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帝国魔術学院!  作者: キュノスーラ
第四章 仲間……それは……
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仲間……それは……

 ゆるやかにカーブしながら学院の正門へと続く、レンガの並木道。

 その長い道を、あたしは、ひとりでとぼとぼと歩いていた。


 まさか、来たその日に、もう出て行かなきゃいけなくなるなんて……


 立ち止まって、振り返る。

 あたしの他には誰もいない道のずっと向こうに、木々に隠れて、校舎の屋根の先っぽだけが小さく見えていた。



 あたしが我に返ったのは、医務室のベッドの上でだった。

 そこにいた女の教官(マリアン教官と名乗っていた)の話で、あたしは、自分がどれほどとんでもないことをしてしまったのかを知った。


 マックスとの戦いで狂戦士化したあたしは、加減なしで炎の魔術を使って、体技館の建物を、まるごと倒壊させちゃったんだ。

 今回も、教官の力で、間一髪、大ケガをした人はいなかったらしいけど……

 その場に居合わせたみんなは、今、教官たちに呼ばれて、事情を聞かれているってことだった。


 あたしはものも言わず、マリアン教官が止めるのも振り切って、外に飛び出した。

 それから走って、走って――ここまで来た。


 そう、ほんとは、学院の人たちに謝ったり、報告したりしなくちゃならないことがたくさんある。

 それは、分かってる……

 でも、どんな目で見られるかと思うと、みんなに会うのが怖かった。

 あたしは……逃げ出したんだ。


 せっかくみんなと友だちになれると思ったのに、もう、おしまいだ。


 そう思うと涙が出そうになってきたから、急いで気持ちを切り替えて、これからのことを考えることにした。


 でも……これから、どうしよう。

 ヒノモトには、もう戻れないし――

 父さんの家はこっちにあるけど、そこにだって帰れない。


 あたしが戻って、何があったか説明したら、父さんはきっと笑顔で許してくれる。

 でも、心の中では絶対、ものすごくがっかりするだろう。


 これまで、あたしが何か壊したり、人にケガさせたりするたびに、父さんがこっそりお金を払って、なんとか事をおさめてくれてたのを、あたしは知ってる。

 また、父さんに迷惑がかかると思うだけでも心苦しいのに、せっかく招かれた学院をすぐに退学になっちゃったなんて、とても言えないよ……


 そうだ……もう、家には戻らないで、どっか別の場所に行っちゃおうかな。

 あたしみたいな娘はいなくなったほうが、父さんにとってもいいかもしれない。

 どっか大きな街でなら、なんとか働いて、食べていけるかもしれないし……


 そうだ、それに、壊したものの弁償だってしなくちゃならない。

 気が遠くなるような金額だろうけど……

 それでも、自分で何とかするしかない。


 あたしは、もう一度、大きく息を吐いた。

 正門のほうを向いて、ゆっくりと歩き出す。



「どおぉおぉわあぁぁぁ~っ!?」


 そんな声が聞こえてきたのは、あたしが一歩を踏み出そうとした、ちょうどその瞬間のことだった。


「きゃあぁあぁああ~っ!? 下ろしてくださいですのぉ~っ!」


 とんでもない悲鳴が、ずいぶん遠くから聞こえてくる。

 ていうか、あの声は……!?


 あわてて振り向いたけど、後ろには誰もいない。

 右にも、そして、左にも。

 って、ことは――!?


「だああぁぁぁああああああーっ!?」


 ドスンッ!


「イヤあああぁ~っ!?」


 ドンッ!


「ぐえ!」


 いきなり、あたしの目の前の地面にルークくんが降ってきて、その上に、ミーシャさんが思いっきり落っこちた!


「ご無事ですかな、おふたりともっ!?」


 そして最後にあらわれたのは、なんと、真っ白な翼を生やしたライリーくん。

 彼がすたっと地面に飛び降りるが早いか、その大きな翼は何千もの光る羽に変わって、宙に溶けるように消えていく。


「うぐぐぐぐ……」


「ごっ、ごめんなさいですの~、ルークくん……」


「はっはっ……やはり、一度にふたりを抱えて飛ぶというのは、いささかムリがあったようですな」


「仕方ねーだろ! 急いでたんだからよー! アタタタタ……」


「ライリーくん……ルークくん、ミーシャさん!?」


 あたしは、あんまりびっくりして、荷物を放り出して三人に駆け寄った。


「どうして……!?」


「どうして? じゃねーよ、アニータ!」


 立ち上がったルークくんが、凄い剣幕で近寄ってくる。

 彼の手が、ばっと上がったとき、殴られるんじゃないかと思った。

 大きな手が、あたしの肩を、しっかりと掴む。


「医務室に迎えに行ったら、走って出て行っちまったっていうからさ! 

