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吉崎子音(ねおん)

 次の日。

 朝学校に向かう緋色の肩を、香楽がポンと叩いた。

「おはよ、ヒロ」

「おうカグラ。オス」

 昨日の機嫌の悪かった彼の雰囲気はすっかり消え失せ、今日の緋色はいつもの彼に戻っている。

 その様子に少しホッとした香楽は緋色の横に並ぶと、学校へ向けて一緒に歩き出した。


 2人が通う中学校は、美鷹市で1番大きな美鷹中学校。

 全校生徒が1000人を超えるマンモス校で、周辺地域でも特に有名な中学校として知られている。

 部活動や進学でも大きな成果を上げている他、有名人も多く輩出されていて、県内の議員や大臣経験者なども、ほとんどがこの中学の出身者ということだった。


「昨日は悪かったな」

 意外にも最初に謝ってきたのは緋色の方だった。

「カグラの問題なのに、オレが勝手に口挿んじゃってさ」

「え?そんなこと無いよ〜」

 香楽は少し困ったような表情で立ち止まると、改めて緋色の顔を見た。

「ヒロは私のこと心配してくれたんでしょ?確かにヒロが言った通り、私が軽率だったし」

「ま、それはその通りだよな」

 相変わらず緋色の言葉には容赦が無い。

 香楽はそんな彼の言葉にムッとしながらも、それでも素直に自分の悩みを伝えた。


「でも、本当にどうしようかな〜。来週のストリートバスケ、どうやったら勝てるんだろ」

「オメーの先輩たちに頼んでみたらどうだ?そんなに上手い連中でもないんだろ?」

「ダメダメ。ウチの先輩たち厳しいし。ただでさえ最近対外試合で負けっぱなしだし、事情を話したら私なんか退部させられちゃうよ」

「そうか、難しいもんだな」

 すると緋色は拳を握り、それを香楽の前に突き出して見せた。

「なんならオレが畳んでやろうか?」

 前にも記したが、緋色は空手部に所属している。

 詳しくは知らないが彼の腕前はかなりのものということで、次期主将候補と噂されていることは香楽も知っていたが、もちろん彼女は深いため息をつくと、首を横に振りながら丁重に断りの意思を示した。


「ヒロが警察に捕まっても構わないならお願いするわ」

「構わないはず無いだろ。バカ」


 香楽はふと、昨日から何回「バカ」と緋色から言われただろうと考えながら、彼の後ろに従うように学校の門を潜っていった。


                 ☆


 香楽が教室で自分の席にカバンを下ろすと、横から彼女に話しかけてきた者がいた。

「シンディ、おはよ」

 彼女の名前は吉崎子音(よしざき ねおん)。香楽のクラスメートで、彼女と同じバスケ部の一員である。

 香楽と子音は小学校が別々で、中学になってから初めて知り合った仲だが、クラスと部活が同じということで急速に仲が深まり、ぶつかる事は多いものの何故か一緒に行動することが多い間柄だった。

 実は子音は昨日のストリートバスケで香楽と一緒にチームを組んだ仲間の一人で、帰り際に香楽に文句を言った張本人でもある。


「あ〜ネオン。おはよ〜」

 子音はつかつかと歩み寄り香楽の横に付くと、小さな声で彼女に声をかけた。

「シンディ、あれからなんかいい方法見つかった?あたしあんな奴らと付き合いたくなんかないからね」

「いい方法なんか見つかるはず無いじゃん。だいたいネオンがもうちょっと上手くプレーしてれば負けないのに!」

「あー!あんたあたしのせいにするワケ?あんな男子とまともに張り合えるなんて、あんたぐらいだよ。

 だいたいシンディが変な約束するからイケナイんじゃん!」

「なによー。文句あんの?」

「あんたこそ!」


 しばらくいがみ合うようにお互いの顔を睨んだ香楽と子音だったが、2人はそれが何の解決にもならないことにすぐに気が付き、肩から力を抜くように椅子に腰を下ろすと、背中を合わせてため息をついた。

「本当にどうしようかね〜、シンディ」

「どうしますかね〜、ネオン」

「どこかから助っ人でも調達しようっか」

「うちらの部員で上手い子っていたっけ?」

「みんな似たり寄ったりでしょ」

「ネオン〜。あんたの知り合いに上手なのいないの〜?」

「いたらこんなトコでため息ついてないって」

「だよね〜。いっそ行かないでシラバっくれるっていうのはどう?」

「試合前に名前と中学教えちゃったじゃん」

「え〜?誰がそんなことしたの?」

「あんただよ、アンタ」



「あ〜、そうだった・・・」

 そして香楽は子音の方を振り向くと、とても真面目な表情で彼女に応えた。

「いっそネオンが来週までレベルアップするっていうのはどう?」

「できるか!バカ!!」


                  ☆


 突然だが、香楽は勉強の方はあまり得意ではない。

 今日もいつものように授業が始まり、香楽も子音も難解な黒板の問題とにらめっこをする時間を過ごすこととなったが、その日の3時間目の公民の授業の最中に、担任の教師がこんなことを言い出した。

「・・・というわけで、明後日に2年生はバスで校外学習に出かけることになりました」

 担任の意外な話を耳にした香楽は、ひそひそ声で子音に声をかけた。


「・・・ねえ、ネオン。校外学習って遠足のこと?」

 かなりの的外れの香楽の言葉に、子音は呆れながら返答した。

「あんたの頭、かなりおめでたく出来てるんじゃない?校外学習と遠足は違うよ」

「どう違うの?」

「どうって・・・・とにかく違うの!」

 最初はひそひそ声で始まった2人の会話だったが、その歯車の噛み合いの悪さから、声は次第に大きくなっていく。

 それに気付いた担任がチョークを握り締めると、2つに折って2人に投げつけた。

「イタッ!」

「イタタッ!」


「コラッ!香楽と吉崎!!そこ2人で何やってるか!」

「スミマセーン!!」


 担任は香楽と子音を一喝すると、すぐにまた話を続けた。


「美鷹市の住宅区域の開発は、今もかなり早いペースで進められている。君たちの中には新興住宅地に住んでいるのも多いだろう。

 そこでだ。自分たちの住む町がどのように作られていくかを学習する上で、実際にその様子を目の当たりにするための時間を設けたいと思う。

 明後日の1時間目から4時間目までは、バスで美鷹市住宅街開発の工事現場を見学に行きます」


 教室の中が、軽くどよめいた。

 もちろん生徒たちは、香楽のように校外学習と遠足を同一視しているわけでは無いが、それでも教室で席に付いての授業よりは、外に出ての体験学習の方が楽しいと感じるのは当たり前のこと。

 日頃変わり映えしないつまらない授業の中で、ちょっとした楽しみが計画されていることを知った生徒たちは、明後日の校外学習がどのようなものになるのかウキウキした様子を見せていた。


 多少騒がしくなった教室を見回しながら、香楽は子音をチラリと横目で見て得意そうに鼻を鳴らした。

「ほら。みんなだって似たようなもんじゃん」

「は〜・・・。みんなお子ちゃまだな〜」

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