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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第九章 今、目覚めの時
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今、目覚めの時 4

「おっ……」


 落下したアニータの身体が巨大なマシーンを直撃する様を見た瞬間、彼女は、覆面の下でそう呟き、


「……おう」


 次の瞬間、ド派手な音を立てて爆散した《さわやかくんフォーエバー》に、静かな唸りを上げる。


 彼女は、じっとその地点に目を凝らした。

 観客たちとて、れっきとした学院の生徒だ。

 全員が素早く退避しており、爆発に巻き込まれるような間抜けな者はいなかったようだが――


「ずいぶんと、派手にやっているな。

 さて……あの機械が止まったということは、これが、また役に立つということか?」


 足元に置かれた、もうもうと煙を上げる巨大な香炉を、ちょんちょんとつま先でつつき――

 と、その瞬間!


「見付けたぜええええっ!!」


 ゴバァッ!


 本部座席のテントを吹き飛ばし、飛び込んできたのは、胴着姿の逞しい若者だった。

 さすがに驚いて振り向いた彼女の目に、ごうごうと噴き上げる激怒のオーラ――もとい《光子》の流れが映る。


「ルーク・リンドローブか? お前、何を」


「何てこった……!!」


 岩すらも打ち砕きそうな拳を固め、彼は、歯軋りさえして唸った。


「総長閣下が、妨害工作に一枚噛んでたなんてよおっ……!

 こっちは、信じてたってのに! あんまりだぜっ!!」


「は?」


 紫の覆面の上で、金色の目を見開き、イサベラ。


「妨害工作だと? おい、何を言ってーー」


「許せねぇ……!!!」


 叫んだ彼は、泣いてすらいるようだった。

 ブワァッ!! と彼の全身から噴き出した闘志が、イサベラの紫のローブを激しくはためかせる。


「アニータは、落っこちちまったけど……!

 絶対絶対、また立ち上がってくるっ!

 その試合を、邪魔するなら!

 たとえ、総長閣下でも、絶対に、許しちゃおかねー!!」


「おい、待たん――」


「問答無用ッ!」


 怒鳴ったその拳に、蒼白い光が宿って――


「喰らえ! 必殺、地・脈・炸・裂・けぇぇぇぇぇん!!!」





 ドォオオオオオオオォォン……


 背中から伝わってきた鈍い振動に、あたしは、うっすらと目を開いた。

 青い空が見える。


 ……ええと……何?

 あたし、どうしたんだっけ……?


 空は、まるで縁を切り取られたようにギザギザしていて、視界の周辺ぐるりには、奇妙な機械の部品が見えている。

 飛び出したパイプ、折れ曲がった金属板。

 垂れ下がるコードに、飛び出したバネ――


「――って、しまったああぁぁぁぁぁっ!?」


 はっ! と正気に返って、あたしは、ばたばたと暴れた。

 何だろうコレ? って一瞬思ったけど、何だろう、じゃないよ!

 これって、ミーシャがあたしをサポートするために持ち出してくれた、空気清浄化マシーンじゃないの!?


 落ちる瞬間、世界がぐるぐる回転して、空と地面と観客席とが入れ替わりに見えたことを思い出す。

 レオナルドくんの魔術の一撃を喰らったあたしは、ものの見事に吹っ飛ばされて墜落し、ミーシャのマシーンに激突しちゃったんだ……


「ぬうぅん! ふんぐぐぐぐ……!」


 そうと気付いたからには、のんきに寝てなんかいられない!

 ぎゃぎゅぎょぎょぎょぎょ、と、倒れ掛かってくる部品を腕で押しのける。


「痛っ! 痛てててて……!」


 身体の節々が軋んで痛むけど、贅沢は言ってられない。

 あの高さから、あの勢いで落下して――普通だったら、生きていられたはずがないんだ。

 ハゴロモの術の、風の結界がどうにか持ちこたえてくれたからこそ、墜落の衝撃が和らげられたってわけ。


 絡みつくコード類を払いのけて、どうにかこうにかマシーン――というか、もはやスクラップ――から這い出す。

 さあ、敵は――

 レオナルドくんは、どこっ!?


 わあっ!!!


 必死の思いで這い出したあたしを、観客の人たちの歓声が出迎えた。

 そして、


『おおっ……!? き、奇跡! まさしく奇跡です!

 アニータ・ファインベルド選手は、生きていた――!

 しかも、まだまだ、闘志が衰えていない様子だぁーっ!!』


「……アニータ!?」


「ア、アニータさ~ん!」


 司会の人のアナウンスに混じって、横から、聞き覚えのある声が!


「あ! ライリー、ミーシャ……!」


「はっはっ……さすがに一瞬、肝が冷えましたよ!

 あの状況で、生きておられるとは、さすがはアニータですな!」


「うううううう~!

 生きてらっしゃって、ほんとに、ほんとに、良かったですのぉぉぉぉ~!」


 こめかみに一筋の汗を垂らしながらにこにこしてるライリーと、だーっと目の幅に涙を流してるミーシャ。


「当然……!」


 あたしは、にっと笑って、親指を立ててみせた。


「まだ、優勝してもいないのに……死んだりするわけないじゃない!」


「えっ……まさか」


 ミーシャが、はっとした顔になる。


「アニータさん……まだ、戦うおつもりなのですか~!?」


「あったりまえでしょ!」


 さすがに無傷とはいかなかったらしく、身体のあちこちがずきずきと痛む。

 けど、それがどうしたっ! て感じだよね。

 こんな、やられっぱなしのままで、引き下がるわけにはいかないよ――!

