帝都消滅 1
1日後。
わずか24時間余りの間に魔領は完全にその機能を不全にさせていた。
レイアはやや憮然とした態度でジル国王城にある王座に座っていた。
今やレイアは新生ジル聖国の女王になっていた。
たったの一日で血も流さずに王座をレイアに与えたべオルグ軍の実行能力は賞賛に値するだろう。
しかし、この状況がレイアにとって素直に喜べないものなのもまた事実であった。
しかも、これを一人でやったのしまったのがあの可憐なエルフの娘である。
父や兄を含む大半の貴族は拘束され、一人一人がレイアの元に運ばれた。
「新生ジル聖国の女王たるレイア陛下に忠誠を誓いますか?」
「は、はい!」
従順な態度の者にはギアスの誓約が施され、貴族としての復権が赦される。
敵視を示した者は拘束され監房行きだ。
強制的な再教育を受ける者も居る。
非人道的と思えるが今が戦時下であることを考え、つまり、こういう場合におけるこの世界のもっとも一般的で通俗的な処理ー処刑と言った処理に比べれば、随分と穏健な処置とも言えた。
脳内は多少、弄くられるが首は繋がっている。
「レイア様、次はフェンネル王子です」
「お兄さまですか」
レイアの元に兵士に連れられて彼女の兄であるフェンネルがやってきた。
「どういうことか説明して貰おうか、レイア」
「すみません。私も理解が及んでいないのです」
その言葉にレイアの兄であるフェンネル王子は不快そうな顔で言った。
「レイア、自分が担がれた間抜けだと思うならその席から降りるが良い」
その言葉にレイアが黙ると隣に立っていたシルエンテが冷ややかに告げた。
「王子。先見性の無さが貴方の今の結果を生んだのですよ」
「シルエンテ。ボーグン洋館の女狐め。貴様がレイアを誑かしたのか」
「貴方は何を見ているのですか?今、魔領の状況がどうなっているか分かっているのですか?」
「分かっているから!だから!こうして!貴様ら盗人の話を聞いているのだ!!」
「怒りで目を曇らせてはいけませんよ」
「お前如きが俺の上座に立つ理由は何だ?」
「私はこの国の国務大臣になりました。貴方には外務大臣を打診したいのですがお受けしますか?」
「なにぃ?要職の打診だと…?お前たちは俺を斬首にでもする気ではなかったのか?」
シルエンテのその言葉に面を食らった様子の王子は暫く思案した。
彼は不服そうな顔で頷いた。
「・・・ふん、いいだろう」
「お兄さま、よろしくお願いします」
「・・・。あまり無様な様子を見せるなよ」
そう捨て台詞を吐いた兄はその足で歩き去って行った。
「よろしいのですか?」
シルエンテはため息混じりに答えた。
「・・・まぁ、ジル国が未だに王政を敷く以上、旧王家への苛烈な処分は必要ないでしょう」
「はぁ・・・」
「王子はあの様に見えてそれなりに計算はできる男です。怒りが冷めれば従順になると思います」
「兄が外務大臣ですか。かなり権限が強いように思えますが」
「蓋を開けてみればどうしようもないポジションですよ。彼ならそのポジションから理解を得るでしょう。現実的な理解を」
そうシルエンテは冷ややかに呟いた。
どうしようもない、のだろうな。
彼がいくら外国に活路を見いだそうとしても無意味な事になる。
現王朝を引き継いだ形のジル国を除く6国は敗戦国となり、今は新しい指導者によって聖団の統治下にある。
6国が奉ずる神は聖団の敵視する魔神である。
残念ながら全ての教会は完全に解体されてしまう運命なのだ。
私の兄である 王子が知らない空白の一日の間に全てが変わった。
