3ON3
美鷹中学校では、部活動には生徒全員が入部することが義務付けられている。
もちろん香楽と子音はバスケ部に所属していて、現在は彼女たちは次の対外試合に向けて練習に励んでいる。
本来美鷹中バスケ部は、県内ではいつもベスト8に食い込むほどの強豪校なのだが、先日行われた新人を対象にした県大会で無名校に大敗していて、その時キャプテンを務めていた香楽は辛い立場に立たされていた。
対戦したチームの強さは認めざるを得ない確かなものだったが、言いかえればこれから先、香楽たちが主力である限りは必ず対戦するであろうチームなわけだから、彼女の肩にこれからかかってくる責任は重い。
香楽の先輩たちは、強豪校としての伝統に傷が付くことを恐れていて、だからこそ彼女には他より厳しく指導にあたっていたのである。
「ほら、カグラ!もっと気合い入れてダッシュ!」
「もう疲れたの!?肘が落ちてきたよ!」
「そんなパスじゃ、すぐにスティールされるよ!!」
基礎練習の段階から、香楽や子音に先輩たちからの激励が飛ぶ。
香楽たちはその度に汗の滴を光らせながら、練習に励んでいた。
本来香楽は、どちらかというと努力が苦手な性格をしている。
スポーツでは今まで割と練習を積まなくてもたいがいのことが出来ていた彼女にとって、地道な積み重ねは苦手なことだ。
しかし先日の県大会の敗退、そして昨日のストリートバスケでの失敗は、彼女には良い薬になっていたらしく、普段はあまり気乗りしないで臨んでいる部活動に、今日は懸命に取り組んでいた。
「よーし、休憩時間にしよ!10分休憩!」
先輩たちの号令で、香楽たち後輩が休憩時間に入った。
そして香楽と子音が体育館の隅で悲鳴を上げながら汗を拭いていると、そこに数人の先輩部員たちが近づいてきた。
先輩部員の中心にいるのは、この美鷹中バスケ部のキャプテンを務める陽野魅影。
魅影たちは今日の香楽たちの動きに多少満足しているようで、いつもよりは機嫌の良さそうな表情を浮かべている。
「カグラ、ネオン。今日のあんたたち、まあまあの動きね。やっぱりこの前、無名だった籠目中学に負けたのが薬になってるかな?」
香楽と子音は目を合わせると、少し気まずそうにニンマリしてみせた。
彼女たちが奮起している本当の理由は、今週の日曜のストリートバスケの再戦にあるわけだが、
もちろん香楽たちは、そんなことを口に出して言えるはずが無い。
「カグラの天狗病が治るなんて、かなり効き目のある薬だったみたいね」
「あの・・・・ミカ先輩?」
すると香楽が先輩たちを上目使いでチラリと見ながら、なんだか恥ずかしそうに話をした。
「実は・・・・お願いがあるんですけど・・」
「お願い?」
「はい・・。私たちと先輩たちとのチーム対戦で3ON3をやって欲しいんですけど・・・」
「3ON3?」
魅影たちは不思議そうに顔を見合わせると、改めて香楽に聞いた。
「まあ、別に今日の練習メニューに3ON3を加えてみるのは構わないけど、でもあんたからは珍しい提案だね。
今日は場所も部員も余裕があるから、普通の5VS5でマッチメイクをしようと思っていたんだけど・・」
「いえ、あの・・。人数が少ないと運動量が増えるかなって思って・・・」
香楽は子音をちらりと見ると、意味不明のアイコンタクトをとった。
その様子に魅影はすぐに気付いていて、「ははぁ〜。この2人、何か企んでいるな」などと思っていたが、まあこの2人についてはいつものことかなとも思い、香楽の提案を受け入れた。
こうして1年と2年の混合チームVS3年生チームの、3ON3を主流にした練習試合が始った。
これからの主力となる2年生が中心になり、有能な1年生を誘ってチームを組んでいく。
香楽はもちろん子音と組んで、さらに1年生のスポ少経験者を選び、おそらく後輩組としては最強と思われるチームを編成していた。
そして香楽たちがゲームの組み立てや役割を打ち合わせている時だった。
「さて。カグラ、ネオン。あんたたちの相手は、私たちがしようかしら」
香楽の前に、キャプテンの魅影。そして副キャプテンと主力のポイントゲッターの3人が並んだ。
香楽チームの相手を、おそらく先輩たちの中では最強と思われるチームが務めることになったのである。
「ええ!?ミカ先輩たちが相手をしてくれるんですか!?」
「そうよ。私たちじゃ不満?」
「いえ、とんでもないです!ぜひよろしくお願いします!!」
こうして、先輩VS後輩の3ON3が幕を開けた。
☆
3ON3で始められた香楽チームと魅影チームの戦い。最初にボールの支配権を握ったのは、香楽たちの方だった。
子音がボールを取り、それを1年生にパスする。
1年生はドリブルで切り込もうとするが、3年生の高い壁に阻まれ断念。
すぐにボールを香楽にパスし、彼女が再びドリブルで中央に切り込もうとした。
「そう簡単にいかないよ」
魅影が香楽の正面にピタリと張り付き、腰を低くして彼女の動きを遮った。
自分で先制点をなんとかもぎ取りたいと考えた香楽は、ドリブルのまま一歩後ろに下がり、若干無理な体勢からシュートを試みる。
ボールはディフェンスの魅影の手の上を越えキレイな弧を描き、吸い込まれるようにリンクの網を揺らした。
「は、入った!」
「やっぱりやるね、カグラ!」
