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 私にはともだちがいない。

 リアルでも。

 ネトゲでも。

  


 ああ、ゲームしたい。

 ホームルーム終了が待てず、島祥子はそわそわと貧乏ゆすりをしたくなった。

 彼女は飛んでうちに帰りたかった。デスクトップパソコンの前にジャージ姿(戦闘服)で陣取り、ヘアバンドをしてひたすらキーボードを叩き、マウスをクリックしたい。

 祥子はいわゆるネットゲームプレイヤーである。

 元々彼女の趣味はネット小説をあさることだったが、自分でもプレイしてみようかな、と夏休みを機に国内産MMORPGに手を出したのが始まりだった。

 私がいないとみんな死んじゃう。などというほどまでに各自が個々に攻守補助を分隊し、大勢で大縄跳びをして、一人でもつまづいたら五時間かけたクエストがパーになるような過酷なパーティプレイを要求されるものは避けた。

 なぜなら、祥子は孤高のソロプレイヤー。孤高の後ろに失笑がつく。

 つまり、対人スキルがマイナスに食い込んでいる壊滅的なまでのコミュニケーション障害だったためだ。

 パーティプレイなど要求されようものなら、空気が読めない吸えない死んでしまう。私がいないとみんな死んじゃうのではない。みんなと一緒にいると私が死んじゃう。

 これまでのプレイ記録を参照することもできるのだが、祥子は処女記録保持中だ。

 彼女のパーティ履歴は一人。

 自分。

 誰ともパーティを組んだことがなかった。

 それでもレベル上限まで達することができる。カンストできる。

 そこがいい。

 『ナイン・ウォーワールド』はソロプレイヤーに優しいゲームである。

 この『ナイン・ウォーワールド』と呼ばれるMMORPGは、九つの『界』が一つの時空に存在し、互いを浸食しあう関係にある。

 つまり、所属する『界』同士で、大型の戦争コンテンツがあり、これが花形ともいえる。

 二陣営、最大千人が同時に一つの舞台に並び立ち、対人プレイを行う。

 プレイヤー同士の殺し合いだ。

 この『戦争』コンテンツの経験値は莫大であり、参加しない手はない。

 普通はパーティを組み、更に複数パーティがレイドを組んで行くが、祥子は人数上限の空いた隙間にソロで突貫する。

 パーティなんぞ組んだら、パーティ内に祥子の床滑り――死亡がばれ、後ろ指をさされてしまう。

 だから祥子は一人で存分に戦争する。

 ひとりぼっちの戦争は気楽である。死んで死んで死んでそれでも生き返る。誰かがきっと蘇生呪文やアイテムを投げてくれるから。祥子も投げ返す。見知らぬプレイヤーを斬って斬って斬りまくり、斬られては床滑り、誰かに蘇生され、蘇生し、経験値とレアドロップを狙う。

 こうして祥子は経験値を稼ぎ、そろそろ魔法職をカンスト寸前であった。


「島さん」


 ホームルーム終了と同時に鞄を取ってこそこそかつ最速で教室を飛び出そうとした祥子に、和田和馬が声をかけてきた。

 祥子は一瞬脳内停止する。和田和馬は、祥子のような目立たず、息をひそめ、一日一日をつつがなく過ごしたい根暗な女子高生にとって、別人種とも思えるような人物である。

 彼もプレイヤーではあるが、テニスプレイヤーだ。

 ネトゲプレイヤーと天と地ほどにも方向性が違い過ぎ、遭遇したこともないが異星人よりも会話が通じず、思考形態はおそらくかすりもしないであろう。

 祥子にはよく分からないが、全国大会優勝の上、海外でもプレイしているとかいないとかで、夏の路上アスファルトの照り返しのようにまぶしい人物だ。もし彼が戦闘民族なら戦闘力は50万を超えているだろう。

 祥子など瞬殺である。

 近寄りがたい。

 いや、近寄りたくない。

 触らぬ神にたたりなしとはよく言ったもので、下心をもって、アピールした女子の数々を、彼の取り巻きやが執拗に潰して回っている光景を目にしたことがある。

 自意識過剰と言われればそれまでだが、祥子はこんな大勢の前で声をかけないで欲しいと心底おののいた。

 クラスのヒエラルキーで言えば、祥子は最下層だ。

 誰かに相手にしてもらえるような人間ではない。

 かえって、そのあなどりが自身を守る盾になることもあるのだと祥子は知っていた。戦力外通知だ。和馬と談笑していても、ヒエラルキーが高い女子の方が危険視され、叩かれるだろう。

