今、目覚めの時 3
「ヒノタマーッ!」
試合が始まった瞬間、あたしは、問答無用で絶叫した!
ドドドドドドドッ!!
空中に発生した無数の火球が、レオナルドくん目掛けて降り注ぐ!
『うおおおおおっ!?』
司会の人と、観客たちのどよめきがひとつになる。
心なしか『えーっ!? そんなのアリかよ!?』ってふうにも聞こえたけど――
でも、あたしは攻撃の手を休めない!
「ヒカリバナッ!」
ばちばちばちばちばちっ!
炎上している一帯に、ダメ押しとばかりに雷の術をかける。
ヒカリバナは、広範囲カバー型の術だ。
もしも、レオナルドくんが飛び退って最初の一撃を避けていたとしても、これで、捉えることができたはず!
範囲をぎりぎりまで広げたぶん、威力は落ちただろうけど、それでも、まともに喰らえば身体が痺れて自由がきかなくなる。
そう――
試合が始まると同時に、とにかくひたすら魔術を連打しまくって、絶対に、相手に距離を詰めさせない!
これが、あたしの作戦だった。
《剣》の部での戦い方にしては、さすがにセコすぎるかな? とか、いくら何でも、最初から威力を出しすぎかな? って気もチラッとしたけど、ここでためらったら、まず間違いなく負ける。
だって、相手は、ここまでずっと30秒で勝ち上がってきた究極の猛者。
そんな人相手に、変な遠慮は命取り!
威力を出しすぎて万が一のことがあっても、きっと、さっきマックスを守ってくれたみたいに、イサベラ閣下が何とかしてくれるはずだし――
ここはとにかく、全力でいくしかないっ!!
「カグツチッ! カグツチッ!! カグツチーッ!!!」
イサベラ閣下のサポートを信じて、思いっきり魔術を連打!
一発、撃つごとに、がくんっ、と急に重力が増したみたいに身体全体が重くなっていく。
いや、もちろん、ほんとに重くなったわけじゃないけど。
魔術を使えば疲労する――
当たり前のことなんだけど、魔術師でない人には、なかなか理解されない感覚だ。
でも、これだけ疲れた甲斐あって、バトルフィールドは、いまや、ほとんど火の海状態!
さあ、今ので、どれくらい効いたかなっ……!?
あたしは、ゆらめく真っ赤な炎に目を凝らした。
『こっ、これはぁ……ッ! 何ということでしょうっ!
アニータ・ファインベルド選手、いきなり、容赦のない魔術の連撃だあぁーっ!』
炎の唸りに混じって、すばやく退避したらしい司会の人のアナウンスが響き渡る。
『これは凄い! まさか《剣》の部で、このような戦いが展開されるとは……!
いや、しかし、果たして、これを戦いと呼んでよいものでしょうか!?
あまりにも一方的な展開です!
いまや、レオナルド・ガッシュ選手の姿はまったく見えません!
まさか、この猛火に呑まれ、灰燼と帰したのか――!?
……むうっ!?』
――えっ――?
『あっ……あっ、あっ……居ます!
レオナルド・ガッシュ選手は居た!!
な、何という光景! この世のものとは思えません!
ご覧ください、この猛火の中を、レオナルド・ガッシュ選手が、悠然と歩いてきます……っ!!』
嘘っ!?
信じられないというように震えるアナウンスが響く中、あたしもまた、目を見開いた。
燃え上がる炎の中から、黒い人影が、ゆっくりと歩み出てくる。
炎の揺らめきと、色の関係で、細かいところはよく分からないけど――
その服には、一点の焦げ跡すらもついていないみたい。
意識を凝らすと、彼の姿を包み込む、きらきら光る《光子》の球体が見えた。
魔術で、防護障壁を張っているんだ。
そりゃ、そうだ。
人間が、炎に巻かれて平然としていようと思ったら、それくらいしか方法はない。
でも――
これは、まずいよっ!?
あたしは、ぎゅっと眉を寄せた。
あれだけの攻撃が、ほとんどまったく効いてないなんて――
身体の芯が、ぞくっと震えた。
まるで、炎の中からよみがえった魔物みたいな姿。
あの人……ほんとに、人間なの!?
