魔領にて 3
吸血の王ヴィラーヌは自らの居城に帰るとまず配下の魔族に魔人の娘シロの治療を命じた。
シロの様子を見た魔族のメイド長が不安そうに言った。
「シロ様は最近傷が多うございます」
「気にするな」
所詮は人の作ったおもちゃだ。いつかは壊れる。
シロはこの居城に招かれた賓客だった。
いや、正確には違う。
シロの元はネザードによって作られた戦闘人形だ。
膨大な戦闘記録を直接脳に叩き込まれている。
ネザードはその体と精神の調整をもっとも偉大で卓越した魔法使いであるヴィラーヌに託したのだ。
それは違うか。
シロはネザードがヴィラーヌの為にわざわざ、用意した道具だ。
最初から自分の為だけに用意された交渉のカード。
当初、精神を壊していたシロは何の使い物にならなかった。
それを使えるように時間と手間を掛けて調整したのはヴィラーヌだった。
シロはメイドの魔族たちが治療に当たっている。
あの子自身も高レベルの生体だ。直に完治するだろう。
ヴィラーヌは今回の件を思案した。
ユノウスと言う男の実力は未知数だ。
あの狡猾なネザードが早々に身を隠すほどの相手ならば厄介だろう。
そして、あの部下たち。
数日後。
シロが傷が癒やしヴィラーヌの元にやってきた。
「師よ。負けました」
シロはヴィラーヌを師と仰いでいる。
ヴィラーヌがシロに教えた技術など何も無かったのだがいつの間にかこう呼ばれていた。
「シロよ、無様だな」
「申し訳ありません」
シロという存在が自分にとって何なのか。
ヴィラーヌは判断しかねていた。
我が君。アンダルシャンの生き写しであるシロを見た時。
ヴィラーヌは激怒した。
同時にそれを寄越したネザードに恐怖を覚えた。
ネザードはヴィラーヌから概念魔法の技術を得るために交渉カードとしてシロを用意したのだ。
最初は拒否したヴィラーヌも結局、彼の研究に協力する事になった。
概念魔法式を与えることによって。
「ヴィルドーラも傷つきました」
「構わん。多少は希少な物だが所詮は道具だ。使えばやがて朽ちる」
シロに神遺物を使い作り出した神性生物兵器ヴィルドーラを与えたのはヴィラーヌだ。
しかし、所詮は道具か。
シロは私にとってただの道具だろうか。
「しかし、お前ばかりをせめても仕方あるまい。今回は私も退いた」
無様なのは同じだ。
「師は負けていません」
「どうだろうな」
「師は負けません」
頑なだな。
シロが言うほどに自分は無敵では無い。
だが。
今まで負けていないのも事実だ。
ユノウスと言う男が私に敗北をもたらす存在に成りうるのだろうか?