 祥子は内心の動揺をなんとか無表情の下に押し込め、「何?」となるべく注目を浴びないように平淡な声で答えた。媚を売ってないよアピールである。

 しかし、びしびしと音のするような視線が身体中に突き刺さるのを彼女は感じた。見ている。クラス中に見られている。一挙一動を監視され、何か一つでも間違えば、各方面に報告が矢ばねを放つがごとく走り、翌日には攻撃対象としてロックオンされてしまう。

 恐ろしすぎた。ただ祥子はゲームがしたかっただけなのに。

 はやく家に帰ってレベル上げしたい! ただそれだけなのに。

 内心錯乱している祥子に、和馬が告げた。

 真剣な顔をして。





 翌日から、祥子の『十年後の同窓会で、あれ、こんな人いたっけ? 扱いされるほど空気なクラスメイト』であり続けるはずの生活は崩壊した。

 隠れネトゲプレイヤーの平和はゲシュタルト崩壊したのである。 



「私がっ、何をしたっていうのさ……!」


 祥子はうちに帰ると、まずは鞄を投げ、制服を投げ捨てるようにぶん投げ、そして一目散にパソコンの前に座った。当然部屋に入った瞬間、最初に電源をつけている。

 はやくゲームしたい。はやくカンストしたい。

 ただ祥子の願いはそれだけだったのに!

 和田和馬など豆腐の角に頭をぶつけて死ねばいいのに。

 祥子は割と本気で願った。

 和田和馬は緊張した顔で告げたのだ。はっと我に返ったように周囲を見てコート日焼けした頬を紅潮させ、

『あの……ここじゃちょっとなんだから、悪いけど場所移動してもらっていいかな』

 嫌だ! 祥子は内心絶叫した。

 地雷が自らスクリュー回転しながら祥子目指して偏差射撃してくる。

 避けたい! 無理! 

 と祥子は必死の形相を押し隠すよう俯いて了解した。 

 嫌な予感がした。特大の嫌な予感だ。人気のない別棟の特別教室の方へ連れて行かれ、どう考えても尾行陣の姿が背後に見え隠れしているが、緊張気味の和田和馬は気づく余裕もないのか気にせずに先行した。

 そして言われた。

 和田和馬は尾行陣には見えない絶妙の角度で懐から携帯ゲーム機を出す。電源がすでについている。見慣れたゲームロゴの画面からオープニング画面へとつながる。流れるような映像。

 はにかんで、恥ずかしそうに、


『島さんも、やってるのみて、ずっと俺も、って言いたくて』


 緊張しきった面持で、彼は言ったのだ。


『一緒につきあって欲しいんだけど』


 クエストに。

 この人は、徹底的に言葉が足りない。そう祥子は思った。

 丁寧にお断りした。

 回想終了。

 祥子は修羅になった。

 鬼のモンスター狩りクエスト受注消化である。

 そして生まれて初めてギルドに入った。勢いで。

 このギルドとはプレイヤーが作るチームのようなもので、乱暴に言えば高校の部活や大学のサークルのようなものだ。その活動内容は多岐にわたるが、ギルドチャットと呼ばれる専用のチャットが使えるようになるし、クエストをするときにギルドメンバーに声をかければすぐに人が集まりやすく、野良と呼ばれるソロプレイヤーよりも、色々な活動の幅が広がってくる。

 しかし、ギルドなんぞ、祥子は自分には縁がないものと思っていた。

 どうやって入ればいいのかも分からなかったから、よそのギルドメンバーできゃっきゃわいわいしているのを見ると「ああ、私もきゃっきゃわいわいしてみたい……」とうらやましく思いながらもハードルが高過ぎて諦めていた。

 それなのに、勢いでギルドに入ることになろうとは、昨日の自分が聞いたら「目を開けたまま寝ないでください」と白眼視してくるだろう。

 このありえないギルド加入のきっかけは、クエスト受注のミスだった。

 昼間のことで頭がいっぱいになっていた祥子は、間違って、よくに確認もせず、他ギルドメンのみで構成されているクエストパーティーに乱入してしまったのだ。

 彼等は、「あれ? なんで野良が入ってきたの?」という雰囲気になった。

 祥子も慌てた。

 パーティー募集していないのに、飛び込んでしまったのだ。呼ばれてもいない他人の家の誕生日会にいきなり入って「おじゃましまーす」と挨拶し、家人から「あれ、この人だれ?」という目で見られ、「お前知ってる?」「いや、俺シラネ」「……誰?」と固まったのと同義である。


