17話 聖都エルスハイム2
聖都エルスハイムは周辺部も含めると人口約50万人の大都市だ。
人口が多いと経済活動から溢れ出る者も多く、溢れ出たもの達は寄り集まって、都市の外周部にスラム街を形成している。
南大門の外部、俺達が歩いて来た方角にはスラム街と呼ばれる集落が散在していた。
スラム街と言うだけあって、外部の治安はあまり良く無いようだ。
外部ではスリや置き引きが良くあるようだったが、俺は文無しなので被害と言う物は無かった。
都市内部は北側の最奥部に、神聖エリス城とエリス聖教の本拠地、聖エルス礼拝堂がある。
城の周囲には王都区があり、お金持ちの貴族や王族達が住んでいる。神聖騎士団所属の騎士達の家もこの区画だ。
聖都エルスハイムは、とてつも無く広く、都市の南端から北端まで歩くと2時間は軽くかかる。それ位の広さを誇っている。
都市の中心には十時の形に南北と東西を貫く幅30メートルくらいの流通の大動脈である大通りが存在し、大小の竜車が引っ切り無しに通行していた。
俺達が入ったのは都市の南端にある南大門と呼ばれる場所だ。
「さすがは聖都だな」
「エリス神聖国唯一の首都だからね。世界でも2番目に大きい都市と言われているよ」
「え? 此処よりもっと大きい都市もあるのか?」
「最大の都市はスタール王国の王都と言われているよ」
「南の国か……」
「さて、先ずは竜車の手配と、宿を取ろうか」
竜車の店は直ぐに見つける事が出来た。
街の入口である南大門の近くに何件もの竜車の店が連なっていたのだ。
店の裏には大きな竜舎があるので分かりやすい。
都市の内部も竜車で移動する位だからタクシーのような物なのだろう。
俺達はその店の中から、余り繁盛してなさそうな小さ目の店を選んで竜車の金額を尋ねてみると、リリアス教国に程近い街、レノールまで竜車を借りるとすると1人あたり10000エリルになると言う事だった。
繁盛して無い店を選んだのは、エリス聖教狂信派の息がかかってなさそうなのと、ただ単に繁盛店より、個人商店の方が気になったからだ。
エリス神聖国では、パン一個が100エリルくらいの値段で売っている。日本だとパンは一個100円程度なので、1エリル=1円で計算すると分かりやすいだろう。
……と言うことは、竜車は2人で2万円くらいか……
高いのか安いのかいまいち分からないな。
因みにエリス神聖国の通貨は、エリル硬貨といって、銅貨一枚で1エリル、銅貨100枚で銀貨1枚と同じになる。同様に銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚となっている。
なので20000エリルだと、支払いは金貨2枚という事になる。
金貨なんて見た事無いんだが……
俺が稼げるようになったら、リリムに返さないととは思っているが、ここは有難く支払いはリリムに任せた。
俺の紐生活も板について来たような気がするな。
明日の竜車の予約を済ませたので、次は宿を探す事にした。
宿屋があるのは聖都の南西部にある商業区で、酒場や家族向け料理屋等が立ち並ぶ区域に隣接している。さすがに商業区というだけあって通りには多種様々な風貌の人々が歩いている。腰に帯剣した騎士風の男や路面に敷いた絨毯の上に雑多な商品を並べている犬の獣人族、7色に並べた果物を売っている屋台の果物売りの商人、その果物を買っている人族の母子など……。商業区の大通りは、ちょっと歩くと人に当たるくらいの賑わいを見せていた。
俺達は宿を探している訳だが、料理屋の上に宿泊設備を持っている宿屋もそれなりに存在するようだ。
その中の一つ、大通りから一本外れた通りにあるモダンな外観の料理屋の前でリリムは足を止めた。
「猫の爪亭?」
「聖都の人種構成は人族が7割で亜人3割、ダークエルフは他の大陸出身だから、人族の店にはちょっとね」
「人種差別って訳か?」
「この国はそれほど差別は酷くないんだけどね、この店はボクの知り合いの獣人が経営しているんだ」
「……なるほど」
モダンな外観の猫の爪亭の扉をカランと音を立てて中に入ると、カウンターと丸テーブルの客席が多くの獣人で賑わっていた。
「いらっしゃいませにゃん!2名様かにゃ?」
と、茶色と白の毛が混じった髪色の猫耳ウエイトレスが空いている座席に案内してくれた。
ウエイトレスの着ている服は、胸が強調されるようになっていて、白い布地があちこち足りないのでなんとも目のやり所に困る。
「店長はいるかい?」
「パーラ店長にお客かにゃ?」
「リリムが来たと伝えてくれればいい」
「分かったにゃ」
そう言うとウエイトレスは奥に消えて行った。走って行ったので「うにゃー」とかぶつかって皿を割ったりしていた。
うーん天然ドジっ子かな……
「賑やかな店だな」
「そうだね…… ここに来るのは久しぶりだけど変わってないよ」
暫くすると、奥から店長らしき橙色の髪に可愛らしい猫耳の、見目麗しい猫獣人が現れた。ウエイトレスの服よりは肌の露出が多く、髪の色と同じ服は服と言うより水着に近い。服から大きくはみ出した大きな胸はたぷんと揺れている。
「あら、珍しい顔と思ったら…… 随分と久しぶりねリリム」
「うっ…… 相変わらず元気そうじゃないかパーラ」
リリムはパーラの胸を凝視しながら目を細めている。
「それで、今日は?」
「久しぶりにパチェッタやブレイリーに会いに行こうと思ってね」
「南へ行くのね?それにしてもパチェッタはまだしも、あの筋肉バカのブレイリーに用事があるなんて、何か事情がありそうね」
「まぁ…… 用事が出来たからね」
パーラは俺をジッと見つめると顔を緩ませた。
「用事があるのはこの子ね?」
「どうも、はじめましてアリマ・ミノルです」
やっと会話が振られたので俺は簡単に挨拶を済ませる。
「アリマさん?そんなに固くならなくてもいいわよ?私はこの店のオーナーをしているパーラ、パーラ・トレスティアよ」
「お世話に……なります」
「へぇ…… リリムの趣味にしては、かわいい子ね」
といって、パーラは俺の事をじろじろと嘗め回すように見てくる。
「いや…… っそ そういうんじゃ無いから! うん」
リリムは顔を真っ赤にして反論しているが、パーラは大人の魅力というか落ち付いた感じで溜息を付いた。
「で、用事っていうのは?」
「ちょっとここでは……」
「それじゃ…… 奥に行きましょうか?」
そして、俺達はパーラに奥の個室に案内された。宴会用の小部屋のような所だ。
「この部屋なら結界を張っているから周りの心配は要らないわ」
「アリマ」
「うん」
俺はリリムに促され、神妙な面持ちで頷くと、左腕に巻いてある包帯を外し、パーラに腕が見えるようにした。
「これが…… 俺達が南へ行く原因です」
俺の左腕には、例の呪いの黒い腕輪が癒着している……
「あら…… これは……」
いつもお読み頂きありがとうございます。
やっと新キャラ登場です