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麓のノーキン村では老若男女を問わず筋肉酸鼻ならぬ筋肉賛美の風潮も甚だしい。
明らかにレベル50超えてるだろうお前ら的なふとましくもたくましい農夫たちが畑仕事に精を出している。
白頭巾にタンクトップ姿の彼等は、黒光りする筋肉のかたまりだ。背中に『鬼』を背負ってそうな勢いである。
(い、依頼……必要なかったんじゃ?)
どこの鬼霊界下位エネミーが麓の女性をさらうというのだ。
と、いきなり畑から凶悪な顔つきの巨大なモグラが凄まじい勢いで上半身を突きだした。
万歳のかっこうをして、農夫に襲いかかる。
レベル30エネミー相当のビッグドリルモーグラ。
土の中に棲んでいるくせに、何故か顔面をはみ出す大きなブラックサングラスをかけている。
村の名前といい、エネミー名といい、祥子には運営の悪意を感じずにはいられない。
『エクストリーム村人殺法!!』
農夫たちは口々に叫びながらびゅんびゅんと空中に飛び交い、鍬をビッグドリルモーグラに突き立てる。かわすモグラも鋭い爪で応戦する。
祥子は、
(ああ、平和だな……)
と思った。
「いやあ、この村の人たちを見ていると、僕らなんかお呼びじゃなかったんじゃないかと思っちゃいますねえ」
のんびりと言う魔術師タロットワークに、ルルが頬をふくらませて「あったりまえじゃん!」と同意した。
「どー考えても、あのおっさんたちの方がルルたちより断然強いよ!」
ですよねえ、とタロットワークはしきりとうなずく。
「ビッグドリルモーグラが畑を荒らすんで、人手が足りないからって日雇い依頼出されてたんですよねえ」
「正直、あのモグラはかけだしの私たちの手にはあまるわね」
髪をかきあげて、これはハーフエルフの戦士エレナだ。
「それに、麓の女性というのは、姉妹村のノーテンキ村の人たちみたいね」
ノーキン村とノーテンキ村、と祥子の目は遠くなる。ついで、この国の名前はノーザンギョー国という。
小学生向けの漫画並のネーミングセンスである。
中の人――運営もストレスがたまっていたのかもしれない。
ついで、為政者の経歴もかなりおかしい。
現国王は人間界における『英雄』枠NPCで、先代国王を倒し、相思相愛の現王妃と死闘の末に勝利して即位したという。
公式設定では、本当に腕や足の一本二本が飛ぶ殺し合いをしたそうだ。
娘さんをください! という戦いならまだかろうじて分かる。
しかし、なぜ愛し合う王妃と死闘する必要があったのか祥子には分からない。
つまり意味が分からない。
更には、この国王、いきなりフィールドに出現し、「すまない、僕と戦ってくれ!」などと言って戦闘を開始する。
味方の時もあれば、エネミーとして出て来ることもある。一定時間が経過するか、撃破すると、王妃のNPCが出現し、国王を半殺しにして引きずりながら去って行く。
祥子は思う。
意味が分からない。
「あと、鬼霊界エネミーたちも、ノーキン村の女性を嫁にすることができればステータス! ってことで、必死に突貫するらしいわよ……」
「命がけで嫁とりとか……そして屍を大地にさらすってことっすか。ばっかじゃん」
ルルはばっさりと切り捨てた。
いよいよ依頼主の村長宅につき、中からやはり筋肉隆々の老人が出て来る。
圧倒的筋肉のかたまりである。
「おう、もう依頼を完了なさったか」
「ええ。こちらが依頼部位のイッポンヅノの角です。サンボンヅノも出現しましたので、それはこちら……ご確認ください」
「ふむふむ。サンボンヅノが出ましたかな。それは申し訳ないことをした。めったにさ出ることもないはずなのですが……きゃつらは、直接村に降りてまいりますからな」
