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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第七章 そして、記憶の旅路へ――
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そして、記憶の旅路へ―― 4

「あっ……来た、来た!」


 賑わう朝の食堂。

 あたしの向かいに座ってきょろきょろしていたルークが、手にしたフォークで、あたしの後ろを指した。


「えっ、どこどこ?」


「ルークくん、ダメですよ~。フォークで人を指すなんて、お行儀が悪いですわ~!」


「おお、あの方ですな? あの、今、入り口脇の柱の側にいらっしゃる……」


 そろってそっちを向いたあたしたちの目に、長い金髪をとき流した美女の姿が映る。


「そうそう、あの人……」


「ふむ、ちょうど、ひとりでいらっしゃるようですな」


「珍しいですよね~? この時間帯の食堂に、同じ組の方と、一緒にいらっしゃらないなんて」


 ミーシャが小首を傾げた。

 確かに。

 食事時の食堂は、この通り、めちゃくちゃ混雑する。

 だから、友だちと一緒に来て、何人かが席を確保してるあいだに何人かが食事を取ってくるっていうのが常道なんだよね。


 あたしたちが席からこっそり見守ってるあいだに、リリスさんはおもむろにお盆を取ると、隅の大きなテーブルの前にできてる長い行列に並んだ。

 そこには大きなお皿がいくつも並んでて、好きな料理を、好きなだけ取ることができるようになってる。

 この『海賊式』にも、最近だいぶ慣れてきた。


「そーいや、あの……あの、えーと、何だっけ、名前……?」


「リリスさん、ですわ~」


「そうそう」


 え、ルーク、忘れてたのっ!?

 彼は、塩をかけたゆで卵をむしゃむしゃ食べながら、


「あのリリスさん、ダグラス組の他の奴らと一緒にいるとこ、ほとんど見たコトねーし……他の奴らと、あんまし仲よくねーのかなぁ?」


「うーん……」


 そうなのかなぁ?

 リリスさんのことは、ほとんど何も知らないから、何とも言えないけど。

 もし、そうだとしたら――

 だから、組の違うあたしに、優しくしてくれたのかなぁ?


