなんかないよ、恐ろしくない。

 鬼の子どもじゃない。

 火事も呼ばないよ。

 あたしは、ただの、人間の、子どもなの――


 みんな、怖がらないで、あたしを嫌わないで、ひとりにしないで。

 あたしは、ふつうです。

 だから、みんな、あたしを恐れないで――


『馬鹿者』


 その人は、そう言って、


『誰が、おまえなどを恐れるか』


 あたしの頭を、ぼこん、と叩いた。


 あたしは、思わず目を開けてしまった。

 呆気にとられて、その人を見つめた。

 強すぎる、その光を。


 きらめきの中から声が聴こえる。


『お前こそ、恐れるな。

 怖がることはない。

 その恐怖は、お前の心を歪めてしまう』


 こころ、を――?


『そうだ。

 もう、分かるだろう? ……思い出せ。

 あの、月のない夜の出来事が、お前の狂戦士化の原因なのだ。

 狂戦士化も、母の死を忘れたことも……

 お前が、自分で選んだ道だ。

 自分の心を守るためにな。

 お前は、母親の死を――

 そのために、自分が怒りに駆られて人を傷つけ、殺したことを、認められなかった。

 自分が、恐るべき破壊の力を持ち、それを他の人間に対して振るったことを、受け入れられなかった。

 幼いお前には、酷な事実だっただろう。

 だが、今のお前ならば、超えられる。

 目を覚ませ!』


 破壊の、力――


 不意に足元の闇が崩れて、激しい炎が噴き上がった。

 あたしは息を呑んだ。


 揺れている。

 踊る。

 沸き立つ。

 地の底に眠るマグマのような、流れる血のような、真っ赤な炎――


 ――嫌ァ!


 あたしは喚いた。 


 違う、あたしじゃない!

 あたしがやったんじゃないよ! 


『目を背けるな!』


 その人の声は、あたしの身体を、心を、突き抜けるように響いた。


『お前は、殺した。

 それは正しいことではなかったのかもしれない。

 だが、間違ったことでもなかった。

 命を懸けた戦いの善悪を、裁ける者は誰もいないのだ。 

 だから、アニータ・ファインベルド……

 お前は、その事実から、目を背けてはいけない』


「あたし……は……」


『お前の力、お前の過去。

 すべて、お前のものだ。

 お前が引き受けずに、他の誰が引き受けるのだ?

 この炎は、お前の力。

 お前を守る。

 そして、いつか、お前の大切な者をも守るだろう。

 あの日、お前自身の命を救ったように』


「まもる……」


 狂気の火、復讐の火、滅びの火。

 憎しみの火。

 怒りの火。


 あたしは――


『そうだ。お前は火だ。

 人を守り、暖める火。

 暗闇を照らす火。

 悪しきものを清める、浄化の火――』


 いつのまにか。

 血のような、マグマのような、どろどろとした炎は、その色を変えていた。


 白く――

 軽やかで、まるで光そのもののような炎。


 あたしの周りで、花が咲くように、いくつもの火花が散る。

 白い炎が、広がる。

 闇を、押しのけていく――


『俺たちの場所へ戻って来い。

 そこは修羅の庭かもしれない。

 だが、そこでなら、お前はひとりではない。

 共に戦う、仲間たちがいる』


「なか、ま……」


『そうだ』


 その人が、力強く頷く。


『目を背けるな!

 己の過去を見据え、その重みを背負え、アニータ・ファインベルド!

 お前が支えきれないときは、俺たちが、共に支えよう』


「俺たち……」


『ああ』


 その瞬間。

 その人の口の端に、ちらっとだけ笑いがよぎったような気がした。


『戻ってこい、アニータ・ファインベルド。

 俺たちは、おまえを歓迎する』


 ああ。

 この人は――


「あなたは……」  


『帰るぞ』


 輝く手が、差し出される。

 大きな手が。


 あたしは。

 ためらいなく、その手を握った。


「はいっ!」



 闇の、彼方から、光が、溢れて――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