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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第一章 やって来ました! 《暁の槍》っ!
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やって来ました! 《暁の槍》っ! 2

 ミーシャさんの後に続いて、たくさんの彫刻や絵が飾られた長い廊下を抜け、大きな大きな螺旋階段を下りていく。


「うわ……すっごい!」


「え?」


 思わず声をあげたあたしに、先を行くミーシャさんが首を傾げて振り返ってくる。


「どうか、なさいました?」


「あ、いや! ただ、この建物、ほんとに立派だなぁって……」


 ヒノモトの建築様式にはない、石造りの建物の重厚な雰囲気。

 そして、天井からさがったシャンデリアや、艶々した木の手摺りにほどこされた彫刻の華麗さ!


 父さんからの手紙を読んで、自分なりに想像したりもしてたけど――

 こうして目の当たりにして、手で触れてみると、やっぱり圧倒される。


「ああ、この《本館》は、学院が、この地に建造された時以来のもので、歴代の皇帝陛下も、足をお運びになったことのある、由緒正しい建物なのです~」


 にこにこと、ミーシャさん。


「内側からは、見えないのですけれど、東側の破風のあたりに施された複雑な彫刻は、それは見事なもので、文化的な価値も、非常に高いものですの。

 その特色ある形状は、その様式が初めて考案された時代の皇帝陛下の名を冠し、《アーケリオン式》と、呼ばれているのですよ~」


「へぇ……!」


 凄いなぁ!

 いや、建物もだけど、ミーシャさんもね。

 なんて博識な人だろう!

 すらすらとよどみない説明は、まるで生きた辞書が歩いてるみたいだ。


「それに、ヒノモトの建築技術だって、本当に、素晴らしいものだとうかがっていますわ!」


「えっ……そうですか?」


「はい~! 巨大な建築物を、すべて、木で組み上げるのでしょう? 特に、神の宿るといわれる社などは、決められた年数ごとに、そっくり同じ建物を建て替えて、『遷宮』を行うのだとか~!」


「よく知ってるんですね……!」


 貿易を通じての関わりがあるとはいえ、ヒノモトとリオネス帝国は大海原を隔てた遠い異国どうしだ。

 あたしは父さんが帝国人だったから、リオネスの文化についても少しは知ってるけど、そうじゃない人たちはリオネス帝国の名前さえ知らないってこともザラだった。

 だから、こっちにヒノモトのことをこんなに知ってる人がいるなんて、思いもしなかったよ。


「以前、本で読んだことがありますの。とても興味深いですわ~。

 わたしたちの文化圏では、堅固な石で神殿を築きます。不変であることによって、神々の世界のような『永遠』を目指そうとしたのですわ。

 けれど、ヒノモトの方々は、まったく逆の発想をしたのですね~。不変とは程遠い、移ろいやすい木という素材を用いながら、再生の儀式を繰り返すことによって『永遠』であろうとした……

 とてもユニークな、素晴らしい考え方だと思います~!」


 凄い……凄いな。

 あたしは、感動のあまり言葉もなかった。

 こんなふうにものを考える人に、あたしは今まで、会ったことがなかった。


 あたしの髪の色のこと、目の色のこと。

 母さんが、異国人である父さんと結婚したこと。

 これまで、あたしの周りには「自分たちと違う」ことに対する嫌悪と敵意の目があふれてた。


 でも、この人はそうじゃない。

「自分たちと違う」ことを、素晴らしいことだって言ってる。

 なんて……なんて、凄い人なんだろう! 


「さあ、こちらです~」


 ミーシャさんに導かれるまま、あたしたちはやがて吹き抜けのホールを通り抜け、玄関の巨大な扉をくぐった。


「おおーっ……!?」


 表に出た瞬間、あたしは思わず声をあげた。


 あたしたちが立ってる場所は、高い石の階段のてっぺん。

 そこからは、下の様子が一目で見わたせた。


 一面に広がってたのは、広大な芝生の庭!

