電光石火
レイアは酷く憔悴し混乱していた。
王権神授とは言ったものだが、文字通り自分が始祖王となるとは。
気がついたらクーデターをしていた。
馬鹿げた話だが事実なので仕方が無い。
聴衆が泣き叫び、怒声と罵声が飛び交い、混乱したあの場所を抜け出し、レイアはユリアに連れられてシルエンテの屋敷を目指していた。
走り出した馬車の隣でのほほんと紅茶を飲むユリア・アンネリーゼ、この状況の原因であり、張本人であり、首謀者である彼女に対して山の様な苦情と抗議を持ってして問いつめたいところだが、それはもう難しいだろう。
「聖団とべオルグ軍は貴方を守護しますわ。レイア」
「はぁ」
その確約にもレイアは生きた心地がしない。
私はこのまま、自分の父親や兄と敵対するしかないのだろうか。
「心配しなくても結界が崩れた今となってはヴィラーヌが貴方を狙う事も無いでしょう」
結界は排除された。
この地を覆っていた巨大な守護の力は失われたのだ。
「この後はどうなるのですか?」
レイアの言葉にユリアは目を細めた。
「間もなくべオルグ軍による電撃戦が行われる予定です」
「戦争ですか」
ユリアはやや皮肉気な笑みを浮かべると呟いた。
「ええ、でも戦争はほんの一瞬で終わるわ」
◇◇◇◇◇
神の瞳。
その飛行構造はかなり単純だ。
神の瞳はその構成物質に魔法式が彫り込まれており、魔法式を起動するとその重さが軽くなり、気球の様に浮遊する。
補助的に空気より軽いガスも用いられており魔法が無くても急落下はしないようになっている。
移動には力場を使う。
こういう構造を持つ浮遊移動物はこの世界の過去の歴史上にもいくつか存在する。
あえて神の瞳のユニークさを一つ示すならその飛行高度が非常に高いことぐらいだろうか。
神の瞳は一般的には観測気球であると認識されている。
べオルグ軍や商会に全部で12基。
「結界の解除を確認しました」
神の瞳の内部。
機密情報管理部はここにある。
すべてのオペレーターは世界中、いずれかの場所から神の瞳内部の情報管理室へと転移しているのだがこの事実を知るものはほとんど居ない。
そこのマスターオペレーションルームにユノウスは居た。
オペレーターの言葉にユノウスは頷いた。
「そうか」
ユノウスは目を細めた。
「オペレーション・ブリッツ・スタート」
このユノウスの号令と共に。
千年を超える魔団と聖団との最終戦争が始まった。
◇◇◇◇◇
魔団きっての知将であるオンディ将軍でもあまりの事態に理解がついて来なかった。
魔領の一国が寝返ったという報を聞き、これから始まるであろう戦の為に自分の部下の将を召集したところだったのだ。
この魔領七都、守りの要たる結界が破られれば戦局が激化するのは必死である。
その対策の為に口火を切ったその矢先だった。
何が起こったのか。
確か、自分の右前に居た将の一人がグーロン大将軍の軍の動きに同調し、自軍を展開、ジル国への挟みうちをすべきだとそう進言した時だったか。
突如として会議室の机の上に見知らぬ黒服の男が立っていた。
オンディは最初、何故机の上に人が立っているのか、理解できないまま、その事実を視認し、何をしているのか確認した。
男は現れたその瞬間から銃をオンディに突きつけていた。
突きつけられている銃なる物がどれほど恐ろしいか残念ながら将軍は理解していた。
ああ、つまり。何も分からぬがそれだけは理解できた。
つまり、自分は既に制圧されていたのだ。
真面目に考えるのも実に馬鹿馬鹿しい。
「剣帯をほどいて武器を置き、両手を上げて地に伏せろ」
見れば男は一人ではない。正確な人数は不明だが10や20の集団。
その全てがあの瞬間に会議室の至るところに突如として出現したのだ。
激しい音がした。
見れば、オンディの配下の将の一人が白目を向いて痙攣している。
察するに何かしらの抵抗をしたのだろう。
ジュウと肉が焼ける音に続いて衣服と肉が焼けたこげ臭い匂いが会議室に立ちこめた。
「殺しはしないが抵抗すると熱いお灸を据えることになる。火傷の痕ぐらいは我慢して欲しいものだな」
そう言って男は頭部に着けているゴーグル様の物を指でとんとんと叩いた。
おそらく、魔法式を見る事が出来るアイテムなのだろう。
オンディはどうしたものかと首を振ると尋ねた。
「おまえたちはどこから現れた?」
問答無用で撃たれるかと思ったが男はそうしなかった。
オンディの問いに男は無言で天を指さした。
それが答えなのだろうか?
