衝撃! マックスの囁き 4
――と!
「彼女から離れなさい」
まるで、必死の願いが届いたかのように。
不意に聞こえた声に、あたしは思わず目を見開いた。
「ライリー!?」
そう!
いつのまにか、マックスの真後ろにライリーが立ち、《ジークの鉄槌》を振りかぶってたんだ。
――ていうか、怖ッ!
後ろからウォーハンマーを振りかぶるって、ある意味、剣を突きつける以上に怖いよ!
「嫌がる女性に無理強いするとは、禽獣にも劣るふるまい……」
ライリーは、ふだんの彼からは想像もできないような、凄味のある口調で言った。
「あなたも男なら、恥というものを知られるがよろしいでしょう」
「くそ。油断したぜ。俺としたことが」
少し表情を引きつらせながらも、軽い口調で、マックス。
「てめぇ、騎士道がどうとか気取ってやがるくせに、自分は、後ろから不意打ちかよ?」
「彼女は、私たちの仲間です」
ライリーのことばには、ほんのわずかな揺るぎもなかった。
「アニータへの手出しは、私たちが許しません」
「そうだぜコノヤロー! オレの超必殺・百連続パンチを喰らいたくなかったら、術を解いて、とっとと失せな!」
いきなり顔を出したルークが、革のグローブをはめた指をボキボキと鳴らしながら言う。
「うわっ!」
身体を締め付けていた力がいきなり消えて、あたしはもうちょっとで引っくり返りそうになった。
マックスが術を解除したんだ。
それと同時にライリーが《ジークの鉄槌》を下ろして、あたしを庇うみたいにすっと回り込んでくる。
「大丈夫ですか? アニータ」
「うん……」
カッコいいよ、ライリー! ただの変な人じゃなかったんだね……!
「これで三対一だぞ、コラァ! まだやるか!?」
凄んだルークを、マックスは無言のまま、ぎろっと睨みつけた。
「ほー?」
ルークは、それを受けて一歩も引かず、嬉しそうとさえ言える顔でにやっと笑う。
「そうかよっ。そっちが、その気だってんなら……!」
彼が固めた拳から、コオォォォッ……と煙にも似た青白いオーラが噴き出す。
戦闘体勢だ!
「ちょっと、待ってっ!?」
慌てて、ふたりのあいだに割って入るあたし。
何とかして止めなきゃ!
このふたりが本気のバトルなんか始めたら、せっかく教官たちが直してくださった壁に、また大穴が開いちゃうよぉ!
――でも、幸いなことに、あたしの心配は、現実にはならなかった。
「委員長っ!?」
そのとき、ひとりの女の子がバタバタと走ってきて、ルークとマックスのあいだに立ちはだかったからだ。
って……委員長……?
あ、そうか。マックスって、ダグラス組の委員長なんだっけ。
肩書きと行いが、ここまで合ってないのも珍しいと思うんですけど……
「リリスか……邪魔するんじゃねぇ」
「そーだ! オレの必殺パンチでぐっちゃんぐっちゃんになりたくなかったら、そこをどきなっ!」
「いけませんわっ!」
必死の表情で叫んだ彼女は、腰まである長い金髪をした、いかにも女性的な身体つきの、かなりの美人さんだった。
着てるものはあっさりしたドレスなんだけど、胸元や腰つきなんかが何ともいえず色っぽくて、羨ましいくらいだ。
彼女もダグラス組の人なんだろうけど、バトルなんかにはぜんぜん縁がなさそう。
そういえば、昨日のマックスとの練習試合のときにも、姿を見なかったし。
「ただでさえ、昨日の一件で、評議会がピリピリしているんですから!