(……でも)
あたしは、ぐっと拳を固めた。
まだ、こっちは、手持ちの切り札を使い切ったってわけじゃない。
どんな魔術の防護障壁だろうと、無敵じゃないんだ。
破れることだってある。
それは、障壁を張ってる術者自身が、スタミナ切れしたときか――
あるいは、術者の力を上回るパワーが、一気に叩き付けられたとき。
(あたしの最強の術、ホムラノオロチ……
あれを叩きつければ、レオナルドくんの守りを、破ることができるかもしれない!
でも……そんなことしたら、レオナルドくんを焼き殺すことになっちゃうかも……)
迷ったのは、一瞬だった。
レオナルドくんは、無造作に、でもあっという間に炎を突き抜けて、こっちに近付いてきている。
勝負が決まるのは、接触の瞬間。
その勝負を、着けさせないためには――
接触を、できる限り避けるしかない!
「ハゴロモ!」
ブワッ!!
旋風が巻き起こって、あたしを包み込む。
あたしの身体は、そのまま巨大な手に放り上げられるように飛んで、放物線の頂点で静止した。
こうなったら、手加減なんてしてられない!
もう、とことんまでやってやるーっ!!
「ホムラノオロチーッ!!」
かざした手のひらに、ぐんっ! と圧がかかった。
あたしの手の先から噴き出した、うねり猛る火炎の蛇が、地上で見上げるレオナルドくんに逆落としに襲い掛かる!
その軌道が、ぎゅんっ! と、空中でブレたような気がして――
ドフウッ!!!
オレンジ色の火の粉が水のしずくみたいに飛び散って、あたりを光の色に染める。
「……っ!?」
その、輝きの中に。
まっすぐに片腕を天にかざし、微動だにしない、黒い姿が見えた――
(これでも……!?)
そう思ったとき、あたしは、反射的に二度目の術を繰り出そうとしていた。
術は同じ、ホムラノオロチ。
でも、威力は段違い。
落ちる覚悟で、放つ!
空中で振りかぶった腕――その先で《光子》が動く。
(伸びろ――!!!)
おああぁ!? と妙な悲鳴が観客席のほうから聞こえた。
次の瞬間、あたしの右手から噴出した炎の規模は、大蛇というよりも、むしろ天を衝く塔のようで――
がく、と高度が落ちるのを感じた。
ふたつの術を同時に制御することは、とても難しい。
技術的にも、体力的にもだ。
でも。
たとえ、落ちることになったとしても。
引き換えに、絶対、この一撃で――
「終わらせるっ……! 喰らえ!
大・ホムラノオロチ――ッ!!!!!」
それは、まさしく炎の瀑布。
レオナルドくんの姿目掛けて、燃える滝が雪崩れ落ちる!
その寸前。
彼が、静かにこっちを指差すのが見えた――
ばうっ!!!
「!」
紅蓮の滝を、あっさりと、貫いて。
黒い衝撃波が、あたしを直撃した。
* * *
「アニータさん!?」
「アニータ!」
固唾を呑んで戦いの模様を見つめていたミーシャとライリーは、上空を見上げ、同時に叫んだ。
レオナルド・ガッシュが放った衝撃波は、アニータのホムラノオロチを貫通し、アニータ本人を直撃して吹き飛ばしたのだ。
「あっ、危な……!」
「――ミーシャ!」
魔術で素早く《さわやかくんフォーエバー》の上に飛び乗ったライリーが、ミーシャを横抱きにして、その場からすっ飛ぶ。
次の瞬間――
ぐるぐると回転しながら落下してきたアニータの身体が、まともに《さわやかくんフォーエバー》に激突し、その機関部にめり込んだ!
* * *
燃え落ちる流星のようにアニータの身体が落下して、巨大なマシーンに叩きつけられる。
「ふ……ふふふ……やったわ……! あぁはははは!」
汚れ、破れた衣服の裾を引きずり、エニグマの追跡をかわして物陰に潜んだまま、リリス・タラールは哄笑した。




