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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第九章 今、目覚めの時
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今、目覚めの時 2

    *     *     *



「エニグマッ!」


「げ!」


 身体にまとわりつく木切れを払いのけていたエニグマ・フラウは、駆けつけてきたマックスの剣幕に激しく顔を引きつらせた。


「すっ……すんません、いいんちょー!

 あいつのこと、止めようとは思ったんですけど……」


 そんな彼女の逞しい肩を、マックスはがっしと掴み、


「いきなり撃っちまって、すまねぇ! お前、喰らってねぇだろうな!?」


「えっ!? ――あっ。おっす!」


 目を白黒させて、エニグマ。


「シールド張りながらジャンプして、効果範囲の外に逃げたんで、だいじょーぶです!

 いいんちょー、お疲れっす。残念でしたねー、試合……」


「ああ」


 そんなことはどうでもいい、という調子で相槌だけ打っておいて、マックスは鋭い視線で辺りを見回した。


 風神の息吹――

 圧縮空気を爆裂させるマックスの術の直撃を受けた観客席は、着弾点を中心に放射状に席がなぎ倒されて無残な有様になっていた。


「うーん、うーん……!」


「痛てててて……くっそー、なんで、俺たちがこんな目に……!?」


 運悪く爆発に巻き込まれたケガ人たちが、医務室のスタッフたちによって手際よく搬送されていく。


「おいっ!」


 ざっと周囲を見渡してから、スタッフのひとりを捕まえ、マックスは尋ねた。


「搬送されたケガ人の中に、ダグラス組のリリス・タラールはいなかったか?」


「はあ? ……どんな子です?」


「長い金髪の女だ! いたか?」


「さあ」


 捕まえられたスタッフは、露骨に迷惑そうに唸った。

 これだけの破壊を引き起こした張本人が今さら何を言ってんだ、という表情である。


「まあ、俺が見た範囲では、そんな人はいなかったですけどね」


「そうか、どうも! ……おい、エニグマ!」


「おっす!」


 上官の指示を受ける軍人よろしく背筋を伸ばしたエニグマに、マックスは険しい表情で言った。


「リリスが消えてる。引き続き、奴を探せ」


「了解! ……っすけど!

 ちょっと、さすがに説明してほしいっす!

 さっきからいったい、何がどうなってるんです!?」


「頼む、エニグマ」


 そう言ったマックスの目つきは、エニグマが驚くほどに真剣なものだった。


「後で説明する。今は、時間がねえんだ! やってくれるな!?」


「……おっす、いいんちょー!」


 軍人式に敬礼ひとつ残して、駆け出すエニグマ。

 同時、マックスも、彼女の反対方向へと駆け出している。


「あの女、どこに行きやがった……!?」



    *     *     *



「…………ですか!?

 大丈夫ですかっ、アニータ・ファインベルド選手!?」


「え……?」


 審判の人に問いかけられて、あたしは、やっとの思いで返事をした。


「何、ですか?」


「何ですか……って、ちょっと!

 あなた、今にも卒倒しそうな顔色してますよ!?

 体調が悪いんですか? それなら、今、申し出てくださいよ!」


 顔色……?

 こめかみのあたりを指で押さえると、その指がべったりと冷や汗で濡れた。

 さっき、袖で拭いたところなのに、後から後から噴き出してくる。

 どうしてだろう。

 頭が、ぐらぐらする――


「申し出ると、どうなるんですか……?」


「どうなるって、そりゃ、医務室のマリアン教官に診察していただくんですよ。

 その結果『戦闘不能』と判断された場合、相手さんの不戦勝になっちゃいますけど……」


「それは、だめです!」


 突然叫んだあたしの剣幕に驚いて、審判の人が一歩下がる。


「それはだめ……あたし、大丈夫です。戦います……」


 当たり前だよ。

 さっきの司会の人のセリフじゃないけど、ここまできて不戦敗だなんて、冗談じゃない!


 ライリー。

 ルーク。

 ミーシャ。

 みんなの顔と、励ましの声とを思い出して、何とか自分を奮い立たせようとする。


 でも、今にも、膝が震え出しそう。

 おかしい……

 こんなに怖いなんて……いつものあたしじゃない。

 絶対、何かがおかしいよ!


 まさか、レオナルドくんが何か変な術でも仕掛けてきてるとか――!?

 そう思って、必死に意識を凝らしても、《光子》の流れには、少しも乱れは感じられなかった。

 それなのに、どうして!?

 どうしちゃったのよ、あたしっ……!!



「……ニータ……!」


 ――え?


「……ニータッ! おおおぉぉい! アニータぁ!!」


「ルー、ク……?」


 ふらふらと視線を巡らせて、あたしは、その叫び声の源を探し――

 観客席の最前列。

 まわりの人たちの視線もおかまいなしに、座席の上でぴょんぴょん飛び跳ねてるルークの姿が目に入った。


「においだー!」


 顔を真っ赤にして、こんかぎりの大声で叫んでくるルーク。


「このにおいー! 香のにおいだ、アニータ!

 もう、大丈夫だからなーっ!

 今から《さわやかくんフォーエバー》が来るーっ!!」


 ――はあっ!?


「超強力……えーっと……ナントカ!

