1
よろしくお願いします。
「ただいま~。」
「あ、おかえり、みゅー。」
「・・・・・・・。」
「もうご飯できてるって!」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ん?どした?みゅー?」
「・・・はぁ~~~~~。」
「え!?なんで!?溜め息!?」
小関 美結、本日、また、フラれました。
この、当たり前のように我が家で寛いでいるバカ男のせいで!!
「ぎゃ!?く、苦しいよ!みゅー!何で首締めるの!?」
何故?何故だと!?
どの口がそんな事言えるわけ!?
「いひゃっ!いひゃひよ~、む~。」(注:いたっ!痛いよ~、みゅー。)
もう、口が伸びちゃうよ、と、私が憎さの余り引っ張っていた、乾燥とか関係無いの?的な薄いけど、何故か柔らかそうなピンクの唇を鏡で見ながら、ぶつくさ言ってるこの男、どう始末してくれようか…。
「ちょっとぉ~、美結、翠君に乱暴しないのっ!それと、心の声、駄々漏れ~。ほらぁ、見なさい。翠君怯えてるじゃない!」
素早くささっ、と私の母親の後ろに隠れ、その男、新井 翠は、黒曜石みたいな二重の大きめの目をウルウルさせ、ひょこっと顔だけ出し、凍える仔犬のようにプルプル震えながら私を見ている。(注:上目遣い)
・・・どう、始末してくれようか・・・。
「だぁ~か~ら~。駄々漏れ~。なに?またフラれたのぉ?」
「・・・母さん、仕事は?」
「あら、図星ぃ?今回はちょっと続いてたのにねぇ。お店には今から♪久しぶりに可愛い娘と、息子に手料理を・・・」
「私は一人っ子だけど!?」
キッ! と、元凶であるその男を睨むと「ひいっ!」と、情けない悲鳴を口にして今度はソファの後ろに隠れる。
どう始末してくれようか・・・。
「もうっ!じゃあ、ママは行くからね?二人とも仲良くするのよ?」
「え!?お、おばさん!」
翠が、ソファの後ろから母さんに追い縋ろうとする。
どう・・・
「だぁかぁらぁ!始末はしないでね?美結ちゃん!じゃ、行ってきま~す!」
「おばさ~~~ん!」
母さんは、うふふ♪とスキップしながら仕事に向かう。
玄関のドアが、パタン、と閉まった音がした。
私は足音もたてずに翠が隠れているソファの後ろまで行き、そこでしゃがんで何故か両手で頭を庇いながら、ウルウルと私を上目遣いで見やる翠の前に立つ。
「みゅ、みゅー?えっと、始末は・・・嫌だな。」
てへ、といった感じでそんなことを言いながら、そぉーと、翠が私に手を伸ばす。
翠の手が、ぶらんと釣さがっているわたしの左手に触れる。
ポタ、ポタ。
翠の制服の袖に雫が落ちる。
「みゅー。」
優しい翠の声。
翠が座ったまま私をそっと引き寄せる。
よいしょっと、言いながら翠が足を開いて座り直し、その中に私をそっと座らせる。
コツン、とおでことおでこをくっつけながら、翠が親指で私の目からポロポロ落ちる涙を拭う。
嫌味なくすぅと筋の通った翠の鼻が私の鼻にあたる。
「みゅー、今日一緒に寝よっか。お泊まり会だよ。」
優しい翠の吐息が私の唇を掠める。
「手、にぎ、握って、寝て、くれる?」
ひっく、ひっく、としゃくりあげながら、ずびずびと鼻をすすりながら、そう言って私はぎゅうっと、翠に抱き付く。
くすくす、と小さく笑う翠の吐息が耳にあたってくすぐったい。
「いいよ、手、繋いで寝よ?」
そう言って翠は私の背中をあやすようにポンポンと叩く。
翠の腕の中はとっても暖かい。