「あ、お料理、取り終わったみたいですよ~?」


「よしっ、今だ! 行け、アニータ!」


「うん……!」


 あたしは勢いよく立ち上がって、人混みをすり抜け、リリスさんのほうへ近付いていった。


「おはようございます!」


「え? ……あら、アニータさん!」


 一瞬、驚いたような顔になったリリスさんだけど、声をかけたのがあたしだと気付いて、にっこりと笑顔になった。

 あ、今日も、ほのかないい香り。

 朝からこんなふうに香水をつけてるなんて、おしゃれな人だなぁ。

 派手なアクセサリーをじゃらつかせたりするんじゃなくて、さりげないところがいいよね。


「おはようございます。アニータさんも、これからお食事ですの?」


「いや、あたしは今、バノット組のみんなと食べてるところなんですけど……よかったら、リリスさんも一緒にどうですか?」


「まあ」


 あたしが指差した先のテーブルで、にっこりしてるライリーとミーシャ、大きく手を振ってるルーク――

 みんなを見て、リリスさんはちょっと困ったような顔になる。


「でも、お邪魔じゃありませんかしら?」


「いやいや、全然、そんなことないですよ! みんなも、ぜひ呼んできてって言ってましたし。

 それに、あの、例の件、やっぱりお願いしたいなって思って。そのことで、詳しく相談もしたいんで……」


「ああ!」


 分かった、というふうに頷いて、リリスさんは、周りの人に聞こえないように、ぐっと声をひそめた。


「それでは……試してみられます?」


「ええ。リリスさんさえよければ、ぜひお願いしたいんです」


「バノット組の皆さんも、もう、その件についてはご存知ですのね?」


「昨日、話したんです。そしたら、みんなも、お願いしてみたら? って言ってくれて」


「分かりましたわ」


 リリスさんは、自信ありげに微笑んだ。


「それでは、ご一緒させていただいて、細かい打ち合わせをさせていただきましょうか」


「お願いします! どうぞ、こっちへ……」


 あたしがリリスさんを連れて戻ると、みんなはガタガタと椅子をぶつけ合いながら立ち上がって、


「……どもっ」


「はっはっ、こうしてお話しするのは初めてでございますな。ライリーと申します、どうぞお見知りおきを」


「どうも、ミーシャ・エフターゼン、ですの~」


 ふ、雰囲気が、固い……

 やっぱり、それだけ普段、ダグラス組とは仲が悪いってことだよね。

 相手がダグラス組の人だと思うと、自然とこうなっちゃうみたい。

 ルークなんか、明らかに笑顔が引きつってるよ……


「まあ」


 でも、リリスさんは、そんな空気なんか意にも介さない様子で、ふんわりと微笑んだ。


「初めまして、ルークさん。お噂はかねがね、うかがっておりますわ」


「お……おう」


「ライリーさん、初めまして。リリス・タラールですわ。よろしくお願いいたします」


「はっはっ、こちらこそ」


「ミーシャさん、バノット組の《試験の神様》とこうしてお話しできるなんて、光栄ですわ」


「いえいえ~、そんな……」


 さすが、リリスさん。

 彼女のものやわらかな雰囲気のおかげか、話してるうちに、固かったみんなの表情が、だんだんほぐれてきた。


「それでは」


 みんなで改めてテーブルについたところで、ライリーが、おもむろに話を切り出す。


「このたび、アニータの狂戦士化の原因を探るため、リリスさんに施術をお願いする運びとなったわけでございますが……」


 おおっ。ライリーってば、なんか、会議で司会進行をする人みたい。


「不躾ながら、まずお尋ねしてもよろしいでしょうか、リリスさん? ――なぜ、バノット組の一員であるアニータに、このような手助けを?」


「え?」


 目をぱちくりとさせたリリスさんに、ライリーはにこにこ笑顔のまま、さらに切り込んだ。


「あなたがなさろうとしているのは、いわば、敵を利するに等しい行為。お申し出は、非常にありがたくはあるのですが……これまで我々とほとんど関わりを持ってこられなかったあなたが、競技会を間近に控えたこの時期に、バノット組の手助けをしてくださる。ここが、どうにも解せませんので」


「ライリー……!?」  


 思わず慌てるあたし。

 ちょっと……いきなりこんな言い方したんじゃ、あなたを疑ってます! って、はっきり言ってるのと同じだよ! 


「ああ」


 リリスさんは、困ったような顔をして、


「そう思われるのも、無理はありませんわね。……でも、あたくし」


 まっすぐに顔を上げ、ライリーを見返したその表情に、怒りの色はない。


「この前、体技館で、アニータさんとお会いしたとき……とても、アニータさんのことが気になりましたの」


「この前? ……あ! マックスの野郎と、バトルになりそうになった時か!」


 どうも、バトル関係の出来事は、ルークの記憶に残りやすいみたいだね。


「ええ。何というか……アニータさんは、すごく、無理をなさっているような気がして。もしもあたくしにできることなら、力をお貸ししたい、と思ったのですわ」


「ほう、何故?」


「何故、って」


 にこやかなライリーの突っ込みに、リリスさんは、ますます困ったような顔。


「ただ、そう思ったから、ではいけませんかしら?」


「はっはっ。いけないということは、ありませんが」


「おい、ライリー……」


 横手から、さりげなくルークがライリーを制止する。

 ナイス、ルーク!

 確かに、リリスさんが完全には信用できないのは分かるけど、ここまで言ったら、手を貸してくれるどころか、怒って帰っちゃうかもしれないもん。

 でも、リリスさんは落ち着き払って、


「多分、あたくしがダグラス組だから、ということで、何か妙な仕掛けでもするのではないかとお疑いなのでしょうね?」


「おお」


 ライリーは笑顔のまま、軽く腕を広げる。


「失礼。そこまであからさまに申し上げたつもりではなかったのですが……しかし、そのお言葉、敢えて否定するものではございませんな」


 このやりとり……まるで、外交上の駆け引きでもしてるみたい。

 当事者だけど、緊迫した会話に入れず、はらはらしながら成り行きを見守るあたし。


「ご心配は要りませんわ」


 リリスさんは、あたしたちを順番に見渡して、あっさりと言った。


「だってあたくし、あたくしの組が競技会で勝とうが、負けようが、ちっとも興味ありませんもの」


「おや、そうですか?」


「ええ。そんなの、まったくどうでも良いことですわ。むしろ、皆さんがどうしてあんなに熱くなるのか、不思議なくらいです。……ああ、そうだわ!」


 不意に、リリスさんは、ぽん! と手を叩いた。


「論より証拠、と申しますわね。もし、どうしてもあたくしをお疑いなら、あなたがたのどなたかが、術をかけるときに付き添ってくださってもよろしいですわよ?」


 おおっ!?

 あたしたちは、思わず顔を見合わせた。

 どこでどう切り出そうか、と思ってたら、まさか、リリスさんのほうからこんなふうに申し出てくれるなんて。


 いや――

 もしかして、今までライリーがぐいぐい押してたのって、この状況を自然に導き出すため?