◇◇◇◇◇
ジル国が裏切るかもしれないと言うことを魔領は知っていた。
故にグーロン大将軍は魔帝カリナスの密命を受けて小高い丘の上に密かに10万の軍を配置していた。
黒塗りの騎士団は魔領最強の呼び声高き猛戦の獅子たちだ。
眼下にジル国を見下ろしており、裏切りを許さないという確かな意志を発していた。
しかし、魔軍最強の矛を自陣の国に対しまず向けねばならぬと言う状況は実に歯がゆいものだ。
裏切りに対する憎悪の進軍はその性質上、苛烈にして凄惨な物になることを彼は経験上よく知っていた。
だからこそ裏切りが実際に起こってしまってグーロンはため息を吐いた。
二つの意味で失望していた。一つは当然に裏切ったジル国に対して。
もう一つはこの最強の軍の畏怖がそれを止める程の物では無かったことに。
これからする事は不毛な事だ。
王よ。出来れば抵抗はせずにその首を晒すが良い。
この最強の名は赤き鮮血の色によってより磨かれようぞ。
「我らは只のかかしでは無いぞ。ジル国王よ」
戦わねばなるまい。
しかし、相手は陣すら引いていないのだ。
戦場の舞台は街中になるだろう。
より悲惨な戦いになるだろうが仕方ない。
「全軍に告ぐ!」
グーロンが開戦の声を発しようとしたその時だった。
閃光が瞬いた。
同時に周囲の将たちが一斉に崩れ落ちた。
そして見慣れぬ武装をした集団がこの本陣に突如として現れていた。
「誰だ!貴様!?」
「べオルグ軍強襲制圧部隊だ」
場違いな美しい女の声が響いた。
同時に男たちが苦悶の声を上げる部下たちを締め上げる。
「彼らの命は貴方の行動にかかっている。武器を捨てよ。グーロン将軍」
「べオルグ軍だと・・・我らの布陣にいつ気づいた?」
「人の体は熱量があるからな。上手い野伏せだが相手が悪い」
べオルグに制圧された?
突如として敵本陣に転移し、将のみを打ち叩いた。
そんな真似が出来てしまうなど。
余りに反則だ。
「誰が!敵を前に武器を捨てるか!!」
「そうか、残念だ」
閃光が煌めいた。
電気銃がグーロンの巨漢を灼く。
「さぞ、名のある武人であったのだろう。残念だ」
意識を失いかけ崩れ堕ちながらグーロンは震えた。
10万の兵が正に今、戦うことなく破れようとしている。
グーロン将軍は最後の気力を絞ると叫んだ。
「俺たちから戦う機会すら奪う気か!!」
そう吠えた将軍は剣を抜くと一歩前に出た。
再び、激しい電光が空気を焼いた。
10や20で効かない数の電気銃に焼かれてなお、もう一歩。
「麻酔銃に切り替えろ」
指揮官と思われる女の号令で電光は止んだ。
しかし攻撃が止む事はない。グーロンは無数の針に全身を刺された。
震える。
何かに冒され、混濁する意識でもう一歩。
もう一歩と歩いて行く。
「ど、・・・こだ」
グーロンの目にはもはや何も写っていなかった。
見当違いの方向に歩み続けながら数歩。
漸く崩れ落ちた。
「剣で語る時代はもう終わった。悲しいものだな」
エレスは部下たちにグーロンの拘束を命令するとはゆっくり歩き始めた。
◇◇◇◇◇
神の瞳。
ユノウス軍の正式採用兵器であり、現在は世界中に12基。
天に鎮座する王者の目は全てを見通す透視能力を持っている。
その能力の一つは視ることによる情報収集とその集積。
もう一つは直接視による転移魔法の発動。
そう神の瞳の本質は視ること、そして見えた場所に自在に物資や人を転移させることにある。
ポータルテレポートハブステーション。
移動式転移中継基地局。
世界門計画における移動式世界門。
神の瞳は、内蔵のテレポートストーンを経由していて、それぞれの神の瞳へと即座に転移でき、またそれぞれの神の瞳に内蔵された透視で見つめる事が可能な如何なる地点へも直接視による高精度転移をすることができる。
