激突! 総合戦技競技会! 3
「あれーっ?」
明るい茶色の目を真ん丸く見開いて、こっちを指差し、ルッカくんが叫んでくる。
「お姉さん、生きてたのっ!?」
「当ったり前でしょーがっ!
――てゆーか、まさか、殺す気でやったんじゃないでしょーねっ!?」
「えっ? いや、別にそんなことないけどー……
でも、ボクの《左手》を喰らうと、たいていの相手は、骨も残らないからー」
「そんな危ない技を、試合で平然と使うなぁぁぁぁっ!!」
すとんっ、と地面に降りて、思わず絶叫するあたし。
――いやーっ、危なかったぁぁぁ……!
試合が始まった直後は、お互いに様子見って感じで、数合、打ち合って。
その段階で、この子――いや、くどいけど40歳なんだよねこの人。でも、どう見ても10歳くらいにしか見えないし、向こうもこっちを「お姉さん」って呼んでくるから――は、相当な使い手だって分かった。
『そーれーっ!』
あっけらかんとした気合いとともに振り抜かれる長剣。
それが、風を巻くほどに速い!
この子は小柄だし、エルフっていう種族には華奢で非力なイメージがあるけど、とんでもない。
相当、鍛えてるんだろう。
重い長剣を、まるで腕の延長みたいに使いこなしてる。
『ヒカリバナっ!』
『広がれ、緑の網ーっ!! 貫け、黒の刃っ!』
『ヒノタマ!』
バチバチバチッ!
バシュンバシュン!
ゴゴゴゴゴッ!!
剣での戦いの合間に魔術で撃ち合い、互いの攻撃をあるいは防ぎ、あるいは逸らし――
『やるねっ、お姉さん!』
そう、嬉しそうに叫んだルッカくんの左手――
手袋に包まれたその左手が、ヴンッ! と唸りをあげた、次の瞬間!
『じゃあ、これでどうだーっ!?
発動せよ、《闇の左手》ー!!』
あたしに向かって、勢いよくその手が振り下ろされ――
ボガァッ!! と、まるで超巨大な砲弾の直撃でも受けたみたいに、あたしが立っていた地面が大きくへこんだ!
結果的には、ハゴロモの術を使って、間一髪で難を逃れたあたしだけど――
あれ、まともに喰らってたら、シャレにならなかったよ!?
『アニータ・ファインベルド選手、見事な動きです!
飛行の術により、ルッカ選手の必殺技《闇の左手》を回避していたーっ!』
「ボクの《左手》は、それ自体、魔術武器になっててねー!
ほんの一瞬だけ、極大質量の物質を発生させることによって、強力な重力場を発生させることができるんだ!
この攻撃をまともに防ぐことは、絶対にできないんだよっ。
鋼だって城だって、完璧に、ぺっしゃんこにできるんだっ!」
えーっと……?
何か、得意になって解説してくれるルッカくんだけど、あたしに理解できたのは、最後の二文だけ。
最初のほうのよく分かんない専門用語については、後で、ミーシャにでも解説してもらおうっと……
『さあ、ルッカ選手が切り札である《闇の左手》を出した以上、アニータ選手、俄然、苦しくなって参りました!
何しろ、ルッカ選手の言葉通り、この《左手》の攻撃を防ぐ方法は事実上ありません!
残る手段は、ただ、回避のみです!
しかもルッカ選手は、この《左手》での連打を得意としているーッ!
これまでの最高記録は、なんと二十三連打だーっ!
アニータ選手、地獄の二十三連打を果たして避けきれるのか――っ? おっ?
おっ、おっおっ……おおおおおお!?』
思わず喚く、司会の人。
ふっふっふっ――甘いねっ!
23連打だか、何だか知らないけど!
「どぉおおおおおりゃあああああああ~っ!!!」
相手が連打が得意なら、こっちは、それを超えていけばいいだけだもんね――!
あたしは、とにかく踏み込み、踏み込み、踏み込んで、息つく間もない連撃で斬りつけまくった!