◇◇◇◇◇
王剣アーガスソードは神アーガスからもたらされた神遺物だ。
王権の象徴にしてジル王たる者のみが持つことを許される剣である。
「剣を借りたいと?」
王は娘であるレイアの言葉に困惑した。
レイアは真剣な眼差しで頷いた。
「はい、アンネ様は交渉の最後としてアーガス神のお言葉を拝聴したいと申しております」
聞けば、あのアンネはレイアの体を使って降臨の儀式を行うのだという。
王は一考した。
この国の王族は生まれながらにアーガス神の祝福を持っている。
つまり、生まれながら魔人なのだ。
しかし、それを生かすべく魔法や剣の訓練を十分にしているかと言われれば、実際そうではないのが実状だ。
何といってもそれなりに平和だった時代が長すぎた。
王に求められる資質も力よりも政治に長けた者に変わっていた。
「それが受け入れなければ?」
「ジル国との戦争も辞さない、と。逆に応じて頂けるならそれ相応の援助を出すとも申しています」
その思わぬ発言に王は眉を歪めた。
「それは」
厄介な。
アンネリーゼが動かせる私兵がどれくらいなのだろう。
しかし、ヴィラーヌを退ける勢力に規模を問うことも無意味だ。
彼女がその気になれば、単騎でも壊滅的な被害が出るかもしれない。
「神の声を聞き、それで無理だと分かったなら帰って頂けるのかな?」
「はい」
無意味なことだ。
神の意志ならば王は何度も聞いている。
その技術を習得することが出来れば祝福者は神と話すことが可能なのだ。
それは同じく祝福者であるアンネにも分かっているはずなのだが。
王は目を閉じた。
「待たれよ。今、我が神へ問おう」
そう宣言し、王はアーガス神の意志を聞くことに集中した。
自分の場合、神の声ははっきりとした言葉としては聞こえてこない。
しかし、明朗なるその意志を感じることは出来る。
感じた意志は二つ。
会うことへの肯定と聖団への明確な否定。
ならば是も無し。王は頷いた。
「逢うと言っている。良いだろう。レイアよ。お前に暫し王剣を貸し与える。聖団の使者に我らが神の威光とその御心を知らしめてやれ」
「ありがとうございます」
◇◇◇◇◇
事の経緯を説明するとシルエンテは笑顔を私を賞賛した。
「考えましたね。アンネ様、さすがです」
感心したようなシルエンテのその言葉に私は苦笑した。
「あまり良い手段とは思えないけど」
そう。これはあまり人が良い方法とは思えない。
「ですが、万が一に神が聖団側につくような事態になれば、王権派も神教主義者もその態度が根底から覆るのは間違いありません」
彼らの否定を劇的に肯定に変えるにはこれが肝要だ。
ただ少々劇的に過ぎるくらいだが。
そして、これは文字通り万が一の確率の話である。
「ええ、そうでしょうね」
「神に「はい」と言わせれば勝ちですね」
本当のところはそうではない。
私はやや意地の悪い自分の目論見に対して冷笑していた。
これで勝利条件は整った。
実際のところ、彼女が乗ってさえくれれば、こちら側の勝利は確定する。
「後は彼女次第ですね」
数日後。
シルエンテの館にアーガスソードの借用が認められたことを告げる使者が訪れた。
◇◇◇◇◇
「ヴィラーヌが退いたそうです」
臣下の一人であるガデュがカリナスの寝所に来るやそう告げた。
その報に魔帝カリナスは目を細めた。
「いよいよか」
魔神魔法増強、聖神魔法減反の魔領内であのヴィラーヌが破れたのだ。
いよいよ打つ手がなくなったと見える。
「そうですね」
「ではこの封印の結界は破られるだろうな」
彼の国はその哀れな犠牲者だ。
そして、全ては予定の内だった。
魔領の協力体制はそう長くは持たない。
「今生の別れよなぁ。ガデュよ」
来世ではもっと愉快に生きたいものだ。
「陛下のお気持ちにお変わりは無いのですね」
「無い」
魔帝は断言する。
「魔領は否、この星は消滅する。儀式の開始を告げよ」
「はっ」
元々、魔団は終末論者だ。
カリナスは魔団の思想を外れ、パワーバランスから保身の為に魔団に組みする輩とは一線を引く正真正銘、本物の魔神信者だ。
生粋の魔神信者であるカリナスにとって一時の保身など。
自らを含めた世界を滅ぼす為の準備に過ぎない。
「竜を飼っておるのが自分たちだけと思わないことだ。聖域6賢人め」
この世界を薄汚れたあの「魔術師」より解放しなければならない。
それが始まりだ。
これが始まりだ。
「全ては間違えたこの世界の成り立ちが悪い」
故に。
一度、終焉に終える事はあまりに正しい。
◇◇◇◇◇
