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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第七章 そして、記憶の旅路へ――
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そして、記憶の旅路へ―― 2

「何の、ご用ですか?」


 あたしは言った。

 自分でも、明らかに声が固くなってるのを感じる。

 それを聞いたミーシャたちが、ん? って感じで、あたしのほうを見た。


「ある実験を行う」


 あたしを見据えるバノット教官の平板な視線には、まったく揺らぎがない。


「詳しい内容は、ラボで説明する。練習が終わり次第、四番塔に来るように」


 実験。――本当だった。

 まさかね、そんな。信じたくない……


 ここまで来ても、心のどこかでそう思ってた。

 それなのに……やっぱり、本当だった……


 あたしは、手のひらに爪が食い込む強さで、ぐっと手を握りしめた。


「あたしの狂戦士化のことですか?」


 斬りつけるような強さで、言い放つ。


「呪いじゃないんでしょ? だったら、あたしの研究なんかしたって、意味ないと思うんですけど!」


 うまく口車に乗せようったって、そうはいかないんだから。

 あたしは、もう、全部知ってるんだから。

 そんな気持ちを込めて、あたしは、ぐっとバノット教官の目を睨みつけた。


「え、え、え? あの~……」


 まったく事情がわからずに、あたしたちを交互に見比べておろおろするミーシャ、ルーク、ライリー。 

 バノット教官の表情は、変わらなかった。

 彼は動かない視線であたしの目を見つめたまま、ゆっくりと二度、まばたきをした。

 それから、ふと気付いたというように呟く。


「ビレの店か」


 まったく悪びれた様子のないその口調に、あたしの我慢は、あっさり限界を超えた。


「何ですか、その言い方っ!?」


 声を荒らげ、先生にくってかかる。

 ルークが、ひっ、と息を飲む音がかすかに聴こえた。

 教官に、特に、このバノット教官に逆らうってことは、それだけ大変なことなのかもしれない。

 でも……こんなふうに、本当に実験に使う材料か何かみたいに扱われて、はいそうですかって素直に従えるはずがないじゃない!?


「そりゃ、あたし、確かに普通じゃありませんけど! 研究材料でも、何でもないですからっ! そんな、研究のためとか……実験だなんて、ひどすぎる! あたしが、あれのせいでどれだけ苦しい思いをしてきたかなんて、あなたには――!」


 そこまで、渾身の声で怒鳴ったけど。

 バノット教官の顔つきは、相変わらず、ちっとも動かなかった。


「……とにかく。呪いじゃない、ってことを調べてくださったことには、感謝します。それに、この組に入れてくださったことにも、感謝してます、本当に。……そちらは、後悔なさってるかもしれませんけど。

 後のことは、自分で何とかしますから。あたしのことは、放っといてください」


 そう言い終えるまでのあいだじゅう、バノット教官は、ずっとあたしを見ていた。

 灰色の目に浮かぶのは――怒り?

 違う。

 哀れみ?

 それも、違う。

 それは……それは――?


「アニータ・ファインベルド」  


 ややあって、バノット教官の口が開いた。


「健闘を祈る」


 そっけなく、それだけ告げて。

 踵を返すまでもなく、その姿を、ブワッ! と黒い旋風が包み込み――

 一瞬後には、もう、その黒ずくめの姿はどこにも見当たらなかった。


 バノット教官の姿が消えてからも、あたしは、彼が立っていた場所をじっと睨みつけていた。


 今の……いったい、どういう意味?

 自力でやれるもんならやってみろ、ってこと……?


「あ……あの~っ……?」


 そこへ、恐る恐る、といった感じで、声がかけられる。

 振り向くと、ミーシャ、ルーク、ライリーがひとかたまりになって、ぷるぷると震えている。

 ルークとライリーが、どことなく蒼褪めた顔で、


「アニータ……! 勇者だなっ! 先生にケンカ売るとは……ッ!」


「はっはっ……同感でございます……」


 うっ……

 自分が切ったタンカを思い出し、そこはかとない後悔が湧き上がるけど、もちろん後の祭りだ。

 いや、でも、あたし、あんなふうにはっきり言ったこと、間違ってたとは思わないよ!