 でも、


「ダメですわ~!」


 ミーシャは、えぐえぐ泣きながら叫んだ。


「そんな、ひどいケガ、してらっしゃるのに……!

 もう、優勝なんて、いいですから!

 棄権してください、棄権~っ!」


「え!?」


「……アニータ」


 目を見開いたあたしに、妙に冷静な調子で、ライリー。


「先ほどから、顔面が流血でかなり壮絶なことになっているのですが……お気づきですかな?」


「嘘!?」


 慌てて拭ってみると、袖口に、べったりと赤い血がついた。

 うわっ……汗の感触と混じって、ちっとも分かんなかったよ!

 墜落したときに、マシーンの部品か何かで、どっかを切っちゃったのかな!?


「平気、平気、こんなの! 痛くないし!」


「ダメですってばぁ~!」


 泣きながらすがってこようとしたミーシャの手を、あたしは、さっと後ずさって避けた。


「……! ……ア、アニータ、さん……」


「ごめん。ありがとう、ミーシャ」


 でも、分かって。

 今、試合の相手以外の人間と接触したら、ルール違反で失格負けになっちゃう。


 あたしは――

 このままじゃ、引き下がれない!


 ミーシャとライリーに、ひとつ、大きく頷いてみせ。

 あたしは、再び戦場へと踏み出していく。


「……あー、あーあー……」


 周りを見渡して、あたしは思わず、ぱかんと口を開けちゃった。

 半ばマグマ溜まりと化したようなバトルフィールド。

 魔術の流れ弾で、いくつもクレーターが開いた観客席。

 ――って、なぜだかいまや、本部座席まで、爆発でもしたみたいに吹っ飛んでるし……!

 無我夢中だったとはいえ、とんでもない被害を出しちゃってるな、あたし……


 そして、こんな状況でも逃げ出さず、ちょっとでも安全そうなところに固まって、やんやの喝采を送ってくれる観客の人たち!

 義理堅いというか、神経が太いというか、心臓に毛が生えてるというか……

 いや、それはともかく!


「――レオナルド・ガッシュ! どこにいるの!?」


 鋭い声で叫ぶ。

 その声に応えるように――

 再び、炎の中から黒い姿が現れた。



    *     *     *



 何ということ。

 リリスは、きりりと糸切り歯を噛み鳴らした。


 撃ち落とされ、巨大なマシーンに突っ込んだアニータ・ファインベルド――

 死んだか、少なくとも重傷は免れなかったはずと思ったのに、血を流しながらも、平然と立ち上がってくるとは。


(……こうなったら……)


 リリスの目には、暗い炎が燃えていた。


(こうなったら……もう一度……) 


 固唾を呑んで試合の成り行きを見守る観客たちに紛れ、リリスは、少しずつ、バトルフィールドへと近付いていった。



    *    *    *



「あの、バカ野郎……!」


 競技場の手摺りを砕かんばかりに掴んで、マックスは呻いた。

 炎の中から歩み出てくる黒衣の選手――レオナルド・ガッシュは、アニータとは、完全に実力の桁が違う。

 アニータの渾身の術を受けて何のダメージも受けなかったばかりか、放った術で、ホムラノオロチを貫通しさえしたのだ。


 アニータはおろか、自分も――いや、おそらくは、この場にいる生徒たちの誰ひとりとして、彼を打ち負かすことはできないだろう。

 傍から見ているから、その圧倒的な実力差がよく分かる。

 アニータ本人は、気付いていないのだろうか――?


「うおおぉー! いいぞ、アニータ・ファインベルド!」


「根性あるう! やっちまえーっ!」


「せめて、一矢報いろーっ!」


 無責任な歓声をあげる周囲の観客たちを、マックスは、ブッ殺してやろうかと言わんばかりの目つきで睨みつけた。


(……今すぐにでも、棄権したほうがいい……!)


 このまま戦い続ければ、彼女は、致命的な大怪我を負わされかねない。

 タシュール教室の生徒たちが暗殺部隊と呼ばれているのは、単なる見た目からのあだ名などではないのだ。

 総長命令により、学院の利益に反する存在を、隠密裏に始末する――

 殺しの精神を叩き込まれてきた者にとって、放つ技は、常に必殺のものでなくてはならない。


 これまでの試合で、全ての相手を30秒で「倒して」きたことは、レオナルド・ガッシュにとって、大いに歯痒いことだったはずなのだ。

 本当なら、彼が相手どった者たちは、血を流して死んでいなければならないはずなのだから。

 ここまで、「倒す」だけで済んでいたのは、これまでの相手が反撃しなかった――あるいは、したくてもできなかった――からに他ならない。


「レオナルド・ガッシュ!」


 顔面から襟元にかけてを朱に染めた壮烈な姿で、アニータ・ファインベルドは叫び、


「勝負!」


 鞘音も高く、刀を抜き払った。


「やめろ!」


 マックスは叫んだ。

 あんなふうに真っ向から挑んで、もしも相手が、手加減をする気をなくしたら――


「やめろ、アニータ・ファインベルド! ……死ぬぞ!」


 うおおおおおおおおおおおおぅ!!


 熱狂した観客たちが踏み鳴らす靴音と雄叫びが、彼の声を呑み込んでゆく。



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