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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第八章 激突! 総合戦技競技会!
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激突! 総合戦技競技会! 6

 


    *    *    *



『さあ、いよいよ、選手の入場です!

 東! アニ―――タ・ファインベルド―――ッ!

 西! マックス・ブレンデ―――ンッ!』


 ついに、来た――!

 大きく息を吐き、あたしは、バトルフィールドに敷き詰められた砂の上に踏み出していった。


 うっ……眩しっ!?

 思わず、目の上に手をかざす。

 今まで目を閉じて精神集中してたせいで、太陽の光がものすごく眩しく思えた。

 一瞬、視界に緑色の残像が焼きついて、それが徐々に金色に変わり、薄れ――

 同時に、怒涛のような歓声が耳に届く。


 あたしは、その中をまっすぐに進んでいく。

 ざくざくと、大股に。


 対面のゲートから、あたしと同じ速さで近付いてくる、ひとつの人影。

 大柄な身体。

 銀の髪。青い目。

 あたしは知らず知らずのうちに、刀の柄をぐっと握りしめていた。


 マックスと、十歩ほどの距離を隔てて、立ち止まる。


「時間無制限、一本勝負! 魔術の使用も可です。

 どちらかが試合を放棄した場合、また戦闘不能の状態になった場合には、相手の勝利となります。

 それでは、礼を!」


 側まで来た審判の声に合わせて鯉口を切りながら、あたしは、じっとマックスの目を見据えていた。


 マックスの様子は、何だか妙だった。

 あたしのほうをじっと見つめたかと思うと、その視線が、ふっと横に流れて、それからまたすぐにあたしの上に戻ってくる。

 どうも、あたしの背後や、周りの観客の様子を気にしてるみたい。

 ……何だろう?


 一瞬、気を取られたあたしだけど、すぐに気持ちを切り替えた。

 あたしは、負けない。

 そのために、全力を尽くす……!


 瞳に闘志を込めて、刀を抜き放つ。

 刀礼を切り、構える。


 全ての音が遠ざかる。

 あらゆる雑念が消えていく。


 刀を握って身構えながら、あたしは、じりじりと、円を描くように移動しはじめた。




 ――マックスは、焦っていた。

 向き合ったまま、弧の軌跡を描きながら、徐々に距離を詰めてゆく。

 互いに、己に有利な間合いをつかみ、相手の出方を見極めようとしている段階だ。

 意識だけは目の前のアニータから離さないようにしながら、観客席に視線を走らせ、リリスの姿を探す。


 あの女があっさりと諦めたとは思えなかった。

 執念深い女だ。どこかから、試合の邪魔をしようとするかもしれない。

 自分を狙ってくるのならば、対処のしようはいくらでもある。

 だが……もしも、逆恨みから、アニータを標的にしようとしたら?


 エニグマに命令して行方を捜させているが、この人出の中、果たして、見つけ出せるかどうか……

 たとえ見つけ出し、確保することができたとしても、口のうまいリリスのことだ。巧みに言い抜けてしまうかもしれない。

 エニグマに、詳しい事情を説明する時間がなかったことが悔やまれた。


(くそっ……せっかくの試合だってのに……!)


 くちびるの内側を噛み、自身の血の味を感じる。

 目の前の好敵手と、思うさま戦うことができない……

 それは彼にとって、身を焼かれるような苦痛だった。

 じりじりしながら、視線をアニータに戻す。

 その刹那――

 マックスは、背筋に稲妻のような衝撃が走り抜けるのを感じた。


 アニータが――笑っていた。

 あのときの、狂気を感じさせるような笑いではなかった。

 燃えるような闘志と、興奮と、歓喜に満ちた笑み――


(こいつ……)


 知らず知らず、マックスの口元にも、同じ笑みが浮かんだ。


(もう、構うか)


 あんな女のことなんか、関係ない。

 なるようになればいい。

 俺は、今、こいつと、思い切り戦いたいんだ――!


 ひゅっ……と響いた呼気の音は、マックスのものか、それとも、アニータのものか。


(負けるかよっ!)


 だん! と不意の踏み込みは、神速を持っていた。

 同時、刃が飛んでいる。

 肉眼では捉えられないほどの速さ。

 その軌道を阻むものがあれば、たとえ鋼鉄の刃であろうとも折り砕くであろうほどの力強さ――


 澄み切った音が響いた。

 糸のような火花が散り、その中で、マックスは目を見開いた。

 アニータの刀が跳ね上がり、マックスの剣の平を叩いて、ほんのわずかに軌道を逸らしたのだ。

 その鋭い切っ先がひるがえり、瞬時にまたひるがえって、彼の顔面を狙う!


「!」


 とっさに仰け反った頬に痛みが走り、皮膚が裂けたのが分かった。


(この!)