引き続き今度は魅影たちが攻撃の態勢に入る。
ボールが副キャプテンに渡り、それがすぐに魅影にパスされる。
香楽と子音はダブルチームで魅影に付こうとするが、彼女はすぐにボールをパスで回そうとし、2人の動きを惑わそうとした。
「あ!」
しかし、それは魅影のフェイク(騙し)だった。
魅影のフェイントに香楽と子音の2人は簡単に引っかかってしまい、魅影はすぐに短い距離でのレイアップシュートに移行。
ボールはいとも簡単に、ゴールネットに吸い込まれていった。
「甘いな〜。2人一緒に引っかかるなんて」
「まだまだ!もっとお願いします!」
こうして香楽チームと魅影チームの戦いは続いていった。
最初こそ体力に余裕があった香楽と子音は、特異な動きで先輩たちを翻弄する場面も多かったが、やがて時間が過ぎるにつれて、その実力の差がはっきりと現れてくる。
そして時間と共に点差はジリジリと開いていき、タイムアップの10分が近づいてきた頃。その点差はダブルスコアに近いほどに開いていた。
「は〜い、時間だよ〜」
そして10分という時間はあっという間に過ぎ去り、試合の勝敗が決定した。
得点は12−20。短い時間にも関わらず、内容は魅影チームの圧勝だった。
試合が終わり、握手を交わす香楽と魅影。
その内容には濃いものがあり、点数だけ見れば有る程度互角に戦えたように見えるが、その実力には大きな開きが歴然としている。
香楽や子音は大きく肩で呼吸をしながら汗をぬぐっているが、魅影たち先輩チームには、疲労の色がほとんど見えない。
「肩の力が入りすぎじゃない?もっと落ち着いてプレーしてみなよ」
魅影のアドバイスに香楽と子音は、改めて回りの様子を見た。
当然なのかすごい事なのか、後輩チームは全て先輩チームに敗れた様子で、明暗 がはっきりと別れているのがよく判る。
「ミカ先輩・・」
内容の不甲斐なさに少し不満だった香楽は、魅影に自分の思いを伝えてみた。
「あの・・。私、どうしても判らないことがあるんです。
私やネオンはまだバスケ部に入って1年ちょっとしか時間が経っていないから、先輩たちには敵わないっていうのは判るんです。
でも・・、それでも私たちだって、それなりにスポ少で頑張ってきたつもりです。
それでもこんなに点差が付いて、内容だってズタボロ。
どうして・・どうしてこんなに実力に差が出てしまうんですか?
私たちって、あとたった1年で先輩たちのように強くなれるんですか?」
珍しく思い詰めたような表情を見せた香楽に、魅影は他の同級生たちと顔を見合わせてから、こんなことを話し始めた。
「そうだな〜。個人的な実力だったら、あたしも香楽も子音も、そんなに変わらないと思うよ」
「え?でもそれじゃあ・・・」
「まあ聞きなさい。カグラ、ネオン。
あなたたちの実力って、県内でもかなりのものだと思うよ。特に香楽の実力は、かなりずば抜けていると思う。
でもね、なんて言うかなー・・・。
あなたちのプレーって、お互いを信頼してないって感じんなんだよね」
「信頼?」
子音が不思議そうに聞いた。
「あたしたち、別にお互いを信用してないってことは無いと思うんですけど・・・。シンディはバスケが上手だし、よくパスも出してます」
「いや、そういうことじゃ無いんだよね。」
魅影は試合の記録表をマネージャーから受け取ると、その内容を説明した。
「あなたたちの場合、よくパスも出しているし、他には負けないだけの試合の組み立てをしているわ。
でもね、なんでも自分だけでゲームを進めようとして、その結果力が入りすぎちゃっているのよ。
1つのボールを無駄に2人で追ったり、無理なシュートで得点を狙ったり。
信用するっていうのはパスを回すことじゃ無い。『自分を預ける』っていうことなの。
香楽も子音も、自分で全て片付けようと思わないで、もっと自分を相手に預けてみたら?
そうすれば自然に余計な力が抜けて楽になるし、結果余裕のあるプレーを長く続けることができるようになると思うよ」
「はあ・・・・」
香楽と子音は魅影の言葉を聞いて、少しうなだれて黙ってしまった。
魅影の発言に全てを納得した訳ではないが、それでも2人は思い当たることもあるような気がして、図星を突かれた気持ちになったからである。
普段から香楽と子音は友だち付き合いをしていて、人間的にはお互いを信頼していないという事は無い。
しかし一旦バスケの事となると、魅影の指摘には反論できない理由があったのだ。
香楽は自分が1番上手いという思い上がりがどこかにあって、大事なところでは自分が決めるべきという考えが、どうしても先行してしまう。
子音は子音で、香楽が努力を怠ることがある性格だということを理解していて、よく踏ん張りドコロの場面で手を抜くことがあるのを知っている。
それらの事が結果としてお互いの不信感を生みだし、バスケの試合に影響を及ぼしていたのである。
結局香楽と子音の2人は先輩たちの指摘に反論することは無く、少し落ち込んだままに今日の部活を終えた。
部活帰りの帰途の間も2人は黙ったまま。
お互いの「相手を信用していない」という魅影からの指摘が心から拭えないまま、香楽と子音の頭の中には、すっきりしない霧に満たされたような想いが残されてしまったのだった。