 もう、びっくりしちまって、慌てて追っかけてきたんじゃねーか!」


「えっ……?」


「いや、つまり、何つーか」


 がしがしと後ろ頭をかきながら、ルークくん。


「あんなことになっちまって、アニータが責任感じて思いつめたりしてるんじゃねーかって、心配でさ!

 けどよー、アニータは悪くねーって!

 あのあと体技館がブッ壊れたのだって、たぶん半分以上はオレの大技のせいだし」


 太い眉を下げて、そう唸ってから、


「あ、ほんとにマジで、大丈夫だからな! アニータのアレで、ケガした奴、誰もいねーし。

 この学院、防御の術が使えねー奴なんて、ほとんどいねーからな! 大丈夫、大丈夫!」


「あの、あの、アニータさん……」


 ルークくんの後ろから顔を出して、ミーシャさんが言う。


「アニータさんは……たぶん、あのことを、すごく気にしてらっしゃると思いますの~。

 でも……わたしたち、そんなの、ぜ~んぜん、気にしませんから!」


「その通り! ちょっと焦げたり燃えたりしたくらいでは、我々の固い絆は小揺るぎもしませんな!」


「ライリー! しーっ、焦げるとか言うなって! アニータがまた気にしたら困るだろーが! 

 ――なあ、アニータ!」


 おっきな手でライリーくんの顔面を押し返しながら、顔だけこっちに向けて、ルークくんが叫ぶ。


「なんつうかさ、アレだ! ――出て行くとか、言うなって! 

 オレら全員、アニータが来てくれて、マジで嬉しいんだよ、マジで!

 だからさぁ、いてくれよ! このまま! なっ!?」


「そうですの~! せっかく、お友だちになったんですもの。

 それなのに、もうお別れだなんて、そんな、さびしいこと、おっしゃらないでください~!」


「はっはっ、その通りですな! 我々の運命は、すでに分かち難く結ばれているのです。

 これからも四人で力を合わせ、同じ道を歩んでゆこうではございませんかっ!」


 あたしは、目を見開いて、三人を見つめた。


「……ほっ……」


 そんなつもりはなかったのに、自分でもびっくりするくらい、声が震えた。


「ほんとに……!?」


「もちろんっ!」


 三人が、声をそろえて大きくうなずく。


「マジで……!?」


「マジで!!」


「…………うっ」


 もう、我慢の限界。

 あたしはいきなり、レンガの道の上に座り込んで――

 思いっきり、声をあげて泣いた。


 今まで生きてきて、人前でこんなふうに泣いたことなんて、一度もなかった。

 涙が後から後からあふれてくるのに、ちっとも哀しくない。

 逆に、心の奥底にずっしりと溜まってたものが押し流されて、どんどん気持ちが軽くなっていくみたいだった。

 

 来てくれて、嬉しいって……

 ここにいてほしいって……

 友だちだって、言ってもらえた。

 こんなに嬉しいことって、他に、あるだろうか――?


 三人は、あたしが突然号泣しだしたもんだから、かなりびっくりしたみたいだけど――

 やがて近づいてきて、あたしの肩をかわるがわる優しく叩いてくれた。


 泣いて、泣いて泣いて――

 涙の代わりに、三人の手の温かさが、心にしみこんでくる。


 いったい、どれくらい、そうしてただろう。

 やがて、自然と涙が止まった。

 あたしは、ぐちゃぐちゃになった顔を袖で拭いて、ゆっくりと立ち上がった。


「アニータさん……大丈夫ですか~?」


「うん。……ありがと、ミーシャさん」


「歩けますか~?」


「うん。もう、大丈夫。

 ルークくんも、ライリーくんも、来てくれて、ほんとに、ありがとう」


 彼女たちは、にっこりと微笑んだ。


「ミーシャ、で、いいですの! みなさん、そう呼んでくださいますもの。

 わたしは、癖で、どうしても、アニータさん、って言ってしまいますけど~……」


「おう、オレも呼び捨てでいいぜ! つーか、こっちがもうフツーに呼び捨てにしてるしな!」


「はっはっ。私のことも、どうか気取らず、ライリーと呼んでいただきたいですな」


「じゃあ……ミーシャ。ルーク。ライリー。

 ほんとのほんとに、ありがとうっ!」


 不思議だな。

 みんな、今日会ったばっかりの人たちなのに、大昔からいっしょにいた親友みたいな気がする。

 こんなことってあるんだ。


 仲間って、ほんとに不思議だね。


「さぁーて!」


 ルークくんが――いや、ルークが、ぱんっ! と景気よく手を打ち鳴らす。


「そんじゃ、みんなで戻るかっ! 帰りは歩きでな……」


「そうです、戻りましょう~。

 先生も、アニータさんと早くお話がしたいって、おっしゃってましたし~!」


 ――うっ!