今やこの国の外は聖団の法則と力学で動いており、外交官としてそれを利用するために彼は必然的に聖団の洗礼を受ける事になるだろう。
彼が権力を求めれば求めるほどに彼の中で聖団の存在が増し、その首に鎖が掛かっていく訳だ。
「次はアルガイヤ王です」
「お父様ですか」
シルエンテの呼び出しに使いの者が走る。
王の間を訪れた父は今はもう拘束はされていない様子だった。
「元気か。我が娘よ」
「は、はい、お父様」
元、王である父は苦笑しながら言った。
「お前が王になるとはな」
「私にはそのような野心はありませんでした」
それが今やクーデターで女王の座に付いた姫だ。
「仕方の無いことだ。誰もが生まれた運命や天分と言う物に左右される」
父は諦めて今の状況を受け入れている様だ。
シルエンテは父に対しこう言った。
「アルガイヤ王よ。レイア女王に王位を正式にお譲りになられてはどうでしょうか」
「なるほど、それで多少は王の権威の失墜は防げるか」
事の次第が完全なクーデターからお家騒動程度に下がる。
「それと元王に役職は与えられません。隠居していただきます」
シルエンテの宣告に王はまた苦笑した。
「ふむ、良いだろう。レイア。良く努めなさい」
「は、はい」
◇◇◇◇◇
ヴィラーヌは自らの居城で目を覚ました。
あの場では強がったがヴィラーヌの核にまで届いたスルトの一撃はヴィラーヌに精神に対して多大なダメージを与えていた。
精神体であるエゴの破壊こそ免れたが彼の魂は猛烈な不調を訴えていた。
彼の自意識が失われれば、この体を竜の意識が完全に支配してしまう。
その危険性はいつでも彼の前に存在している。
彼自身の魂は竜の概念核と融合し、一つのものとなった。
吸血鬼でありながら、本当の意味での真の竜人であるヴィラーヌは文字通り完全不滅の存在だ。
いくら神滅の一撃であってもその魂の破壊は不能。
しかし、だからと言って神滅の一撃を喰らっても影響が皆無では無いのだ。
「既に魔領の敗北は必至か」
ヴィラーヌはそう呟いた。
既に負けは決まっていた。ここから逆転の目はまず無いだろう。
傍らには漸く傷が癒えたシロがいる。
「師よ。如何しますか?」
彼は目を細め、呟いた。
決戦場は既に決まっている。
「カリナスの居城に行くぞ」
◇◇◇◇◇
ブランディは火の付いていない煙草を加えながら部下と共にその家に向かって進んでいった。
彼は地上制圧部隊の部隊長の一人である。
辺り一帯は随分と牧歌的な田園風景が広がっており、その中にあるここも一見すると何の変哲もない民家とその畑といったところだ。
少なくとも外見上はそう見える。
しかし、この民家の地下には特殊な魔法処置が施された空間が広がっている事が先遣隊の報告で確認されていた。
発見者でもある魔法技師のトマソンが熱心に床の具合を調べている。
床の絨毯を外すとブランディには理解できない複雑な文様が見えて来た。
「妙な文様だな。魔法陣か?」
残念ながら魔法の知識は無く、ブランディにはそれが何を意味しているか一見して分からなかった。
「はい。これは神の瞳に写るのを防ぐ為の物ですね」
空から見つめる瞳。
神の瞳に付与された「魔法看破」はかなりのものだ。
その神の瞳に写らないのだとすれば相当に高度な魔法処置だと言えた。
「すでに防御策の開発は進んでいたのか。魔軍も抜け目ない連中だ」
トマソンの言葉はつまり、ここに相当な「お宝」が眠っている事を意味していた。
ブランディは心底嫌そうな顔をした。
連中にとっての宝と言う代物は、こちらにとってはまずろくでもない物である。
そう相場は決まっているのだ。
完全無敵の殺戮兵器でも出てこないだろうな?
