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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第八章 激突! 総合戦技競技会!
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激突! 総合戦技競技会! 2


『お集まりの皆々さま方ぁっ!

 大っ変っ、長らく……お待たせいたしましたぁぁぁぁっ!!』


 うおおおおおお!!

 爆発のような歓声が、ぐるり360度、あたしを包み込むように湧き上がった。

《剣術》部門、後半の試合――


 この《剣術》部門は、総合戦技競技会のうちでも花形の競技と見なされてるらしい。

 だからこそ、その後半戦は、他の全ての競技が終了した後……

 つまり、他の全員が観戦できるようになってから行われるのが伝統なんだって。


『ここまでの試合を、勝ち抜いて参りましたのはーっ!

 各組が誇る、剣技の達人っ!

 いずれ劣らぬ、優れた剣士たちでありまぁぁぁす!』


 再び、どおっ! と大波のうねりのような歓声が起こる。

 そう、この試合は「トーナメント」方式。

 勝ち上がるか、負けて競技場を去るか、ふたつにひとつ!

 ――負けるもんかっ!


『東! エントリー・ナンバー32っ!

 バノット・ブレイド教官門下っ!

 アニ――――タ・ファインベルド――――ッ!!!』


 よし!

 嵐のような拍手と喝采の中、あたしはひとつ深呼吸をして、刀の柄をぎゅっと握り、前に進み出た。

 心臓がどきどきどきどき、破れそうに高鳴ってる。


 大ケガをするかもしれない、真剣での勝負。

 組の総合優勝がかかった勝負。

 大勢の観客に囲まれて、怒涛のような歓声が飛ぶ中での勝負――


 でも、不思議だな。

 あたしは、怖くなかった。

 むしろ……何なんだろう!?

 この、ワクワク感は!?


「行けーっ! アニータ・ファインベルドーッ!」


「負けるな! ガツンといったれーっ!」


「ファイトです、ファインベルドさ~ん!」


 顔も知らない、話したこともない、学院の人たちが。

 拳を突き上げて、あたしの名前を叫んでる。

 あたしを、応援してくれてる。

 

 ヒノモトにいた頃、あたしは、いつも縛られてた。

 あたしを見る人たちの、好奇と嫌悪の視線。

 剣術の試合で勝っても、魔術で大きな技を成功させても、喜んでくれるのはソヨカ師範と、手紙の向こうの父さんだけ。


(あの子は、化け物の血を引いてるのよ。だから、あんな馬鹿力があるんだわ)


(火を呼ぶ血筋なのよ。あの子といると、家が火事になるのよ!)


 認めてもらえなかった。

 受け入れて、もらえなかった。



『アニータ・ファインベルド選手は、遠く《輝きの海》を超えた、ヒノモト帝国の出身ですっ!

 ヒノモト伝統のサムライ流剣術、その太刀筋は、流麗にして変幻自在っ!

 学院に編入して日は浅いものの、その破壊力――もとい実力のほどは、今、ここに立っていることからも明らかだぁーっ!

 特に、炎を操る魔術の威力は、まさしく絶大!

 皆さまもご存知の通り、なんと!

 転入初日にして、学院の《体技館》を倒壊させるという荒業をもやってのけましたぁぁぁーっ!』


 うおおおおおおお~!!!


 我ながら笑い事じゃないとは思うんだけど、もはや何でもOKと言わんばかりのテンションで、拍手を送ってくれる観客の皆さん!


 ――そう、この学院では、違う。

 まわりの人たちが、あたしを認めてくれてる。

 あたしを、受け入れてくれてる。

 受け止めてくれてる。


 飛び抜けるものを、白い目で見るんじゃなく、面白がる空気。

 異なるものを、排斥するんじゃなく、興味津々で関わろうとする気風。

 だから、怖くない。

 何とかなるさっ! と思える。

 そして、不安もない。

 全力を出し切ればいい! と思える。


 そうだ。

 ここでなら、あたしは……!