 ぶん! と力任せに振るった横殴りの一撃が、少女の身体を捉えることはなかった。

 彼女は一瞬のうちに数歩分も跳び下がり、その一撃を避けたのだ。

 その数歩分をマックスは一瞬で駆け抜け、息つく間もない連撃を繰り出す!

 柳の葉のように細く長い、美しい火花が飛ぶ。

 鋼のぶつかり合う音が響く。 

 まるで――と、不意に、マックスは思った。


(まるで、生きた炎を相手にしてるみてぇだ)


 アニータは、初めて剣を交えたあのときとは別人のようだった。

 膂力が増した、というわけではない。

 純粋な腕力でならば、あのときと同じ、マックスのほうが遥かに上回っている。


 変化したのはスピード、身のこなし。

 あのとき、マックスに圧倒されるばかりだった少女は、今は、炎が踊るように自由に、変幻自在に動いた。

 いくら斬りつけても手応えはなく、不用意に近付けば肌を焼く。

 熱く、目も眩むような炎――


「はっはぁ!」


 マックスは牙を剥くように笑った。


「面白ぇ! ……これでどうだっ!?」





《光子》が動く――

 それを感じた瞬間、あたしもまた、マックスと同時に叫んでいた。


「水神の息吹!」


「カグツチッ!!」


 灰色の雲と、炎のかたまりとが激突して、あたり一帯が水蒸気に覆われる。

 これ――あのときと、同じ――!


「おらぁっ!」


 ガイィン!!!


 白い視界を切り裂いて飛び出してきたマックスの一撃を、あたしはまともに受け止めた。

 指と腕の関節が軋んで、ずざっ、と後ろ足が滑る。

 ぎりぎりと刃を押し込んでくるマックス。

 これも、あのときと同じ――

 でも、今は。


「ふっ」


 あたしは、ぐんっ、と身体を沈めた。

 一瞬、マックスの身体が前に泳ぐ。

 ――もらった!

 峰打ちに返した刀で、マックスの胴を斜めに薙ぐ!


 その瞬間、マックスが跳んだ。

 あたしの必殺の一閃は、彼の爪先をかすっただけ――


 普通の人間に可能な動きじゃない。魔術だ。

 呪文もなしに、一瞬の集中だけで――


 ギィン!!


 あたしの身体をほとんど飛び越すみたいにしてとんぼを切ったマックスが、背後から斬りつけてきたのを、振り向きざまに受け止める。

 司会の人が叫んでる実況も、観客の人たちの声援も聞こえない。

 ただ、マックスの動きが見えて、彼と自分の息遣いと、金属の響きだけが聞こえる。 




(受けやがった!?)


 驚いたのは一瞬で、不安定な体勢でいるアニータに、さらに剣を叩きつける。

 手加減などしない。それは侮辱だ。

 アニータは肩から砂の上に転がってその一撃をかわし、マックスが次の攻撃を仕掛けるよりも早く立ち上がった。

 袖と袴がひるがえる。


「…………!」


 言葉もなく突進し、斬りつけてくる。

 炎のような剣。重さはないが、触れれば致命傷にもなる。

 軽やかに閃き、ひるがえり――


「ハァッ!」


 流れるような連撃を打ち破ろうと、マックスは容赦ない突きを繰り出した。

 ふっ……と、ぶれた少女の顔。

 切っ先は、そのかたわらに流れた、一筋の髪だけを舞い散らし――


 ぱぁん、とアニータが跳んだ。

 魔術ではない、見上げるほどの跳躍。

 突き出した剣を引き戻す時間はなかった。

 マックスは肩から砂の上に転がって、アニータの一撃をかわし――


(立場逆転か……!)


 だが、先ほどの自分よりも、アニータはさらに速かった。

 まるで人外のもののような動きで、再び跳躍。

 花が咲くように、風をはらんだ着物が膨らんで――




 ギャリンッ!!