『す、すみません! 間違えました!!!』


 ごめんなさい!!! とひたすら謝り倒して『すぐパーティー抜けます、失礼します!!!』という意味の言葉を震える手で何度も誤字を打っては消し打っては消し、ようやく発言したところ、


『待って!』


 と後ろから呼び止められた。

 何を言われるのか。祥子は画面の中でも、現実にパソコンの前でも硬直した。

 見知らぬギルドのプレイヤーが何かを打ち込んでいる。発言入力中の表示が出る。


『あのさ、よかったら』


 祥子は信じられなかった。


『ギルド未加入みたいだから、俺たちのギルドに入らない?』


 プレイヤーの表示は、ギルド加入状態を見ることができる。祥子は当然未加入だった。

 その後はパニックになり、色々と謝罪や驚きや混乱のままに発言が乱舞したが、最終的に『ギルドの仮入隊』ということで受け入れてもらうことになったのだ。

 そして、新しいギルドメンバーで一緒にクエストをした。

 祥子のパーティー履歴処女記録は破られたのである!

 とはいえ、ギルド内の内輪ネタなど、疎外感を感じてはやくも抜けたい抜けたい気楽なぼっちに戻りたいと一瞬にして野良根性が湧き出たが、祥子のような人種は一度入ると抜けられない。抜けること自体エネルギーが必要だ。つまり、抜けるにも「抜けたいんですけど~」と伝えるコミュニケーションスキルが必要なのだ。 

 入るよりも更にハードルが高かった。

 それに入ったことで、良いことも多くあった。

 初日以来、一緒にクエストをするわけではないが、常時ギルドチャットが流れているのを見ると、「ああ、私もきゃっきゃうふふの流れの中にいる……エクストリーム……感じる……」と孤独なプレイヤー生活に彩りが生まれたのである。

 そして相変わらず分からない内輪ネタ。外様ゆえの疎外感に苦しみ、抜けたい症候群に苛まれながらチャットログを追うことを止められない。

 学校生活のすさみ具合と比例するかのように、祥子のネットゲーム依存はますます深まる秋の空模様とは関係ないけれど波乱の兆しである。





 和田和馬の反逆から一週間。

 今日も今日とて祥子は略称ナインウォーにログインしていた。

 すると画面に発言ポップが入る。漫画の吹き出しのようなものだ。


働きたくないでござる:ちーっす


 ギルドチャットにあいさつが入ったのだ。祥子が加入したギルドはあいさつ必須ではないが、あいさつ推奨ギルドである。

 つまり、ログインしたら「私ログインしてるよー」という合図にギルドチャットであいさつするのだ。

 チームメンバー一覧を呼び出せばログイン状態はすぐ分かるが、いちいち確認せずとも、クエスト中だろうが休んでいようが画面上に「こんばんは」と効果音つき発言吹き出しポップが出れば、「あ、〇〇さんインしたんだ。こんばんはー」と流れるように会話に入っていける。もちろん祥子にはそんなことできるはずもないが、画面上に人のけはいがするだけでも大分以前とプレイ環境が変わったと感じていた。

 なんとなく、「私、一人じゃない……! ……気がする……」のである。

 今あいさつしたのは、ギルドマスターの《働きたくないでござる》だ。その名前はどうなのよ? とつっこむ人間はいない。他のメンバーもろくな名前がないからだ。

 祥子自身だって、悩んだ末に《愛爆譚暗黒天使夢幻転生子(ラブバーニングルシフェラティックダークネスドリームリーインカーネーション)》みたいな名前に行きつくところまで行きついて「……ないわ」と当然ながら来た道を引き返して家路を辿り、《白面はくめん》という無難な名前に落ち着いた。

 無難のハードルが駄々下がりであるが、行きついたところが冥府魔道だったので、祥子もひとまず六道の人間道あたりにぎりぎり巡り留まれた次第だった。

 この《白面》の由来は、たまたま手に入れた烏帽子の衣装に白面というオカメのようなお面を合わせてみたところ、「フィット感が!」と落雷に打たれたからだ。現在にいたるまで祥子の勝負服である。戦争コンテンツでは、オカメや翁や般若などの無数のお面コレクションの中からもっともふさわしきものをセレクトして被り、烏帽子を結び、エリザベス一世のような円状の襞襟ひだえりをつけて、紅の衣装に同じく禍々しい暗紅色の大きな三日月鎌をぶんぶん振り回す。

