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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第八章 激突! 総合戦技競技会!
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激突! 総合戦技競技会! 7



 ぱち、ぱちぱち。


「………………」


 目を閉じたまま、マックスは、そんな音を聴いていた。

 感覚で、自分が仰向けに倒れていることが分かる。

 背中がずきずきと痛むのは、板壁か何かに激突した――その「何か」が、自分の身体よりも頑丈でなくて本当に良かった――せいだろう。

 そうだ。

 あれだけの魔術にぶっ飛ばされた直後でも、これくらいのことは考えられる――


 とっさに魔力障壁を張ったが、到底、相殺し切れる威力ではなかった。

 結果、魔力障壁ごと、思い切り吹っ飛ばされ―― 


 ぱちぱち、ぱち、ぱち。


(誰だ? 拍手なんかしてやがるのは……殺すぞ……)


 痛む身体を持て余しながら、閉じていた目をうっすらと開く。

 視界に飛び込んでくる、真っ赤な炎。

 聞こえていたのは、炎が爆ぜる音。


(あぁ……俺は……焼け死んだのか? あいつの魔術を、喰らって……

 ――ん? 違、う……?)


 あちこちがずきずきと痛むが、思い切って動かしてみると、指も、手足も、首も無事のようだった。

 では、今、目の前に見えている炎は……?


 マックスは、ぐらぐらする自分の頭に喝を入れ、目を瞬かせた。

 幻覚にしては真に迫りすぎている、その炎。

 だが、不思議なことに、熱さをまったく感じない。

 よく見れば、炎と自分とを隔てるように、薄く硬質な輝きの壁が立ちはだかっていた。


(何だ……?)




「ふん」


 イサベラは薄い笑みを浮かべて、頬杖を突いていた手を放し、指を鳴らした。

 同時、炎を食い止めていた不可視の壁が消える。

 アニータの魔術の直撃からマックスを守った学院総長は、何事もなかったかのような表情で再び姿勢を元に戻し、


「重傷者は出ていないな? よし、それならいい。救護班を向かわせろ」


 それだけ命じて、小さく手を振った。




 本部座席のイサベラ閣下が、こっちに小さく手を振ってくるのが見えた。

 魔力の壁が消えると同時に、あたしは観客席に突進する。

 どうしよう、どうしよう、あたし、マックスを――

 彼は、バトルフィールドと観客席とを隔てる板の柵を突き破って、座席に半分埋もれたみたいになっていた。


「マックス!?」


「……ってぇ……」


 倒れた彼のかたわらに膝をついて叫ぶと、ふらふらと不安定に泳いでいたマックスの視線が、はっきりとあたしを見上げてきた。


「……おう。やるじゃねぇか、お前。

 お前の勝ちだ」


『マ……マックス・ブレンデン選手、試合放棄! 試合放棄です!

 勝者! 《炎の武神》アニータ・ファインベルド選手――!!』


「ちょっとっ!?」


 少し焦げながら(あたしの魔術の余波を受けちゃったらしい)叫んだ司会の人は放っておいて、あたしはマックスの胸倉を掴んだ。


「い、痛ぇな……! てめぇがブッ飛ばしたんだろうが。ちったぁ、手加減――」


「ふざけないでっ!」


 怒鳴りつけると、へらへら笑っていたマックスの表情が、一瞬で真顔になった。


「あんた……さっき、わざと、狙いを外したでしょ!?

 どういうこと!? あんな、手加減されて勝ったって――」


 掴んだ胸倉をがくがくと揺さぶりながら叫ぶ。

 重い身体は、ほとんど持ち上がらなかったけれど。

 彼のくちびるが、開く。


「お前を……」





「お前を、狙っている奴がいた」


「……え?」


「俺たちのバトルを邪魔しようなんてバカには、思い知らせてやらなきゃな。それだけのことだ」


 俺の言葉に、あいつは、混乱したような顔になった。

 だが、俺は、それ以上詳しいことを喋らなかった。

 そうだ。今、これ以上のことなんて、こいつには必要ない――


「気にするな。

 そうでなくたって、お前の魔術の発動の方が、速かったんだ。

 お前の勝ちだ」


「マックス……」


 わあぁあああああっ!!