降臨の儀式はシルエンテの屋敷の行われる運びとなった。
当日。
姫とこの儀礼に参加する高位神官たちがシルエンテの用意した公園に並んでいる。
参列する人の数に私は若干困惑していた。
かつてはこの館の主のためだけに公演したという野外演劇の円形のステージに参列者たつちが群を成していた。
「おお、偉大なる神への拝謁である。皆、頭を垂れて待つのだ」
大司祭と名乗った老人が張り切っている。
拝謁か。
一応そうなるのか。呼びつける側である私からすれば困惑する事実である。
さすがに頭を垂れて待ってもこの儀礼が進まないだろう。
素直に拝謁していた私たちの横でスルトがやや仏頂面でその様子を眺めている。
「不敬であるぞ」
大司祭がそう言った。
よもやのスルト神に向かっての発言だ。
言ってしまったのだから仕方がない。
その言葉に呆れ顔のスルトがつぶやいた。
「神に向かって言うなよ。しかもアーガスなんて誰それレベルの後輩だろう?」
「はぁ?」
まさか、目の前に居る人物が神だとは思っていなかったのだろう。
まぁ、考えてみれば普通はあり得ない事だし。
まだ状況が掴めていないきょっとんとした様子の大司祭にさっきまで黙々と祭典に際し、配られた子供用の幸福菓子を頬張っていたトールが前に出てきた。
「くっきーをあがめよ」
「は?」
「いだいなるくっきーをあがめるのだぁ」
ぽんこつ神が何かをのたまっている。
後光が差して見えるがハロを使っているのか。
「おお、なんと神々しい!!」
はぁ?
興奮した様子の大司祭が平伏した。
「これこそ正に神のお言葉!!」
なにをいっているのだ。
いや、まぁ、確かに神かもしれないが。
「済みません。最近、大司祭さまは痴呆が酷くて」
「そんな人間を大司祭に・・・」
「終身職なので…その…」
あの高齢では仕方がないのかもしれないが。
「スルト。間もな儀式を始めます」
私の言葉にスルトが頷いた。
「分かって居るさ。私とトールは離れて陣を張る」
この二人がヴィラーヌを足止めしている隙に例の事を完遂させる。
ここまで来てしまえば、それはそう難しい事ではないはずだ。
◇◇◇◇◇
ヴィラーヌは居城の奥で静かに目を閉じていた。
少々、力を使いすぎた。
力を使い過ぎればアレに自身が飲まれかねない。
常にアレはヴィラーヌを浸蝕し、その人間性を奪おうとしていく。
精神疲労の蓄積を回復するには時間がかかる。
出来れば後数日はこのまま眠っているべきだった。
しかし。
急の用以外ではここに訪れないはずのメイドが寝室の扉を開いた。
「主よ。カリナスの使いの者が報告に来ました。ジル国領内でおかしな動きがあるようです」
「一体なんだ?」
「はい、なんでもアーガス神を降臨させ、その意思を聞こうとのことなのです」
その報告を聞いた瞬間にヴィラーヌは目を見開いた。
「なんだと?」
良くない想像が生まれた。
「一つ聞く。その儀式にアーガスの神遺物は使われるのか?」
「はい。アーガスの残した剣を使うそうです」
アーガスの娘にアーガスの剣だと?
確かに降臨にもそれは必要だがそれを必要とするのは低位の魔法使いのみだ。
良くない条件が揃いすぎている。
それだけで「あれ」が起こるのはあり得ないが。
それを可能にしてしまうかもしれない異常性の魔法使いがユノウスという男だ。
おそらく、これは神の力のみを降ろす降臨の儀式ではない。
ヴィラーヌは立ち上がると宣告した。
「潰しにいく」
◇◇◇◇◇
レイアは依代として魔法陣の中に座っていた。
その手には共感性(シャーマ二ック)を高めるアーガスソードがあり、その傍にはコークンと呼ばれた巨大な水晶が鎮座している。
この水晶が私の魔力を高め、神の現出を支えるらしい。
レイアは儀式を見つめながら少しの不安を感じていた。
あまりに複雑で膨大な魔式に眩暈すら覚える。
降臨という魔法はここまで高度なのだろうか。
残念ながらジル国には降臨の儀式に関する知識を持つ魔法使いは居ない。
降臨は神級と呼ばれる神の力を直接召還する魔法の一つだ。
それほど高位の魔法使いを擁しているのは魔領では魔団騎士団に所属する魔人たちぐらいだ。
儀式は進む。
見たことのない魔法式にくらくらしながらレイアは首を傾げた。
どうにも腑に落ちない。神級の魔法は以前見たことがある。
確かに高度な物なのだろう感じたがここまでの異常さを感じた覚えはない。
明らかな異様にレイア姫は困惑した。
「これは本当に降臨なのですか?」
その言葉にアンネリーゼは頷いた。
「ええ、そうです。これが本当の降臨ですわ。姫」
本当に?