「……とんでもねぇ女だな……」


 あたしが真っ向から拝み打ちに振り下ろした刀を、マックスは地面に片膝をついたまま、剣をかざして受け止めていた。

 両腕に、渾身の力を込める。

 でも、マックスの剣はびくともしない。

 腕力が違いすぎるんだ。


 マックスは、そのまま、じりじりと立ち上がってくる。

 押さえつけることができない。

 あたしとはまるで違う、筋肉の陰影がくっきりと浮かび上がった、逞しい腕――


 いまや完全に立ち上がったマックスとあたしは、ぎりぎりと軋む刀を挟んで、間近で見つめ合った。

 マックスの口元に、あの笑いが浮かぶ。

 牙を剥く肉食獣みたいな、獰猛な笑み――


「何日も経ってねぇのに……あのときとは、別人みてぇだ! 楽しいぜぇ!」


 あのときは、怖いと思った、この笑顔。

 今は、もう違う。


「……あたしも」


 試合の最中にお喋りなんて、とんでもないことなのに。

 あたしは思わず、そう答えていた。

 マックスの青い目が、驚いたように見開かれる。


「あたしも、楽しいの」


 でも、これはあたしの正直な気持ち。

 こんなふうに感じることがあるなんて、思いもよらなかった。


 誰にも文句を言わせないために、誰よりも強くなくちゃ。

 でも『発作』を起こして白い目で見られないように、どんなときでも、自分を抑えていなくちゃ……


 そんな、窮屈な鎖が、ばらばらと解けて落ちていくみたい。


 あたしがどんなに暴れたって、だから何だ? って感じで、どーんと存在している、大きな大きな海みたいな場所。

 そこに集まっている人たちも、それぞれにやたらスケールが大きくて、遠慮も、手加減も必要ない――


 自分も笑ってるって、このときになって、気付いた。


「全力を出し切って、思いっきり戦うことが、こんなに楽しいなんて――

 それを最初に教えてくれたのは、あんたかもしれない。

 ……ありがとっ!」


「はっ! 勝ってもいねぇくせに……!」


 マックスの笑みが広がって、同時に、凄まじい力で跳ね飛ばされる。


「礼にはまだ早いぜ!」




 渾身の力で突き放したが、アニータは倒れなかった。

 同時に自ら跳び退ることによって、衝撃を受け流したのだ。

 だが、その刹那に生まれた隙を、マックスは見逃さなかった。


「風神の呪縛!」


《光子》が風のように、蛇のようにうねり、アニータを襲う。

 アニータはさらに跳んで下がったが、マックスの術のほうが速かった。

 少女の腰に、不可視の鎖が巻き付き、締め上げて動きを奪う!


「くっ!?」


 慌てて、自由な手足をばたつかせるアニータ。

 しかし、無論そんなことで魔術による戒めが解けるはずもない。


「終わりだ!」


 剣を振りかざし、マックスは突進した。

 その目の前で。

 アニータが右手で高々と刀を掲げ、叫んだ。


『トツカノツルギ――!』


《光子》が収束し、きらきらと刀身が輝く。

 振り下ろされた刃は、あっけなく魔術の鎖を断ち切って。

 返す刀が、突き出されたマックスの剣を、粉々に打ち砕いた――





「……マックス!?」


 混み合う人波を押しのけ、すり抜け、かき分けて、ようやく目の前に開けたバトルフィールド――

 その瞬間、リリスの視界に飛び込んできたのは、赤毛の少女がマックスの剣をガラスのように打ち砕く光景だった。

 アニータは、ちょうどリリスに背を向ける体勢になっている。


「あの女ァ……!」


 このままでは、マックスは負ける。

 彼がやらないのならば、あたくしが!


「『月の』――!」


「おいっ!?」


 叫ぼうとしたリリスの肩に、力強い指が食い込む。

 思わず振り向くと、そこには、顔を真っ赤にしたエニグマが立っていた。


「いいんちょーの命令だ! てめー、何やってんだ……!?」





「はぁっ!」


 何て女だ。

 驚愕と、それを上回る野生的な歓喜がマックスの胸を震わせる。

 あの一瞬で、剣に《光子》をまとわせ、魔術の鎖を断ち切るとは――!


 だが、まだだ。まだ、終わってはいない!

 砕けた剣を躊躇なく手放し、マックスは、アニータの傍らを疾風のように駆け抜けた。


 止まり、振り向く。

 みどりの目と、視線がぶつかる。

 お互いの顔に、消えない笑みを認めて。

 集中に入ったのは、ほとんど同時。

 武器を失った今、マックスに残された勝利の手段は魔術のみ。

 アニータもまた、刀を用いることなく、それに応じた。


 ふたりの術者の意思に感応し、《光子》がざわめき、渦を巻く。

 それは、観客たちの誰もが息を呑むほどに、速く、正確で、強烈な――


 


「お放しっ!」


 振るった手の鋭い爪が、エニグマの顔面を掠める。

 怯んだエニグマの指が、肩から離れる。

 ……今だ!

 リリスはほとんど飛び込みでもするかのように、観客席とバトルフィールドを隔てる柵から身を乗り出した。




 魔術が発動する、1秒前。


(リリス!?)


 マックスは、アニータの肩越しに、観客席の最前列にいる金髪の女の姿を認めた。 

 その背後にエニグマがいる。


 リリスが笑った。

 ――あの言葉を、言おうとしている!


 マックスは、迷わなかった。一秒も。


「ホムラノオロチ!!」


「風神の咆哮!!」


 マックスが突き出した指の、その先端から、強大な破壊力が螺旋を描いて突き進む!




 アニータは、目を見開いた。

 彼女が生み出した炎の蛇は、まっすぐに突き進み、マックスを呑み込み――




 エニグマが、悲鳴をあげて横ざまにすっ飛ぶ。

 リリスは、アニータよりももっと大きく、目を見開いた。

 マックスが放った魔術は狙いあやまたず、観客席に突き刺さり、にわか造りの座席や通路を、その場にいた観客たちもろとも爆散させた。



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