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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第六章 存在価値って、何だろう?
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存在価値って、何だろう? 4

 それから、どうやってその店を出たのか、どの道をどう通ったのか。

 よく思い出せない。


 気がついたときには、あたしは、見覚えのない大きな十字路の真ん中に、ぼうっと突っ立っていた。

 道を行き交う人々が、不審そうにチラチラとこっちを見ながら通りすぎていく。


 あたしはほとんど無意識に、手近のオープンカフェに歩いていって、空いている席に腰を下ろした。

 すぐに注文をききにきた店員さんに、


「お茶を……」


 とだけ言って、そのまま、ぼんやりと通りの風景を見つめる。


 ログレス市。《暁の槍》の街。

 ついさっきは、自分のものになったと思った景色――

 その景色が、今は、まるで知らない国の風景みたいに、よそよそしく見えた。


「まあ……冷静に考えてみれば、当たり前か」


 あたしは、口の中で呟いた。


「だって、話がうますぎたもん、最初から。イサベラ閣下も、バノット教官も……狂戦士だって分かってて、受け入れてくれるのって、普通じゃないし」


 すべてを破壊する、凶暴な衝動。

 それをいつ解き放ってしまうか分からない、危険な娘――

 身内ならいざ知らず、そんなあたしを、仲間として受け入れてくれる人たちなんて、いるわけがない。


 そうだよ。

 こんなの、最初から分かってたことじゃない。

 なのに、あたしは……何を、夢見てたんだろう?

 バカだなぁ……


「あ……あれ」


 いきなり、まわりの景色がぐにゃぐにゃと歪んだと思ったら、ぼたぼたと膝の上に涙がこぼれおちた。

 嫌だな。こんなことで泣きたくない。

 あたしは、買ったばかりの着物の袖で、慌てて涙を拭いた。


 前までのあたしは、白い目で見られたって、どんなひどい陰口を言われたって――絶対に、人前で涙を流したりはしなかった。

 まるで、弱くなったみたいだ。

 こんなふうになったのは――かたく張り詰めて、突っ張っていた心が、みんなの温かさに触れて、ほぐされたから。


 ……そうだ。

 あたしは、目を見開いた。


 イサベラ閣下やバノット教官が、どんなつもりだろうと。

 ミーシャや、ルークや、ライリーは、心からあたしを歓迎して、受け入れてくれたじゃないか!


『本当に?』


 心の片隅から、そんな声がきこえた。

 その声は、あっという間に大きくなって、冷たい霧みたいに、あたしをすっぽりと呑み込んだ。


『あの子たちがあなたを待っていたのは、大会に勝つため、それだけのためじゃないの?

 今、あなたを追い出さないのも、狂戦士化したあなたの力を、大会で利用したいからじゃないの?』


 ああ……そうかも、しれないなぁ……

 マックスだって、あの発作のあと、手のひら返したみたいに近付いてきたし……


『お前、うちの組に来いよ』


 あの言葉だって、きっと、あたしを取り込めば、自分の組が大会で優勝できるって目論見があったから――


 結局、あたしは誰からも、アニータ・ファインベルドっていうひとりの人間としては、見てもらえないのかもしれない。

 この、原因不明の『発作』がある限りは。

 でも、呪いじゃない、っていう言葉が本当なら、一体どうすれば『発作』がおさまるのか、もう、見当もつかない……


 運ばれてきたお茶に手もつけずに、あたしはテーブルに突っ伏して、声を殺して泣いた。


 あたしは、一生、このままなのかな。

 ずっと、誰からも、受け入れてもらえないままなのかな――


 そのときだ。


「どうなさいましたの? こんなところで……」


 不意に、頭上から、戸惑ったような声がきこえた。




   *    *    *




「あたくしは、リリス・タラール。もうご存知のことと思いますけど、ダグラス・ハウザー教官の組に所属しておりますの」


「ええ……知ってます」


 あたしは、笑顔を作って言った。

 絶対、無理してることに気づかれちゃうだろうなって、自分で感じるような笑いだったけど。


 リリスさんは、今、あたしの向かいの椅子に腰を下ろしている。

 ここ、よろしいかしら? っていきなり聞かれて、思わず頷いちゃったんだよね。


 でも、落ち着いて考えてみると、丁寧にお断りしたほうがよかったかも。

 涙の跡のついた袖はこっそり隠してるけど、目も鼻の頭も熱くて、きっと、赤くなってるだろうな。

 泣いてたと思われるのが、何だか恥ずかしかった。


 それにしても、こうして改めて見ると、リリスさんってほんとに美人だ。

 あたしよりも、五歳くらい年上かな?