そして魔法陣が完成した。
すると巨大な水晶が私の体とアーガスの剣と共鳴した。
私はその内から震えた。
その感覚に私は目を見開いた。
「アンネさま!?」
「少し魔法の勉強も必要ですわね、姫」
あまりにも神々しい光が水晶に溢れる。
「待ってください!アンネリーゼ様!これはどういうことですか?」
その言葉にアンネが口を開いた。
「これはレベル千を超える存在強度を持つ神唱神核石です。これを使えば神を「直接」召還する事が可能なのです」
「なっ」
それがどういう意味なのか。
この場において事情を知らぬ者の中で唯一私だけが理解できた。
光彩に皆が戸惑う中で私は叫んだ。
貴方は来てはいけない。
神そのものがこの場に堕ちてくる。
「駄目ぇええ!!」
魔法が完成する。
――― 偽血の器
そして、アーガス神が降臨した。
◇◇◇◇◇
ジル国への転移中、異変に気づき、その源に近づこうと転移魔法を変化させたヴィラーヌは眉を歪めた。
通常の転移が阻害されている。
精霊に接続し、詳細を探る。
結界はどうやら外の場所から維持されているようだ。
その地点への転移は可能だ。
罠か。
ヴィラーヌは眉を歪めながらも即座に転移を決行した。
「ヴィラーヌ。きたか」
転移先には二人の姿が見えた。
スルト。そして。
「トールか」
トールはこっちを見ると驚いた顔をした。
「え・・・だれ?」
「説明しただろ。ヴィラーヌだ」
その説明にトールは得心いった顔で頷いた。
「ん。しらないやつか。またわすれたかとおもった」
「まったく何度も説明するのは御免だぞ」
トールはバカだ。
今更そんなことを再確認しても意味が無い。
スルトはそんなことを考えながらヴィラーヌに気を向けた。
「みんちにしちゃえばかんけいない」
トール神の痴呆に付き合う必要もあるまい。
ヴィラーヌは焦っている様には見えなかった。
「アンネリーゼめ。転移魔法を阻害する結界を張ったか」
最凶の破壊神トールと最強の武神スルト。
この二人に相対する魔族最強の王ヴィラーヌはまだ余裕を見せていた。
「二人がかりなら止められると思ったか?」
「つぶすの」
その声と共に閃光が走った。
すさまじい光源とともにトールがかっ跳んだ。
想定していなかった急加速にヴィラーヌは目を見開いた。
「なに?」
ヴィラーヌの精霊感がトールの動きを彼に伝える。
「避けられぬ、だと!?」
伝わると同時に一撃が放たれた。
それほどの神速。
ヴィラーヌは一撃を喰らいながら後方に飛ばされた。
たったの一撃で肉体の半分を蒸発させながら吹き飛ぶ。
今の一撃で致命傷どころで無いダメージを負った。
もっとも不死であるヴィラーヌにとって肉体の消滅など些細な事だが。
ヴィラーヌは追撃を免れる為にとっさに防御の為の魔法式を練る。
―――概念魔法式・不変
―――魔式斬り・神斬
その魔法式がスルトの持つ魔剣の閃きに切り捨てられる。
ヴィラーヌの視界の中でトールの動きがさらに加速した。
思い知る。その速さの正体はつまり。
「神級魔法・雷滅か。物質の完全なる解放。それを使って加速したのだな!」
「ああ、そう言う事だ!」
物質の全エネルギー化による爆発による超加速。
周囲の物質を対消滅させながら加速する。
言ってしまえば全方向から出力できる反物質エンジンを積んだ破壊殺戮兵器だ。
