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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第七章 そして、記憶の旅路へ――
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そして、記憶の旅路へ――

「おおおおおおっ!」


 容赦ない連撃が、残像を引きずるほどの速さで飛んでくる。

 苛烈なまでの速度。

 ほとんど、視覚でとらえることもできやしない――


「はぁぁぁぁっ!」


 澄んだ金属音が連続して、無数の火花が飛び散る。

 あたしはぎりぎりで、その攻撃のすべてを受け流していた。


 すごい……! 強いっ、ライリー!

 跳びすさって息をととのえながら、目を見張ってライリーを見つめた。

 胸の中で、心臓が激しく波打ってる。

 自分がどうやって彼の攻撃を防ぎきったのか、自分でもわからないほどの一瞬の攻防だった。


 当のライリーはといえば、涼しい表情だ。

 動揺を読まれちゃいけない、と、あたしも表情を引き締める。


「ファイトで~す、アニータさん!」


「がんばれよっ、ライリー!」


 横手から、ミーシャとルークの声援が飛んだ。

 ライリーが構えているのは《ジークの鉄槌》。

 あたしが構えているのは、母さんから受け継いだ刀――

 といっても、もちろん、本気で決闘をしてるわけじゃないよ。


「ヒカリバナーッ!」


 ばちばちばちばちっ!!


 あたしが繰り出した電撃の術を、ライリーはその場に突っ立ったまま、避けようともせず――

 いや、違う!


「はッ!」


 白い翼を背に負って、ライリーの姿が宙に舞う。

 床に《ジークの鉄槌》を突き立てて残したまま。

 あたしのヒカリバナは《ジークの鉄槌》に残らず吸い込まれ、ライリー本人にはかすりもしなかった。


「雪白の羽よ、鋭き刃となれ!」


 ばさぁっ! とライリーが翼をはばたかせた瞬間、真っ白な羽が無数のナイフのように、あたしに向かって飛んでくる!


「ヒノカゼー!」


 ばふうっ!!


 炎をまとった風を呼び、対抗するあたし。

 扇のように空中に広がった炎が、ライリーが放った羽を焼き尽くす!


「たあああぁぁっ!!」


「はいやああぁぁぁっ!」


 ギャギイイイン!!


 あたしの刀と、翼を消して飛び降りてきたライリーの《ジークの鉄槌》が、火花を散らして再び激突した。


「むむむむむ……っ!」


「ぬぐぐぐぐ……っ!」


 ギリギリギリ、と刀身が軋む。

 今にも、折れて砕けそうなくらいに――



「おーし、OK、OK! そこまでっ!」


 ルークの大声が響き、あたしたちは同時に武器を引いた。


「ふうっ!」


 同時に、がくんと疲れが襲ってくる。

 試合中は気が張り詰めてるせいで、それほどまでにも感じないんだけど、こうして気が抜けると、魔術を連打した疲労が一気にのしかかってくるんだよね。


「アニータさん、ライリーさん、大丈夫ですか~?」


「はっはっ。いい運動になりますな」


 爽やかに笑うライリーの額にも、大粒の汗が光ってる。

 ややあって、


「で、どうでしたか~? ルークくん」


 ミーシャが、ルークのほうを見て問いかけた。


「おう!」


 少し離れたところからこっちを見守っていたルークが、たくましい腕を挙げて、ぐっと親指を立ててくる。


「オレ、ずーっと見てたけど、大丈夫だったぞ!? あのときみたいな霊気の乱れは、まったくなかったぜ!」


「ほんとに?」


 思わずたずねるあたし。


「おう。あのときは、なんつうか、こう……渦を巻くっていうか、燃え上がるっていうか」


 言いながら、両手を動かして、複雑な身振りをするルーク。


「とにかく、ぐおおお~っ、て感じでよ! ホント、ただごとじゃなかったからな!」


 ルークが言ってるのは、あたしが狂戦士化したときの霊気の様子のことだ。

 あ、霊気オーラっていうのは、格闘家の人たちが使う言葉で、あたしたちが言う《光子》の流れのこと。


 ルークは、実家が代々、帝都で徒手格闘術の道場をやってるんだって。

 格闘家の人たちは、魔術師としての素養を持っていなくても、厳しい修行を積むことによって《光子》の流れを何となく感じとることができるようになるそうだ。

 もちろんルークは魔術師だから《光子》が普通に見えるんだけど、小さい頃から慣れ親しんだ《霊気》っていう言葉のほうが使いやすいみたいだね。


 ルークの言葉に、ミーシャも、横から大きくうなずく。


「真剣を使ってライリーさんと戦っても、狂戦士化が出なかったのですから……試合のときも、きっと、大丈夫だと思います~!」



 ここは、ほとんど来る人もいない、学院の裏庭。

 あたしは今、ライリー、ルーク、ミーシャにつきあってもらって、真剣を使っての練習試合の最中なのだった。


 そう、「真剣」――

 なんと、ここへ来て発覚した衝撃の事実!

