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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第六章 存在価値って、何だろう?
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存在価値って、何だろう? 5

「楽しかったですねぇ~!」


《北館》の三階の、北の端。

 バノット組の教室の、自分の席に座って、にこにことミーシャが言う。


「おう!」


 横から、満足そうに、ルーク。


「ブレンダの氷菓子屋の氷まんじゅう、すっげーうまかったな! アニータもいりゃ、一緒に食えたのになぁ」


「はっはっ。氷でさえなければ、持ち帰ることもできたのですがね」


「それか、オレらが冷凍系の術、使いこなせりゃよかったんだけどな。ま、今度、一緒に行きゃいいか!」


「……アニータさん?」


 不意に、ひょい、とミーシャがあたしの顔をのぞきこんでくる。


「どうか、なさったんですか~?」


「え? ……あ、ううん! 何でもない」


 自分の席について、ぼんやりと三人の話を聞き流していたあたしは、慌てて首を振った。


「ちょっと、ぼーっとしてた。ごめん」


「そうですか~?」


 ミーシャは、ちょっとのあいだ、心配そうにあたしを見ていたけど、やがてルークとライリーがいるほうに戻っていく。  


 あたしは、窓の外を眺めながら、ため息をついた。

 もちろん、外の景色なんて、ほとんど目に入っちゃいない。


 あたしの心に居座っているのは、自分の狂戦士化についての悩みと、リリスさんとの会話――



『ほら、よく、火がどうしても怖いとか、蛇を見ただけで足がすくむなどという方がいらっしゃいますでしょう?

 もちろん、単に苦手なだけという場合もありますけれど……

 その恐怖心の根本に、自分でもふだんは忘れている、幼い頃の経験の記憶がひそんでいる場合もありますの』


『記憶?』


『ええ。たとえば、小さいころに焼けたものを触って、とても熱い思いをしたとか、蛇に噛まれて生死の境をさまよったとか……そういった体験の記憶が、過剰な恐怖心のもととなっている場合がありますのよ』


『えっ、でも』


 リリスさんの説明を思わずさえぎって、あたしは言った。


『そんな、その後もずっと尾をひくほど大変な体験だったら、自分で覚えてないなんてヘンじゃないですか?』


 あたしの言葉に、リリスさんは、ゆっくりとかぶりを振る。


『人間の精神は、優秀な防衛機構を備えていますわ。あまりにも辛い出来事や、ショックなことがあると、それを、すっぽりと忘れてしまうのです。忘れることによって、精神の均衡を保つのですわ。

 もしも、何もかも覚えている人間というものがいたとしたら、おそらく、発狂してしまうでしょうね……』


 なるほど……言われてみれば、そうだ。

 嫌なことや辛いことって、しばらくすれば忘れるからこそ、乗り越えられるんだよね。

 今までの人生の嫌な思い出を、いちいち全部思い出さなきゃならなくなったら、とてもじゃないけど神経がもたないよ。


 ん!? ちょっと、待てよ――?


『つまり……過去にあるかもしれない、あたしの発作の原因を、記憶をさかのぼることによって見つけよう、ってことですよね?』


『ええ、そういうことですわ』


『でも、あたしが今、まったく覚えてないってことは……それって、完全に忘れなきゃならないほど、ひどい経験だったってこと!?』


 そうだとしたら、そんな記憶に直面するのは、いくらなんでも怖すぎる。


 リリスさんは、困った顔になって、


『それは、わたくしには何とも申し上げられませんわ。そもそも、狂戦士化の原因が、絶対にそこに見出せるかどうかも分かりませんもの。あくまでも、可能性のひとつ、ということですわね』


『う~ん……』


『もちろん、悩まれて当然ですわ。こんなこと、とても即断はできないと思いますもの』


 真っ白な手であたしの手を取り、リリスさんはにっこりと微笑んだ。


『でも、もしもアニータさんが、この方法を試してみようと思われたときは、いつでも声をかけてくださいませね。あたくし、いつでも、力になりますから!』




 こうして、あたしたちは別れたのだった。


 う~ん……どうしよう!?

 あれから、ずっと悩んでるんだけど、考えても考えても、思考は同じところを堂々巡りするばかりだ。


 狂戦士化の原因が分かって『発作』を乗り越えるきっかけになるかもしれないなら、これは絶対に、試す価値があると思う。

 でも、その恐ろしい――かもしれない――記憶と向き合うのは、怖い。

 でも、とにかく挑戦してみないことには、何も始まらないし……

 いや、でも……


「あ……あのっ! アニータさんっ!」


 無意識のうちに床を見つめて考え込んでいたあたしに、いきなり、ミーシャの声がかけられた。

 驚いて振り向くと同時、ばっ! と何かが、目の前に突き出される。


「……これっ!」


「えっ?」


 ミーシャが笑顔で差し出した、小さな包みを、あたしはぽかんとして見つめた。

 な、何だろう?

