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次の日の朝。
美鷹市住宅街開発予定地工事現場のプレハブで、作業員たちの間である話題が持ち上がっていた。
例の開発予定地で見つかった地中の大岩に、どうやら文字らしきものが刻み込まれているということが判明したのである。
文字は日本本来の漢字や平仮名・片仮名などでは無く、素人の目ではどう見ても理解できない流線型の文字で、一部の知ったかぶりの作業員の話によると、どこか日本以外の古代の文字ではないかということだった。
しかし急ピッチで進められている土木建築の現場に、そのような古代のロマンが深く位置付くことは無い。
実際に土木建築の現場でそのような古代の遺跡が発見されても、それらは秘密裏に破壊処理されることが多いそうで、この美鷹市の開発現場でも、同様に処理する方向で話が進められているらしいということだったのである。
「桑さん。あんたその例の大岩見たんだろ?」
プレハブの隅のテーブルでタバコをふかしていた桑原に、仲間の作業員たちが聞いた。
「ああ。見たよ。でも興味無えな」
「なんだよ、桑さん。あんたロマンが無いねえ」
「ったりまえだろ。そんなんに気回してたって、オレの給料が上がるわけでも無え」
「それもそうだけどよ」
そして桑原は目の前のお茶を飲み干すと、自分の興味を仲間に伝えた。
「ところでよ、結局お偉いさんたちは、あの岩どうするつもりなんだ?」
「聞いた話だけどよ。オレらが別の作業をしている間に、内緒で発破で壊しちまうらしいぜ」
「発破?今から産業省に申請出して、工期に間に合うのかよ」
「いや。だから噂だと秘密で発破技師雇って、申請無しで片付けてしまうらしい」
「相変わらず阿坂組は悪どい集団だな」
桑原は以前に発破技師資格を取得しようとしたことがあり、その際に労働安全衛生規則や火薬取締法などの法令について若干勉強したことがある。
だからもちろんある程度の爆発物についての知識があるのだが、阿坂組はそのことを知っていて、だから今までも何度か違法な発破作業をする際に、特別賃金の上乗せの形で桑原に発破作業の補佐をさせていたことがあったのである。
「あいつら。また違法な発破をやるつもりか・・・」
桑原は誰にも聞こえないようにそう呟くと、保護ヘルメットを頭に被り作業現場へと赴いていった。
☆
同日朝。子音は登校の途中で、一人で学校に向かう緋色の姿を見付けた。
緋色が香楽とは近所付き合いがあり、よく一緒に登校する姿を見かけるのだが、今日は香楽の姿が見当たらない。
不思議に思った子音は、緋色に声をかけた。
「おす、ヒロ」
「よお、ネオン」
「今日はシンディは?」
「ああ。あいつ熱出して、今日は休みだとさ」
「熱?サボりの間違いじゃないの?」
「39度だとさ。なんだか今週ダメージ喰らいまくりだって言ってたから、まあ寝かせとくさ」
「ふーん」
そしてしばらく緋色と子音は並んで歩いていたが、しばらくして珍しく緋色の方から彼女に話しかけてきた。
「ところでさ、ネオン」
「ん?何?」
「例のアレ・・・結局どうするんだよ」
「?・・・例のアレって?」
「鈍いな・・・。ほら、バスケでナンパされたアレだよ」
「ああ・・・アレね」
子音が改めて緋色の表情を見ると、緋色はいつもとはちょっと違う表情をしている。
なんだか恥ずかしいようなスッキリしないような、彼にしては非常に珍しい表情だ。
子音はしばらく緋色のその表情の意味を考えていたが、そのうちピンときたことがあり、少しからかうように彼に話しかけた。
「ははぁ〜。ヒロ、シンディの事が気になるんだ!」
いきなり図星を刺された緋色は、慌てて子音に反論した。
「バカ!そ・そんなんじゃねーや!」
「照れるな照れるな。ヒロの顔に描いてあるよ!」
「バ・バカ言ってんじゃねえよ!」
「アハハ・・・、真っ赤になってる!かわいい〜んだ!」
「う・うるせぇ!!」
