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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第九章 今、目覚めの時
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今、目覚めの時 3


「ヒノタマーッ!」


 試合が始まった瞬間、あたしは、問答無用で絶叫した!


 ドドドドドドドッ!!


 空中に発生した無数の火球が、レオナルドくん目掛けて降り注ぐ!


『うおおおおおっ!?』


 司会の人と、観客たちのどよめきがひとつになる。

 心なしか『えーっ!? そんなのアリかよ!?』ってふうにも聞こえたけど――

 でも、あたしは攻撃の手を休めない!


「ヒカリバナッ!」


 ばちばちばちばちばちっ!


 炎上している一帯に、ダメ押しとばかりに雷の術をかける。

 ヒカリバナは、広範囲カバー型の術だ。

 もしも、レオナルドくんが飛び退って最初の一撃を避けていたとしても、これで、捉えることができたはず!

 範囲をぎりぎりまで広げたぶん、威力は落ちただろうけど、それでも、まともに喰らえば身体が痺れて自由がきかなくなる。


 そう――

 試合が始まると同時に、とにかくひたすら魔術を連打しまくって、絶対に、相手に距離を詰めさせない!

 これが、あたしの作戦だった。


《剣》の部での戦い方にしては、さすがにセコすぎるかな? とか、いくら何でも、最初から威力を出しすぎかな? って気もチラッとしたけど、ここでためらったら、まず間違いなく負ける。

 だって、相手は、ここまでずっと30秒で勝ち上がってきた究極の猛者。

 そんな人相手に、変な遠慮は命取り!


 威力を出しすぎて万が一のことがあっても、きっと、さっきマックスを守ってくれたみたいに、イサベラ閣下が何とかしてくれるはずだし――

 ここはとにかく、全力でいくしかないっ!!


「カグツチッ! カグツチッ!! カグツチーッ!!!」


 イサベラ閣下のサポートを信じて、思いっきり魔術を連打!

 一発、撃つごとに、がくんっ、と急に重力が増したみたいに身体全体が重くなっていく。

 いや、もちろん、ほんとに重くなったわけじゃないけど。


 魔術を使えば疲労する――

 当たり前のことなんだけど、魔術師でない人には、なかなか理解されない感覚だ。

 でも、これだけ疲れた甲斐あって、バトルフィールドは、いまや、ほとんど火の海状態!

 さあ、今ので、どれくらい効いたかなっ……!?

 あたしは、ゆらめく真っ赤な炎に目を凝らした。


『こっ、これはぁ……ッ! 何ということでしょうっ!

 アニータ・ファインベルド選手、いきなり、容赦のない魔術の連撃だあぁーっ!』


 炎の唸りに混じって、すばやく退避したらしい司会の人のアナウンスが響き渡る。


『これは凄い! まさか《剣》の部で、このような戦いが展開されるとは……!

 いや、しかし、果たして、これを戦いと呼んでよいものでしょうか!?

 あまりにも一方的な展開です!

 いまや、レオナルド・ガッシュ選手の姿はまったく見えません!

 まさか、この猛火に呑まれ、灰燼と帰したのか――!?

 ……むうっ!?』


 ――えっ――?


『あっ……あっ、あっ……居ます!

 レオナルド・ガッシュ選手は居た!!

 な、何という光景! この世のものとは思えません! 

 ご覧ください、この猛火の中を、レオナルド・ガッシュ選手が、悠然と歩いてきます……っ!!』


 嘘っ!?

 信じられないというように震えるアナウンスが響く中、あたしもまた、目を見開いた。


 燃え上がる炎の中から、黒い人影が、ゆっくりと歩み出てくる。

 炎の揺らめきと、色の関係で、細かいところはよく分からないけど――

 その服には、一点の焦げ跡すらもついていないみたい。


 意識を凝らすと、彼の姿を包み込む、きらきら光る《光子》の球体が見えた。

 魔術で、防護障壁を張っているんだ。

 そりゃ、そうだ。

 人間が、炎に巻かれて平然としていようと思ったら、それくらいしか方法はない。

 でも――

 これは、まずいよっ!?


 あたしは、ぎゅっと眉を寄せた。

 あれだけの攻撃が、ほとんどまったく効いてないなんて――

 身体の芯が、ぞくっと震えた。

 まるで、炎の中からよみがえった魔物みたいな姿。

 あの人……ほんとに、人間なの!?