 縦横に走る小路には真っ白な砂利がしきつめられてて、かわいい花をつけた茂みや、背の高い木があちこちに植えられてる。

 木陰になるような場所には、ちょっと休憩したりおしゃべりしたりするのにぴったりのベンチやテーブルが置いてあった。

 庭のちょうど中心にあたる場所には、まん丸の泉があって、立派な噴水が水を噴き上げてる。


「ここは《一の庭》です~。夜には、ここで星読みの儀式が行われることもありますの。どうです、きれいでしょう~?」


 誇らしげにミーシャさんが言ったけど、あたしは庭の様子を観察するのに夢中で、その言葉がほとんど耳に入ってなかった。


 庭には、たくさんの生徒たちがいた。

 木陰のベンチに集まって、楽しそうにおしゃべりをしてる子たち。

 芝生の上にマットをしいて寝そべって、読書をしてる人もいる。

 小路を急いで走っていく男の子。

 反対に、ゆっくり気持ちよさそうに歩いてくる女の子。

 グループだったり、ふたり連れだったり、ひとりだったり。


 そして、あたしが何よりもびっくりしたことがある。

 そういう子たちがみんな、てんでばらばらな服装をしてるってことだ。

 ドレスを着て、アクセサリーをつけた女の子がいるかと思えば、ゆったりしたシャツにズボン、サンダルってかっこうの人もいる。

 なんと軽装鎧を着込んでる人までいた。

 ミーシャさんみたいなローブ姿の人もたくさんいるんだけど、そのローブも、まさに色とりどり。

 黒に灰色、濃茶、薄茶、紺、藍……

 なぜだかピンクや、若草色なんてのもあった。

 よくよく見ると、デザインも少しずつ違ってる。


「ひょっとしてこの学院って、制服、ないんですか!?」


「ええ~」


 びっくりしてたずねたあたしに、ミーシャさんは、あっさりとうなずいた。


「儀式のときのための、正装は、ちゃんと決まっていますの。

 でも、ふだんは、どんな服を着てもいいことになっています~」


「へーっ……!」


 長いあいだ、全員がおそろいの墨染めの衣っていうのを見慣れてきたあたしにとっては、この光景はすっごく新鮮なものに見えた。

 ――は! よく考えたらあたし、その墨染めの衣を着たまんまだ!

 履き物も、ミーシャさんたちが履いてるみたいな靴じゃなくて、ヒノモトの「ゲタ」だし。

 うわあ、恥ずかしい……!

 いや、別にヒノモトの文化が恥ずかしいってわけじゃないけど、この場では、あまりにも目立ちすぎるでしょ、これ!

 しかもあたし、今、この墨染めの衣以外の服、持ってないんですけど!?  

 すぐに買い物に行かなきゃ、三日も経ったら「カラス」とか、ヘンなアダ名がついちゃうよ!

 そういえば、洗濯の仕方とかって、いったいどうなってるんだろ……?


「えっと、こちらです~」


 あたしがいろんなことで頭を悩ませてるあいだに、ミーシャさんがそう言って、玄関先の石段を降りはじめた。

 そのまま、慣れた足取りで小路のひとつを通っていく。

 あたしはできるだけ気配を殺しながら、彼女のあとについていった。

 でも、やっぱり、無駄な努力だったみたい。


「あっ……おい、見ろよ」


 あたしたちに気付いたまわりの子たちが、小声でざわつきはじめた。


「あそこ歩いてるのって、ひょっとして……」


「バノット・ブレイド教官のとこの委員長じゃないか?」


「あの金髪だろ? そうそう、ミーシャ・エフターゼン……」


「《試験の神様》だよな!」


 ――あれ?

 話題はもっぱら、あたしじゃなくて、ミーシャさんのことみたい。


「試験の神様?」


 聞きとがめたあたしが思わず呟くと、ミーシャさんはちょっと振り向いて、困ったように言った。


「ああ、何だか、そんなふうにおっしゃる方も、いらっしゃるみたいなんですけど~……」


「へーっ、じゃあミーシャさんって、すっごく成績いいんだ?」


 やっぱりね。もう、見るからにそんな感じだもん。


「はあ……」


 彼女はやっぱり、困ったような顔。


「まあ……わたし、ペーパーテストでは、満点以外、取ったことがありませんから~」


「えっ、すっごーい! なるほど、それで試験の神様――って、ええええええぇッ!?」


 うそっ!