「構わないんですか?」


「ええ、もちろん」


 尋ねたあたしに、微笑むリリスさん。


「場所は、寮のあたくしの私室にさせていただきますけれどね。あそこが、一番集中できますので。

 ですから付き添いは、できれば、女性のミーシャさんだけにお願いしたいのですけれど……?」


「あ、わたしですか~? はい、それはもちろん、OKですよ~!」


「それでよろしいかしら? アニータさん」


「あ、はい! お願いします!」


「お時間は……なんでしたら、あたくし、この後空いておりますから、すぐにでもよろしいですわよ?」


「ほんとですか? それじゃあ、この後にってことで……」


 凄い、凄い! きっちり、話がまとまっちゃったよ。

 ――と、思ったら!


「おい!?」


 いきなり、そんな声が後ろから聞こえた。

 あたしたち全員、弾かれたようにそっちを見上げる。


 そこに立ってたのは、髪の毛を男みたいに刈り上げた、やたら体格のいい女の子。

 なんていうか――こんな言い方も失礼かもしれないけど、ルークの女子版、って感じ。

 そういえば、この人、どこかで……?


「あ!」


 分かった。

 マックスとの最初の対決のときに見物に来てた、ダグラス組の人のひとりだ!

 この人も、ひとりで朝ご飯を食べに来てたみたい。

 ひょっとして、ダグラス組って、ひとりひとりの仲はあんまり良くないのかなぁ?


「まあ、エニグマさん、おはよう」


「おはよう、じゃ、ねーっての」


 エニグマ、と呼ばれた彼女は、不機嫌そうにこっちを見下ろして、


「リリス。なんか、さっきから様子をみてりゃ、バノット組とつるんで、ごちゃごちゃやってるみたいじゃねーか……?」


「あら、いけませんかしら?」


 そう答えたリリスさんは、まったく動じた様子がない。


「あたくし、ちょっと、こちらの皆さんのお手伝いをしてさしあげたいことがありますの。相手が、どこの組の方であろうと、困っている方には力をお貸しするのが、当然というものじゃありません?」


 リリスさんの答えに、エニグマさんはたちまち表情を険しくして、盛大に鼻息を吹き、


「あのなー。競技会も間近なんだ。ややこしいまね、してんじゃねーよ。もしも、先生の耳にはいったら――」


「良いことをしたなって、誉めてくださるんじゃないかしら?」


「ンなわけあるか! ……ブレンデンがきいたら、何ていうと思う?」


 ブレンデン――

 マックスのことだ。

 一瞬はっとしたあたしをよそに、リリスさんは、口に手を当ててくすくすと笑った。


「彼のことなんて、あたくしには、ちっとも関係ありませんわ」


「おまえ……!」


「さ、行きましょうか、アニータさん?」


「え!?」


 すっと立ち上がると同時に手をとられて、あたしは、思わず変な声を出しちゃった。

 立ち上がったリリスさんは、初めて笑顔を消すと、きっとエニグマさんを見据える。


「あたくしのすることに、これ以上、余計な口出しは必要ありませんわ」


 貫くような、その視線。

 横にいたあたしも思わず息を飲むほどの圧力が、その一瞥にはあった。

 優しくて穏やかな人だと思ってたけど、それだけじゃないみたい……

 エニグマさんは、なおも何か言おうとしたみたいだったけど、途中で口をつぐんで、ふんっ、と背を向けて去っていった。


「さ、寮の部屋に参りましょう?」


 そう言って、ぱっとあたしのほうを向いたときには、リリスさんの表情は、今までと同じ、ふんわりとしたものに戻っている。


「でも、リリスさん、まだ、ごはん食べてないし……」


「ああ、よろしいのよ。善は急げ、と申しますでしょう? また、うるさい人が来たら厄介ですもの」


「おう、それなら、オレが食っといてやるよ!」


 嬉々として手を挙げるルーク。

 ……って、あれだけ山盛りに取ってた料理が、もうひとかけらも残ってない!?

 恐るべし、ルークの食欲!


「さあ、ミーシャさんも。……あとのお二方は、申し訳ございませんけれど、少しお待ちになっていてくださいませね」


「はっはっ。それならば、私もルークに付き合って、しばし、こちらでくつろぐといたしますか。

 ミーシャ。アニータの付き添い、しかとお願いいたしますよ」


「任せてください~!」


 こうしてあたしとミーシャは、リリスさんに案内されて、彼女の寮の部屋へと向かうことになったのだった。

 うう~ん……いったい、どうなるんだろっ!?



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