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炎の女神

 神酒と香楽の前に突如として降臨した炎の旧支配者・クトゥグァ。

 2人が引きこまれた白と黒の燃え盛る異世界において、それは猛る炎の塊としての印象のみを受ける。

 しかし本体は目視で確認することは出来ないが、それは意思を持ち、確かに2人の少女の前に姿を現したのだ。


『私を召喚したのは君たちか?』

 猛り狂う炎の神格は、確かな言葉を持って神酒と香楽に意思を送った。


「はい。あなたを呼んだのは私たちです」

 神酒がクトゥグァの意思に応える。


『私を召喚した理由は、あれに彷徨うニャルラトテップにあるのか?』

「はい、そうです。あなたがニャルラトテップを打ち倒せる唯一の希望と聞きました」


 するとクトゥグァはしばらく言葉を止めた後に、身にまとう炎を荒々しく逆立てると、再び2人に言葉を送ってきた。

 クトゥグァの炎は神格の感情を表しているようで、その中に怒りと猛々しさが感じ取れる。

 神酒と香楽はその意に畏敬を感じ、これから起きる『何か』に大きな不安を感じていた。


『君たちの望み、おそらく私なら叶えることができるだろう。

 しかしそのためには、君たちのどちらかの体を借りなければならない。

 私の意思が体内に宿れば、人ならば少なからずの損傷を受けることになるだろう。

 それでもニャルラトテップの消滅を望むか?』


 するとクトゥグァの言葉を予想していた神酒は、香楽を押し退けるように一歩前に進み出ると、真剣な表情で神格に応えた。

「あたしの体を使ってください!もう最初から決めていたことです!」

「待てよミキ!アンタばっかりにいい格好はさせないよ!」

 香楽が慌てて神酒を制止する。

「カグラ!ここはあたしがやるべきだよ!」

「あんた死に急ぎすぎだって!私がやる!私だって役に立てるんだから・・・」


 突如言い争いを始めた神酒と香楽を、クトゥグァはしばらくの間黙って見つめていたが・・・・。

 やがてクトゥグァは静かに鼓動を始めると、とんでもないことを神酒に告げたのである。


『神酒・・・と言ったな。君には私の意思を受け止めることは不可能のようだ』

「え・・・?どうして?」



『君には・・・・・・・クトゥルーの神脈が眠っているのだから・・・』



 そして、その時だった。

 不意にクトゥグァが眩いばかりの激しい光を放つと、その身を香楽の体内へと移動させたのである。

 意識を失い、狂い猛る漆黒の炎に全身を燃え上がらせる青い瞳の少女・香楽。

 香楽の体は5000万度の高熱に晒されながらも、その身はしっかりと原型を保っている。

 それはあたかも炎の中から生まれた戦の女神のようで、神酒は一瞬その美しさにも似た雄姿に心を奪われ、ただ唖然として彼女を見守っていた。


 クトゥグァを体内に宿した香楽が、炎の神格の能力により高く上空に舞い上がる。

 彼女の放つ炎は暗闇を明るく照らし、その先に猛進する闇の邪神の姿を捕えていた。


「・・・カグラ・・・」

 神酒の問いかけにも、香楽は応える様子は無い。

 クトゥグァに支配された彼女はどれだけの意識が残っているのか、神酒には全く知る術は無かった。



『ミキー!!!』

 ふと神酒の耳に、彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると彼女のもとに駆けてくる一匹の銀色のネコの姿が見える。

「ティム!?」

『ミキ、ゴメン!!実は大変なことになっちゃったんだ!!』

 ティムの表情は焦りに満ちていて、およそ尋常で無い事態が迫っているということが理解できる。

 神酒はティムに駆け寄ると、急いで彼を抱き上げて理由を聞いた。


「どうしたの?ティム」

『ボクはニャルラトテップを倒すことばかり考えて、クトゥグァが街に与える影響のことを全く考えていなかったんだよ!』

「どういうこと!?」


『考えてみてよ!5000万度の炎が一気に爆発するんだよ!!

 この街なんか、あっという間に吹き飛んじゃうよ!!』


「ええ〜!!?」


 既に邪悪な炎の女神と化した香楽は、空を飛びニャルラトテップの写し身の上空に静止している。

 彼女の身にまとった濃いオレンジの炎は、次第にその色を重い漆黒の色彩へと趣を変え、分散されていた閃光が邪神の頭上へと凝縮され始めていた。

 

 神酒とティムはすぐに理解した。

 今から爆発的なクトゥグァの能力の解放が始まるのだということを。


「どうなるの!?どうすればいいの!?」

『ボクにも判らないよ!!』

「カグラは!?カグラはどうなるの!?」

『だから判らないってば〜!!』


 そして、遂に香楽の全身からほとばしる閃光が、ニャルラトテップの写し身の黒いタール状の体を貫いた。

 閃光は黒く天と地を貫き、耳を引き裂くほどの轟音が美鷹の闇に響き渡る。

 重厚な煌めきは邪神の体を消滅させてもなお、その威力を少しも弱める気配を見せず、香楽はまるで地殻を砕くように黒い熱線を照射し続けていた。


 不意に辺りが一瞬だけ静まり返り、大きな爆音と共に空気の色が一気にオレンジ色に変化した。

 クトゥグァの熱線により急激に気化したメタンハイドレードに、その熱が引火したのである。

 押さえることのできない炎は住宅開発地に巨大な火球を作り、まるで風船が破裂するように炎の波を美鷹の街へと猛進させた。


 それは旧支配者クトゥグァの脅威の能力が、遂に人間の世界へと伸ばされた瞬間だったのである。


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