ブランディは警戒心を強めた。
「神の瞳には写らない空間か」
ただ写らないだけでは神の瞳は違和感を認識してしまう。
気づかれずに魔法解析をジャマーするとはかなり高度な代物だろう。
「神の瞳の解析精度も上がっているのですが、こういうのはイタチごっこですから」
トマソンが申し訳ない様な顔をしたのでブランディは肩を抱くような仕草でおどけて見せた。
残念ながら技師と違って現場の兵士は技術が完全な物で無いのは当然だと思っている。
「高度魔法だろ。魔人が中に潜んでいるかもな」
魔人一人ぐらいならこの部隊の装備でも十分に対処は可能だろう。
それ以上だと中々厳しい。
床に穴を開けて中に入る。
狭い地下通路が見えた。
その先に人が一人通り抜けるのがやっとの大きさの扉がある。
「大した大きさは無さそうだな」
「あの魔法陣じゃそう大きなスペースは隠せないですよ」
隠しスペースは人一人が入れる小部屋ぐらいの大きさようだ。
奥でもぞもぞと動く気配がした。
人がいる。誰だ。
「出てこい」
「分かった」
短い遣り取りの後、初老の男が姿を見せた。
その顔を見た瞬間、ブランディは驚いた。
魔法陣は分からない彼でもその顔であれば知っていた。
「驚いたな。魔領のナンバー2、ガデュ卿じゃねぇか」
どうやら、こんなところに逃げこんでいたようだ。
袋の鼠か。
ガデュ卿はこちらに目を向けるとにやりと笑った。
「君は同士か?」
「そうは見えないだろう。敵だ」
その言葉にも男は態度を変えなかった。
「そうか、そうか。私は結界が消えて慌ててここに入った。魔領はどうだ」
「聞いて驚くなよ。壊滅だ。帝都を残して絶滅だ」
男は驚いていない。
これには逆にブランディが困惑した。
「帝都は無事か?カリナスは?」
質問が多いな。
その質問に対しては一瞬、答えるべきか迷った。
相手は有力な権力者だ。上から見れば、拷問対象者でもあるだろう。
情報はおそらく与えない方が良いに決まっている。
しかし、ブランディに拷問官の経験は無かったのでその判断はつかない。
「さっき行っただろ。帝都はまだだ。カリナスもな」
さして、重要度も無いだろうと勝手に判断して答えた。
確証なんてない。
「それを聞いて安心した。さらばだ」
今の短い遣り取りにどんな意味があったのか。
ガデュ卿は急に白目をむくとその場に崩れ落ちた。
毒だ。卿は泡を吹きながら、暫く体を痙攣させていたがその動きも直ぐに止んだ。
「何も死ぬことはないだろ」
特に惜しいとも思わなかったがさすがに不快に感じた。
ブランディは眉を歪めると部下に指示を出した。
「死体語りを呼べ、こいつの脳内の情報を読みとる」
まったく死ぬ事はないだろうに。
今となってはこの手の口封じは無意味なのだ。本当に。
急にトマソンが慌ただしい様子で何かの機材を広げ始めた。
トマソンの顔が青いのを見て、ブランディは冷静な自分とはえらい違いだと自嘲した。
「万が一、脳が破壊されていた場合、魂の情報を解析しますので拡散エゴ体の保存処置を取ります」
脳の破壊ねぇ。その手の毒で脳の解析が上手く行かないという話も聞いたことはないが。
ブランディは口にくわえた煙草に火をつけた。
「隊長、禁煙じゃ無かったんですか」
「手向けだよ」
そう言って煙草を吸って吐いた後、まだ火の付いた煙草をまだ生暖かい死体の傍らに置いた。
「煙草でも吸えりゃどこでも幸せなもんだろよ」
魔団の聖職者が煙草を吸うのかは知らないが、少なくともブランディ的にはそういう事になっている。
ふと、悩んでいたにも関わらず彼らに情報を与えた理由を悟った。
哀れんでいたのか、俺は。
少なくとも戦争屋のブランディからすれば十分に彼らは可哀想だった。
◇◇◇◇◇
べオルグ軍は急に慌ただしくなっていた。
ナンバー2の彼の脳からもたらされた情報は数十カ所に及ぶ魔領幹部の隠れ家を次々と判明させた。