 戸惑って見返しているうちに、ミーシャの笑顔は、だんだんとしぼんでいった。


「あの……えっと。これ、髪飾りなんですけど~……」


「え?」


 ますますわけがわからなくなって呻くあたしに、ミーシャは、何だか申し訳なさそうに、


「あの……わたしが、選んだんですけど……アニータさん、気に入ってくださるかどうか~……好みと違ってたら、ごめんなさい!」


「おい!? おいおいっ、ミーシャ!?」


 突然、向こうから慌てたように叫んできたのは、ルークだ。

 慌てすぎたのか、椅子ごとガタン! と床に引っくり返ったけど、それをものともせずに立ち上がって叫ぶ。


「いきなり抜け駆けするなよぉー! 渡すときは、みんなでいっせいにやろうって、さっき、ちゃんと打ち合わせしたじゃねーかぁぁぁぁぁぁ」


「……ああっ!?」


 包みを持った手を口元に当てて、ぱたぱたと慌てふためくミーシャ。


「ごめんなさいごめんなさい、ルークくん! すっかり忘れていました~! アニータさんが、何だか元気がないみたいだったので、つい~……!」


「まったく、しょうがねーなー!」


 妹にいばる兄さんみたいな調子で、鼻息を吹いておいて。

 ルークは、どすどすと教室の隅に行くと、棚の陰に置いてあったナニかを背後に隠して――というか、まったく隠しきれてなかったけど――満面の笑顔で、すすすーっ、とこっちに歩いてきた。


「じゃーん!」


 大声と同時に、やたらとでっかい包みを、どすん! とあたしの机に載せる。


「見ろ、アニータ! オレからのプレゼントは、コレだぁっ! なんとっ! 持ち運びできるタイプのパンチングボール! これさえあれば、いつでもどこでも、パンチの練習ができるんだぜっ!」


「え!? え……!?」


 何、何? プレゼントって。


「はっはっは……」


 そこへ、なぜかくるくると回転しながら出てきたのは、もちろんライリーだ。


「持ち運び可能とはなかなかやりますな、ルーク! ……しかし、しかしです! 婦人に対しての贈り物としては、いささか趣に欠けた感が否めないのではないでしょうか!?」


「そ、そーかな?」


「優雅かつ、趣深く美しく……女性への贈り物の基本、それは花です! さあ、アニータ、どうか受け取ってください!」


 さっ、と彼が背後から――これは、持ってたのが全然分からなかった!――差し出したのは、巨大な花束。

 それを見た瞬間、あたし、ミーシャ、ルークの目は、そろって点になった。


「……な」 


 ややあって、首を傾げながら呟いたのは、ミーシャ。


「何です……? その、デザイン……」


「はっはっ。前々から懇意にしている花屋がございましてな。そちらで、アニータをイメージして作らせておいたのですよ」


「爆発……か?」


 こっちも首を傾げて、真剣な口調で、ルーク。

 うん、ホント、確かにそんな感じ。

 両腕でなくちゃ抱えきれないほどの、大きな花束。

 ところどころから、びよんびよんと飛び出した茎の先に咲く、派手に花びらの反り返った赤い花。

 むちゃくちゃ前衛的なそのセンスは、正直、ほとんど理解できなかったんだけど――


 ただひとつ、はっきりしているのは、これが、誰のための贈り物なのか、ってこと。


「あ……ありがとう」


 目の前で起こってることが信じられない、って気持ちで、あたしは、呟くように言った。


「でも……えっ? なんで、こんな?」


「アニータさんの、歓迎会ですの!」


 にこにこーっと、顔じゅうで笑って、ミーシャは言った。


「アニータさん! わたしたちの組に来てくださって、本当に、ありがとうございます~! わたしたちみんな、一緒に勉強するお友達が増えて、本当に嬉しく思ってますの!」


「改めて、これから、よろしく頼むぜっ! 大会が終わったら、講義が始まってめちゃくちゃキツイけど、一緒にがんばっていこーなっ!」


「はっはっ。わたくし、東方の茶席などにも非常に興味がありますので、落ち着きましたら、ぜひとも一席、ご教授願いたいものですな!」



 大会が――終わったら――

 


「……えっ!?」


 最初に、驚いたように叫んだのは、ミーシャだ。

 ルークも大慌てで、


「アニータ? おい!? なんで、泣くんだよぉー!?」



 大会が、終わったら。



 この人たち、みんな……あたしのことを、大会で勝つためだけの道具だなんて、カケラほども思ってやしない。

 友達として、仲間として。

 あたしっていう、ひとりの人間として、受け入れてくれてる……


 一瞬でも彼女たちの心を疑った自分が、ひどく猜疑的で、小さい人間に思えた。


 この人たちを信じよう。

 心の底から、そう思った。

 この人たちが、私を信じてくれたように。


 あたしを信じ、受け入れ、期待してくれる人たちがここにいる。

 それなら。

 あたしは、どんなことをしてでも、それに応えたい――!


「……感動の涙だよ」


 ぐいっ、と袖で涙を拭って、あたしは、みんなからの贈り物を抱きしめた。


「みんな……ほんとに、ありがとうっ! あたしも、みんなと会えて、本当によかった!」



 そう、たとえ、バノット教官に裏切られたとしても。

 みんながいれば、あたしは、ここで戦える――



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