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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第五章 衝撃! マックスの囁き
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衝撃! マックスの囁き

     *     *     *



 ――朝っ!

 いやー、忙しい、忙しい!  


 けたたましい『起床の鐘』が鳴り響くと同時に、部屋を割り当ててもらった女子寮のベッドから飛び起きて、身だしなみをととのえる。

 着る服は、とりあえずミーシャに貸してもらった青いローブ。


 廊下でミーシャと合流して、起き出してきた他の女の子たちの大群に流されるまま、どだだだだーっと《南館》の食堂へ。


 隅のほうに席を取ってくれていたライリーたちが、立ち上がって大きく手を振ってくる。

 山盛りにされたお料理から、好きなものを好きなだけ取って――『海賊式』って言うらしい――もりもり食べて、どどどどどーっと寮に戻る。


 さあて、これから、いよいよ講義っ!

 と、思いきや――



「ジュマンダン島産の茶葉に、《四の庭》のハーブ園で育てられた薔薇の花びら……」


 歌うように言いながら、ライリーは流れるような手さばきで、お茶の葉っぱとバラの花びらをサラサラとポットへ。


「《鏡の泉》から汲んできた水を沸騰させ、やや高めの位置から、勢いよく注ぎます……」


 コポコポという水音とともに、ふんわりと辺りに広がる、甘く心地いいお茶の香り。

 ティーポットに手早く覆いをかけ、コトリと小さな砂時計を置いて、ライリーがにっこり笑う。


「さあ、この砂が落ちきれば、飲み頃でございますよ」


「ありがとう! ていうか、凄いね! みんな、いつもこんな優雅なティータイムしてるの?」


「おう。ライリーの趣味でな」


 思わず叫んだあたしに、にこにこと、ルーク。


 ここは《暁の槍》の男子寮一号棟――通称《大楠館》の、談話室のひとつ。

 談話室っていうのは、寮のそれぞれの階の両端あたりに設けられてる、生徒たちが集まって雑談ができる場所のこと。

 まあ、テーブルがひとつ置いてあって、それを囲むように長椅子が据えられてるだけなんだけどね。

 窓もあって、けっこうくつろげる空間だ。


 ――え、あたしは女なのに、堂々と男子寮にいていいのかって?

 そう、《高天原》にいたときには考えられなかったことだけど、《暁の槍》には、女子が男子寮に入っちゃダメっていう規則はないんだ。

 もちろん、その逆も同じ。

 さすがに個室への立ち入りは制限されてるんだけど、それも、寮長に用向きを言って許可をもらえば、短時間ならOKっていう。


 寮の一階には、小さな調理場もあって、空いてさえいれば、誰でも自由に使っていいんだって。

 今、ライリーが使ってるお湯も、そこで沸かしてきたものなんだ。


 いやー、あったかいっていうか、和やかっていうか、ほんとにいい感じ!

 帝国魔術学院は基本的に全寮制だから、寮は、いってみればあたしたちの「家」みたいなもの。

 そこが規則でガッチガチじゃ、気持ちがくつろがないもんね! 


「そういや、アニータの部屋も、当然もう決まってるよな。どこだっけ?」


 ぼりぼりとクッキーをかじりながら、ルーク。

 まだ、お茶を蒸らしてる最中なのに、彼ってば、もうお茶請けのお菓子をほとんど平らげてるよ。


「女子寮の二号棟。ミーシャと同じ、二階の北の角部屋だよ」


「《風見鶏館》ですな」


 と、ティーポットの覆いを優雅に取りのけながら、ライリー。

 ここの暮らしが長い人たちは、何号棟、っていうんじゃなくて、通称で寮を呼ぶのが慣わしみたい。

 それぞれの寮の通称は、一番高い屋根のてっぺんに立ってる飾りからとられてるんだそうだ。


「ささ、お茶が入りましたよ。冷めないうちにどうぞ」


「ありがと! うーん、いい香り!」


 イサベラ閣下の秘書さんが淹れてくれたお茶にも負けてないね。

 あのときのお茶は酔いそうなほどに濃厚な薔薇の香りがしたけど、こっちの香りは、もっと爽やかな甘さ。


「はっはっ。アニータをイメージしてブレンドしてみました。気に入っていただけたようで、何よりですな!」


「えっ、ほんと!?」


「おー」


 クッキーの最後のひとかけらを口に放り込んで、ルーク。


「こういうのが、ライリーの趣味なんだよな! 茶にすっごく詳しくてさ、いつも、新しいブレンドとか考えてるんだぜ。ま、オレは、飲めりゃ何でもいいんだけどな!」


「あ……えーと、うーん」


 もちろんルークには全然悪気はないみたいなんだけど、それを言ったらおしまいだよ……

 でも、ライリーは気を悪くした様子もなく、にこにこと自分のカップを傾けてる。

 器が大きいというか、変わってるというか……


「あっ、ねえねえ。それじゃ、ルークの趣味って何なの?」


「オレの趣味?」


 湯気のたつお茶を一息に飲み干して、ルークは首をかしげた。


「えー? 何だろうな? まず、食うことだろ。それから、寝ることだろ? あ、あと、身体を鍛えることかな!」


 それって、普段やってること全部なんじゃないの……?