魔領内における有力者が次々と捕まる中で魔団側の「とある計画」に対する情報がかなりの確度を持ってべオルグ軍中枢に上がって来ていた。
カリナスよって帝都で進められている極秘計画だ。
その全貌が明らかになり、べオルグ軍は緊張を深めた。
帝都の地下には魔領が秘密裏に回収した七大竜が一柱、陰穢大竜の竜核が存在している事が判明したのだ。
そして、カリナスは10万人は居るとされる帝都に住まう人命を使い、帝都の地下道を利用して配した特大魔法陣を利用して、この竜に魔力を供給し、封印を内側から破り完全復活させるつもりなのだ。
リミットは不明。
カリナスは帝都に住む10万人を犠牲に大竜を復活させる計画を画策しており、現在その準備が着々と進行している。
もはや、一刻の猶予もない。
べオルグ軍は即日、対策室を設置し、帝都への強襲破壊作戦を決定した。
更にはその為の選抜メンバーが決定された。
勇者ユキア。
愚王ファナティックロワ。
軍神ウートガルザ。
戦神フレイヤ。
べオルグ領領主ユノウス。
そして、べオルグ軍のエース、ミーナである。
たった6人の選抜メンバーだった。
◇◇◇◇◇
今回の作戦には未だ神核にダメージを負っている状態のスルトは外れてされていた。
選定されたメンバーを見て、ミーナは一人困惑していた。
「私もですか」
選定作業に関わったスルトは苦笑した。
作戦はユノウスとスルトとオデンとロキの4名で決めたものだ。
「お前ならこの面子でも上位者だ。私が保証する」
ミーナには別格とも言うべき、ユノウス、ユキア以外とは張り合えるだけの実力が十分に備わっている。
逆にこの面子の中では愚王は技量的に見て少々、力不足か。彼の生存能力に疑いの余地は無いが。
「はぁ、ですが私の場合、瞬発力ならともかく戦闘継続能力で一歩劣りますし」
冷静な自己判断だな。
華奢なエルフ種ということもあるがまだ子供の体に近いミーナは体力面では明らかに他の面子に劣るだろう。
もっとも瞬発的な戦闘能力だけならユキアに匹敵するかもしれない。
アンバランスなミーナの実力は諸刃の刃と言ったところか。
故に運用は難しくなる。本来はこういう形でサポートを付けずに単独で扱うのは忌避すべきなのだろう。
しかし、この究極的な状況で単体での戦闘能力で選べば選ばざるを得ない程の実力者ではあるのだ。
これが何を想定しての少数精鋭なのかはよく分かる。
ヴィラーヌとユノウスがぶつかるとして単体でもヴィラーヌ相手に時間を稼げるレベルの実力者という基準を満たす戦士がべオルグ軍にはたったの6人だったと言うわけだ。
ミーナからするともう一つ、気になる部分があった。
「聖団は様子見ですか?」
聖団の不参加は気になる。
ここまでべオルグ軍の独断専行は常になってきた。とは言え、それが常に許されてきた訳ではない。
まして今回は敵の本丸を攻める事態だ。
この最重要局面にまで彼らが出てこないというのはあり得るだろうか。
「参加して貰っても彼らの練度では期待薄だろう。無用な犠牲者が増えるだけだ。それこそ、グランセクタスでも出てくれば別だろうがな」
聖団の反応を待ってからでは遅すぎるというのもあるだろう。
「それにべオルグ軍は国際条約で竜災害事態下では特別権限が認められているからな」
「竜災害ですが」
「S級認定だそうだ。世界壊滅級災害規模予測だよ。今回は」
S級。
べオルグ軍を束縛する、あらゆる誓約が解放される。
「それでも第一目標は帝都10万人の人民救出だ」
◇◇◇◇◇
アンネリーゼはジル国を離れて、報告の為にウォレーン公国接触近領地にある聖団の大幕府を訪れた。
かつては魔団との最接触地域として、その監視番を長きに渡って努めたウォレーン公国の強固な石造りの城塞を横見ながら、あれらにも何か有効な再利用法が見つかると良いのだけれど、と思った。
敵が居なくなった後は無用の長物だろう。
ジル国の情勢は予断を許さなかったが聖団の重鎮であるアンネリーゼとしては一端、帰る必要があった。