今のトールはまるで歩く反物質である。
「まさか、雷光の早さはあるまい」
「あれ?」
トールは首を傾げた。
「はんぶんこなのにうごいてる?ぞんび?」
「そいつは不死だと言っただろう」
「そうか、いがいだった」
しかし。
「ただ早いだけならばその動きに合わせれば良い」
「とろいくせによくいうの!」
トールが弾丸のような超加速で前に出た。
用意した転移魔法ですり抜ける。
精霊魔法だ。スルトの魔式斬りは間に合わない。
同時に剣が黒炎を纏う。奇跡殺しのアシャカ。
「ちっ!避けろ!トール」
「終わりだ!トール!!」
トールは空中にいる。
踏むべき大地が無いのならば避けれないのは必然。
ヴィラーヌの剣がトールに向かい放たれる。
しかしその剣が届く寸前。
慣性を無視するような無茶苦茶な動きで再加速した。
「な!?」
「おそいの!」
トールのその動きをヴィラーヌは理解した。
トールにとって大地の有無は関係ないのだ。
物質である空気に満たされた空間はすべて彼女の「雷滅」のエネルギー源だ。
どこからでも、どんな姿勢からでも、彼女はいくらでもエネルギーを生み出し、超加速出来る。
空しく空を斬るヴィラーヌの剣。
その瞬間。
いつの間にか踏み込んだスルトの剣がヴィラーヌの肩を深く斬った。
「くっ」
「一人に気を取られすぎだ!」
スルトと剣を合わせる。
トールのあの超速度とスルトの合わせの絶妙に追いつめられる。
スルトが魔法を破壊し、トールがその超絶駆動によって攻撃のイニシアチブを取り続ける。
圧倒的なコンビネーションだ。
肉体を高速で再生させながらヴィラーヌは苦笑いを浮かべた。
「厄介な」
トールの雷光が走り、スルトがその光の影を走る。
「まだ余裕があるみたいだな」
スルトがレヴァンテインを掲げた。
赤化の炎熱が剣に宿った。
―――神式・炎滅
「自身の神級魔法を解放したのか」
剣の技にこだわるスルトが漸く自らの力を解放したのだ。
剣の像が揺らぐ。
「神式・炎滅。似ていてすまんが私のは物質の連鎖的完全燃焼とその支配だ。簡単に言えば冷めずに熱くなり続ける炎だな」
そう言って、剣を振るった。
それだけで精霊感が悲鳴を上げた。
あの炎刃はその刀身によって生み出された全熱量を支配し続ける。
「熱量の無限増殖だと!?貴様世界を滅ぼす気か!!」
秒毎にその熱量を増していく炎刃を振るって彼女はにやりと笑った。
炎は蒼炎へと変わった。
「アシャカでは魔法は斬れても一度発生した炎熱までは消せまい」
これを抜けば、天地が焦がれ、すべては炎熱の糧となる。
故にまともな試合など叶わない。
あまりに強くてつまらないから真の剣は抜かないのだ。
太陽の如き剣をその手に炎神は笑った。
轟炎と轟雷。
二つの驚異にさらされてヴィラーヌはさらに追いつめられていく。
そして。
「終わりだ」
一瞬の隙。
炎熱に黒い神滅が混じったスルトの剣がヴィラーヌの核を貫いた。
「魂を破砕する」
その一撃を受けたヴィラーヌは。
その一撃を受けながらもスルトに剣を突き立てた。
その剣に同様に神滅が宿っている。
必殺のあとのあり得ない一撃。
たった一回のチャンスだが、この通り。
上手くスルトの油断をついたと彼は笑った。
「な・・・に?」
共に捨て身であれば核を突いているスルトの勝ちだ。
