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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第六章 存在価値って、何だろう?
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存在価値って、何だろう? 3

 ライリーが、不思議そうにこっちを向く。


「どうかしましたか、アニータ?」


「いや……」


 思わず、そっちに向かって歩き出しながら、あいまいに首をかしげるあたし。


「今、そこに、バノット教官がいたような……」


 人の流れの合間に、あの黒ずくめの姿がちらっと見えたような気がしたんだよね。

 でも、こんなところで、こんなにタイミングよく先生に出くわすなんてことがあるのかな?

 だいたい、先生は今、ラボにこもってるはずだし。

 あれこれ考えてたせいで、似た人を見間違えたのかも……?


 バノット教官らしき人影が見えたあたりまで来てみたけど、やっぱり、それらしい人はいなかった。

 かわりに目に入ったのは、乾いたニンニクや薬草を軒下に吊るした怪しげなお店。


「《ビレの薬種店》……《処方・調薬承ります》?」


「その方は、この店に入っていったのですか?」


「いや、わかんないけど……そう言われれば、そうかもしれない。ちょうど、このへんで姿が見えなくなったし」


「ああ」


 あたしと並んで看板を見上げながら、ライリーが、あっさりと言った。


「それならば、本当に先生かもしれませんな。先生は最近、呪術についての研究をなさっていますからね」


「呪術?」


「ええ。あの、呪いをかけたり解いたりする、呪術です」


 ――どくん。

 呪い、ということばに、心臓が波打った。


「呪術には、いろいろな霊薬を必要とするものもありますからな。先生はときどき、霊薬の材料を自分で買い出しに行かれるのですよ。他の者の見立てでは信用できない、などとおっしゃいまして」


「そう……なんだ……」


「あ、ちなみにこの『呪術』という呼び名は、俗称でございまして。魔術の中でも特に長期間にわたり、継続的な効果を発揮するものを――」


 ライリーがとうとうと説明してくれる内容を、あたしは、ほとんど聞いていなかった。


 あたしには「狂戦士化」の呪いがかかっている。

 そして、バノット・ブレイド教官は、呪術の研究をしている――


 奇妙な符合。

 まったくの偶然にしては、できすぎだ。


 マックスが言ってたのって、まさか、このこと……?

 本当に、先生は、あたしを実験台にしようとしてるの?


「ねえ、ライリー」


 乾いた唇をひとなめして、あたしは、できるだけなにげなく言った。


「ごめん、悪いんだけどさ。……ちょっと、先に行っててくれない?」


「え?」


「あの……実は、ちょっと、先生に相談しときたいことがあるんだよね。ほら、さっきの人がほんとに先生だったら、今つかまえないと、またラボにこもっちゃうでしょ?」


 この時点で、あたしは、ひとつの決断をしていた。

 こうなったら――バノット教官に、直接、真相を問いただすんだ!


 いや、さすがに、いきなりの正面突破戦法は、ちょっと無謀かなーと思わなくもないけど。

 このまま、ひとりでごちゃごちゃ疑ったり、悩んでたって、事態はちっとも良くならない。

 思い切って白黒ハッキリさせたほうが、ずっとスッキリするってもんだよね!


 まあ、こんなふうに思えるのも、ある意味、先生を信用してるからだ。

 そうじゃなきゃ、直接聞くなんて、怖くて、とてもできないもん。


「ほんと、悪いんだけど。

 話が長くなるかもしれないから、ライリーだけ、先にミーシャたちと合流しててくれない……?

 あたしは、後で、学院で落ち合うってことで」


 一気に言ったあたしに、ライリーは、しばらくきょとんとしてたけど、


「そうですか。わかりました」


 にっこり笑って、片手を挙げる。


「それでは、私は先に行っていましょう。学院の建物はどこからでも見えますから、帰るのに迷うことはございませんしね。それでは、お気をつけて」


「うん! ありがと。後でね!」


 さすがはライリー、完璧に空気を読んでくれた。

 ここで「いや一緒に」とか食い下がられても困るもんね。

 さーて……


「おじゃましまーす」


 ライリーの背中が見えなくなるまで見送ってから、あたしは、そっと《ビレの薬種店》の扉を押し開けた。


 カロロン、カロン……


 木のドアベルの乾いた音が、ほんのかすかに響く。

 いや、別に悪いことをしてるわけじゃないんだから、もっと堂々と入っていったっていいんだけど……

 目的が目的なだけに、緊張して、自然と声も小さくなる。


 お店の中は、薄暗かった。

 入ってすぐ右手に、古ぼけた小さなカウンターがあったけど、誰もいない。

 小さな窓から射す光だけが、天井や壁にところ狭しと吊るされた干物や薬草の束、棚にずらりと並んだビンを浮かび上がらせてるだけだ。


 って……先生どころか、お店の人すらもいないんですけど。

 いや、それ以前に、さっきの人って、ほんとにバノット教官だったのかな?