 でも、身体つきのほうは数歳差どころの騒ぎじゃない。

 彼女が身につけてるのは地味なローブなんだけど、女性らしい魅力的な曲線は、その布地ごしにもばっちりわかる。


「さっきはごめんなさいね、アニータさん。うちの委員長が、迷惑をかけてしまって……」


「えっ? ああ、いえ……」


「委員長は、すっかり、あなたの腕に惚れ込んでしまったようですわ。どうにかしてうちの組に呼べないかって、ここのところ、そればかり言っていますの」


 リリスさんは、琥珀色の目で、穏やかにあたしを見ている。


「委員長ばかりじゃありませんわ。ダグラス教官も、あなたの才能を認めていらっしゃったし……あたくしだって」


 なんだか、この人、いい匂いがするな……と、あたしはふと思った。

 香水かな?

 ほんとにかすかだけど、甘く柔らかく、心を和ませるような、優しい香り。  


 リリスさんは、自分で注文したミントティーを一口飲んで、グラスを上品にテーブルに戻した。


「ライバル同士の組に配属になってしまって、残念ですわ。あたくしも、あなたみたいな方と同じ組になってみたかったのに」


「それは、どうも……

 でも、あたしみたいなのが入ったら、迷惑かけちゃいますから」


 あたしは、うつむいて、ぼそぼそと言った。


 またか。

 きっと、この人も、大会で自分の組が勝てるように、あたしを誘おうとしてるんだろうな……


 つい、そんなふうに思ってしまう。

 こんなひねくれた考え方じゃいけないと思うんだけど、一度生まれた疑いの心は、なかなか消せない。

 ああ、嫌だな……こんな自分って……


 視線は合わないけど、リリスさんが、こっちの顔をじっと見つめてきているのが分かった。

 あたしは、何だか居心地が悪くて、顔が上げられなくなった。


 ややあって――

 がたん、と音がしたかと思うと、リリスさんが、椅子をこっちに寄せてきた。

 いきなり、そっと手をとられる。

 リリスさんの手は真っ白で、やわらかくて、すべすべしていた。

 気持ちいい、と思うのと同時に、剣ダコだらけの自分の手のひらが恥ずかしくなって、あたしは、さっと手を引っ込めた。


「あ……ごめんなさい! あたくしったら、つい」


 慌てたような、リリスさんの声。


「でも、あたくし、何だか……

 あの、アニータさん。あなた、何か、悩みごとがおありになるんじゃなくて?」


 あたしは、思わず顔を上げてリリスさんを見返した。


「さっきも、その……泣いていらしたみたいだったけれど」


「まあ……ちょっと」


 見られちゃった以上、変に嘘をつくのも不自然だ。

 あたしは視線を逸らし、言葉少なに頷いた。

 そんなあたしを、リリスさんは、なおもじっと見つめていたけど、


「アニータさん」


 やがて、真剣な調子で言ってきた。


「もし、あたくしでよろしければ、相談に乗らせてくださらない?」


「え……?」


「あなたは、この学院に転入してきたばかりですもの。今までとは、環境もまったく違うでしょうし、いろいろと困ることがあって当然ですわ。

 まあ、あたくしに話してどうなる、って言われると困りますけれど……悩みごとがあるときって、誰かに話すだけで、気分が軽くなることってありますでしょ?」


 あたしはしばらく、黙ったまま、リリスさんの目を見返していた。


 ――本気なのかな。

 それとも、演技かな。


 リリスさんの目は、真摯にあたしを見つめてる。

 そこには、嘘をついてるときにありがちな揺らぎや濁りはない。


 信じて、いいのかな……?

