激突! 総合戦技競技会! 8
* * *
「いいか、アニータ! 落ち着いていけよっ!」
ついたてに四方を囲まれた、選手控え室。
あたしの両手をぐっと握って、ルークが熱のこもった口調で言う。
「とにかくな、落ち着いていきゃ、たいてい大丈夫だから!
こう、あれこれ不安に思ったりせずに、とにかく、落ち着いて――」
「ルークさん……」
かたわらから、やや苦笑気味の表情で、ミーシャ。
「『落ち着いて』って、さっきから、もう十四回も仰ってますの~!」
「え! そーか!?」
「はっはっ。どうも、ルークのほうがアニータよりも慌てているようですな」
「うう……だってよー!」
ミーシャとライリーの指摘に、子どもみたいにばたばたとその場で足を踏み鳴らして、ルークが叫ぶ。
「さっきから心臓がバクバクいって、もう、居ても立ってもいられねーんだよ!
だってよ! タシュール教室っつったら、うちでも最強の暗殺集団っていわれてる連中じゃねーか!
でもって、アニータが今から戦う……あー……えーっと……」
「レオナルド・ガッシュさんですの~」
「そうだ! その、レオなんとかって野郎は、そのなかでもいっとう強いわけだろ!?
何しろ、ここまで勝ち残ってくるくらいだからな!
だあああっ! 緊張するぜーっ!」
「いや、ルークが緊張しても……」
思わず苦笑して、ぱたぱたっ、と手を振るあたし。
「アニータさん……?」
横からあたしの顔をのぞきこんで、ミーシャが、不思議そうな表情を浮かべる。
「何だか……楽しそう、です~?」
「うん」
あたしは頷いて、ぐっと刀の柄を握った。
「そうなんだよね。
さっきから、自分でも、不思議なんだけど。
今までなら、こんなふうに試合するときは、いつも、めちゃくちゃ緊張してたのに――
今は、違うの。
何ていうんだろう、こう……勝ち負けがどうとかいうんじゃなくて……
相手と全力でぶつかり合えるってことが、それだけで、楽しいと思えるんだよね!
いや、もちろん、勝ちたいとは思うんだけどさ」
「戦士にとって最高の喜びとは、持てる力の限りを尽くすことができる戦いに巡り合うこと……と申しますな」
顎に手を当てて、満足げに、ライリー。
「レオナルド・ガッシュ選手……アニータの最後の相手として、充分以上の実力を持った相手と申せましょう。
我々観客にとっても、栄えある戦技競技会のクライマックスを飾るにふさわしい好カードでございますな!」
「……ねえ、みんな」
あたしは、しみじみとうなずいているライリーたちに、思わず尋ねずにはいられなかった。
「こんな直前に、あれなんだけどさ。
レオナルドくんのことで、何か、他に知ってることってない?
ほんと、どんな小さなことでもいいから!
ひょっとしたら、その情報が、あとで勝負に生きてくるかもしれないもん」
「ふむ、そう……」
あごに手を当てたまま、難しい顔で、ライリー。
「噂によれば、彼は、これまでに何度も総長命令を帯びて学外へ派遣されており……
その全ての任務において、目的を完遂してきたとのことです」
任務、って――?
「平たく表現すれば、仕掛けて仕損じなしの、凄腕の殺し屋ということですな」
「こっ……!?」
ライリー! それ、いくら何でも、平たく表現しすぎだよっ!
いや、でも……殺し屋、か……
つまり、ほんとに人を殺したことがある、ってことだよね……?
それが、どういうことなのか、あたしにはまだ、想像もつかない。
いや、これだけ遠慮なしに真剣ブン回しといて「今さら何言ってんだ!?」って感じだけど。
変な話、あれは、対戦相手の腕を信用してるから――
つまり『相手が絶対に受けるか避けてくれる』っていう信頼感があるからこそ、できる芸当なんだよね。
相手の手や指を落としちゃうかもしれないなんて思ったら、怖くて、とても真剣で試合なんかできないもん。
でも、これから戦うレオナルド・ガッシュって子は、違うんだ。
生きている人間を、自分の手で……
考えただけで、ぞっとしちゃうよ。
そんなことを、これまでに何度もやってきたっていうんだから……
きっと、これまでに戦ってきた子たちとは、全然、次元が違うんだろう……
「ホント、落ち着いていけよ、アニータ!」
やっぱり居ても立ってもいられない様子で、ルーク。
「マジで手強いヤツみたいだからな。
――いや、実はオレも、さっき、そこらへんで聞き込みしてきたんだよ!
そのレオ……なんとかが、これまでの試合でどんな戦いをしてきたのか分かれば、アニータの参考になるだろうと思ってさ!」
「おおっ!? 素晴らしいですな、ルーク!
