そして、記憶の旅路へ――
「おおおおおおっ!」
容赦ない連撃が、残像を引きずるほどの速さで飛んでくる。
苛烈なまでの速度。
ほとんど、視覚でとらえることもできやしない――
「はぁぁぁぁっ!」
澄んだ金属音が連続して、無数の火花が飛び散る。
あたしはぎりぎりで、その攻撃のすべてを受け流していた。
すごい……! 強いっ、ライリー!
跳びすさって息をととのえながら、目を見張ってライリーを見つめた。
胸の中で、心臓が激しく波打ってる。
自分がどうやって彼の攻撃を防ぎきったのか、自分でもわからないほどの一瞬の攻防だった。
当のライリーはといえば、涼しい表情だ。
動揺を読まれちゃいけない、と、あたしも表情を引き締める。
「ファイトで~す、アニータさん!」
「がんばれよっ、ライリー!」
横手から、ミーシャとルークの声援が飛んだ。
ライリーが構えているのは《ジークの鉄槌》。
あたしが構えているのは、母さんから受け継いだ刀――
といっても、もちろん、本気で決闘をしてるわけじゃないよ。
「ヒカリバナーッ!」
ばちばちばちばちっ!!
あたしが繰り出した電撃の術を、ライリーはその場に突っ立ったまま、避けようともせず――
いや、違う!
「はッ!」
白い翼を背に負って、ライリーの姿が宙に舞う。
床に《ジークの鉄槌》を突き立てて残したまま。
あたしのヒカリバナは《ジークの鉄槌》に残らず吸い込まれ、ライリー本人にはかすりもしなかった。
「雪白の羽よ、鋭き刃となれ!」
ばさぁっ! とライリーが翼をはばたかせた瞬間、真っ白な羽が無数のナイフのように、あたしに向かって飛んでくる!
「ヒノカゼー!」
ばふうっ!!
炎をまとった風を呼び、対抗するあたし。
扇のように空中に広がった炎が、ライリーが放った羽を焼き尽くす!
「たあああぁぁっ!!」
「はいやああぁぁぁっ!」
ギャギイイイン!!
あたしの刀と、翼を消して飛び降りてきたライリーの《ジークの鉄槌》が、火花を散らして再び激突した。
「むむむむむ……っ!」
「ぬぐぐぐぐ……っ!」
ギリギリギリ、と刀身が軋む。
今にも、折れて砕けそうなくらいに――
「おーし、OK、OK! そこまでっ!」
ルークの大声が響き、あたしたちは同時に武器を引いた。
「ふうっ!」
同時に、がくんと疲れが襲ってくる。
試合中は気が張り詰めてるせいで、それほどまでにも感じないんだけど、こうして気が抜けると、魔術を連打した疲労が一気にのしかかってくるんだよね。
「アニータさん、ライリーさん、大丈夫ですか~?」
「はっはっ。いい運動になりますな」
爽やかに笑うライリーの額にも、大粒の汗が光ってる。
ややあって、
「で、どうでしたか~? ルークくん」
ミーシャが、ルークのほうを見て問いかけた。
「おう!」
少し離れたところからこっちを見守っていたルークが、たくましい腕を挙げて、ぐっと親指を立ててくる。
「オレ、ずーっと見てたけど、大丈夫だったぞ!? あのときみたいな霊気の乱れは、まったくなかったぜ!」
「ほんとに?」
思わずたずねるあたし。
「おう。あのときは、なんつうか、こう……渦を巻くっていうか、燃え上がるっていうか」
言いながら、両手を動かして、複雑な身振りをするルーク。
「とにかく、ぐおおお~っ、て感じでよ! ホント、ただごとじゃなかったからな!」
ルークが言ってるのは、あたしが狂戦士化したときの霊気の様子のことだ。
あ、霊気っていうのは、格闘家の人たちが使う言葉で、あたしたちが言う《光子》の流れのこと。
ルークは、実家が代々、帝都で徒手格闘術の道場をやってるんだって。
格闘家の人たちは、魔術師としての素養を持っていなくても、厳しい修行を積むことによって《光子》の流れを何となく感じとることができるようになるそうだ。
もちろんルークは魔術師だから《光子》が普通に見えるんだけど、小さい頃から慣れ親しんだ《霊気》っていう言葉のほうが使いやすいみたいだね。
ルークの言葉に、ミーシャも、横から大きくうなずく。
「真剣を使ってライリーさんと戦っても、狂戦士化が出なかったのですから……試合のときも、きっと、大丈夫だと思います~!」
ここは、ほとんど来る人もいない、学院の裏庭。
あたしは今、ライリー、ルーク、ミーシャにつきあってもらって、真剣を使っての練習試合の最中なのだった。
そう、「真剣」――
なんと、ここへ来て発覚した衝撃の事実!
