存在価値って、何だろう?
「うわぁ~!」
通りの様子を見渡して、あたしは思わず声をあげた。
すっごい活気!
通りは人でいっぱいだし、両側にずらりと並んだお店も、大勢のお客さんでにぎわってる。
わいわいがやがや、喧騒がうるさいくらいだ。
「はっはっ。いかがですか、アニータ?」
「すごいね! こんなに賑やかだなんて、思ってなかった!」
《高天原》の学院前は、もっと静かっていうか、ツンと澄ましてる感じだったけど……
やっぱり街ってのは、これくらいにぎやかなほうがいいよね!
「何だか、魔術師っぽい人がすごく多いみたいだけど……?」
「おお、それも当然ですな。このログレス市は、創建当初より、学院の門前町として発展してきたのです。市の城壁の内側に定住している方々は、そのほとんどが学院の関係者だと言ってもいいでしょうね」
「そうそう! 学院で作った霊薬とか、アイテムとかを買い取って、ログレス市の外に輸出してるヤツらも多いんだぜ。そーゆー儲けで、学院の運営費の半分以上をまかなってるって話だ……」
「わたしの発明品も、ときどき、買い取っていただくんですの~!」
そうなんだ。ほんとに、ここは『魔術師の街』なんだね。
道を行き交う人たちの中にも、ローブ姿だったり杖を持っていたりと、いかにも魔術師っぽいかっこうの人が多い。
「……あ! 今すれちがった人って『森の民』じゃない!? 耳がとんがってたよ!」
思わず振り向きながら言ったあたしに、ライリーは慌てず騒がず、ふっと笑う。
「珍しいことではございません。学院には、異種族の生徒も多いのですよ。エルフやフェアリー、ドワーフ……皆、魔術の研究のために、それぞれの故郷から留学してきているのです」
「アンデッドの方だって、いらっしゃるんですよ~」
にこにこしながら、ミーシャ。
「アンデッド!?」
って、あの、ゾンビとかスケルトンとかヴァンパイアとかの『生ける死者』!?
エルフさんとかドワーフさんならまだしも、アンデッドは、さすがにちょっと抵抗あるかも。
だって、コワくない? 隣の席に、ヴァンパイアの人が、目と牙をきらーんって光らせながら座ってたら……
「おう。みんな、フツーに一緒に勉強してるぜ!」
ルークが、串に刺した焼肉をむしゃむしゃかじりながら言った。
歩きながら屋台で買ったみたいだけど、いつの間に!?
「なんか、外じゃ、種族が違うからって除け者にされたり、戦いになったりすることもあるらしいけどさ。この街の連中って、みんな器がデカいっつーか、いい意味で、めちゃくちゃ大ざっぱなヤツばっかだからな! 種族が違うくらいで、いちいち神経質になったりしねーんだよ」
「そう、そう。それが、この街のいいところですよね~!」
そうか……
あっさりと頷きあうルークやミーシャを見て、あたしは、ちょっと反省した。
みんなが、それだけ広い心を持ってるからこそ、狂戦士のあたしでも受け入れてもらえたんだ。
それなのに、そのあたしが、アンデッドだの何だのって、偏見を持ってちゃダメだよね。
あたしも、みんなみたいに、もっともっと広い心を持たなくちゃ……!
「着きましたよ!」
あたしが決意を新たにした瞬間、先頭を進んでいたライリーが、ひとつの吊り看板を指差して足を止めた。
扇のかたちに透かし彫りが入った、おしゃれな銀の看板だ。
飾り文字で記されてるお店の名前は『マダム・サクラの服飾店』――
「サクラ?」
「はっはっ。このログレス市で唯一、ヒノモト渡りの品を扱っているお店です! ここでなら、アニータの着慣れた服も揃うのではないでしょうか?」
「う、うーん……!?」
ライリーが満面の笑顔で言うけど、お店の前まで来たあたしは、思わず足を止めちゃった。
確かに、通りに面した飾り窓に、木枠にかけられた何着かの着物が陳列されてるんだけど。
何を思ったか、背中にどーんと『漢一匹』って染め抜かれた浴衣やら、全面キンキラキンの、宴会芸か!? ってくらいにド派手な着物やら――
とにかく、品揃えが、明らかに間違ってる感じなんだよね!
「はっはっ。アニータにならば、きっと似合うでしょう」
それって誉め言葉なの!?
ていうか、あたしに、こんな服を着ろとっ!?
なんて、あたしがお店の戸口でぐずぐずしてるうちに、
「え~と、それじゃ、わたしは、先に自分の探し物をしてきます~」
「オレも、ミーシャの買い物のほうに付き合ってくるぜ! 鉄の筒とか、鉛の球とか、ミーシャひとりじゃ運べねえだろうしな。じゃ、後で、ブレンダの氷菓店で合流しようぜ!」
ミーシャとルークは、そんなことを言って、さっさとふたりでどこかへ歩き出しちゃった。
えーっ!? 一緒に来てくれるんじゃないの!?
いや、それより『鉄の筒』とか『鉛の球』って、ミーシャ、いったい何を作るつもりなんだろ……?
「はっはっ。とにかく参りましょう、参りましょう!」
「え!? いや、ちょ、ちょ……」
未練がましくふたりを見送ってたあたしの背中を、いきなり、ライリーがずんずんずんと押して前進!
かくしてあたしは、半ば強引に、ナゾのお店に連れ込まれちゃったのだった……
ううう、いったい、どうなっちゃうんだぁ!?
* *
「行ったか?」
いつになく緊張した声で、ルークはささやいた。
マダム・サクラの服飾店から、やや離れた曲がり角。
ふたりは、その角を曲がってすぐのところに身を隠していた。
「はい~……」
ミーシャが答える。
彼女はトレードマークの片メガネを外し、かわりに、鈍く光る金属の筒を片目に当てていた。
一見すると望遠鏡のようだが、真ん中の部分で、かっきり九十度曲がっている。
レンズがはめられたもう一方の端は、マダム・サクラの店の入り口に向けられていた。
鏡を利用することで、曲がり角に身を隠したまま、道を折れた先の様子をうかがうことができるアイテム――ミーシャ特製の《みえーるくん(改)》だ。
見た目とネーミングは間抜けだが、敵の様子を探る際など、なかなか重宝なアイテムではある。
「ライリーさんが、アニータさんを連れて、お店に入りましたわ」
「よしっ」
ひょいと曲がり角から顔を出して、店のほうを確認し――
もはやアイテムの意味がまったくないが、そのへんは深く考えず、ルークは、ぱんと拳を平手に叩きつけた。
「そんじゃ、計画通り、とっとと進めようぜ! アニータに気づかれねえうちにな……」
「ええ」
《みえーるくん(改)》をかばんにしまい、いつもの片メガネをかけ直しながら、ミーシャも、ひきしまった表情でうなずく。
「わたしたち、先生から、直々にこの役目を任されたんですもの。失敗は、けっして許されませんわ~!」
「おうっ。こっちだ!」
ひそひそと言い合いながら、ふたりは、小走りに人ごみの中へと姿を消した……