「アニータは?」


「あたし? うーん……まあ、趣味ってほどでもないけど。

 植物を育てるの、好きなんだよね! 盆栽とか」


「ボンサイ?」


「あー、ヒノモト風の、木の鉢植えのことだよ。わざと小さく育てて、形を整えて、いろんな自然の景色に見立てたりするの」


「へー、聞いたことねーな。ミーシャなら、知ってそうだけどな!」


 ――あ、そうそう。

 そのミーシャは、今、ここにはいないんだよね。


 彼女は、今度の大会では《発明》部門にエントリーしてるらしく――なんで、戦技競技会で《発明》なのかはナゾだけど――、それに備えて、特別研究室っていうところにこもって何か作ってるんだって。

 昨日は、あたしを迎えるために、わざわざ作業を中断して出てきてくれたんだそうだ。


 じゃあ、あたしたちは、どうしてこんな午前中から部屋でのんびりしてるのか? というと……


「はぁ~、くつろぐぜぇ! どうせなら一年中、講義なんかなけりゃいいのになぁ」


「はっはっ。そういうわけにもいかんでしょう。――おふたりとも、お茶のおかわりはいかがですか?」


 あたしたちのカップに、お茶のおかわりを注ぎながら、ライリーが説明してくれる。


「今は、大会前ですからね。出場者が多い組の教官は、たいてい講義を休講になさるのですよ」


「なるほど! 大会のために特訓しろってことで?」


 言ったあたしに、ルークは真顔で、


「いや、たぶん先生の場合、講義がめんどくせーだけだと思う」


 そーですか……


「だいたいよぉ」


 腕組みをして、大真面目な表情のルーク。


「特訓つったって、普段やらねーコトを、本番前になって急にやったって意味ねえよ!

 実力がありゃあ勝つ、足りなきゃ負ける。そんだけのコトだ。

 今さらバタバタするより、ゆっくり休んで力を貯めといたほうがいいって!」


 おおっ、余裕だなあ!

 まあ、教室でサンドバック相手に戦ってたあの勢いを見れば、余裕の理由もよく分かるけどね。


「ルークは当然、これで出るんだよね?」


 握り拳をかかげて言ったあたしに、彼が大きくうなずく。


「もっちろんだ! オレのエントリー部門は《徒手格闘》。対戦相手を、殴って殴って殴りまくってやるぜ!」


「う……うん。がんばってね」


 あんまり、がんばりすぎないでほしい気もするけど。


「ライリーは? まさか《ウォーハンマー》部門なんてのもあるの?」


「はっはっ。私は《ウォーハンマー》部門には出ませんよ」


 あ、やっぱり、あることはあるんだ……


「確かに、武芸によりて名誉を勝ち取るは、武門に生を受けし者のあるべき姿――」


 気取って前髪をはらい、なんだか遠くに手をさしのべるようなポーズをとって、ライリー。


「しかし……しかし、です! この私が《ウォーハンマー》部門に出てしまっては、かの栄光遥けき《クラシックダンス》部門には、いったい誰が出場すると!?」


「なんで、総合戦技競技会にクラシックダンス……!?」


 そんなあたしの心からのツッコミにも動じず、ライリーは壮大なポーズのままで固まって、自分の世界に浸りきっちゃってる。


「いやあ、大会が始まった頃には、部門の数も、もっと少なかったらしいんだけどな。最近は、けっこう何でもアリになっててさ。なんでか《絵画》とか《活け花》なんかもあるんだぜ!」


「それは……ほんとに、何でもアリなんだねぇ」


《発明》とか《絵画》とか《活け花》だなんて、競技会っていうより、展覧会の領域だ。

 もはや、戦技なんてまったく関係なくなってるし……

 なんてことを、のんきにあれこれ考えてたあたしだけど。


 ちょっと、待てよ?

 ふと冷静に考えてみると、当のあたしは、こんなとこでのんびりしてていいんだろうか!?


 ライリーやルーク、ミーシャは、この学院に長くいて、総合戦技競技会も何度か経験してる。

 他のライバルの実力や癖、得意技なんかも、よく分かってるはずだ。

 でも、あたしには、ひとかけらの予備知識もない。  

 ……そうだよ。

 そのあたしがメダルを取ろうっていうのに、ここで、ふたりと同じようにのんびりしてていいはずがないっ!


「そういえば、他の《剣術》部門に出る人たちって、どんな感じなの? どんな武器を使うとか、得意技はこんなのだとか……」


「他の奴らか? えーと、まずは、あのマックスだろ? あとは……」


「はっはっ。そう、主だったところでは『六枚羽』のマリス・クラウトン、『闇の左手』ルッカ・ベアード、『暗黒神話』レオナルド・ガッシュといったところですかな」


「――何モノっ!?」


 何だかよくわかんないけど、とにかく、一筋縄ではいかない人ばかりらしい。

 っていうか、もはや、人ですらない感じなんだけど……


「はっはっ。いえ、私も、個人的に存じ上げているわけではないのですが。大会も近いので、それとなく噂を聞き集めていましたところ、その辺りの名を耳にする機会が多かったように記憶しておりますよ」


「そうなんだ……」


 うー、なんか、猛然と気になってきた!

 ルークが言ったとおり、いきなり特訓なんかしてもしょうがないとは思うけど、せめてライバルの情報収集くらいはしとかなくっちゃ。


「ねえ! その人たちって、どこに行けば会えるの?」


「ふむ、そうですな。普段なら、教室にいるでしょう。しかし、今の時期でしたら、体技館で自主練習をしているという可能性も高いですな」


「そう……わかった!」


 あたしは、手にしたカップをぐぐーっとあおり、ほどよく冷めたお茶を一気に飲み干した。


 よーし、負けるもんかっ!

 怖そうな二つ名なんかついてても、絶対に後には引かないぞ!

 ライリーやルーク、ミーシャ、そしてバノット教官の期待に応えるためにも、この大会、絶対に負けられない!

 その気持ちに背中を押されるみたいに、勢いよく立ち上がる。


「ありがとう、ごちそうさまっ! ……あたし、今から、ちょっと体技館に行ってくるね!」


 思い立ったら即、行動!

 驚いたように見上げるふたりに片手をあげて、あたしは、ダッシュで部屋を飛び出したのだった。



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