 とにかく、もう大丈夫だから、安心しろーっ!!」


「いやあの……ごめん、意味分かんないんだけど!?」


 それで、いったい何をどう安心しろとっ!?

 ていうか――


「香の、におい……?」


 その瞬間、鼻先を、なつかしいにおいがふとよぎった。


「あ……これ!?」


 リリスさんの部屋で嗅いだのと、同じ香り――



 ドズウウウウウウウウウウン!!! 



「!?」


 今度は、何事ッ!?

 突如響いた、とんでもない物音に、あたし、審判の人、レオナルドくん、そしてその場の全員が、反射的にそっちに注目する。


 そこには――

 観客席の一角を押し潰して出現した、超・巨大な謎のマシーンの姿!


「超強力・空気清浄化マシーン《さわやかくんフォーエバー》!!

 起動! ですの~っ!!」


 ガッコン! ウィィィィィン……


 シュゴーッ! シュゴーッ!!! シュゴーッ!!!!!


「……だああああああっ!? うるっさーいっ!?」


 ミーシャの宣言に続き、耳を塞いでもまだ聞こえてくるほどの騒音が響き渡り――

 なぜか、爽やかな森の香りが漂ってくる。


 ていうか、この音のせいで、爽やかどころの話じゃないんですけどっ!?

 何コレ!? いったい、何なのっ!?


『アニータさ~ん!』 


 マシーンの上によじ登ったミーシャが、拡声の呪文を使って声を張り上げてくる。


『この空気清浄化マシーンで、お香のにおいを、効果もろともかき消しましたわ~!

 これできっと、気分すっきり、爽やかに試合ができますよぉ~!!』



    *     *     *



 巨大マシーンの上でぱたぱたと手を振る、バノット組の委員長の姿を見つめ――


「まずい……」


 口と鼻とを覆う覆面を着けたまま、彼女は、低く唸った。

 バノット組の面々の予想外の行動が、ここまでの計画の全てをめちゃくちゃにしている。


「どうするのだ」


 傍らでくゆる大きな香炉を横目で睨み、彼女は呟いた。


「どうするのだ? バノット・ブレイド……」



    *     *     *



 く、空気清浄化――って……!?


「あれ」


 あたしは、目をぱちぱちさせた。

 あれれ?


 さっきまでの悪夢にも似た感じが、まるで嘘だったみたいに――

 急激に、普通の気分が戻ってきた。


 もちろん緊張は消えてないけど、さっきみたいな、わけもない恐怖心はない。

 こわばってた身体も普通に動くし――

 レオナルドくんの姿を見ても、もう、心臓がぎゅうっとなったりしなかった。


「なっ……治った!?」


「大丈夫なのですか?」


 不思議そうに言ったあたしに、ちょっと疑わしそうな表情で、審判の人。


「えっ? あ……はいっ! もう大丈夫です、ほんとに!

 なんかすみません、お待たせしちゃって!」


 審判の人と、無言で立ってるレオナルドくんに、元気よくそう言って。

 あたしは、ミーシャたちに、大きく手を振った。


「ありがとーっ! 治ったあっ!!」


 マシーンの上のミーシャが、笑顔でVサインを出し。

 その足元で、ライリーがぐっと親指を立てる。

 ルークは、さっきの場所にはもういなくて、見つけられなかったけど……

 きっと、どこかであたしの様子を見てくれてるだろう。


 いやーっ、それにしても、危なかった!

 みんなと《さわやかくんフォーエバー》の活躍がなかったら、あたし、不戦敗になっちゃうところだったよ!

 さっきのって……誰かの妨害!?

 あの香りってことは、まさか、リリスさんが!?

 いや、まさか――


「ふーっ……」


 でも。

 今のあたしには、そんなことはどうでもよかった。

 袖で額の汗を拭い、湿った手のひらをごしごしと袴で拭く。


 目の前のレオナルドくんを、まっすぐに睨みすえた。

 威圧感は、まだ感じる。

 強そうで、隙がなく、微動だにせず落ち着き払っている――

 でも、もう、怖くはないもんね!


「お待たせしました。よろしくお願いします!」


 大声で言って、頭を下げ、刀を抜き払って身構える!


 うっおおおおおおおおおおおおおお~ぅ!!


 あたしが復活したことが伝わったのか、観客席から大歓声が上がった。


 レオナルドくんは、ほんのわずかに顎を引く程度に、軽くうなずいて。

 手にしていた剣を、まっすぐにこっちに向けてきた。


「えー、両者、よろしいですね!? 準備よろしいですね!? それでは、礼を!」


 審判の人の合図で、あたしたちは互いに刀礼を切る。

 全然関係ないけど、この挨拶、審判の人によって、握手だったり、普通の礼だったり、刀礼だったり、色々なんだよね。

 適当というか、大らかというか……

 あ、ひょっとしたら、審判の人の出身地によって違うのかもしれない。

 ヒノモトだったら、抜く前に礼をして、それから構えるのが普通だったし――


 そんなことを考える余裕が戻ってきてることに気付いて、自分でちょっと笑ってしまった。


 見ててね、ルーク、ミーシャ、ライリー。

 見てる? マックス、リリスさん。

 見てますか? イサベラ閣下、それに、先生……



「時間無制限、一本勝負! ――始めぃっ!!」



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