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爆発

  見学地に到着した子音たち美鷹中学2年生の一行は、広大な砂利の平原に整列し、しばしその無意味なほどに雄大な光景に言葉を失っていた。

 普段は都会的な風景を見慣れた彼らにとって、一面の砂利と巨大な無数の重機が並ぶ荒涼とした世界は、さっきまでテンションの上がりきった頭を冷やすのに十分な迫力を持っていたのである。

 美鷹市から地平線が臨めるわけではないが、それでもそこに届くまでに広がるグレーの色彩は、ファンタジー好きの学生たちの異世界への憧れの心を不思議と満たし、近づけば近づくほどに信じられないほどの巨大さを見せつける重機群の数々は、いかにTVの前のゲームの世界がちっぽけであるかを過剰なほどに知らしめている。

 緋色たち男子生徒は特にだが、今ここに足を踏み入れたことだけでも、今日の見学ツアーがどれだけ有意義かを感動にも似た感情で理解していた。


「・・・スゲエ!」

 思わず感嘆の声を上げていたのは、緋色だった。

「うん、確かに。男の子って、こういうの好きそうだもんね」

 緋色の声に子音も同意した。

「なんかこの風景見ただけでも、来て良かったって感じがするぜ!」

「あ〜、ヒロ。あんたもやっぱり男の子だね〜」

「悪いかよ。オレ男だし」

「なんも悪くないよ」

「ところでさ、ネオン。お前どこのグループに入るつもりだ?」

「どういうグループに別れるんだっけ?」

「手前の敷地整備コースと、奥の山地掘削コースと、住宅建築コースだとさ」

「ヒロ。あんたはどこ行くの?」

「オレか?そうだな〜。せっかくだから、あんまり見れない山地の方にでも行ってみるかな」

「ふ〜ん・・。あたしは特に見たいものも無いし、あんたに付いて行ってみるかな」

「そうか」


 こうして子音と緋色は、他の100名程度のグループと一緒にバスに再び乗り込み、さらに住宅地開発現場の奥に足を進めることになった。

 100名のグループはさらに10名ほどのグループに細かく分けられて、それぞれに現地の説明を行う阿坂組の案内人が付くことになり、もちろん緋色と子音が入るグループにも、1人の中年の男性がコンダクターとして同行した。

 子音たちの案内人として同行するのは、この現場付近を取り仕切る監督の辰波という男で、子音たちは彼に今の授業に関連するいろいろな質問をしたが、彼は案内人としては非常に長けた人物のようで、質問に的確に答えていった。


「住宅地はどの辺まで広げる予定なのですか?」

 生徒の一人の質問に、辰波はにこやかに答えた。

「予定ではこの先の山地をまるまる削ることになっています。全て完成するには、まだ7年ほどかかる予定ですね」

「山を削るんですか?やっぱり爆弾とか使ったりしますか?」

「必要な時は使いますよ。まあ最近はそんなことはほとんど無いですけどね」


 最初こそいつもと違う風景に感動していた美鷹中の生徒たちだったが、やがてそれらに少しずつ慣れてきた頃、何人か宅地の説明に飽き始めた者たちがいた。

 男子生徒の何人かが、付近の機器を弄るなど目立たない程度の勝手な行為を始める。

 やがてそれらの行為がエスカレートし始めた頃、一応優等生の一人に名を連ねている子音が、小声で彼らに注意をした。

「ねえ、やめなよ」

「いいじゃん別に」

「壊れたらどうすんのさ」

「壊れねーよ。爆発するワケでも・・・」


 その瞬間だった。

 不意に辺りの空気が揺らいだかと思うと同時に、巨大な爆発音が爆風と共に響いた。

 それは間近での爆発という感じでは無かったが、爆発の規模が尋常では無いことがすぐに理解できるほどの轟音で、生徒たちの中には爆風にバランスを崩し、腰をついてしまう者もいた。


「何だ!?一体何が起きた!!?」

 その周辺にいた者たちが一斉に爆音のした方向に顔を向ける。

 するとそこには、まるでこの世の物とは思えない巨大な火柱が屹立していたのである。

 火柱は一度大きく膨らんだ後に、その存在を誇示するかのようにオレンジ色の巨体を揺らめかす。

 おそらく位置的には子音たちの場所から2〜3Kmほど離れた場所なのだろうが、それでもその炎は形状がはっきりと判るほどに巨大で、いっこうに消える気配を見せない。

 それは燃焼のためのなんらかのエネルギーが持続的に放出されている可能性があるからで、辰波はその位置と炎の形状から、すぐに爆発の原因を直感的に把握することができていた。


「・・・あれはガス爆発だ・・・。しまった!!