もっとも予断を許さないとは言え、ジル国で起こっている政治ゲームなど聖団内部のパワーゲームに比べれば、単純かつ難易度も低い、箸休めの様なものだ。
ユリアは順当に行けば、このままジル国へ介入権を有した特大使という形で任命を受けるだろうが順当に行かないのが聖団の複雑怪奇なところだ。
でもそうなれば、しばらくはべオルグ大使と兼任になる。
しかし、大司教と肩を並べるアンネ程の権力者を任命出来る権者となれば、教皇と言うことになってしまう。
どう転んでも任命状を受けるまでは多少、時間がかかるか。
案内に通された会議場の面子を見て一瞬、どきっとした。
教皇だ。
普段ならまず聖都の執務室を出ないであろう教皇がこの場に来ている。
ここまで出張った理由は明白だが口には出さなかった。
ユノウスや他の大司教、神聖騎士団騎士団長の姿も見える。
「ユリア・アンネリーゼ。帰還しました」
「今回は大義であった」
教皇が私を労う。
一応は私の到着を待っていたらしい。
ユノウスの隣の席が空いている。
被告人、席へ、かな。
この会議、同じくやり玉に挙げられるであろうユノウスの隣に私はおとなしく座った。
彼はこの状況にあってもいつもの澄まし顔だ。
彼に倣って私もいつも通りの微笑で席に座った。
まず口火を切ったのはウォレーン国公王ヴァレント・ウォレーンだ。
今回の戦争では名誉ある大将軍の任にある。
「では早速だが、ユノウス君。今回のこの事態を説明願おうか。もちろんたった一日で魔領を制圧した話の方だ」
その言葉にユノウスは苦笑した。
竜災害の話は既に知っているだろうにまずは其処なのですね。
べオルグ軍に対する不信感からまったく信用して居ないのだろうか。
まぁそういうことだろう。
「元より最初から予定通りでした」
こっちの答えも大概なモノだな。
ユノウスの答えは一言で言って酷いものだった。
「こちらはこの様な予定では無かった」
「アンネさまの護衛や支援をべオルグ軍が負担する代わりに結界の解放と同時に魔領攻略の為の足掛かりとなる電撃戦を仕掛ける許可は頂いたはずです。一日間の限定でしたが、我が方に独自裁量による作戦行動を許可されたのはここにいる聖団連合軍の代表者です。それには公王閣下も含まれているはずです」
抵抗が一番大きな序盤の負担をべオルグ軍が担い、聖団の本隊が来るまで粘る。
そういう想定のつもりだったのだ。少なくとも聖団幹部はそう考えていた。
たったの一日。その一日で敵国6国と魔帝の居る中枢を制圧する。
誰も想像しえなかった成果だ。
はっきり言って無茶苦茶だ。
情報の収集、作戦の立案と精度、速やかかつ圧倒的な作戦遂行能力。
全てが完璧でなければこのような結果は生まれない。
「確かに貴公は初期におけるジル国の立場保護の為という詭弁で一日の武力行使を我々に認めさせた。しかし、そのたった一日の独断専行で魔領のほぼすべてを占拠するなど我々は想像しなかった」
「全ての戦果を独占するつもりはありません」
戦果などどうでも良いか。
実際、ユノウスの保有する強大な軍事力や巨万の富からすれば、六国の国庫に納まったものなど微々たるものだろう。
問題はそのことに今更ながらに聖団が気づいたことだ。
「君はあの様な物を隠していたのだぞ。それを知っていれば我々だって黙って居なかった」
「閣下は誤解している様ですがそれを閣下に説明する義務は私には無いのです」
「私はこの軍の全てを総括する立場にある」
「べオルグ軍の立場は配下では無く、あくまで協力者です」
今日の彼は随分と冷ややかですね。
聖団の要人に対して、まして教皇すらいる会議で世界最強の一人と目されるユノウスがそんな態度を示した事は今までなかった。
公王が肝を冷やしたような顔でいくらかトーンダウンした口調で呟いた。
「・・・だとしても神の瞳は無茶苦茶だ。あんな物が空を飛んでいることを世界が許容すると思っているのかね?」