これ以上もめ事を起こしたら、委員長、本気で出場停止になりますわよ!?」
出場停止、の一言に、みんなの肩がぴくっと揺れた。
それでも、さらに数秒、無言でにらみあってから――
「……はっはっ。ここは、互いの利害を考慮して、いったん勝負を預けることといたしましょうか」
「マジかよっ!? くそっ! しょうがねーな!」
「ちっ。運のいいヤツらだぜ……」
ぶつぶつ言いながらも、全員がとりあえず構えを解く。
やっぱり、みんな、出場停止は嫌なんだね……
まあ、メダル一個が勝ち負けを左右する今の状況じゃ、無理もないけど。
マックスはくるっと踵を返すと、そのまま振り向きもせず、色っぽい女の子――リリスさん? と一緒に、ずんずんと去っていく。
そんなマックスの背中を、あたしは、複雑な気持ちで見送っていた。
マックスが、さっき言ってたことって、本当なのかな……?
いや、ダグラス組に来いって話も、もちろん気にはなるけど。
それよりも大きく、心に引っかかってるのは――
『おまえ、利用されてるんだよ。妙な実験とかされる前に、出たほうがいい』
あれって……まさか、本当のこと……?
いや、でも、バノット教官がそんな人だなんて、やっぱり信じられない!
だって、もしもそうだとしたら、そんな教官の下で、ライリーやルークやミーシャが、こんなに楽しそうにしてるはずないもん。
「それにしても、あのヤロー! 昨日の今日でアニータにちょっかいかけるとは、命知らずなヤツだぜ!」
憤懣やるかたないって感じのルークの大声が、あたしの意識を現実に引き戻してくれた。
「今が大会前でさえなけりゃ、ぐっちょんげっちょんのノシイカにしてやったのによー! だあああっ、くそー! 不完全燃焼だっ!」
「ルーク、ライリー、ありがとう! ほんと、助かったぁ」
「いやー、ナイスタイミングだったぜ! 来てみたら、いきなりアニータが捕まってるだろ? マジで焦ったよ! けどよー、いったい何がどうなって、あんなことになっちまったんだ?」
「え? ……いや、別に! たまたま会って、ケンカになっただけ」
ぶんぶんと首を振ったあたしの様子に、ふたりはちょっと不思議そうな顔をしたけど、
「さあっ、もう、あんなヤツのことは忘れよ!
……それより、ふたりは何しに来たの? やっぱり自主練習?」
「あ、そうそう、それだ!」
あたしのことばにポンと大きく手を打ち、もうマックスのことなんか完璧に忘れ去ったような顔で、ルーク。
「危なく忘れるとこだったぜ! ――オレたち、アニータを呼びにきたんだよ」
「あたしを?」
「おう」
にっこり笑ってうなずくルーク。
「ついさっき、ミーシャが部屋に来てさ。発明の材料を買いに、街に出たいんだってよ!」
「せっかくですので、そのついでに、皆で一緒に買い物にでも行きましょうかという話になったのですよ。ミーシャは、今、着替えているところです。門の前で待ち合わせております。アニータも、ぜひご一緒に!」
「アニータ、服が足りねぇ~って困ってただろ? 地獄通りのほうに、安くていい服売ってる店が、ずらーっとあるんだよな。なっ、行こうぜ!」
「おぉーっ! 行く行くっ!」
あたしは、二つ返事でうなずいた。
友達と一緒に、買い物だって!
あたしには、ほとんど初体験っていってもいいようなイベントだ。
通りの名前は微妙に気になったけど、でも、そんなことどうでもいいくらいのワクワク感がふくらんでくる。
父さんからの仕送りの帝国金貨をこつこつ貯金してきたおかげで、ちょっとは自由になるお金もあるし。
さーて、どんな服を買おうかなっ!?
あれ? ちょっと待てよ。
さっきから、何か、大事なことを忘れてるような……?
はっ!
そういえばあたし、ここには、ライバルの情報集めに来たんじゃなかったっけ!?
あれこれバタバタして、当初の目的、すっかり忘れてた……
「うーん……ま、いいかっ!」
あたしは自分で言って、大きくうなずいた。
そうそう。試合くらい、何とかなるなる!
それよりも今は、みんなと買い物に行くことのほうが、ずっと大事だもんねっ!




