存在価値って、何だろう? 2
「いやぁ、買っちゃったねえ!」
「はっはっはっ」
満面の笑みで言ったあたしに、これまた笑顔で、さっと髪をかき上げるライリー。
いや、正確には、かき上げるような真似をしただけ。
今、あたしたちの両手は大荷物でふさがってて、ちょっと手を上げるのにも苦労するんだよね……
「あの店を気に入っていただけて何よりです。その服も、とてもお似合いですよ」
「えへへ~」
いやー、意外、意外。
最初はどんな店かと心配してた《マダム・サクラの店》だけど、一歩、店内に入ってみると、これがびっくり!
すっごくかわいくて、お値段も手頃な着物がいっぱいあったんだよね。
『あら、いらっしゃい! 学院の生徒さんね?』
にこにこしながらあたしたちを出迎えてくれた店主のマダム・サクラは、黒髪に茶色の目、藤色の着物をすっきりと着こなした、典型的なヒノモト美人だった。
若くはないけど、何ともいえずしっとりした色気があって、すっごく魅力的な人。
きいてみると、マダム・サクラの本業は、ヒノモト渡りの薬草やアイテムなんかを扱う貿易商だった。
ご主人が買い付け担当で、マダム・サクラは顧客との交渉担当だそうだ。
『私ね、若いころに初めて仕事でかかわって以来、ヒノモト帝国の文化にすっかり魅せられてしまったの。それで、このお店を趣味で持つようになったのよ。
あなたのような子が来てくれて、ほんとに嬉しいわ! ぜひ、私にあなたのお着物を見立てさせてちょうだい』
というわけで、それからひたすら、色んな着物をとっかえひっかえとっかえひっかえ……!
いやー、楽しかったぁ!
やっぱり、女の子と生まれたからには、お洒落を楽しみたいよね。
ライリーを待たせちゃ悪いなぁ、とも思ったんだけど、なんと彼はあたし以上に着物選びに熱中しちゃって、
『もう少し、華やかな柄でも良いのでは?』
『この色に合わせるなら、こちらでしょう』
なんて、マダム・サクラと熱く議論を繰り広げるしまつ。
そうやってふたりが選んでくれた着物が、どれもこれも可愛くて選べなかったもんだから、結局、候補に挙がったのを、ほとんど全部買っちゃった!
これは……さすがに、ちょっと、散財しすぎたかもしんない……
でも、いいや!
これまでずーっと、色あせた墨染めの衣で我慢してきたんだもんね。
これくらいしたって、バチは当たらないでしょう!
あたしの着物姿を見て、道行く人たちが振り返る。
もちろん、ヒノモトの衣装が珍しいんだ。
でも、あたしは胸を張っている。
周りと違ってたって、いいんだもんね。
ローブよりも、着物のほうが身体になじむし、あたしらしいって思う。
そう、あたしは、あたし。
ヒノモト育ちの、アニータ・ファインベルドなのだ。
「でも、不思議だよね! 服をかえるだけで、なんだか、気分がパッと明るくなったような気がする」
「はっはっ、それこそが、装うことの醍醐味というものでございますな。ファッションとは、その人の内面を反映し、同時に内面に影響を与える、魔法の鏡のようなもの……」
う……うーん!?
よく分かんなかったけど、とにかく、同意はしてくれたみたい。
「えーっと、ライリー、これからどうする? さっきルークが、どこそこの店で待ち合わせ、って言ってたよね。今から、そのお店に行く?」
「ふむ」
ライリーは、ちょっと立ち止まって考え込むような顔をした――と思うと、
「まだ、少し早いかもしれませんな。その辺りの店でも見ながら、ゆっくりと参りましょう」
と言って、にこっと笑った。
あたしたちは、通りをぶらぶら歩きながら、手近なお店を次々にのぞいていった。
服屋さん、帽子屋さん、杖職人のお店――
「……あっ。きれい!」
こっちは宝石屋さんだ。
飾り窓の向こうのクッションの上で、いくつもの指輪やピアス、ペンダントがきらきら光ってる。
ついでに、値札もね!
さすがに、あたしのお小遣いていどじゃ、とうてい手が出ない値段だ。
でも、実際には買えなくたって、こうやって商品を品定めしてるだけで、けっこう楽しいんだよね。
一度、父さんがカタログをお土産に送ってくれたことがあって、ぼろぼろになるまで読み返しては楽しんでたっけ。
あたしは、陳列された細工物を真剣に眺めた。
うーん……指輪とかピアスよりは、ペンダントのほうがいいかな。
チャームの形もいろいろあって、小さなリボンの形や、小鳥、花……
宝石一粒だけっていうのも、潔くていいね。
「んー……」
宝石の種類もいろいろある。ダイヤに、真珠……
あんまり詳しくないから、あとはよく分かんないけど。
紫の石、青い石。燃えるような赤、淡い桃色、黄色、黄みがかったみどり……
ふと、そのうちのひとつに目が留まった。
少し灰色がかった、薄い青色の石だ。
その瞬間、ひとつの面影が稲妻みたいにひらめいた。
マックス・ブレンデン――
そうか。
この石、あいつの目に似てるんだ。
『昨日のバトルが、忘れられねぇんだ』
その声を思い出したとたん、なんだか、背筋がぞくっとした。
それも悪寒っていうより、身体の奥が熱くなるような。
な……何なの? これ。
あたし、マックスにどきどきしてる……?
いやいやいやいや! ない。それはない。
あんなヤツ、態度はでかいし口は悪いし乱暴だし、もう、最悪だもんね!
「アニータ? どうかなさいましたかな?」
あたしが突然、ぶんぶん首を振ったもんだから、ライリーが心配してくれたみたい。
「あ、いや、大丈夫! ごめん。今、ちょっとボーッとしてた」
そういえば……
マックスのことを思い出したと同時に、今まであっちに置いといた疑問が、一気によみがえってきた。
バノット・ブレイド教官が、あたしを利用しようとしてる、って話。
マックスの真っ赤な嘘だろうとは思うんだけど、そう思って忘れようとしても、心の隅っこに、しつこく引っかかってる。
どうして、こんなに気になるのか。
それは、たぶん……あたしの中のどこかに、自分みたいな『危険人物』を無条件に受け入れてくれる人なんか、いるはずないって気持ちがあるからだ。
人と違ってたっていい。
あたしは、あたし。
――そう、思っても。
小さい頃から感じ続けてきた、異質なモノを見る視線。
跳ねのけてきたつもりだった。
でも、心の奥底に突き刺さったその感触は、きっと、ずっと消えることはない。
そう……あたしは、バノット教官が信じられないっていうより、自分自身を、信じ切れないんだ。
あたしは、ここにいてもいいんだ、ってことを。
自分自身の、存在価値を――
「あれ?」
その瞬間、人ごみの中に見知った姿を見つけて、あたしは思わず声をあげた。