それは。
或いは世界に住む人の内この事態を理解している人がこの事態に至って思っているであろう率直な思いだったかもしれない。
確かにあまりにやりすぎだ。
たった一日で戦争を終わらせてしまうなどとんでも無い。
「成る程。ではそれを容認出来なければ貴方は我々と戦争でもするつもりですか?」
ユノウスの挑発的な発言に眉を歪めて一同は黙った。
一瞬の静寂を破って口を開いたのは教皇だ。
教皇はどこかおどけた様子で冗談めいた口調で言った。
「君たちはつまり今や自分たちが実質的に世界を支配していることを暗示させたわけだ」
周囲の温度は一段と下がる。
先ほどから発言が険悪すぎる。爆弾を並べて数えているような状況になってきた。
「少なくとも敵に回すべきでは無いことは理解して頂けたはずです」
先ほどからの遣り取りにユリアは内心で苦笑いを浮かべた。
表面上は能面を装っているけれど。
神の瞳の本質がその輸送能力だと言うことは実のところ、彼女も知っていたのだがそれはさっきのさっきまで一般には隠されていた。
隠す必要がなくなった途端にユノウスの態度がこれである。
いままで消極的な態度から一変している。
「君にとって魔領の攻略は神の瞳の有能性のプレゼンだった訳だ」
「否定はしません」
「貴公はそのためだけにたった一日で魔領を制圧して見せた訳か。無茶苦茶だな」
ユノウスが冷ややかな口調で反論する。
「神の瞳は移動型の世界門です。その目的でデザインされ完成された。有能性は計り知れない。特に竜災害では有効だ」
「それ以上に兵器として有能すぎる」
その指摘はもっともだ。
「直接視転移は間接誘導型転移より安定性が高くそれ故に単時間当たりの転移効率に優れる。一万人の人間を即座に避難する事態になっても一時間掛からないんです」
それは裏を返せば一万の軍隊をどんな場所にも即座に輸送可能でもあると言うことだ。
「君の言う世界門構想は知っている。確かに神の瞳は我々を竜の被害から見事に守ってくれるだろうな。まったくやりすぎだ」
「だが事実として貴方がたは最高の形で被害を被る事無く魔団の制圧に成功した。そしてそれはとても簡単な事でした」
「だがこんなことをせずとも時間の問題だったはずだ」
「だとしてもそれもまた我々の成果です。もはや、我々の世界門なくして今の軍の機動的展開は語れない」
「事実だろうね。否定はしない」
教皇は目を細めると呟いた。
「我々から見れば、君はとても過ぎた物を持っている様に思える。人の身に余るものだ。我々は今、狼の牙に怯える羊の群の気分だ」
その教皇の言葉にユノウスは眉を歪めた。
やや冷ややかなトーンで彼は言った。
「・・・良いでしょう。神の瞳の戦争利用には竜撃隊以上に厳密な制限と誓約を設けましょう」
「それと技術提供だ。独占は許されない」
「それも認めましょう。但し、ならば我々もそれだけの制約に対し得る物が必要だ」
「君ほどの存在が今更何を欲する?」
「我々は貴方たち聖団に対し大きな懸念がある。聖団にとって魔団の次は我々では無いかと言うね」
「ほう」
「聖団がべオルグを危険視しているのは今更語ったところで意味が無いだろう。力を削ぎに掛かっているのも知っている。我々はべオルグ軍だ。全ての情報を掌握していると自負がある。ここまで貴方が今までやってきた幼稚極まりない妨害や嫌がらせの数々をここで晒しましょうか?いつまでもこっちが寛容だと思わないでほしい。はっきり言って迷惑している」
「それで?」
「教皇陛下にあってはここで我々を味方につけるか、敵にするか。決めて頂こうか」
ユリアは周囲を見渡す。
顔色の悪い者ばかりが座っている。
その言葉に聖団が揺れている
「君はどう考える?」
「貴方たちに勝ち目は無い」
その言葉に教皇は苦笑した。
「ふむ、まぁ、そうだろう。しかし、ならば戦争をして我々を屈すれ良いのではないかな?ああ、皆よ、焦るな。ただ、疑問なのだよ。何故、其処まで我々に対し、堪忍し、譲歩する?」