 思い込みだけで入ってきちゃったけど、人違いだったら、かなり恥ずかしい。

 そもそも、ほんとにこのお店に入ったのかどうかも分かんないし……


 でも、せっかくここまで来たんだから、とことん確かめるしかないか!


 心を決めたあたしは、光の粒みたいなホコリが舞う中を、そろそろと進んでいった。

 お店の一番奥、突き当たりの壁に、一枚の扉がある。

 ノックしてみたけど、しばらく待っても返事はなし。

 ノブをつかんで回すと、鍵はかかってないみたい。

 思い切って開けてみる。


「失礼しま……あれ?」


 あたしは、目をぱちぱちさせた。

 そこはいきなり、外だった。


 ――いや、違う。

 裏庭だ。

 まわりは、ぐるっと建物の壁に囲まれてて、頭上に四角い空が見えてる。

 薬草のたぐいが種類ごとにかたまってボサボサと茂り、なんだか、秘密の庭って感じ。

 庭の真ん中に細いレンガの道が敷いてあって、向かいの建物の裏口に通じていた。

 そこの扉が、少しだけ開いてる。


 不思議な引力にひかれるみたいに、あたしは、その扉に近付いていった。

 そして、扉に手を――


「えーっと?」


 急に中から聞こえてきた声に、あたしは伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。

 聞いたことのない、女の人の声だ。


「カエンソウとマンドラゴラ、それぞれ一束ずつ? あと多頭蛇の卵の干物、一袋よね?」


 語尾が上がる、独特の話し方。

 どうやら、この声の主こそが《ビレの薬種店》のご主人――ビレさんらしい。

 誰かと会話してるんだ。


 扉の隙間からそっとのぞいてみると、中は物置みたいになっていて、奥には二階にのぼる梯子があった。

 声は、その二階から聞こえてきてるみたい――


「ペヨーテの粉末も頼む」


 耳に届いたもうひとつの声に、あたしは、はっと肩をこわばらせた。

 バノット教官の声だ。

 聞き慣れてるわけじゃないけど、間違いない。

 やっぱり、本人だったんだ。


「はいはい。ペヨーテの粉末が、一袋ね?」


 ぎしぎしと床を踏む音と、声が一緒に移動する。

 ビレさんの声は明るくて高く、バノット教官の声よりもずっと聞き取りやすい。


「それにしても、何? こんなに、珍しい薬種ばっかり買い込んでいくなんて……

 ひょっとして、さっき話してた子に関わってのことかしら?」


 どくん。

 急に、心臓が騒ぎ始めた。


「まったく、とんでもない話よねぇ?」


 あたしの内心にはまったく関わりなく、ビレさんの口調には、何の屈託もない。


「転入早々、学院の体技館を燃やしちゃうなんてさ? あんたもまあ、よくよく強烈な子を引き取ったのねぇ。狂戦士化だなんて……そうそうあることじゃないわよ?」


「ヒノモトの学院《高天原》でも調べたが、原因は不明だったそうだ」


「そりゃ、不明なはずよねぇ!」


 ビレさんの口調は、どこまでもあっさりとして、軽かった。


「もともと呪われてないんじゃ、いっくら、そのセンでいくら調べたって、何も出るはずないもんねぇ!」


 ――えっ。  

 あたしは、思わず、自分の耳を疑った。

 呪いじゃ……ない?


 それじゃあ……あたしの「あれ」は、一体……

 一体、何なの!?


「でも、残念だったわねぇ?」


 凍り付いたあたしの存在には、無論気付いた様子もなく、ビレさんの言葉は続く。


「もしも呪いだったとしたら、あんたには、絶好の研究材料だったのに。《高天原》も匙を投げるほどの込み入った呪いを解除したとなりゃ、あんたの評判も、ぐぐーっと上がってたでしょうにねぇ?」


「そうだな」


 気楽そうに笑うビレさんと、あっさりとそれに答えるバノット教官。

 足元の地面が流砂に変わって、ずぶずぶと呑み込まれていくような気がした。


 ほんとに……あたしが、研究材料?

 しかも……もう、その価値もない……



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