今度の総合戦技競技会で使われるのは、練習用の木刀じゃなく、真剣なんだって!!
いや、今度のだけじゃない。
イサベラ閣下の方針で、これまでずっと、戦技競技会の全ての部門で「本物」の武器が使われてきたそうだ。
この競技会に出場するのは、代々、各組のトップクラスの使い手たちで、その腕前は、相手に深手を負わせることなく、寸止めや峰打ちだけで勝負を決められる域に達しているから……
だそうだけど、でもっ!
だからって、普通、本気の真剣勝負にする!?
今さらだけど、いったいどんな学院なわけ、ここはっ!?
いや……この学院がっていうより、イサベラ閣下が非常識なんだって気もする……
この事情を聞いて、やっと、練習試合のときにマックスが言ってたことの意味が分かったよ。
ともかく、真剣での試合しか認められないとなれば、そのルールに合わせるしかない。
そういうわけで、あたしはライリーに相手をしてもらって、真剣での試合の練習中なのだった。
かなり怖いし危ないけど、こういうのは実際にやってみて、場慣れするしかないもんね……
何しろあたしは、マックスとの練習試合で、初めての真剣勝負にパニックを起こして狂戦士化したあげく、体技館を炎上させるっていう大事件を起こしちゃったんだから。
あんな事件を、また起こしたりした日には、もう、みんなに絶対顔向けができないもん。
「それにしても、本当にすごいですの、アニータさん!」
「えっ? 何が?」
「だって、真剣で戦うのは、今回が初めてなのでしょう~? 前回は、ライリーさんの《ジークの鉄槌》を、借りていらっしゃいましたし」
片メガネの奥で目を丸くして、ミーシャ。
「それなのに、とても、初めてだなんて思えませんわ! ライリーさんと、互角に立ち合われるなんて~!」
そういえば。
あたしは、手にした刀に視線を落とした。
あまりにも試合に集中してたもんで、今の今まで、持ってることも忘れてたよ……
でも、言われてみれば、不思議だな。
封印を解いて、鞘から刀身を引き抜くまでは、緊張で肩はガチガチ、手のひらには汗が滲んでたのに。
すらりと現れたその銀色の輝きを見て、抜き身の刀の重さを手のひらに感じた、その瞬間――
すうっと肩から力が抜けて、汗が引いていった。
「ふっ。確かに、初めてとは思えぬ太刀行きの速さでございましたな! 迷いがない、と申しますか、反射速度が素晴らしいと申しますか……失礼ながら、真剣での立ち合いは、本当に初めてでございますか?」
「うん……この刀、母さんから受け継いだものだけど、これまで、抜いたことは一度もなかったし」
母さんが残してくれたこの刀は、きっとすごくいいものなんだろう。
重心が絶妙、っていうのかな?
持ってみた感じ、すごくバランスがいい。
それに、木刀を使った試合なら、これまでに何度も経験してきた。
そのおかげで、勝負度胸がついてたってことかな?
いや、それより何より、ライリーのほうが凄いよ!
これまで長く学院にいて、真剣勝負にも慣れてるんだろう。
最初からまったく緊張を感じさせなかったし、その腕前は見事の一言。
どこへ斬り込んでいっても、確実に受けてくれるから――「胸を借りる」感じっていうのかな? こっちも、安心して試合ができた。
真剣勝負で「安心」っていうのも、おかしいとは思うけどね。
「……あ、そうだ、挨拶を忘れてた! どうも、ありがとうございましたっ!」
「はっはっ。こちらこそ!」
あたしは刀を鞘におさめて礼をし、ライリーは胸の前に構えたウォーハンマーを斜めに一振りする。
「おっしゃあ、お疲れっ! そんじゃ、ちょっと休憩して……」
「――アニータ・ファインベルド」
元気よく叫んだルークの言葉を断ち切り、不意に背後から響いたのは、低い声。
あたしは、自分の肩が石のようにこわばるのを感じた。
ゆっくりと、振り向く。
そこに立っていたのは、黒いローブに身を包み、まっすぐな槍のような杖を持った、背の高い人影――
「練習を終えたら、俺のラボに来い」
灰色の目でこちらを見つめたバノット・ブレイド教官は、感情を感じさせない声で、そう告げた。




