仲間……それは…… 2
* * *
夜である。
死神の鎌を思わせる、細い月が見下ろしている――
巨大な窓を背負う、豪奢な執務室の奥で、一組の男女が向かい合っていた。
バノットと、イサベラだ。
とは言っても、そこには甘い雰囲気などかけらもない。
イサベラはゆったりと長椅子に腰を下ろして背もたれに両腕をあずけ、バノットは直立不動でたたずんでいる。
ふたりとも無言だ。
そこへ例の秘書が音もなくあらわれて、低いテーブルの上に酒と、グラスをふたつ置いていった。
バノットが酌をしようと動くよりも前に、身を起こしたイサベラが、さっさとふたつのグラスを満たした。
その一方は自分の手に掲げ、もう一方を指先でバノットに押しやる。
「どうした。遠慮はいらんぞ」
「……まさか、あれほどのものとは」
ようやく口を開いたイサベラに、バノットは姿勢を崩さないまま、目だけで彼女を見下ろして呟いた。
「後悔したか?」
深紅の液体をグラスのなかで回しながら、イサベラは気楽に笑った。
「海軍中将ラス・ファインベルドの娘、アニータ・ファインベルド。
想像以上の戦力だ……」
「しかし、危険です。自分自身の能力を制御することができていない。
今のままでは、彼女を実戦に投入することは不可能だ」
「おまえにならば、御することもできよう?」
イサベラのことばは、質問の形式をとってはいるものの、ほとんど断言と言っていいほどの確信に満ちている。
「あの力を帝国のために利用可能なものとすることが、我々の仕事だ。
あれの家族は、狂戦士化の呪いを解くため、娘をヒノモトの学院《高天原》に送り込んだ。
しかし、かの学院では、解呪は成功しなかった」
「呪い……」
「そうだ」
金の目が、力強くバノットを見据える。
「だからこそ、私は、お前に託した。
お前にならば可能だろう?
現在の帝国――いや、大陸全土においても、呪術の研究で、お前に並ぶ者はない。
すでに術の成り立ちくらいは見抜いたのではないか?」
その視線を、バノットはしばし、黙然と受け止めていたが――
「残念ながら」
やがて、ゆっくりとかぶりを振った。
イサベラが意外そうな表情になる。
「ほう? それほどまでに、厳重なプロテクトがなされた呪いだということか?」
「いいえ」
再度の、明確な否定。
「どのような種類のプロテクトであっても、存在すれば、気配は感じられます。
彼女には、それもなかった……」
「つまり、それは」
グラスを置き、確認を求めるように指を立てて、イサベラ。
「彼女は呪われているのではない、ということか?」
「私の感知能力の及ぶ範囲では、そのような形跡は認められませんでした。
あの狂戦士化は、別の要因から来ているものと見るべきでしょう」
「……そうか」
部下の報告に、深く息を吐き、イサベラは椅子の背に身体を沈めた。
「お前の、目下の研究材料にもよいだろうと思ったのだが……
ふむ、私としたことが、外したな」
一瞬は床に落ちた金色の視線が、再びバノットの顔をとらえる。
「では、どうする?」
その問いかけに、バノットは答えなかった。
彼が視線を投げる窓の向こうには、鎌のように鋭い月がぽっかりと浮かんでいた。