 不意に、もうひとつの競技場のほうから、歓声が湧き起こった。


『勝者! 《暗黒神話》レオナルド・ガッシュ選手――!』 


 俺は、そっちを見ているあいつの腕を掴んだ。

 ぐいっと力任せに引き寄せて、耳元に囁く。

 汗の匂いがした。


「あと一戦。おまえは、心置きなく戦って、勝て」


 驚いたように見返してくる、みどりの目。


「勝てよ。アニータ・ファインベルド」


 あいつは何も言わずに、俺を見つめていた。

 一呼吸、二呼吸――

 その表情に、ゆっくりと微笑が戻ってくるのを、俺は、黙って見つめていた。

 何か言って、その表情の変化を邪魔したくなかったから――


「分かったわ」


 あいつはそう言って、立ち上がった。

 その目は、もう俺を見ていない。

 もうひとつの競技場――そこにいるはずの、これから戦う相手を――タシュール組のレオナルド・ガッシュを、燃えるような視線で射抜いていた。


 ああ……残念だ。

 そこにいるのが俺だったら、どんなにか――


『決勝戦は、第1競技場にて行われます!

 東! アニータ・ファインベルド選手!

 西! レオナルド・ガッシュ選手!

 これより、控え室に移動してください!

 観客の皆さま! 競技場を移る際には、押し合わないよう、落ち着いて、ゆっくりと歩いて移動してくださーい!」


 アニータ・ファインベルドが、袴の裾をさばいて踵を返す。

 俺は、その背中をじっと見守っていた。

 ――と、不意に彼女がくるりと振り向いてくる。

 太陽を背負ったその姿は、まるで、翼持つ戦いの女神のようで――


「そういえば」


 人差し指を突きつけ、彼女は言った。


「グラウンドで女装ダンスの件、忘れたわけじゃないからよろしく」


「………………………。」




     *    *    *




「とうとう、レオナルド・ガッシュと、アニータ・ファインベルドの激突か……」


 金の目を細め、イサベラは呟いた。

 グラウンドの整備と、選手の休息のために、試合開始までには、いくばくかの時間がとられている。


「この時を待っていたのだ。

 さて、バノット。この勝負、どうなる?」


「アニータ・ファインベルドは、この試合に、勝つことはないでしょう」


「ほう?」


 用意された飲み物に口を付けながら、イサベラは微かに首を傾げてみせた。


「また、ずいぶんと確信を持っているようではないか?」


「当然です。今回の相手は――」


「彼女の手には負えん、か? ふん、確かにな」


 言って、何を思ったのか、イサベラは不意にくすくすと笑い出した。


「それで、お前の筋書きとやらはどうなっているのだ、バノット?

 彼女は敗れ――そして――?」


「彼女は」


 重々しく答えるバノットの声には、予言めいて荘重な響きがあった。


「己の過去を見出すでしょう」


「だが、危険ではないか?」


「人はいつか、己自身と向き合い、その全てを受け入れなくては、前進することはできません」


「ふん」


 バノットの言葉に、暗赤色の液体を満たしたグラス――底には、一粒の果実が沈められている――を静かに揺らし、学院総長は言った。


「もしも、受け入れることが、できなかったときは?」


 バノットは、静かにかぶりを振る。


「これから戦う相手が、彼女の助けとなるでしょう」


「ふむ……」


 そのときになって初めて、イサベラはくるりと振り向き、それまで彼女の背後に控えていた男を見つめた。


「お前が、か?」


 全身を覆う漆黒の装束に、同じ色の被り物。

 手にするのは、抜き身の、銀色の剣――


「できるのか? ……レオナルド・ガッシュよ」


 学院総長の問いに、その男は静かな目つきで頷き、そして、銀色の仮面をかぶった。



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