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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第六章 存在価値って、何だろう?
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存在価値って、何だろう? 2

「いやぁ、買っちゃったねえ!」


「はっはっはっ」


 満面の笑みで言ったあたしに、これまた笑顔で、さっと髪をかき上げるライリー。

 いや、正確には、かき上げるような真似をしただけ。

 今、あたしたちの両手は大荷物でふさがってて、ちょっと手を上げるのにも苦労するんだよね……


「あの店を気に入っていただけて何よりです。その服も、とてもお似合いですよ」


「えへへ~」


 いやー、意外、意外。

 最初はどんな店かと心配してた《マダム・サクラの店》だけど、一歩、店内に入ってみると、これがびっくり! 

 すっごくかわいくて、お値段も手頃な着物がいっぱいあったんだよね。


『あら、いらっしゃい! 学院の生徒さんね?』


 にこにこしながらあたしたちを出迎えてくれた店主のマダム・サクラは、黒髪に茶色の目、藤色の着物をすっきりと着こなした、典型的なヒノモト美人だった。

 若くはないけど、何ともいえずしっとりした色気があって、すっごく魅力的な人。

 きいてみると、マダム・サクラの本業は、ヒノモト渡りの薬草やアイテムなんかを扱う貿易商だった。

 ご主人が買い付け担当で、マダム・サクラは顧客との交渉担当だそうだ。


『私ね、若いころに初めて仕事でかかわって以来、ヒノモト帝国の文化にすっかり魅せられてしまったの。それで、このお店を趣味で持つようになったのよ。

 あなたのような子が来てくれて、ほんとに嬉しいわ! ぜひ、私にあなたのお着物を見立てさせてちょうだい』


 というわけで、それからひたすら、色んな着物をとっかえひっかえとっかえひっかえ……!

 いやー、楽しかったぁ!

 やっぱり、女の子と生まれたからには、お洒落を楽しみたいよね。


 ライリーを待たせちゃ悪いなぁ、とも思ったんだけど、なんと彼はあたし以上に着物選びに熱中しちゃって、


『もう少し、華やかな柄でも良いのでは?』


『この色に合わせるなら、こちらでしょう』


 なんて、マダム・サクラと熱く議論を繰り広げるしまつ。

 そうやってふたりが選んでくれた着物が、どれもこれも可愛くて選べなかったもんだから、結局、候補に挙がったのを、ほとんど全部買っちゃった!


 これは……さすがに、ちょっと、散財しすぎたかもしんない……

 でも、いいや!

 これまでずーっと、色あせた墨染めの衣で我慢してきたんだもんね。

 これくらいしたって、バチは当たらないでしょう!


 あたしの着物姿を見て、道行く人たちが振り返る。

 もちろん、ヒノモトの衣装が珍しいんだ。

 でも、あたしは胸を張っている。

 

 周りと違ってたって、いいんだもんね。

 ローブよりも、着物のほうが身体になじむし、あたしらしいって思う。


 そう、あたしは、あたし。

 ヒノモト育ちの、アニータ・ファインベルドなのだ。


「でも、不思議だよね! 服をかえるだけで、なんだか、気分がパッと明るくなったような気がする」


「はっはっ、それこそが、装うことの醍醐味というものでございますな。ファッションとは、その人の内面を反映し、同時に内面に影響を与える、魔法の鏡のようなもの……」


 う……うーん!?

 よく分かんなかったけど、とにかく、同意はしてくれたみたい。


「えーっと、ライリー、これからどうする? さっきルークが、どこそこの店で待ち合わせ、って言ってたよね。今から、そのお店に行く?」


「ふむ」


 ライリーは、ちょっと立ち止まって考え込むような顔をした――と思うと、


「まだ、少し早いかもしれませんな。その辺りの店でも見ながら、ゆっくりと参りましょう」


 と言って、にこっと笑った。

 あたしたちは、通りをぶらぶら歩きながら、手近なお店を次々にのぞいていった。

 服屋さん、帽子屋さん、杖職人のお店――


「……あっ。きれい!」


 こっちは宝石屋さんだ。

 飾り窓の向こうのクッションの上で、いくつもの指輪やピアス、ペンダントがきらきら光ってる。

 ついでに、値札もね!

 さすがに、あたしのお小遣いていどじゃ、とうてい手が出ない値段だ。


 でも、実際には買えなくたって、こうやって商品を品定めしてるだけで、けっこう楽しいんだよね。

 一度、父さんがカタログをお土産に送ってくれたことがあって、ぼろぼろになるまで読み返しては楽しんでたっけ。


 あたしは、陳列された細工物を真剣に眺めた。

 うーん……指輪とかピアスよりは、ペンダントのほうがいいかな。

 チャームの形もいろいろあって、小さなリボンの形や、小鳥、花……

 宝石一粒だけっていうのも、潔くていいね。


「んー……」


 宝石の種類もいろいろある。ダイヤに、真珠……

 あんまり詳しくないから、あとはよく分かんないけど。

 紫の石、青い石。燃えるような赤、淡い桃色、黄色、黄みがかったみどり……

 ふと、そのうちのひとつに目が留まった。

 少し灰色がかった、薄い青色の石だ。


 その瞬間、ひとつの面影が稲妻みたいにひらめいた。

 マックス・ブレンデン――

 そうか。

 この石、あいつの目に似てるんだ。


『昨日のバトルが、忘れられねぇんだ』


 その声を思い出したとたん、なんだか、背筋がぞくっとした。

 それも悪寒っていうより、身体の奥が熱くなるような。


 な……何なの? これ。

 あたし、マックスにどきどきしてる……?


 いやいやいやいや! ない。それはない。

 あんなヤツ、態度はでかいし口は悪いし乱暴だし、もう、最悪だもんね!


「アニータ? どうかなさいましたかな?」


 あたしが突然、ぶんぶん首を振ったもんだから、ライリーが心配してくれたみたい。


「あ、いや、大丈夫! ごめん。今、ちょっとボーッとしてた」


 そういえば……

 マックスのことを思い出したと同時に、今まであっちに置いといた疑問が、一気によみがえってきた。


 バノット・ブレイド教官が、あたしを利用しようとしてる、って話。

 マックスの真っ赤な嘘だろうとは思うんだけど、そう思って忘れようとしても、心の隅っこに、しつこく引っかかってる。


 どうして、こんなに気になるのか。

 それは、たぶん……あたしの中のどこかに、自分みたいな『危険人物』を無条件に受け入れてくれる人なんか、いるはずないって気持ちがあるからだ。


 人と違ってたっていい。

 あたしは、あたし。


 ――そう、思っても。


 小さい頃から感じ続けてきた、異質なモノを見る視線。

 跳ねのけてきたつもりだった。

 でも、心の奥底に突き刺さったその感触は、きっと、ずっと消えることはない。


 そう……あたしは、バノット教官が信じられないっていうより、自分自身を、信じ切れないんだ。

 あたしは、ここにいてもいいんだ、ってことを。

 自分自身の、存在価値を――



「あれ?」


 その瞬間、人ごみの中に見知った姿を見つけて、あたしは思わず声をあげた。



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