山岳フィールドよりも、村の中の方が危険らしい。
村長は「確かに」と確認して、報酬をエレナに渡す。
「これから皆さんはどうされますかな?」
話をふられ、奇妙な空気が辺りに流れた。おそるおそると言った風に、タロットワークが提案する。
「あのう、できたら、かけだし同士、これからもパーティーを組みませんか? 僕ら相性もいいし、何より凄くバランスがいいと思うんですよね」
えっ、と祥子は硬直する。
「ふーん、ルルはいいよ! 前衛、後衛、火力、回復役、警戒罠解除役、揃っててすごくいいと思うし!」
「そうね……悪くないわ」
エレナが口元に手を当てて続ける。
「攻撃手段も、近接、中距離、長距離、全部対応できる。補助もあるし、かなりこのパーティ硬くなると思うわ」
えっ、何この流れ……と背中に汗がふきだす。
「だけど、はっさんはどうかな?」
「大丈夫ですよ。実はすでに白面さんには聞いちゃってたんですね。はは、根回し済です」
「なんだー、やるじゃん、タロッち!」
「えっ、タロっちて僕ですか?」
背中を叩かれたタロットワークはおろおろとフードの下から尋ねた。
「タロっち、エレりん、はっさん、ルル! このパーティー最強間違いなしだよ!」
「私の名前がもとより長くなっているんですけれど……」
エレナの冷静かつ汚物を見るような視線をものともせず、ルルは「いえーい、パーティーけっせーい!!」と決めポーズをしている。
「ほ、ほ、ほ。後に皆さんが有名になられましたら、今日この日のことは吟遊詩人に語られるようになるかもしれませんな」
「そこまで期待はしていませんけれど……全力は尽くしますわ」
エレナ、どこまでもクールなハーフエルフである。しかし、ルルにからかわれるとすぐに怒髪天をつくあたり、クールになりきれないハーフエルフ。
(え、ちょ、待って。え、どういうこと? え? え?)
ついていけていない者が弱冠一名。
「次の目的地はおありですかな?」
「いえ、とくには……私は武者修行の旅ですので」
「僕もある魔道書の探索が目的ですので、手がかりはこれから探すところです」
「んー、ルルはー、目的あるけどー、タロッちと同じかな?」
自然と全員が祥子を注視する。
(止めてっ、見ないでぇーーーーー!!!)
半ば発狂する祥子。
「白面さん……何か大きな目的があるようですね……」
「そうね。並々ならぬ大きな運命の流れ……ふ、いいわ。いつか聞かせてちょうだい」
「詮索ご法度じゃなかったっけー? ま、ルルもみんなと仲良くなったらって感じだし、はっさんの気持ちも分かるよ!」
全然理解されていない。
激しくすれ違うままに、結成パーティーはブラブーラ街道を北上し、商業都市ステテコスに向かうこととした。だから、運営のネーミング、と祥子は涙目になっている。
「私たちも本拠地が欲しいわね」
「どっかいい依頼回してくれるお店みつけよー! ルル、情報とってくるしー」
「ルルさん、よろしくお願いします。僕もステテコスの魔術師ギルドで色々聞きこんでみますね」
タロットワークはへらへらと非常に嬉しそうである。
彼は祥子の傍によってくると、
「白面さん、後押し、ありがとうございます。提案した時、僕どきどきしてたんですよ」
後押しなどしていない
「事前に白面さんに賛同してもらったから、僕も皆に提案できたんです。これからよろしくお願いしますね」
この夢、覚めない……ここまで人に飢えていたのか、と祥子は七転八倒した。
自分上げに、パーティー勧誘、仲間フラグの乱立。
恥ずかしすぎて地面をごろごろ転げ回りたい衝動に駆られる。
(ソロが気楽でいいとか……心の底では全然逆を望んでいた……全部願望のあらわれ……恥ずかしいぃいいいいい!!!)