たとえば、瞳Aが見ているB地点にある物質を瞳Cが見ているD地点にB→A→C→Dと経由して転移が可能であり、その運搬速度は飛行機などの輸送手段とはまさに次元が違うものである。
そしてその輸送物は人には当然、限らない。
◇◇◇◇◇
「ぐぉおおおううう」
特殊が合金で作られた檻の中を魔獣たちの声が木霊する。
ガルバデオン砦。
そこには魔団が切り札の一つとしている魔獣が大量に飼われていた。
魔獣使いによって使役される強大な力。
中にはレベル200を超える個体まで居た。
魔獣たちは本能的に理解し始めていた。
いよいよ自分たちの出番が近づいている。
自分たちが野に放たれた時がこの世界の破滅だ。
人はその絶大なる力に等しく蹂躙されなければならない。そして、その事を十分に理解しなければならない。飼い主にさえも分からなければならない。この事を。
知性すら持っていた高LVの魔獣たちは狂おしいほどの怒りの中で震えていた。
そのとき。
獣舎の中に見慣れない球体が現れた。
それを目にした彼らは困惑した。それが何なのか理解できない。
が、何故かとても恐ろしかった。
そして。
破滅が訪れた。
◇◇◇◇◇
「ガルバデオン砦への超重爆撃弾の転移及び発動を確認。対象完全消滅しました」
「了解ぴょん」
報告を受けるロキは顔色一つ変えずに頷いた。
「ロキ室長、フェイズクリア。イブリア砦倉庫内にあった備蓄の全てを直接視転移で転移完了しました」
「了解ぴょん」
イブリア砦は魔団最大の備蓄倉庫だ。
さすがに量が量だ。
そこに積まれた全ての物資をただ転移するのに小一時間ほどかかった。
まぁあんなものを盗んだところで相手が困るだけだが。
「ロキ室長、昼食が届きました」
「了解ぴょん」
「・・・ロキ室長飽きてませんか?」
「了解ぴょん」
既にやる気の大半をなくしているロキ室長の様子にオペレーターがため息を吐いた。
戦果の報告が多すぎる。無意味な報告は適当に受け流すしかないだろう。
雑多な報告から意味ある情報を抽出するのがここの職員の腕の見せ所。
・
・
・
オンディ将軍及び黒剣騎士団、クリア。
グーロン大将軍及び黒鎧騎士団、クリア。
フレバン将軍及び黒盾騎士団、クリア。
第一及び第二魔領領境警備軍、クリア。
ガルバデオン砦の魔獣部隊、クリア。
イブリア砦の補給物資、クリア。
オーヴァ砦の戦場兵器、クリア。
アーヴァス卿及び魔都ブリオン制圧、クリア。
・
・
・
ロキの手によって完遂したミッションに次々と赤丸がついていく。
戦局はあまりにも一方的だ。
魔領内の勢力図がたちまち聖軍を示す黄色に変わっていく。
「はぁぁ楽勝だぴょん」
そういって深いため息を吐いた。
動員された人員も機材も極小である。10万の軍一つに対してすら作戦に従事する数は200程度。それにもかかわらずすべてにおいて最大の成果を達成している。
はっきり言ってやりすぎである。
◇◇◇◇◇
結界の破棄からたったの1時間。
べオルグ軍は魔領を強襲し、主要42基地及び都市と軍事的要人102名の拘束に成功した。
残すはカリナスの居る魔都 だけである。
戦争が始まったことが伝わるほどの時間も与えずに極初期の混乱段階にあった魔領をそのまま押し倒して完全制圧したのだ。
この戦いは何が起こったか結局、理解できないまま負けた魔領の民よりも、何が起こってしまったか漸く理解できた聖団の方を震い上がらせたと言う。
聖団と魔団、両軍の死者は0。
後に魔団攻略戦と呼ばれる前哨戦はこうして終わったのだった。
◇◇◇◇◇
「魔領のほぼすべてがべオルグ軍に制圧されました」
「そうか」
カリナスは目を閉じた。
「奴らが秘匿していた神の瞳の正体はこの輸送力か」
「はい。たったの一時間で頭を全て潰されました」
指揮系統が完全に破壊されたようだ。
「つまり敗北だな」
「はい」
まぁ、良い。
まぁ、どうでも良い事だ。
どうせ世界は滅びるのだから。