 桑原の発破にガス探知機は使わせていない!

 もしかして、あの大岩の下から天然ガスが噴き出したのか!?」


 消えない巨大な火柱は、不定期に現れる新たな火球をその身に纏い、連続する爆音を轟かせながら空気の温度を次第に高めていく。

 燃え移る可燃物の少ない砂利地にも関わらず、その炎は大きくうねり、いっこうに勢いを衰えさせる気配が無い。

 もしなんらかの可燃性のガスが大量に噴出していた場合、さらに被害は広範囲に及ぶ可能性があるため、付近の人員は早急に避難させなければならないだろう。


 半ばパニックになりかけている中学生たちに気付いた辰波は、すぐに担当教師に生徒たちを避難させるように大声で叫んだ。

 生徒たちのことを思ってのことでは無い。彼らに何かがあった場合、発破作業を進めた辰波自身に大きな責任問題が課せられるからだ。

「先生方!早く生徒たちをバスに!!」

 我に返った数人の教師は生徒に号令を発し、散るようにその場から逃げ出そうとしていた彼らをなんとかまとめ始めた。

 緋色と子音も教師たちの声に反応しバスに乗ろうとしたが、その時緋色は奇妙な光景を目にした。

 先程まで彼らの案内を務めていた辰波が、まるで爆心地を目がけるように火柱に向けて走り出していたのである。

「何やってんだ!あのおっさん!!」

 辰波に気付いた緋色は生徒たちの群れを離れ、辰波を引き戻すため走り出した。

「あ!ヒロ!!」

 釣られて子音も走り出す。


「こら!!緋色!子音!戻れ!!」

 2人の離脱に気付いた教師が連れ戻そうとしたが、その時突然バスが急発進を始めた。

 恐怖にかられたバスの運転手が、全ての生徒が乗車したと勘違いし、バスを発進させてしまったのである。


 しかしそれにも構わず緋色は辰波を追いかけると、彼を捕まえて胸倉を掴んだ。

「何やってんだよオッサン!早く逃げないと焼け死ぬぞ!」

 突然の緋色の行為に驚いた辰波だったが、彼は自分のしてしまったことに怯え、青くなりながら緋色に応えた。

「あそこには私が指示を出した作業員がいるんだ!彼を助けないと、私の責任問題になってしまう!」

「人がいるのか!?あそこに!?」

 辰波の言葉に、緋色は改めて火柱の立つ砂利地の向こう側を見た。

 火柱は全く威力を衰えさせる様子を見せず、相変わらず赤とオレンジの鮮やかな炎色を輝かせている。

 もしあの爆心地に人がいるのであれば、早く助けないと間違いなく焼け死んでしまうだろう。


「ヒロ!おじさん!あなたたち何やってるのよ!」

 するとそこに、緋色を追ってバスに乗り遅れてしまった子音が現れた。

「ネオン!なんでお前がここに居るんだよ!?」

「しょうがないでしょ!バスが行っちゃったんだから!」

「クソッ!!」

 しかし、今はそれよりやらなければならないことがある。

 緋色はそう考えると、辰波と子音を前に厳しい表情を見せ、2人の胸をボンと勢いよく押した。


「ネオン!お前はここでオッサンと一緒に居ろ!

 オッサン!その取り残された誰かさん、オレが連れ戻してくる!

 ここから動くんじゃねえぞ!!」

「ヒロ!あんたバッカじゃないの!?」

今度は子音が緋色に詰め寄ると、呆れたような表情で彼に叫んだ。

「あんなトコロに行ったらヒロが焼け死んじゃうよ!」

「だからってほっとけるかよ!!」


 見ると辰波は火柱の恐ろしさを再認識したようで、青くなってしゃがみ込み震えている。

 もう引き留めるような真似はしなくても、彼が自分から炎の中に飛び込んでいくことは無いだろう。

 それを確認した緋色は、再び火柱の姿を見据えると、自分の頬をピシャリと叩いた。


「ネオン!付いてくるんじゃ無えぞ!」

「ムリムリ!あたしオッサンと2人っきりって性に合わないから!」


 そして2人は桑原を助け出すため、巨大な火球柱に向け走り始めていた。



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