『対しますのはーっ!』


 自分の席に――もはや椅子じゃなく、机の上に――立ち上がり、ぐるんと大きく腕を振って、叫ぶ司会の人。


『西っ! エントリー・ナンバー4っ!

 クラウス・イェンセン教官門下っ!

《闇の左手》ことルッカ・ベア――――――ドッ!!!』


 これまた大歓声を背負って、あたしの前に立ち、


「よろしくお願いしまーっす!」


 そう言って、元気にぶんぶんと手を振ってるのは、びっくりするほど可愛い顔をした、緑色の髪の男の子だった。

 染めでもしないかぎり、普通の人間にはない髪の色だ。

 そして、ぴんと突き出た耳。

 ここまで来れば、誰でも彼の種族が分かる。


『ルッカ・ベアード選手は、大陸中央部《フォレス大森林》の出身!

 エルフゆえに、加齢が外見に表れるのは遅いですが、当年とって、なんと40歳!

 私の教官と、ほぼ同い年ですっ! ――痛ッ!!』


 突然の悲鳴に思わず注目すると、ちょうど、司会の人が机から転がり落ちるところだった。

 彼の後ろで片足を上げていた、上品そうな女の教官が、ホホホと笑って自分の席に戻っていく……

 そりゃ、怒るよねぇ。


『し、失礼いたしました、先生! どうか地獄の千本レポートだけはご勘弁を……

 え? それより早く仕事しろ……は、はい、分かりました。

 がんばりますので、何とぞよしなに。はい、はい。

 えー、ルッカ・ベアード選手の持ち味は、何と言ってもその素早い動きと、必殺の《闇の左手》です!

 これまで幾多の強敵を葬ったその技で、今回もまた、勝ち上がることができるのかぁ――――っ!?』


 だから《闇の左手》って、何なのッ!?

 上機嫌で観客に手を振ってるルッカくん――40歳なら「くん」って歳じゃないけど、顔を見てるとどうしてもそう呼びたくなる――の左手には、黒くてごっつい手袋が嵌められてる。

 単に黒い手袋をしてるってだけで、そんな仰々しいあだ名がつくはずがない。

 何か、秘密があるはずだ。

 腰に提げてる剣は、ごく普通の長剣みたいだけど……


『間もなく、試合開始ですっ!

 アニータ選手、ルッカ選手、握手をっ!』


「はいっ!」


「はーいっ!」


 進み出たあたしたちは、右手でがっちりと握手を交わした。


「いい試合をしましょう!」


「こちらこそーっ!」


 にこにこにこっと笑ったルッカくん、何だか、めちゃくちゃ楽しそう。

 そういえば、これまで戦った選手の人たち、みんなそうだった。

 わくわくしてる、というか、きらきらしてる、というか。

 持てる力の全てを発揮し、全身全霊をかけてぶつかり合う――

 そのことを、心から喜んでる表情。

 あたしも、今、そんな顔になれているかな?


「………………」


 あたしはぐるっと周りを見渡し、ある一点で、視線を留めた。

 この第一競技場の、本部席のテント。

 いつの間にか、その奥に大きな椅子が用意されて、紫のローブを着た女性が座ってる。

 そして、その隣に立っているのは、黒いローブをまとった黒髪の男性――

 イサベラ閣下。

 バノット・ブレイド教官。


 ふたりの目と、視線が合う。

 謎めき惑わすような、金色の視線。

 貫き見通すような、灰色の視線――

 あたしは視線を逸らし、振り返って、人混みの中に仲間たちの姿を探した。


(がんばってください~!)


 ミーシャが、そう口を動かして、Vサインを。


(ご武運を!)


 ライリーが微笑み、帝国式の敬礼を。


(負けるな、アニータ!) 