「先生って……あの、バノット・ブレイド教官……?」


 いったんは羽みたいに軽くなった気持ちが、一瞬でずーんと重くなる。

 あたしにはぜんぜん覚えがないんだけど、医務室のマリアン教官から聞いた話によると、バノット教官は、あたしが大暴れしてるところを思いっきり目撃していたらしい……


 うわあああ! 絶対、めちゃくちゃ怒られる!

 そうじゃなきゃ、めいっぱいうっとうしがられたりして……

 いや、それ以前に、あんなことしちゃった後で、どんな顔して先生の前に出ればいいわけ!?


「うー……」


 思わず足を止めちゃったあたしを、みんなが不思議そうに見る。

 ――と。  


 ブォン!


「うわっ!?」  


 いきなり、目の前で激しいつむじ風が巻き起こり、あたしたちはそろって尻餅をついた。


「何をしている、おまえたち」


 冷たい声が聞こえた。

 はっと顔をあげると、そこに、黒いローブを来た、背の高い男の人が立っていた。

 何ともいえず顔が怖くて、手には槍みたいな形の杖を持ってる。

 こっ……この人が、バノット・ブレイド教官だ!


「あのっ!」


 男の人の正体を直感したあたしは、何か言われる前に、あわてて立ち上がって頭を下げた。


「あっ……あたし、あんなとんでもないことしちゃって、本当にすみませんでした!

 あたし、自分が壊したところ、直します!

 いや、ほんと言うと、修復の魔術は得意じゃないですけど、でも、どうやってでも修理します!

 課題とか、反省文とか、どんな罰でも受けます!

 だから、お願いします! あたしを、先生の組に置いてもらえないでしょうか……!?」


「今さら、何を言っている」


 聞こえてきたバノット教官の声は、最初の一言と同じで、氷みたいに冷たい。

 や、やっぱり、ダメ――?


「体技館なら、俺とダグラスがもう直した」


 ……え?

 思わず、顔をあげたあたしを、バノット教官は、灰色の目でじっと見下ろしてる。


「アニータ・ファインベルド」


「はいっ!?」


「あのマックスを相手に一歩も退かず、俺の生徒が三人がかりで互角……

 おまえは、稀有な戦闘力の持ち主のようだな」


「…………はっ?」


「閣下の人選は確かだったようだ」


 その瞬間、バノット教官の口の端に、ちらっとだけ笑いがよぎったような気がした。


「よく来た、アニータ・ファインベルド」


 ことばといっしょに、大きな手が差し出される。


「俺たちは、おまえを歓迎する」



 差し出された手を、あたしは、信じられない気持ちで見つめた。

 あたし、何て言われたの?

 今、何て?



『俺たちは、おまえを歓迎する』――



「あ……あ……」


 胸の奥が、かあっと熱くなった。

 あふれ出してきたのは――

 今度は、涙じゃなくて、心の底からの笑顔!


「ありがとうございますっ!」


 差し出された先生の手を、思いっきり握りしめる。

 びっくりするほど大きくて、硬くて、ざらざらした手だ。

 何ともいえず頼もしくて、それに、意外なくらい温かかった。


「あたし、がんばります! 大会の《剣》の部でも、絶対、優勝して、メダルを獲ってみせますっ!」


「いよっ! いいぞっ、アニータ!」


「ともに、勝利を勝ち取りましょう!」


「そうです~!」


 みんなが口々に応援してくれる。


 と、そこへ。

 またもやブワッとつむじ風が起こり――


「アニータ・ファインベルドはここだなっ!?」


 ものすごくいかつい服装の教官(!?)と、マックスが一緒にあらわれた。

 なっ……何!?

 まさか、さっきの仕返し!? それとも、宣戦布告!?


「そら、言え!」


 ドンと教官に背中を押されて、


「あー、うー」


 マックスが、目を逸らしたまま、ぼそぼそと口を開く。


「あ……あの、よ。……さっきは……俺が、悪……」


「はっきり喋らんか、馬鹿者ぉぉぉ!」


「ぎゃああああああっ!?」



 ――こうして。

 あたしの新しい学院生活は、輝かしく、その幕を開けたのだった!



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