「我々では人の心の安定まで保証できない」
なるほど、と教皇は苦笑いを深めなが呟いた。
信仰は人々の為必要だと。
「ユリアを君につける決定は私がした。君が万が一に我らと敵対しても彼女が君の側についていれば、聖団の完全なる消滅は免れるだろうからね。少なくとも我々の危険視はその域にまで達していたのも事実だ」
「なるほど、理解は出来ます」
「それでも君は見過ごされてきた。強大になっていく君をね。君には期待していたからね」
教皇は淡々と言い放った。
「はっきりいおう。私が見たかったものは神の瞳などというくだらない物では無い。そういう意味で言えば、正直に言って酷く失望しているよ。ユノウスくん」
私は教皇がここまで強烈な批判を口にしたことに単純に驚いた。
その思いは一緒なのだろうか、あのユノウスが一瞬息を止めた。
「・・・」
「私が見たかったのは竜の完全消滅の技術だ。それこそが真にこの世界を救済する翼だ。その代わりに君の見せた物は醜悪で冗長で無価値な物だと言って過言ではない」
それは。
確かに未だ叶わない夢だ。
「完成は出来ませんでしたが研究は進めています」
ユノウスは目を細め言い放った。
「完全消去の魔法は完成したところで使い手が極めて限られる技術になります」
「すべてが自らの双肩に掛かるのは荷が重いかね?そんな事を考えて居れば、いつか後悔するぞ」
「どういうことです?」
「何かと躊躇している今の君では守れるものも守れないだろう。結局のところ、君は君の手でこの世界を救う宿命にある。いずれ分かるさ。大いなる後悔を得て、ね」
「耳に痛い説教ですね。肝に免じて置きましょう」
ユノウスにとっては少々不本意ながらも教皇が彼をやりこめて、聖団も溜飲を下したと言ったところかな。
「もう一つの議題に移ろうか。火急なのだろう?」
「ええ、資料をご覧ください」
教皇はまたあえて一度はさらった資料に目を落とした。
「なるほど、帝都には魔法陣が張り巡らされていると」
「はい、地下にある魔法陣は大転生のものと言われていますが実際には違います」
「発動すれば、どう言うことになる?」
「帝都にあるすべての生命が文字通り粉微塵になります」
「それはどういう意味だ?」
「竜に捕食しやすくさせるんですよ。この魔法陣は内部の人間を強制的に破壊し、竜を急速成長させるための魔法陣です」
「もし、帝都10万の人命を喰らって竜が覚醒したならどうなる?」
「最初の観測で既に5万レベルを超える竜を見ることになると思われます」
資料が指摘する結果に眉を歪めた。
「成体級どころか、老成体級だと?実に馬鹿な話だな」
「事実です」
「もしこれが事実なら大軍を動かすのは逆効果だな。追加の餌にされかねん。なるほど、少数精鋭による奇襲は理に叶っている」
「どうせなら魔法陣にこちらを誘って起動したいでしょうからね。魔都はこっちの動きを誘っている状況でしょう。作戦遂行の許可を戴きたい」
「ならば決を取ろう。今回の特別級竜災害のベオルグ軍の出動について本件立案に賛成の者は挙手を」
見れば、全員が手を上げている。
「君の立案した作戦を許可しよう。今日は以上だ」
こん。と木槌が叩かれた音が響いた。
その結論でこの会議は終わったのだろう。
緊張が解け、安堵したような雰囲気が会議場に広がった。
教皇というトップが糾弾しそれを受けた彼が譲渡し聖団はその面子を保った。
諸侯のユノウスに対する危険視はより強まったものの今回の件に関する一応の溜飲は下ったのだろう。
納得するような雰囲気ではある。
いや、もはや彼が頂点である事をすでに多くの諸侯が潜在的に肯定しているのだろう。
下がるユノウスに教皇が声を掛けた。
「君も挑むのかね」
「ええ、それが良いでしょう。相手はあのヴィラーヌですから」
「なるほど、彼は強いからね。頑張りたまえ」