『休まない! それでは、相手を休ませることになります!』
そんな声が、耳元によみがえる。
ヒノモトにいた頃によくやった、ソヨカ師範との剣術の修行――「千枚斬り」。
ソヨカ師範が、術をかけた紙切れを空中いっぱいに飛ばして、あたしは木刀を握る。
そして、最後の一枚をやっつけるまで、とにかく休みなしに切って、切って、切りまくるんだ!
『も、もうダメ、死ぬぅ……っ!』
『いけません! 動きを止めない!
太刀行きの速さで相手を圧倒するのです! もっと速く!』
『ひ~……!!』
『まだです! もっと速く! もっと速く!』
OK、ソヨカ師範。
もっと速く。
今こそ、その修行が生きるとき――!
「わっ、わっわっわぁぁっ!?」
鋼と鋼が噛み合い、激しく飛び散る火花の中を、ルッカくんが後退する。
あたしの攻撃を、何とか全部受け流しているけど、今の彼には、それが精一杯。
魔術を使うには、集中するための時間が要る。
修練を積むことで、その時間はどんどん短縮できるけど、まったくゼロにはできない。
今、ルッカくんはあたしの攻撃を防ぐことに全神経を使っているから、魔術を使う余裕なんてないんだ。
これで、いける――!
「ハゴロモ!」
あたしは出し抜けに攻撃を止めると、空に舞い上がった。
同時、ルッカくんも、ここが最大のチャンスとばかりに左手を振りかざす。
「発動せよ、闇の……ッ!?」
標的であるあたしを見上げた、ルッカくんの目。
その目に、無数の光の針が突き刺さる。
そう、飛び上がったあたしの肩越しに降り注ぐ、眩い太陽の光が――!
その一瞬が命取りっ!
「せいやぁぁぁぁぁッ!!」
あたしが、渾身の気合いとともに振り下ろした刃は。
反射的に左手を下ろして目をかばったルッカくんの、その左手に食い込む寸前で、ぴたりと静止した――
お……
おおおおおおおおおおっ!!!
きっかり一呼吸の、完全な沈黙の後、怒涛のような拍手喝采が沸き起こる!
「しょ……勝者! アニィータ・ファインベルドォ――――ッ!!
か、感動です!
なんと、なんと、熱い試合だったのでしょうか……ッ!
ああ、この日まで司会をやってきて、本当に良かったッ……!」
叫ぶなり、おいおいと泣き出す司会の人。
いや、何も、そこまで感動しなくても……
「凄いなー、お姉さん! 完敗だよー!」
そう言ったのは、ルッカくん。
汗が光る顔で、あっけらかんとあたしに握手を求めて、えへへと笑う。
「凄いね、あの太陽作戦! 狙ってやったんでしょー?」
「うん、まあね! 途中で、暑いなと思ったときに、ふっと思いついてねっ」
「うーん、見事に引っかかっちゃったなー!
いや、でもお姉さん、ホント強かったよー!
最後の連続攻撃なんか、ボク、ホントに斬り殺されるかと思ったもーん!」
ど く ん
「――えっ?」
あたしに……斬り殺される?
あたし、に……?
何か、心に奇妙な感触を感じた、と思った、次の瞬間。
「うおおおおおお~! すっげーぞ、アニータァァァァ!」
観客席からめちゃくちゃでっかい叫び声が響き渡って、あたしは思わずその場にずっこけそうになった。
叫んでるのは、もちろんルーク。
「オレ、今の試合、すっげー興奮したぜっ!
ほらほら、見ろ! 鳥肌!」
「はっはっは、ルーク、男の鳥肌なんて誰も見たくございませんよ」
「きゃあ~、きゃあ~! 素敵でした、アニータさん!
ほらほら、わたしも、鳥肌ですの~!」
「は、ははは……」
良かった!
みんな、喜んでくれてる……
あたしは、ルッカくんと礼を交わして、みんなが待つ場所に戻っていった。
ついさっきの奇妙な感触の正体は、結局、分からないまま――