 何といっても、彼女は、ライバルの組の人間なんだ。

 親切のフリをして、あたしの弱みを探ろうとしてる、って可能性もある。

 でも――


「ごめんなさい」


 ややあって、突然謝ったのは、あたしじゃなくて、リリスさんだった。


「組も違うのに、急に、出過ぎたことを言ってしまって。びっくりなさったでしょう? ほんとにごめんなさいね。あたくし、もう行きますから……」


「ううん!」


 急いで席を立とうとするリリスさんを、あたしは、とっさに引き止めていた。

 ふわりと、甘い香りの空気が動く。

 驚いたように見下ろしてくるリリスさんに、あたしは、にっこりと笑った。


「ありがと、リリスさん……あたし、ほんとは、すごく、誰かに聞いてもらいたかったの。

 でも、こんなこと、いきなり相談するのもどうかって思って――」


 席を立とうとする瞬間にリリスさんが浮かべた、寂しそうな表情に、あたしは少し反省していた。

 この人は、本心からあたしのことを気遣って、相談に乗ろうとしてくれてるのかもしれないんだ。 

 そうだとしたら、あたしの態度って、ものすごく失礼にあたる。


 逆に、もしも、彼女がスパイだとしたら―― 

 わざとだまされたフリをして、反対にうまく情報を引き出しちゃうって手もあるよね。

 それに――


『ほんとは、すごく、誰かに聞いてもらいたかったの』


 この言葉は、あたしの本心。


 ひとりで背負うには、あまりにも重過ぎる打撃。

 誰かと分かち合いたい。

 でも、バノット教官が関わることである以上、組のみんなには話しづらい――


 そう、色々理屈をつけたけど、あたしは結局、心の底では、リリスさんに話を聞いてもらいたかったんだよね。


「実は……」


 座り直したリリスさんに、あたしは、ゆっくりと口火を切った。


 自分の狂戦士化のこと。

 バノット教官の見立てによれば、原因は、呪いではないらしいこと……

 実験台としてどうこう、なんて話は、さすがに伏せたけど。

 話してるあいだに思わず熱がこもって、けっこうな長話になっちゃった。


 リリスさんは、嫌な顔ひとつせずに、時々うなずきながらあたしの話を聞いていたけど――  

 あたしの話が終わったとたんに、


「まあ」


 彼女は、ぽん、と手を打った。


「そういうことでしたら、あたくし、力になれるかもしれませんわ!」


「えっ?」


 あまりにも突然の申し出に、あたしは、思わず目を白黒させちゃった。

 バノット教官でさえも原因がよく分からないらしい、あたしの狂戦士化――

 でも、リリスさんには、何か、心当たりがあるみたい。


「呪いではない……つまり、呪術的な要因によるものでないとすれば、次の可能性は、心因的なものですわね」


「心因、的……?」


 繰り返したあたしに、リリスさんは大きくうなずき、


「実は、あたくし、精神系の術を専門にしておりますの。こう見えても、その方面にかけては、ダグラス教官を凌ぐ素養を持つとも言われておりますのよ」


 精神系の術――


 魔術は、その効果ごとに、いくつかの系統に分類される。

 たとえば『修復系』『破壊系』『伝達系』なんていう分け方があって、これは、用途別の分類だ。  


 そして、別の分類法もある。

『物理系』『時間系』『精神系』――

 これは、効果を及ぼす対象ごとの分類。


 つまり『精神系の術』っていうのは、人間の精神全般に効果を及ぼす――たとえば喜び、怒りなんかの感情を増幅させたり、反対にそれらを抑えたりっていうような――術のことを言うんだ。

 でも『物理系の術』と比べると、対象を正確に捉えることも、その効果をイメージすることも難しいために、精神系の術の使い手は、とても少ないって言われてる。


「それは……凄いですね」


《高天原》にも、精神系の術の使い手は、ほんの一握りしかいなかった。


 でも、いったいどんな術を使えば、あたしの狂戦士化の原因が分かるっていうんだろう?


 食い入るようにリリスさんを見つめたあたしに、彼女は、囁くように言ってきた。


「あたくしが最も得意とする術は《記憶遡行》。

 あなたの過去の記憶をさかのぼって探れば、狂戦士化の原因を突き止められるかもしれませんわ!」


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