(……でも)


 あたしは、ぐっと拳を固めた。

 まだ、こっちは、手持ちの切り札を使い切ったってわけじゃない。

 どんな魔術の防護障壁だろうと、無敵じゃないんだ。

 破れることだってある。


 それは、障壁を張ってる術者自身が、スタミナ切れしたときか――

 あるいは、術者の力を上回るパワーが、一気に叩き付けられたとき。


(あたしの最強の術、ホムラノオロチ……

 あれを叩きつければ、レオナルドくんの守りを、破ることができるかもしれない!

 でも……そんなことしたら、レオナルドくんを焼き殺すことになっちゃうかも……)


 迷ったのは、一瞬だった。

 レオナルドくんは、無造作に、でもあっという間に炎を突き抜けて、こっちに近付いてきている。

 

 勝負が決まるのは、接触の瞬間。

 その勝負を、着けさせないためには――

 接触を、できる限り避けるしかない!


「ハゴロモ!」


 ブワッ!!


 旋風が巻き起こって、あたしを包み込む。

 あたしの身体は、そのまま巨大な手に放り上げられるように飛んで、放物線の頂点で静止した。


 こうなったら、手加減なんてしてられない!

 もう、とことんまでやってやるーっ!!


「ホムラノオロチーッ!!」


 かざした手のひらに、ぐんっ! と圧がかかった。

 あたしの手の先から噴き出した、うねり猛る火炎の蛇が、地上で見上げるレオナルドくんに逆落としに襲い掛かる!

 その軌道が、ぎゅんっ! と、空中でブレたような気がして――


 ドフウッ!!!


 オレンジ色の火の粉が水のしずくみたいに飛び散って、あたりを光の色に染める。


「……っ!?」 


 その、輝きの中に。

 まっすぐに片腕を天にかざし、微動だにしない、黒い姿が見えた――


(これでも……!?)


 そう思ったとき、あたしは、反射的に二度目の術を繰り出そうとしていた。

 術は同じ、ホムラノオロチ。

 でも、威力は段違い。

 落ちる覚悟で、放つ!


 空中で振りかぶった腕――その先で《光子》が動く。


(伸びろ――!!!)


 おああぁ!? と妙な悲鳴が観客席のほうから聞こえた。

 次の瞬間、あたしの右手から噴出した炎の規模は、大蛇というよりも、むしろ天を衝く塔のようで――


 がく、と高度が落ちるのを感じた。

 ふたつの術を同時に制御することは、とても難しい。

 技術的にも、体力的にもだ。


 でも。

 たとえ、落ちることになったとしても。

 引き換えに、絶対、この一撃で――


「終わらせるっ……! 喰らえ!

 大・ホムラノオロチ――ッ!!!!!」


 それは、まさしく炎の瀑布。

 レオナルドくんの姿目掛けて、燃える滝が雪崩れ落ちる!


 その寸前。

 彼が、静かにこっちを指差すのが見えた――


 ばうっ!!!


「!」


 紅蓮の滝を、あっさりと、貫いて。

 黒い衝撃波が、あたしを直撃した。



     *     *     *



「アニータさん!?」


「アニータ!」


 固唾を呑んで戦いの模様を見つめていたミーシャとライリーは、上空を見上げ、同時に叫んだ。

 レオナルド・ガッシュが放った衝撃波は、アニータのホムラノオロチを貫通し、アニータ本人を直撃して吹き飛ばしたのだ。


「あっ、危な……!」


「――ミーシャ!」


 魔術で素早く《さわやかくんフォーエバー》の上に飛び乗ったライリーが、ミーシャを横抱きにして、その場からすっ飛ぶ。

 次の瞬間――

 ぐるぐると回転しながら落下してきたアニータの身体が、まともに《さわやかくんフォーエバー》に激突し、その機関部にめり込んだ!



     *     *     *



 燃え落ちる流星のようにアニータの身体が落下して、巨大なマシーンに叩きつけられる。


「ふ……ふふふ……やったわ……! あぁはははは!」


 汚れ、破れた衣服の裾を引きずり、エニグマの追跡をかわして物陰に潜んだまま、リリス・タラールは哄笑した。



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