ルークとは思えぬ発想の冴えでございますぞ!?」
「ルークさん、アニータさんのために、いつになく頭脳を活性化させていらっしゃるのですね~! お見事ですわ~!」
「え……? おお、う……ん?」
誉めてるんだか貶してるんだかわかんないふたりのコメントに、一瞬、混乱したような顔になるルークだけど、
「いや、それでだな! とにかく、ヤベーんだよ! あのレオなんとか野郎……
これまでの試合、全部、三十秒以内に相手を倒して勝ち上がってきてるらしいぜ!」
「三十秒っ!?」
思わず叫ぶあたし。
「それ……いったい、何がどうなって……!?」
「いや、そこまでは分からねえ……
激突した、と思った瞬間に、もう、相手がばったり倒れてる、って感じらしくて……
見てたヤツらにも、何がどうなったのか、さっぱり分かんなかったらしい!」
「うわー……」
それって、まさしく最強の敵……
ルークの緊張の意味が、今さらながら分かってきたような気がするよ……!
うわー、どうしよう!? 秒殺なんてヤだな! カッコ悪い!
……勝ちたいなぁ……!
「あっ。でも~……」
黙っていたミーシャが、突然、真剣な声で言った。
「これまでの試合が、すべて、激突の瞬間に決着している……
と、いうことは……逆に考えると~?」
「……え?」
「つまり」
一本、指を立てて、ゆっくりと考えをまとめるように、ミーシャ。
「接触の瞬間に、相手の勝機がある……と、いうことは~……?」
「――あ!?」
あたしは思わず、パン! と手を打った。
「そうか! ていうことは、できるかぎり、接触を避ければ……
つまり、間合いを詰められないように注意し続けてれば、チャンスが巡ってくるかも知れないってこと!?」
暗殺者っていうからには、おそらく、レオナルドくんが最も得意とするのは接近戦。
ということは、常に距離を取るようにしておけば、ひょっとして……?
その場合、もちろん、こっちの刀も届かないんだけどね。
あたしたちは魔術師。
武器の効果の及ばない距離からでも、相手に攻撃を仕掛けることができる――
と、その瞬間。
「……ああああぁぁぁぁーっ!?」
あたしの脳裏に、ひとつのひらめきが訪れた!!
よくよく考えてみたら、なにも《剣》の部だからって「常に剣で戦わなくちゃいけない」ってわけじゃ、ないんだよね!
現に、これまでも、剣技と魔術を織り交ぜて戦ってきたわけだし。
今回は、今までよりもずうっと魔術のほうにウエイトを置いて、長いリーチで戦うことにすれば……!?
「よしっ! これで、いけるっ! 勝てるかもっ!?
――あれ?」
ふと気付くと。
あたし以外の三人全員が、ものの見事に、地面にズッこけていた……
「い、痛ててててて……びびったぁ……」
「アニータさん、突然、大きな声を出さないでくださいぃ~……」
「はっはっ……驚きましたな……」
ご、ごめん、みんな。
いや、でも!
「あたし、今ので、勝機が見えたかもしれない!
みんな、ほんとにありがとうっ!」
「何ッ! マジかよ!? 今の――って、どれか分かんねーけど、とにかく良かったぜ!」
ぱあっと顔を輝かせるルーク。
「さすが、アニータさんですの~!
きっと、勝てますわ……! 応援しています~!」
胸の前で手を組んで、ミーシャ。
「素晴らしい! 死中に活を見出すことができる者こそが、最後に勝利を掴むのです……!」
何だかよく分かんない壮大なポーズを取って、ライリー。
よおおぉぉぉっし……
俄然、いけそうな気がしてきたっ!
今回の試合、「発作」だって一度も出てないしね。
この調子でがんばるぞっ!
体技館をブッ壊しちゃった、あのときみたいなことには、もう二度とならないもんね――!
(……ん?)
不意に心をよぎる、奇妙な感覚。
「あのときみたいなこと」……?
燃える体技館。
水蒸気の幕の向こうから現れる、目を見開いたマックスの顔。
格闘技の演舞をするルーク、白い翼を背負って飛び回るライリー、へろへろになりながら走ってくるミーシャ――
(え……え……!?)
あたしは、目を見開いた。
これって――あたしの、「発作」のときの、記憶じゃない?
……待てよ。
よく考えると――あたし、さっきのマックスとの戦いのときにも、こう思ったんだ。
マックスの『風神の息吹』と、あたしの『カグツチ』がぶつかった瞬間のこと。
「これ、あのときと同じ」って――
(嘘っ!?)
今まで、「発作」のあいだの出来事が思い出せたことなんて、一度もなかったのに。
これって、もしかして――
前にリリスさんにかけてもらった術が、地味に効いてるってことなのかな!?
凄い、凄い!
この試合が終わったら、すぐに、お礼に行かなくっちゃ――
『いよいよ、最後の試合――
両選手の入場です!
東! アニータ・ファインベルド選手!
西! レオナルド・ガッシュ選手!』
うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!
これまでで最大級の歓声が、あたしの意識を、身体を、波のように満たしていく。
うん。よし。
あたしは。
あたしは、負けないよ――!!
「ファイトだぜっ!」
ルークが、どかっと。
「がんばって~!」
ミーシャが、ぽんっ! と。
「ご武運を……!」
ライリーが、ぱんと。
控え室の出口に目を向けた、あたしの背中を叩いてくれる。
叩かれた場所から、まるで注ぎ込まれるみたいに、気合いと力が湧いてくる――
「うんっ!」
最大級の笑顔で、そう頷いて。
あたしは、最後の試合の会場へと踏み出していった――!