『満点以外、取ったことがない』って……!

 成績よさそうだなーとは思ってたけど、それほどとはっ!?


 あたし、もしかしたら、とんでもない組に入れられちゃったのかもしんない……

 勉強、ちゃんとついていけるかなぁ……?

 一気にブルーになってしまったあたしをよそに、周囲からのヒソヒソ声は、まだ続いてる。


「いや、それより、後ろの子は――?」


「あの服、どっかの民族衣装だろ。えーっと、どこだっけか……?」


「ヒノモト、ヒノモト! こないだ習ったろーが!」


「あー、あの! って、まさか……あの赤毛の子も、バノット教官のところに!?」


「ええっ!? バノット組が増えるのか!?」


「うっ……でも、そんな感じだよな……」


 な、何なんだろう、この反応。


「あのー……」


「あっ!」


 あたしが声をかけようとした瞬間。

 ミーシャさんのほうが、急に勢いよく振り返ってきた。

 まわりのヒソヒソ声が耳に入ってないのか、それとも単に気にしてないだけか、とにかく、例のにこにこ顔で言う。


「ごめんなさい、そういえば、まだ、行き先をお教えしてませんでしたね~。

 今、向かっている先は、わたしたちの教室ですの」


「あっ、はい」


「わたしたちの組は今、本当に人数が少なくて~……アニータさんが来てくださって、やっと、四人になったんです!」


「四人!? ……本気で少ないですね」


 前の組には、すくなくとも三十人はいたよ。


「ええ……実は、今、もともとの組の仲間の半分くらいは、イサベラ閣下からの特別任務を受けて、学院の外へ出ていますの~」


「特別任務?」


「ええ」


 ミーシャさんは、こっくりと頷いて、ほんの少し声をひそめた。


「ここだけの話……イサベラ閣下は、ルーシャさまと、個人的なお付き合いがあって……表沙汰にできない国のお仕事を、こちらが引き受けたり、っていうことも、たびたびあるんですの~」


「ルーシャさま?」


 他の学院の総長閣下かな?


「あ、そうか、アニータさんは、まだご存知ないんですね。

 現皇帝、ルーシャ・ウィル・リオネス陛下です~」


「へー、皇帝陛下? ……って、ええええぇぇっ!?」


 皇帝陛下、ってことは、言うまでもなく、このリオネス帝国の最高権力者。

 イサベラ閣下、そんな人と「個人的なお付き合い」があるなんて――

 この学院、あたしが思ってる以上にとんでもない場所だったみたい……!


「バノット先生は、この学院でも一、二を争う戦闘技能の主ですから、特に、荒事となると、うちの組に、よくお話が回ってくるんですの~」


「戦闘技能……?」


「戦いの技のことです~」


 いや、それは分かるんだけど。

 どうして、帝国魔術学院で「戦闘技能」……?


「えーっと、その、バノット先生っていうのが、あたしがつく師範なんですよね?」


「師範? ――ああ、そちらでは、そういう呼称なのですね?

 こちらでは、先生方は『教官』と呼ばれています。

 そう、わたしたちの担任の教官は、バノット・ブレイド先生ですの~。

 とっても、かっこいいんですよ~? それに、お若いですし!」


「へえ……それじゃ、女の子たちに大人気なんじゃないですか?」


《高天原》では、若い男の師範は、人数が少ないこともあって、かなりモテてた。

 そういえば、追っかけをやってる子たちもいたな。

 恋文を渡すとか渡さないとかで、きゃあきゃあやってたっけ。


「人気、ですか~!? いえ……う~ん……どちらかというと、近寄りがたい感じの先生なので~」


 近寄りがたいの!?


「『大魔王』なんて、呼ばれてたりもしますし~」


 大魔王!?

 どんな師範――いや、教官だ、それは。

 まあ、いいか。

 百聞は一見にしかず。

 これから実際に会ってみればわかることだもんね!