「アニータさん」


 近付いてきたミーシャさんが、心配そうにあたしの顔をのぞきこんで、言う。


「あの、もしも、お聞きしてよろしければ、教えていただけませんか~? いったい、何があったのか~……」


 そりゃ、そうだよね。

 突然出てきて呼び出しをかけたバノット教官に、いきなり大声で怒鳴り返したあたし。

 事情を知らないみんなは、そりゃあびっくりしただろう。


「実は……」


 こうなった以上、もう、無理に隠したって意味がない。

 あたしは《ビレの薬種店》であった出来事を、包み隠さず、みんなに話すことにした。


 でも、正直なところ、話しながら、ちょっと心配だった。


 みんな、信じてくれるかな……?

 人違いだとか、聞き間違いだとか思われるんじゃないかな。

 だって、みんな、何だかんだ言いながら、バノット教官のことをすごく信頼してるみたいだもん。


 最近来たばっかりのあたしと、自分たちがずっとお世話になってきた先生。

 どっちを信用するか、ってことになったら、それは当然――


「信じられねー……」


 思った通り。

 あたしの話が終わると、開口一番、ルークがそう呻いた。

 やっぱり、そうだよね……


「先生、いくら何でも、そんな言い方はひどすぎるよなぁっ!」


「然様ですな!」


 憤懣やるかたない、って感じで叫んだルークに、深くうなずいて、ライリー。


「アニータの心を考えれば、あまりにも配慮を欠いた仰りようと申し上げざるを得ますまい……」


「先生ってば、ひどすぎますわ~!」


 ぎゅっと眉を寄せ、拳をかためて、ミーシャ。


「え? ……信じて、くれるの?」


 こっちのほうこそ、にわかには信じがたい。

 目を丸くして言ったあたしに、ルークが、ぼりぼりと後ろ頭をかく。


「いや、まあ、信じたくはねーけどよ。アニータが、その耳で、先生がそう言ってるところをはっきり聞いたってんだろ?」


「うん……正確に言うと、姿は見てないんだけど、声は、はっきり聞こえた」


「なら、本当なんだろ」


 あっさりと言って、


「しっかし……マジかよー! 何か、めちゃくちゃショックだぜ!」


 たわしみたいに刈り込んだ頭をがしがしとかきむしって、ルーク。


「だってよー、ほら、その日の、アニータの歓迎会! あれって、もともと先生が言い出したアイデアなんだぜ!?」


 えっ?


「『自分は研究が忙しいから、お前たちで何か考えて、簡単でも歓迎会をしてやれ』ってさ。

 それなのによー! そんなふうに、何つうか、こう……油断させといて、裏でこそこそするっての?

 それで、アニータを実験台にしようだなんて、ずいぶんな話だよなっ!

 オレ、先生を見損なったぜっ!」


「先生は、表向きこそ冷淡な印象を与える方ですが、本当は情に厚い方……そう、思っていたのですがね」


「でも……先生は、こうと決めたら、絶対にそれをやり遂げられる方ですから~……ご自分の研究のためなら、そういうふうに、アニータさんを……」


 ライリーとミーシャが、交互に呟く。


「やっぱ、ちょっと許せねーな!」  


 ばしん! と手に拳を叩きつけて、ルークが叫んだ。


「おい、ミーシャ、ライリー! こうなったらオレたちで、今から、先生のとこに直談判に行こうぜっ!」


「いや、それはやめて!」


 あたしは、慌ててルークを制止する。


「これは、あたしとバノット教官とのあいだの問題だもん。これで、先生とのあいだが気まずくなっちゃったりして、みんなにまで迷惑がかかるのは――」


「アニータ」


 言ったあたしの肩を、ぽんっ、ぽんっ、と叩いて、ルークは、にっと笑った。


「あんまし、オレたちをなめないでくれよな! オレたち、仲間が困ってるときに何もしねーでいられるほど、薄情な奴らじゃねえんだぜ!」


「その通りですな!」


「そうそう、そうです~!」


「……ありがとう……みんな」


 あたしは、万感の思いを込めて呟いた。

 悩みを打ち明ければ、それを、真摯に受け止めてくれる人たちがいる。

 ちょっと前までは、本当に、考えられもしないことだった――


「でも、ほんとに、直談判だけは思いとどまってほしいんだよね。

 実はあたし、今、ちょっと考えてることがあるの……」



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