人は羞恥で死にたくなるものがだが、羞恥そのものでは死ねない生き物だと知った日であった。
その日は村に一泊することとなり、寝たらきっと覚めるから、と祥子は固い寝台に横になった。
「祥子!! 祥子!!! 起きなさいッ、もう昼よ!!」
べしべしと頭を叩かれる。
そのたびに破壊される脳細胞のことを思うと、祥子は一刻もはやく身体を起こさねばと思うのだが、鉛をぶら下げられたように動けない。
しゃっ、とカーテンレールが動く音がした。
光が降り注ぐ。
ようやく、身体の節々に血が通い出し、はっきりと頭が覚醒した。
「……れ?」
寝台は固くない。ふかふかでやわらかなそれは、使い慣れた自分のベッドだ。
「まーたこの娘は、パソコンをつけっぱなしにして! いい加減にしないと、パソコン禁止にするからね!!」
「え、ごめんなさい。気をつけます……」
「お母さん、これからパートで出かけるから。ごはんは冷蔵庫の中に入れてるわ。分かると思うけど、量少ない方があんたのよ。お兄ちゃんのと間違えないでね。戸締りしていくけど、祥子も出かける時はきちんとしていってよ」
「は、はーい」
矢次早に指示され、生返事とは言わずまでも、先ほどまでの夢とのギャップに、声が上ずる。
母親はあわただしく階下に降りていくと、下から大声で、「二度寝するんじゃないわよー!」と叫び、玄関がばたんと閉まる音がした。
近所に丸聞こえだよ、お母さん、と祥子はぼんやり思う。
のろのろと身体を起こした祥子はパソコンに目をやった。
何はなくともまずはパソコンのチェックだ。ゲームを立ち上げないと生きていけない。
椅子を引くと、『ナインウォー』のアイコンをクリックした。ゲームウィンドウが立ち上がる。
ゲーム開始ボタンを押し、読み込み終了を待つ。
オープニングをすっ飛ばして、自分のホームグランウドになるサーバーにつなごうとし、
「え」
祥子はフリーズした。
『メンテナンス中』
の文字が並んでいる。全てのサーバーがメンテナンス中になっている。
「嘘」
昨晩ギルドメンバーが言っていたゲームの不具合による長期メンテナンスが実際になってしまったのだろうか。
慌てて公式のプレイヤーズサイトを開く。
「――そんな」
期限不明の長期メンテナンスに入ったことがお詫びとともに告知されていた。
身体中から力が抜ける。
ゲームができない。
いつになったらゲームサービスが再開されるかの予定も分からない。
祥子は言葉を失った。
しばらく呆然としていた祥子は、ふと思い立ってボイスチャット『スピークスピーク2』のアプリケーションアイコンをクリックした。
ギルドメンバーの誰かがこちらにログインしていて、何か今後の情報が分かるかもしれない。
ゲームができないなんて嫌だ。
不安と焦燥から、祥子はコミュニケーションが怖いとか、このアプリは立ち上げない、立ち上げても話さない、という決意すらも頭からすっ飛んでいた。
ログインメンバーの名前が並んでいる。
《レズ姉》
「いた」
祥子はもどかしい思いでマイクをとりつけ、入室した。英語で入室者一名、とアナウンスが入る。
「こ、ここここっこにんちは」
にわとりか! と自分のどもり具合に赤面しつつも、勢い込んで祥子は尋ねた。
「ああ、ああの、あの、ナインウォーが停止って」
言いかけた祥子の言葉を、《レズ姉》が覆い被さる形で鋭く遮る。
「良かった! はっさんは、無事だったんだな!」
どう考えても男性の声です。ありがとうございました。と、祥子は思考停止した。
ネカマ……《レズ姉》さんはネカマだったのだ。
本当に本当にありがとうございました。
混乱のあまり機能停止し、そっとヘッドホンマイクを外しかけた祥子は、続く鋭い声に指先が止まる。
「出会い厨とかじゃないんで、冷静になって聞いてほしい。《社長》と《ケツZAP》、知ってますよね?」
「あ、はい」
勢いに押され、思わず応答する。祥子が聞く姿勢になったことで、《レズ姉》ことネカマの男性は少し冷静さを取り戻したのか、口調を改めた。
「あいつらは、私のリアル知り合いです。昨晩、変な眩暈がしたという話をしていたでしょう。その後就寝して、『ナインウォー』の世界でプレイする共有夢をお互い見たようなんですが……」
「え?」
「《ケツZAP》が悪ふざけをして、夢の中で死にました。そうしたら……ッ」
言葉を切る。違う。言葉が出て来ないのだ。祥子は胃の下あたりが、急にずん、と重くなり、引き絞られるような痛みを覚えた。
「今朝、自宅で《ケツZAP》は死亡していました……心臓麻痺です。詳しいことはこれから……」
祥子の手から外しかけていたヘッドホンマイクが滑り落ちた。慌てて震える指で拾い、付け直すと、《レズ姉》は声をおさえるように話している。
「とにかく、今晩も同じ夢を見るかどうか分かりませんが、気をつけて。間違っても自分より高レベルの相手に戦闘を挑んではいけません。低レベルでも勝手が違って、勝てないかもしれない。現実との齟齬を感じるほど、武術がうまく発動できない人もいます。はっさんさえよければ、共有夢の中でも合流しましょう。スピークスピークは必ず起きたら接続してください。一体何が起こっているのか……」
だんだんと声が遠ざかる。
変な音がする。
カチカチ、という音。
祥子は気がついた。
自分の歯がかみ合わなくてなる音だ。
祥子のデスゲームは始まったばかりだった。