「じゃ、今からバノット・ブレイド教官にごあいさつするんですね?」


「えと……それが~……」


 ミーシャさんは、なぜか、にこやかな表情をほんの少し曇らせた。


「先生は、三日前から、ラボにこもってらっしゃるんです~」


「ラボ?」


「先生方のための、研究棟です~。

 そちらにも案内してさしあげたいのは、やまやまなのですけれど……先生、研究の途中で邪魔されると、すっごく怒るんです~。

 ラボ入りの前に『誰か死んだときだけ呼びにこい』って、おっしゃってましたから~、今は、行かないほうがいいと思いますの」


「そーですか……」


 相当、気難しい人らしい……

 大丈夫かなぁ。


「研究って、いったい何の?」


「それが、バノット先生って、とっても変わってらっしゃるんですよ~。

 そのときそのときで、ご自分の一番興味あるものを研究なさって、ひとつの専門を持つってことがないんです~。

 でも、それぞれの分野で、専門家にも負けない結果を出してらっしゃるんですから~、天は二物を与えずっていうの、あれ、ウソなんですねぇ」


「ふーん……」


 神経質な天才肌、って感じなのかな?

《高天原》にも、そんな師範はけっこういた。

 どっちかというと人にものを教えるより、自分の研究のほうが大事ってタイプ。

 バノット・ブレイド教官も、そーゆー感じの人だったら、ちょっとヤだなあ……

 生徒をほったらかしてラボにこもってるって時点で、かなり嫌な予感はするけど。


「さあ、こちらです~」


 あたしの心配をよそに、ミーシャさんはいつもの朗らかな調子に戻って、ひとつの建物のほうにあたしを手招いた。


「おおーっ……!」


 ここが、あたしの新しい校舎かぁ……! 

 年季が入った灰色の石造りで、いかにも頑丈! 質実剛健! って雰囲気の建物。


「ここが《北館》ですの~。わたしたちの教室は、ここの三階にあります。

 さあ、どうぞ、入ってください~!」


 建物の中に入ると、床は黒っぽい板張りで、壁は石材がむき出しだった。

 冬場はかなり寒そうだけど、今の季節なら、涼しくてちょうどいい感じ。


 壁のところどころに抉られた長方形の穴は多分、ろうそくを灯すためのガンドウだ。

 光を灯すマジックアイテムっていうのもあるけど、灯してるあいだじゅう魔力を使うし、一度エネルギーが切れると、充填するまで使えなくなっちゃう。

 だから、魔術学院といえども、ふつうにろうそくを使ったほうが経済的なんだ。

 今は昼間だからろうそくは灯されてないけど、大きな窓から光が入ってきて、それほど暗くは感じない。


 石の階段を三階までのぼったところで、廊下を左へ。

 とうとう、ひとつの扉の前でミーシャさんは立ち止まった。


「ここが、わたしたちの教室です~。とりあえず、他のみなさんとの、顔合わせということで~」


 うわー! いよいよだ!

 黒っぽくて古めかしい、木の扉。

 表札なんかは出てなくて、なんともそっけない外見だ。

 思わず耳を澄ましてみるけど、扉がかなり分厚いらしく、物音はきこえてこない。

 廊下側には窓もないから、中の様子は全然わからなかった。

 あたしが拳を握りしめて、じっと扉をにらんでいるのを見て、ミーシャさんが気をつかってくれたらしい。


「あの、そんなに緊張なさらなくても、大丈夫ですよ~? 

 みんな、いい人たちばっかりですもの」


「はいっ!」


 いくら、緊張するなって言われても、するものはするんだよね……

 力の入りまくったあたしの返事に、ミーシャさんはちょっと苦笑したみたいだけど、そのまま軽く扉をノックし、返事を待たずにノブをつかんで引き開けた。


「え~、みなさ~ん、注目してくださ~い!

 新しい方が、いらっしゃいましたよぉ!」


 と、のどかに声を張り上げるミーシャさん。


 その瞬間。

 あたしはその場に硬直した。


「う……!?」



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