激突! 総合戦技競技会! 4
「すごい、すごい! すごいです~っ!」
あたしの手を掴むなり、興奮が抑えきれない! って感じで、ぶんぶんとその手を振り回してくるミーシャ。
「アニータさん、とってもカッコよかったですわ~!」
「ホントだぜっ!」
ルークも、満面の笑顔だ。
「あの調子なら、次も余裕、楽勝だよなっ!」
「まあ、油断はいけませんわ~、ルークくん!」
「そうだね……」
あたしは頷いて、ぐっと拳を固める。
「最後まで油断せずに、気持ちを引き締めていくわ!
何しろ、ここで負けたら、今までの勝ちが意味なくなっちゃう――」
そこで、思わず、言葉が途切れる。
あたしが何かをじーっと見ているのに気付いて、みんなも、申し合わせたように同時にそっちを向いた。
あたしの視線の先、ちょっと離れたところにいたのは――
人混みから少し離れたところでひとかたまりになった、何ともいえず怪しい集団!
「な……何? あの人たち……」
まず、全身が黒い。
いや、肌が黒いって意味じゃなくて、全身をくまなく真っ黒な服で固めてるんだよね。
ローブじゃなく、動きやすそうな長袖の服とズボン。
ごく普通の服なのに、全身真っ黒で揃えると――しかも、そんな格好で大勢集まると――急に不審人物にしか見えなくなるから驚きだ。
しかも、怪しいのはそれだけじゃない。
なんと、全員が鈍く光る銀色の仮面をつけて、素顔を隠してるんだよね!
な、何なの、いったい。仮装?
でも、ルークたちにとっては、疑問でも何でもなかったみたい。
「あっ。ありゃ、タシュール組の奴らだぜ!」
「ふむ」
横から優雅に頷いて、ライリー。
「通称、学院の暗殺部隊とも呼ばれておりますな……」
「――なんで、帝国魔術学院に暗殺部隊ッ!?」
あたしの毎度のツッコミは、当然のように流された。
まあ……あたしも、この学院のワケ分かんなさには、だんだん慣れてきたけどね……
「あいつらよー、普段、目立つとこには、絶対出てこねーんだ。
あの組じゃ、いつも全員があの格好をしてて、仲間内でもめったに素顔を見せ合わねーらしいぜ!
けど……あいつら、なんで今日に限って、あんなにぞろぞろ出てきてるんだろうな?」
ルークがそう呟いた途端、急に、ライリーの顔が曇った。
「どしたの、ライリー?」
「いえ……」
彼は、普段の彼らしくもない真剣な表情で、
「ただ……彼らが、ああして出てきているところを見ますと、《暗黒神話》のレオナルド・ガッシュ選手も、試合に勝ち残っているようですな」
「《暗黒神話》って――」
急に出てきた名前に、首をひねったあたしだけど……
ちょっと待てよ? 確か、この名前、前にどこかで――
「あ! もしかして、前に、お茶飲みながらチラッと話してた……!?
えーっと、確か《六枚羽》のナントカくんに、《闇の左手》ルッカくん――
それから《暗黒神話》の、レオナルド・ガッシュ!」
「誰だ? そいつ」
横からぬっと顔を出して、大真面目な表情で、ルーク。
や、やっぱり、ルークの記憶には、あの会話の影も形も残ってなかったみたい……
「つわもの居並ぶタシュール組の中でも、最高の実力者だそうです…
これは、相当な強敵になるでしょう……」
「まあ……」
恐ろしそうに、ミーシャが呟いた。
「どんな技を使われる方ですの?
わたし、その方のこと、これまで聞いたことありませんでしたわ~……」
「ふむ、それも、無理はございませんな。
私も、最近になって噂で名前を知ったばかりなのです。
普段、彼が表舞台に出ることは滅多にないそうですから……
戦技競技会への出場も、今回が初めてだそうですよ」
「じゃあ、もしかしたら、あたし、次にその人と当たるかもしれないね」
あたしは、ぎゅっと眉を寄せて呟いた。
伝統的に、総合戦技競技会の対戦の組み合わせ表――通称『対戦表』は、公表されることがない。
だから、あたしたち選手は、司会の人からの呼び出しを聞くまで、次の対戦相手が誰なのか知ることができないんだ。
最初に聞いたときは、
(なんで、そんなむやみにドキドキするシステムになってるのっ!? まさか、イサベラ閣下の嫌がらせ!?)
なーんて、思ったんだけど――
これには、れっきとした理由があるらしい。
何でも、総合戦技競技会の第一回大会では、普通にあらかじめ対戦表が公開されてたらしいんだけど――
その結果、ライバルへの妨害工作が続発して、なんと、競技会当日には、出場選手の人数が約半分に減っちゃってたんだって!
ていうか、どれだけ勝ちたいわけ、みんなっ!?
勝利への執念、恐るべし……
そんな苦い出来事を踏まえて、非公開にされたっていう対戦表だけど……
実際に戦う立場としては、一刻も早く次の試合相手が分かったほうが、ありがたいんだけどなぁ。
ほら、やっぱり、心の準備ってものがあるじゃない?
ううう、もしも次の試合で、いきなり《暗黒神話》の人なんかと当たっちゃったらどうしよう……
――と!
『レッディィィィス・エェェェン・ジェントルメ――ン!
大変、長らくお待たせいたしましたぁ――ッ!
百花繚乱、群雄割拠! その栄光はいついつまでも!
栄えある総合戦技競技会《剣の部》の試合――
先ほどの戦いをもちまして、ついに、その上位四名の選手が決定いたしましたあぁ――ッ!!!』
「四名っ!?」
思わず叫ぶあたしたち。
これまでは、とにかく呼ばれたら戦って相手を倒すだけだったから、全部で何人の選手が《剣の部》に出場してるのかすら、よく分からなかったんだけど――
もう、そんなに試合が進んでたんだ。
――って、ちょっと待てよ?
