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 祥子が目覚めるとノーキン村の村長宅だった。

 思わず、固い寝台に両手をつき、うちひしがれて反省のポーズを取る。


(アホかッ、私は……!!)


 寝ると『ナインウォー』に飛ばされる可能性及び危険性を十分に指摘されていたのに、二度寝するとは愚行の極みである。

  

「あ、白面さん、おはようございます!」


 同室のタロットワークが能天気な挨拶をしてきた。


「……」


 祥子、大混乱。

 硬直する彼女に、タロットワークは丁寧に寝台の片づけをしながら、「いよいよステテコスへ向けて移動ですね。ルルさんがいい依頼を取ってきてくれましたよ」と説明する。


「ノーテンキ村の人が『満月媚薬フルムーン・チャーム』をステテコスへ卸しに行くそうなんで、護衛依頼です。さすが抜け目のないルルさんですね、情報をとるや依頼までもっていっちゃったんですよ」


 ははははは、と笑うタロットワーク。

 ルルの交渉力の高さに戦慄する祥子。

 両者の溝は深くて広い。

 祥子はそろそろと寝台を降りると、無言で片づけ、本人の心情的にはとぼとぼとタロットワークの後をついて行く。

 反省もいいが、これから確かめねばならないことは山ほどあった。

 《レズ姉》からの情報だけでも、手持ちのアイテムインベントリは使用可能だが、倉庫へはアクセスできないと聞いた。

 実際歩きながらアイテムインベントリボードを呼び出してみるが、使用できそうだ。

 そして、何よりも、そのボードにタロットワークは気づく様子もない。


(彼は……NPCってこと?)


 プレイヤーなのか直接聞けばいいのだが、それができれば友達が一人もいないなどという状態を十数年もやっていない。

 他の人より難易度ルナティックでゲームの中に放り込まれた気分であるが、単なる自業自得だった。


「おっぱよー!!」


 びくうっと肩がはねあがる祥子にも気づかず、タロットワークは手を上げる。


「ルルさん、エレナさん、おはようございます」

「……おはよう。二人とも、外に護衛依頼者の方がもう来ておられるわ。急いでちょうだい」

「えっ、予定より早いですね。白面さん、急ぎましょう」


 祥子はかろうじてうなずいた。

 村長宅の外では、荷馬車がすでに待機している。御者台から、ボブカットの若い女の子がぴーんと高く手を上げた。


「おっはよーございます!!」


 大音声である。


「あたしは、ノーテンキ村のマーシャっていいます! おばーちゃんのお薬をステテコスまで売りに行くお手伝いをしてくれるそうですね。ありがとーございまーす!!」


 こんな素直そうな娘一人に媚薬を売りに行かせるとか、そのばーちゃん、マジ鬼畜……と祥子は再度戦慄した。

 

「よかったです。あたし、いつもノーキン村の方にお世話になってるんです。でも、今年はビッグドリルモーグラがすっごく沸いていて人手が足りないって聞きました。ご迷惑かと思って、一人で売りに行こうと思っていました!」

「それはさすがに危ないわね……」


 エレナが眉をひそめる。


「はい! 死を覚悟していました!!!」


 そんなものを覚悟されてもおばあちゃんも困ると思うが、そうでもないのか、と更に祥子はあらぬ方向へ転がって行く。


「なのでッ! 皆さんがごいっしょしてくださることになって、あたし、とっても心強いです! さあ、どうぞ馬車に乗ってください!」

「……御者は交代するわ」

「いえっ! あたし、体力だけはあるんでっ!」

「……依頼主の意向を尊重するけれど、いつでも交代するので、言ってちょうだいね」

「はいっ! ありがとーございます!!」

「ルルは御者の横で索敵警戒すんねー、よっしくねん」

「はい!」

 

 ひらり、と小柄で身軽なシーフは御者席隣に滑り込む。

 他のメンバーも荷台へ乗り込むと、それぞれに座った。

 見送りの村長に挨拶と礼を言って、馬車は出発する。


「♪ あたし、同い年のお友達いないんで、皆さんと一緒に行けてうれしーです!」


 祥子は、かっと目を見開く。無言で泰然と座り込んでいるように見えるが、その内実食いつきっぷりが半端ではない。


(ま、待つのよ。この手の『あたし、友達いない』は社交辞令。大体この手の人に限って、会う人合う人みんな友達っていう……期待しちゃダメ、祥子)

 

 しかしうずうずが止まらない。そんなことより、もっと気にすべきことが山とあるのだが、この手の人間に他人の『あたし、友達がいない』ワードの吸引力は猫にまたたびを超える。


「えー、マーやん、めっちゃ友達多そうだけど?」

「マーやんってあたしのことですかー? あだななんて初めて、うれしいなー」


 えへへ、とマーシャは上機嫌に手綱を握る。


「ノーテンキ村って、どーしてか人さらい率がはんぱじゃなくてー、過疎化が激しいんですー。どうしてだろー。皆よく騙されてー、とーいところに連れさられちゃううんですよねー。あははははー」

「えー、あー、うん。あるね。ありそうだね……」


 ルルですらドン引きしている。この話題、触れちゃダメだ、と彼女は思ったらしい。視線を反らした。声が動揺している。


「あたしもこの間、おばーちゃんの言いつけを忘れて、知らない人について行きそうになったんですけど」


(おぃいいいいい!!!)