 その姿は烏帽子をかぶったお面のエリザベスカーラーが不気味な紅の殺人ピエロ……どうしようもない。コメントに凄く困る仕様だ。

 三つ又や二又に分かれた道化師帽子クラウンハットと組み合わせてもキリングピエロな雰囲気でよいが、やはり烏帽子には勝てない。烏帽子最強。と祥子は思っている。

 敵からのみならず、味方からも『異形の者……キモイ』と言われるが、正直祥子は本気でかっこいいよね? と賛同者を求めて沈黙していた……

 さて、ギルドマスターがあいさつしたことから、他のギルメンも次々に反応を返してくる。


ケツ穴ZAPZAPZAP:こんばんはー♪

ながしの浪人:おう

レズ姉:っち

働きたくないでござる:∑えっ なんで俺舌打ちされているの?

レズ姉:自分の胸に聞いてみてください。

働きたくないでござる:なんか分かんないけどごめんなさい。

レズ姉:っち

働きたくないでござる:(´;ω;`)ブワッ

働きたくないでござる:えっとね、お知らせがあるのね

ながしの浪人:おうなんだ

働きたくないでござる:ミーティングするから、クエスト終わったらギルドハウスに集まってね。23時から始めるよ

ブルー☆下睫毛将軍:了解よお~ん

ながしの浪人:了解だ

レズ姉:わかりました。お風呂に入ってきます

ケツ穴ZAPZAPZAP:了解でーす!

働きたくないでござる:俺も一緒に入るー!

レズ姉:死んでください


 祥子はそこまで読んで、完全に挨拶のタイミングを逸したことを悟った。今更挨拶の流れではない。祥子自身はオンラインになっているから、挨拶しないメンバーだと思われたかもしれない。いや、いちいち祥子のようにオンラインメンバーを執拗に確認するのが異常なのだが、自分がやっていると他人もやっているかも、という謎の疑心暗鬼に囚われている。

 しかし、ミーティングとはなんであろうか。はじめてのミーティングに、祥子はどきどきと不整脈に陥った。

 まさか《白面》の吊し上げ……!? とちらっと疑念が過り、まさかね、と冗談のように考えていたのがだんだん強迫観念じみて吐きそうになってくる。それが祥子クオリティであった。

 23時が来るまでにも、何人かがログインしてくる。


☆あや☆:こんばんぬ~

ながしの浪人:おう

ケツ穴ZUPZUPZUP:こんばんは。ちょっと改名したよ。

働きたくないでござる:こんばんは。23時からミーティングするんで、ギルドハウスきてね

☆あや☆:了解。ケツ穴やらないかにゃ。

ケツ穴ZUPZUPZUP:もうズボン履いてない

☆あや☆:靴下ははくにゃ

ケツ穴ZUPZUPZUP:ネクタイはしてもいいかな

☆あや☆:話が分かる奴にゃ。嫌いじゃにゃいにゃ

ながしの浪人:お前らプレイヤースキル高過ぎる

働きたくないでござる:君ら何のプレイしているの……


 PSが高い。本当にそうだ、と祥子は謎の敗北感に包まれた。流れるように開いては消えて行く会話ポップ。祥子は混ざれない。やはり謎の悲しみと切なさに包まれる。

 混ざりたい。

 しかし混ざったとたんに、会話が止まったら……! いたたまれなさ過ぎて退団から退会まで考えてしまいそうだ。

 時計の針が進む。

 微妙な間をもてあまし、祥子は昼間の学校生活を思い出して胃がきりきりと引き絞られるように痛んだ。

 呼び出し。

 とうとう和田和馬の幼馴染に呼び出しを喰らってしまった。

 休み明けの学校、行きたくない。

 もうずっとゲームしていたい。しかしゲームの対人関係にも時折疲れている自分に気づき、祥子はほとほと自分という人間に対する自己嫌悪で十分ほどを無為に過ごしてしまうのだった。



 23:00



 デジタル時計のパネルがくるりと引っくり返った。壁時計もまた針を11と0にぴったり合わせる。

 ふんぎりのつかなかった祥子もまた転送装置に入った。

 ギルドハウスへ転送エフェクトが走る。

 突如、祥子をとてつもない眠気が襲った。エフェクト粒子はきらきらと輝き、砕けたガラスの破片のように乱反射して光の花びらが舞う。

 祥子は知らない。デジタル時計のパネルがとてつもない速さで回転しだす。壁時計の短針と長針がでたらめにのた打ち回り、ぐるぐると凄まじい勢いで逆回転を始める。

 彼女は知らない。

 世界が変わることを。








 




 




 

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