 今度の総合戦技競技会で使われるのは、練習用の木刀じゃなく、真剣なんだって!!


 いや、今度のだけじゃない。

 イサベラ閣下の方針で、これまでずっと、戦技競技会の全ての部門で「本物」の武器が使われてきたそうだ。

 この競技会に出場するのは、代々、各組のトップクラスの使い手たちで、その腕前は、相手に深手を負わせることなく、寸止めや峰打ちだけで勝負を決められる域に達しているから……

 だそうだけど、でもっ!

 だからって、普通、本気の真剣勝負にする!?


 今さらだけど、いったいどんな学院なわけ、ここはっ!?

 いや……この学院がっていうより、イサベラ閣下が非常識なんだって気もする……

 この事情を聞いて、やっと、練習試合のときにマックスが言ってたことの意味が分かったよ。


 ともかく、真剣での試合しか認められないとなれば、そのルールに合わせるしかない。

 そういうわけで、あたしはライリーに相手をしてもらって、真剣での試合の練習中なのだった。

 かなり怖いし危ないけど、こういうのは実際にやってみて、場慣れするしかないもんね……


 何しろあたしは、マックスとの練習試合で、初めての真剣勝負にパニックを起こして狂戦士化したあげく、体技館を炎上させるっていう大事件を起こしちゃったんだから。

 あんな事件を、また起こしたりした日には、もう、みんなに絶対顔向けができないもん。


「それにしても、本当にすごいですの、アニータさん!」


「えっ? 何が?」


「だって、真剣で戦うのは、今回が初めてなのでしょう~? 前回は、ライリーさんの《ジークの鉄槌》を、借りていらっしゃいましたし」


 片メガネの奥で目を丸くして、ミーシャ。


「それなのに、とても、初めてだなんて思えませんわ! ライリーさんと、互角に立ち合われるなんて~!」


 そういえば。

 あたしは、手にした刀に視線を落とした。

 あまりにも試合に集中してたもんで、今の今まで、持ってることも忘れてたよ……


 でも、言われてみれば、不思議だな。

 封印を解いて、鞘から刀身を引き抜くまでは、緊張で肩はガチガチ、手のひらには汗が滲んでたのに。

 すらりと現れたその銀色の輝きを見て、抜き身の刀の重さを手のひらに感じた、その瞬間――

 すうっと肩から力が抜けて、汗が引いていった。


「ふっ。確かに、初めてとは思えぬ太刀行きの速さでございましたな! 迷いがない、と申しますか、反射速度が素晴らしいと申しますか……失礼ながら、真剣での立ち合いは、本当に初めてでございますか?」


「うん……この刀、母さんから受け継いだものだけど、これまで、抜いたことは一度もなかったし」


 母さんが残してくれたこの刀は、きっとすごくいいものなんだろう。

 重心が絶妙、っていうのかな?

 持ってみた感じ、すごくバランスがいい。

 それに、木刀を使った試合なら、これまでに何度も経験してきた。

 そのおかげで、勝負度胸がついてたってことかな?


 いや、それより何より、ライリーのほうが凄いよ! 

 これまで長く学院にいて、真剣勝負にも慣れてるんだろう。

 最初からまったく緊張を感じさせなかったし、その腕前は見事の一言。

 どこへ斬り込んでいっても、確実に受けてくれるから――「胸を借りる」感じっていうのかな? こっちも、安心して試合ができた。

 真剣勝負で「安心」っていうのも、おかしいとは思うけどね。


「……あ、そうだ、挨拶を忘れてた! どうも、ありがとうございましたっ!」


「はっはっ。こちらこそ!」


 あたしは刀を鞘におさめて礼をし、ライリーは胸の前に構えたウォーハンマーを斜めに一振りする。


「おっしゃあ、お疲れっ! そんじゃ、ちょっと休憩して……」



「――アニータ・ファインベルド」


 元気よく叫んだルークの言葉を断ち切り、不意に背後から響いたのは、低い声。

 あたしは、自分の肩が石のようにこわばるのを感じた。


 ゆっくりと、振り向く。

 そこに立っていたのは、黒いローブに身を包み、まっすぐな槍のような杖を持った、背の高い人影――


「練習を終えたら、俺のラボに来い」


 灰色の目でこちらを見つめたバノット・ブレイド教官は、感情を感じさせない声で、そう告げた。



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