意外な出会い
「・・・ん・・・」
薄い光が辺りを覆い、気だるいような不快な感触が自分を包む。
しかし不快さは先程までの猛威を次第に弱めているようで、徐々にだが快活さが体の深部に運び込まれている気もする。
淡い光は今の香楽には安らぎと温かさをもたらし、いつまでもこの場に居たいような奇妙な錯覚を憶える。
その快感の源が自分の胸の上で子守唄を奏でているような気がして、彼女はしばらくの間、その心地良さに身を任せていた。
香楽が気が付くと、彼女は見知らぬ家のベッドの上に寝かされていた。
傍には見たことが無い同学年ぐらいの女の子が、心配そうに香楽を見つめている。
不思議なことにこの少女は心地よい安らぎを彼女に与えていて、何故か香楽の体にあった風邪の特有の気持ち悪さが、今はすっかり消え失せているような気がした。
香楽が意識を取り戻したことに気が付いた少女は、彼女にニッコリと笑いかけると、ホッとしたように語りかけてきた。
「良かった〜。気が付いたみたいだね♪」
少女は香楽が横になっているベッドから離れると、近くの冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、ペロッと舌を出しながら彼女に手渡した。
「ここが誰の家か知らないんだけどね。でも外が大変な状況だから、ここは大目に見てもらおうよ」
状況がまだうまく飲み込めない香楽は、上半身を起こしてスポーツドリンクを受け取ると、その見知らぬ少女に声をかけた。
「あんたが助けてくれたんだね。ありがとう」
すると少女は再び笑顔を見せ、香楽のベッドの横に腰かけた。
「いえいえ、どういたしまして☆ でも結構ギリギリだったんだ。危なかったよ〜」
少女の笑顔には全くくったくが無く、その内にある素直さのようなものがはっきりと香楽に伝わってくる。
それがすごく新鮮なような気がして、香楽はまじまじと少女の顔を見つめた。
「あんた、この辺じゃ見ない子だね」
「エヘヘ・・。お互い自己紹介しようよ♪」
「いいよ。それじゃ私からね。私はシンディ香楽。美鷹中の2年生だよ」
「へ〜!あの大きくて有名な中学校の生徒なんだ!」
「そんな大したもんでも無いよ。あんたの名前は?」
「あたし?」
その少女は目をキョロッとさせて香楽にウィンクすると、いたずらっ子のように彼女に応えた。
「あたしの名前はミキ。高村神酒っていうんだ。ヨロシクね♪」
そう。これこそが香楽と神酒の初めての出逢いだったのである。
☆
「さて、カグラさん。もうちょっと治療してみるから、また横になってみてよ」
「え?」
「さっきカグラさんが襲われた時、他の人に思いっきり踏まれちゃったでしょ。
その時の痛みがまだ残っているはずだから、それなんとかしちゃうね」
「?」
香楽は神酒から言われるままにベッドに横になったが、彼女はなんだかこの神酒という少女が言っていることの意味が理解できなかった。
確かに彼女の腹部にはまだ鈍い痛みが残っているが、神酒は医者でも無いはずなのに、その痛みを治してしまおうというのである。
それは救急箱にあるような薬での応急処置とは違うようで、神酒は香楽を寝かせて横に腰かけると、不思議な動作を始めた。
神酒は目を閉じ、左手をひらひらと蝶のように舞わせながら小さな声で何かを呟き始める。
それはあたかも何かの儀式のように見えるが、そのうちに神酒の左手に不思議な変化が現れた。
彼女の左手が淡く輝き、その甲に奇妙な文字のようなものが浮かび上がってきたのである。
文字は見たことも無い流線型のもので、まるで動画のように次々と新たな文字が浮かんでは消えていく。
神酒はその輝く左手を香楽のお腹に乗せると、すぐに香楽の体に変化が現れた。
先程から続いていた鈍い痛みが徐々に薄らぎ始め、やがてすっかりと消え去ってしまったのである。
この不思議な現象は、香楽を驚かせることにも充分な力を持っていたようで、彼女は感嘆の声を上げるとまじまじと神酒の顔を見つめた。
「へ〜!ミキさんてスゴイことができるんだね!」
「【さん】は要らないよ。ミキでいいよ☆」
神酒は香楽の治療が終わり、輝きを治めた左手を右手でさすりながら応えた。
「まぁ今までいろんな事件に巻き込まれちゃってね〜。これはその時手に入れた『御守』みたいなものなんだ」
「ふ〜ん・・・。ま、おまじないみたいなものって思っていいの?」
「いいよ☆」
すっかり調子を取り戻した香楽は改めて神酒に礼を言うと、この無人の家の窓辺からこっそりと外を眺めた。
この家は例のゲートからほとんど離れていない場所に建てられていて、そのゲートがすぐ近くに確認できる。
外にはいくらかの人通りは見えるが、そのどれもが蒼白で狂気に満ちた表情をしていて、遠くからでもあれが吸血鬼化した人間だということが容易に把握できた。
2人は外からこちらが見えないように窓枠の下にしゃがむと、香楽はいくつかの聞きたかったことを神酒に尋ねた。
「ところでさ、ミキ。あんたの制服って、この辺りの学校の子じゃ無いよね。どこの子なの?」
「あたし?あたしは鳳町の籠目中だよ」
「あ!あんた籠目中なんだ!」
「知ってるの?あんまり大きくない学校だよ」
「籠目中には、ちょっと因縁があってね。ところで今日って平日だよね。なんでこんな離れた美鷹市まで来てるの?」
すると神酒は非常に気まずそうな顔をすると、苦笑いをしながら香楽に応えた。
「アハハ・・・・。実は今日は日曜日の小中合同の文化祭の振り替えで、知り合いを美鷹の遊園地に連れてきたんだけど・・・」
その頃。