しばらく緋色をからかって喜んでいた子音だったが、やがてこの問題の解決策が見つかっていないことを思い出すと、ため息をつくようにテンションを下げていった。
「でもさ。本当に解決策が無いんだよね〜。あいつら界鳩高校の1年の補欠みたいで、そんなに上手ってわけでも無いんだけど、そこはやっぱり男女の差みたいなものがあってさ。力と高さでは全然敵わなかったんだよね〜」
「魅影先輩っていったっけ?あの人たちは手伝ってくれねーのか?」
「ムリムリ。あの人柔らかいようで、意外に厳しいところは厳しいからね。バスケで賭けをしましたなんて言ったら、きっと大激怒しちゃうよ」
「そうか。確かカグラも同じ事言ってたな」
「あ〜あ。本当にどうしようかな〜・・・。」
するとその時、子音は緋色の顔を見て何かを思いついたらしく、急にニンマリして彼に近づいていった。
そして突然緋色の腕に自分の腕を絡めると、彼に顔を近づけ呟いた。
「そうだ、あたし彼氏がいるって言っちゃおうかな〜。美鷹で空手やってる彼氏がいますってさ!」
子音の意外な行動に少し戸惑った緋色だったが、彼は呆れたような顔で彼女の手を解くと、さっさと先に歩いていった。
「アホ。オレにその気は全く無えよ!」
「ちぇ!なんだか傷付くな〜!!」
☆
住宅開発地で重機での作業を続けていた桑原のもとに、現場監督の辰波が近づいてきた。
辰波は何か含みがあるような顔をしていて、桑原は最初辰波に気付かない素振りをしながら作業を続けていたが、業を煮やした辰波が重機に乗り込んできて、仕方なく桑原は彼に応えて見せた。
「桑さん、精が出るね〜」
「よお、たっつぁん。今日はどうしたい?休憩まではまだ時間があるみてえだが」
「いや、たいしたことじゃ無いんだけど。桑さん、ちょっと向こうで話せねーか?」
辰波は少し無理なほどに桑原を引っ張ると、他の作業員たちのいない離れた場所へ彼を連れていった。
「おい、どうしたんだよ。たっつぁん」
すると辰波は手を合わせて拝むような姿勢をすると、申し訳無さそうに桑原に言った。
「桑さん。申し訳無いけど、また頼めないかい?」
「何だよ、頼みって」
「ほら、例の大岩のことなんだけど」
「・・・・・もしかして、また発破か?」
「いやー、どうしても桑さん以外に頼める人がいなくてね〜」
「そんなこと言ったって、バレたら逮捕されるのはオレなんだぞ」
「また賃金上乗せするからさー。通商産業省の認可が下りるのを待っていると、どうしても工期が遅れちゃうんだよ。
私も上からの突っ込みが厳しくて、ほとほと困っているんだ」
「・・・・で、どうすればいいんだ?」
「やってくれるのかい!?」
辰波は喜びの声を上げた。
「火薬は本社から電気発破の機器を取り寄せた。ブツは例の大岩近くの倉庫に置いてあるから、今から行って調整してくれ。
急がないと明後日には監査が入ってしまうから、なんとか明日中には片付けておきたいんだよ。なんとかなりそうかい?」
桑原はしばらく考え込むと、幾つか判らないことを彼に聞いた。
「それじゃあ、今日中に掘削して準備させてもらうが、噂じゃあれが何かの遺跡らしいって話だぞ?そんな簡単に壊していいのか?」
「下手に重要遺跡に指定されちゃうと、開発が中止になってしまうこともあるんだよ。そんなことになっても本社は何も得をしない。
調査が入る前に処理を済ませようというのが社の判断だ」
「明日は中学のガキどもが見学に来る予定だろ?」
「現場にゃ絶対に近付けないよ!300メーター以上の距離を保つようにするから、中学生たちも他の作業員も気付かないってば!
工事の騒音ぐらいにしか思わないよ」
桑原は再び考え込んだが、すぐに頭を縦に振った。
「そうか、やってくれるか!いや〜助かったよ!
今月の賃金は大幅に上乗せしておくからね。息子さんに豪華なお土産でも買っていっておくれよ!」
そして辰波は桑原の手を一度握ってから、喜び勇んで現場から去っていった。
「・・・・・ま、いいボーナスになるかな」
桑原はそう呟いてからタバコを1本ふかすと、何も無かったような顔をして現場に戻っていった。