残り、四人……?
てことは、次の試合が、もう準決勝っ!?
うわぁぁぁぁ! なんか、急に緊張してきたよぉぉぉ!
「落ち着け、アニータ!」
どばし!
「ぐはっ!」
いきなりルークに背中を思いっ切り叩かれて、ドキドキいってる心臓が、ボン! って口から飛び出すかと思った。
「い……痛ったあ~! もー! そんなに強く叩かないでよっ、ルーク!」
「え!? 悪い、痛かったか!? マジで悪い! 思わず、力がこもっちゃってよ!」
ごしごしとあたしの背中をさすって――いや、それもまたちょっと痛いんだけど――ルークは、思わず文句を言うのも忘れちゃうほどの、とびっきりの笑顔で言ってきた。
「大丈夫だ、アニータ! アニータなら絶対、勝てるぜっ! この俺が、保証するっ!」
「そうですとも!」
突然くるくるくるっと回転したかと思うと、ぴたっ! と見事な腕のポーズつきで静止して、ライリー。
「これまでの試合のように、全力を出し切れば、勝利への道は、おのずからアニータの前に開けるでしょう……!」
「ええ!」
胸の前で両手を組み合わせ、ミーシャ。
「わたしたちは、もう、お祈りするしかできないですけど~……アニータさんなら、きっと!」
うん。
ありがとう、みんな。
絶対に、負けられない。
負けたくない……!
『え――、続きましてッ!』
司会の人の、熱のこもったアナウンスが響く。
『お待ちかね! 対戦の組み合わせを、発表させていただきますッ!
準決勝の二試合は、平行して行われます!
選手の皆さんは、該当する競技場へ、速やかに移動をお願いいたします!
一番競技場! ――東! 《暗黒神話》レオナルド・ガッシュ選手!
西! 《蒼い流星》ヘイズ・ウィンダミア選手!!
うおおおおおおおお~!!
『二番競技場!
――東! 《炎の武神》アニータ・ファインベルド選手!』
……いや、《炎の武神》って、誰ッ!?
『そして、西! 《荒野のオオカミ》マックス・ブレンデン選手で――す!!』
うっおぉおおおおおおおお~っ!!!
「マ……マックスの野郎かよぉ~っ!?」
「あ、でも、ルークくん!
アニータさんは、前に一度、彼に優勢勝ちしていますわ~!」
「そうですな! これは、有利な組み合わせと言えるでしょう――!」
てんでに大騒ぎをするみんなとは、対照的に。
アナウンスを聞いた瞬間、あたしは不思議と、心が落ち着いていくのを感じた。
そう、か。
そうなんだ。
あたし……これから、マックスと、戦うんだ……!
前は、『発作』を起こして勝った。
いや……勝った、ことになった。
今度は。
そう、今度こそは――!
「よう」
不意に、そんな声が聞こえて。
周りにいた人たちの歓声が、まるで吸い取り紙でも当てたみたいに、一瞬にして静まり返る。
「ずいぶん、調子いいみてぇじゃねぇか?」
「そっちこそ」
逆立った銀髪。
挑戦的に光る、青い目。
剣の柄に手をかけて、だらしない姿勢で立ったまま、マックスは、しばらくじっとあたしを見つめていたけど――
「なあ、アニータ・ファインベルド。
……オレと、勝負しねぇか?」
気楽な口調で、突然、そんなことを言い出した。
「は? 勝負なら、今からするじゃない」
「そうじゃねぇ」
にやりと笑うと、尖った八重歯が、まるで狼の牙みたいに見える。
「賭けだ。俺と、お前のな。
俺が勝ったら、お前、うちの組に来い」
な……!?
「何だと、コラァ!? アニータは……」
叫び出したルークを、ライリーと、ミーシャが抑える。
マックスは、平然とあたしを見据えた。
「どうだ。受けるか?」
そう、問いかけられて。
「負けないわ……」
燃えるように。
胸の奥底から、湧き上がる言葉があった。
「あたしは、負けない! 絶対に負けない!
いいよ、その賭け、受けてあげる!
……ただし! あたしが勝ったら、あんた、グラウンドのど真ん中で女装して踊ってもらっちゃうからねっ!?」
あたしの一言に――
どおっ! と、まわりにいた観客たちが、一斉に沸いた!
「す、すっげぇーっ! こりゃ、見逃せないぜっ!?」
「ますます盛り上がってきたあ……っ!」
「どっちも、がんばれよーっ!!」
この盛り上がりに、さすがのマックスも、一瞬、顔が引きつったみたいだったけど。
「面白ぇ……」
その顔に、ゆっくりと、あの笑みが戻ってくる。
たぎる闘志が透けて見えるような、野生的で、獰猛で、どうしようもなく惹きつけられる、あの笑み――
「上等だ、乗ったぜ!
おう、今の言葉、負けた途端に忘れたりするんじゃねぇぞ……?」
「当然! サムライの心意気、見せてやるわっ!」
『――え~、アニータ・ファインベルド選手、マックス・ブレンデン選手!
何やらたいへん盛り上がっているところ恐縮ですが、とりあえず、二番競技場へ移動をお願いしまーす……!』
火花を散らし合うあたしたちのあいだに、司会の人の、遠慮がちなアナウンスが割って入った。
すみません、司会の人……
「ま、こんだけの証人がいりゃ、充分だろう」
ルークたちのほうを、ことさら挑戦的な目つきでちらっと見て。
「待ってるぜ? アニータ・ファインベルド……」
マックスは、あっさりと踵を返し、二番競技場のほうへと歩いていった。