 ルークが叫んで、拳を突き出す。


 ――たとえ、先生たちには、裏切られても――



 あたしとルッカくんは互いに3歩ずつ下がり、それぞれの武器を抜いて身構えた。


『時間無制限、一本勝負……』


 司会の人の声に、これまでにない真剣さがこもる。


『――始めッ!!』


 その瞬間、あたしたちは、同時に飛び出した。



     *    *    *



 イサベラ・アストラッドは、にやりと唇を上げた。

 試合が始まる直前に、アニータ・ファインベルドがまっすぐにこちらを見つめ、それから、すっと視線を外したのだ。

 その後、彼女は、観客席のほうを振り向いた。

 そこに顔を揃えたバノット組の面々が、めいめいに、バトルフィールドに立った級友にエールを送る。

 そして、アニータ・ファインベルドは、決然と対戦相手に向き合った。

 もはや、彼女が、こちらに視線を向けることはなかった。


「昔から、お前は、敵の多い男だった……」


 イサベラは歌うように言った。

 同情を感じさせる口調ではなかった。

 彼女の言葉が、たいていそうであるように。


「趣味か何かと思うくらいにな。

 そんなお前も、自分の足場に限っては、強固に地盤を固めていると思っていたが――

 今回のことで、身内にも敵を増やしたか?」


 ミーシャ、ルーク、ライリー。

 アニータに続いて、三人がじっとこちらを見つめ、それから、ふいと視線を外す。

 イサベラは、にやりと笑った。


「安心しろ、バノット。たとえ全員がお前に敵対したとしても、私は、お前の味方だ」


「心強いお言葉を」


 ぼそりと答えた男――バノット・ブレイドは、しかし、学院総長のほうを見てはいなかった。

 その灰色の目は、ルッカ・ベアードと戦うアニータ・ファインベルドの一挙手一投足を、注意深く観察している。


「うむ。……ただし」


 尊大に頷いたイサベラは、椅子の肘掛けに頬杖をついた姿勢を変えないまま、金色の目でじろりとバノットを見やった。


「全面的にお前のやり方を支持しているわけではないぞ。

 ……いささか、早過ぎる。そうは思わんか?」


「早いほうがよいと判断したのです」


 答えたバノットは、相変わらず、イサベラのほうを見ない。


「彼女は、理解するでしょう。そう確信しています」


「ふむ?」


 ドゴオオオオオン!


 凄まじい大音響とともに地面が揺らぎ、そこここで悲鳴が上がった。

 激しい揺れに足をとられた観客たちが、仮設の客席からばたばたと転がり落ちる。


『おぉーっと、これはぁっ!?

 ルッカ選手、ついに《闇の左手》を発動させたああぁーっ!

 これまでの試合では封印されていた必殺の切り札《闇の左手》が、ついに発動されましたあああーっ!!

 アニータ選手……姿が見えないッ!

 果たして、これで決着がついたのかああああぁぁーッ!?』


 先ほどの衝撃で脚が折れた机にしがみつきながら、絶叫に近いテンションで司会が実況する。

 激しい戦いが展開されるバトルフィールドの様子を見つめながら、なお、イサベラの表情に大きな動きはなかった。


「つまり、お前は、早過ぎたとは思わないというのだな。

 よかろう。お前の判断を信じよう。

 どのみち、既に始めてしまった事柄を、元に戻すことはできんのだ――」



「まだまだぁっ!」


 声が、響いた。

 将棋倒しになって積み重なったままの観客たちが、申し合わせたように一斉に、上を見上げる。


 青空を背負い、何の支えもない空中――

 そこに、アニータ・ファインベルドの姿があった。


 おおおっ! というどよめきとともに、拍手が起こる。

 飛行の術だ。


 イサベラは微笑んだ。


「潰すなよ、バノット。あれは、実に貴重な戦力だ」


「無論です」


 バノットは、平板な口調で呟いた。


「勝てよ、アニータ・ファインベルド。

 勝ち上がらなければ、お前は――」



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