 

 内心絶叫する祥子は、今他のパーティーメンバーも同じ心境であることを強く確信した。

 この一体感により、パーティーの結束レベルが上がった。


「がーべらーず所属《ダンボー軍曹》さんっていう方に助けていただきました」


 ぴた、と祥子は動きを止めた。


「すっごく強い方であたし、びっくりしました! ステンバーイステンバーイっていいながら、エネミーさんをがっつんがっつんです!!」


 思わず、重たい口を開く。


「彼は……『プレイヤー』だと……名乗っていなかったか……?」


 なぜか馬車の空気が凍りつく。空気をブレイクさせるつもりが、ブレイクしたのは祥子であった。

 遭遇したくない沈黙空間、それを自ら作り出してしまった時の羞恥と後悔と自殺衝動に祥子は襲われる。


「白面さん……それがあなたの旅の目的……です、か? いえ、詮索はいけませんね。マーシャさん、彼に出来るだけ教えてあげてくれませんか?」


 仮面のせいで性別すら誤解されていることに祥子は今更気づいた。

 道理で、やたらタロットワークが女性陣二人に比べて、寄ってくると思った。

 同性ならではの親近感だったようだ。

 そして否定して今までの空気を破壊してしまうことなど、祥子にできうるはずもなかった。

 しかし、これで一つ判明したことがある。

 このパーティメンバーの反応からして、NPCで確定だ。

 これをNPCと呼ぶのにはあまりにも違和感があったが……


「え、あ、ハイッ! そうですね、《ダンボー軍曹》さんは、仲間を捜していると言っていました……そして、白面さんのおっしゃるとおり、もし『プレイヤー』に会ったら、伝えて欲しいって言っていました」


 マーシャは一生懸命思い出してくれようとしているようだ。


「『強敵を避け、絶対に死んではならない。あと……』」


 少女は告げる。


「『《れむ姫》に気をつけろ』って」

「……《れむ姫》?」


 祥子は思わず反芻する。

 はい、とマーシャはうなずく。


「あたしにはよく分からないんですけど、『ギルドクラッシャー』で『姫プレイ』と『囲い男』で『PK』されるかもしれないって言っていました。これ古代の呪文か何かですか?」


 祥子は――冷や汗が流れていた。

 『ギルドクラッシャー』とは、ギルドを崩壊させてしまうようなプレイヤーのことである。

 『姫プレイ』とは、かわいい風貌の女性プレイヤー(中の人の性別が男性の可能性もある)が、かよわさやその言動によって男性プレイヤーの庇護欲や独占欲をかきたて、守ってもらうプレイスタイルだ。

 中の人は、リアル女性であることや、学生であるなどと若さをアピールすることで、より男性プレイヤーに仲良くなりたいと思わせる(中の人が男性の可能性もある)。

 よくも悪くもロールプレイの一環である。

 『囲い男』や『取り巻き』などと呼ばれる男性プレイヤーは、守ってあげる騎士ナイトのオレ、になれるので、本来お互いWINWINの関係だ。

 しかし、実際に守ったり、高価な装備やアイテムを貢いだり、ちやほやしたりといった行動が互いの関係内に収まっている内はいいものの、外部にまで矛先が向くとややこしくなる。

 姫に不利益な行為をした、と思われるプレイヤーに対して、この集団は攻撃性を発揮することがあるのだ。

 一例として、ギルド内に姫が欲しがっているレアアイテムを持っているプレイヤーがいたとする。

 これを姫が「いいなあ。欲しいなあ。でも出ない……お金もない……(。´Д⊂) ウワァァァン!!」といい、それでもなお譲らなかった場合、囲い男が代わりに「俺が買ってあげるよ!」と貢いだり、「姫がかわいそうだ」と騒ぎ出す。

 当然ギルド内の空気は悪くなる。

 姫プレイヤーのうまみは、高価な装備やアイテムの貢物が大きいため、常に欲しいものをチラチラクレクレアピールし、取り巻きはアンテナを全開にしてキャッチする。

 この譲渡を周囲に強要しだすと終わりだ。

 もっとも酷い場合は、『PK』つまり、不利益だと思われたプレイヤーを殺傷するに至る。

 ギルド内に姫プレイヤーと取り巻きが発生した場合、ギルドが崩壊するのはこの例だろう。

 もちろん平和な姫プレイもある。 

 だが、この現実化していると思われる『ナインウォー』の世界で、遭遇したいとは思えない一党だ。


「情報、感謝する」

「いえいえーっ、お役に立てて、あたし、嬉しいです!!」


 いい子だ……と祥子は癒された。

 一方で、緊張も高まる。


(気をつけないといけないのはこの世界だけじゃない。プレイヤーも……悪意がある人、悪意がなくて害をばらまく人、色んな人がいる……これって、現実と変わらない……)


 今更ながら気づかされて、祥子は警戒を新たにするのだった。

 ちなみに、意図的に現実世界の和田和馬のことは考えないことにした。

 現実と向き合えない女、祥子。

 馬車はステテコスへと向かう。

 新たなステージへと。




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