しかし。
「ああ、そうだ。神滅は確かにスーパーエゴを破壊する力を持つ。いくら不死でも魂を破壊されれば回復は叶わず滅びるだろう」
「き、さま」
ヴィラーヌは目を細めた。
ヴィラーヌの魂核は神滅では傷すらつかない。
「驚くことはない。私の魂はもはや神滅では壊せない。そう成り果てた。それだけだ」
一撃に動きを止めたスルトにヴィラーヌが追撃を与えた。
スルトに確かな一撃が入った。
◇◇◇◇◇
水晶より生み出された存在は少年の姿をしていた。
苛立った様子の少年、アーガス神はアンネリーゼを睨み付けながら言った。
「人の子よ。我を呼び出して何用だ」
「ふふふ、なーぜかなぁ?」
レイアは突然のアンネの変わり様に困惑した。
まるで内側から変わった様な変化だ。
「呼んだのは汝?」
「はーずれ♪それと何の用だとはお言葉だね☆アーガスちゃん」
「何?汝は・・・一体?」
困惑するアーガス神を前にアンネの中のモノは笑みを浮かべ言った。
「残念☆私のアンネちゃんがここに呼んだのはニ柱。きみとわ・た・し♪」
その言葉に察しが行ったのだろう。
アーガス神は目を細め、その少女に対して言った。
「驚いたな。魔領に聖団側の神である汝が降り立ったというのか?愛の女神フィリアよ」
その言葉に周囲の者がざわついた。
慌わてて騒ぎだそうとする聴衆にフィリアが一喝する。
「騒ぐな、人間よ。これは神と神の会談。汝らに立ち入る資格は無いと知れ」
凄まじい威圧感にその場に居る全ての人間が頭を垂れ伏せた。
その言葉に苦々しい顔のアーガスが呟いた。
「そう威圧するな。この者たちを敵に回すことは本意ではないのだろう?」
「あらー?きんちょーないねー?ここできみをつぶせば、この国も終わりなんだよ?」
「なんだと?」
フィリアは軽薄そのものを笑みに張り付けて言った。
「もう、ニ択で良いよね♪ここでしぬ?それとも、このフィリアちゃんのもとにくだっちゃう?」
聴衆は威圧され動けない。
ただ、恐怖のみが場を支配していた。
「意味が分からないな。そんな事に何の意味がある」
「そんな強がっちゃって駄目だよ。神柱の結界の正体は七つの神の守だってことは調べが付いてるもんね」
だから何なのだ。
まさか、まさに、アーガス神が滅びようとしている。
「それで我を殺せば結界を破れると」
「そうだよ。フィリアちゃんにとってぇこの国はどうでも良いのでー」
白々しい余裕の笑みを浮かべてアーガスは言った。
「さて、完全顕現している我と娘の体を借りているだけの汝では我の方が余程強いのでは?」
「まさかぁ☆ユリアちゃんのサポートもあって私の方が一千倍はつよーいよね?あたま、わるー♪」
馬鹿にしているのか、にやにやと笑みを浮かべたフィリアが嬉しそうに言った。
アーガスは我が身に起こった事を確認し、ため息を吐いた。
聖杯の娘を用いない神の直接召還魔法だと?
これはおそらく時限的な物で完全な物ではない。
しかし、アーガスの神核は神域から呼ばれて、この器に囚われている。
この肉体を破壊されればアーガスと言う神は消滅する。
「それではあーちゃんに改めて問うけど、軍門に下っちゃう?それともがちここで死んじゃう?」
二択を迫るフィリアにアーガスは問い返した。
「分からぬものだ。汝は未だあの狂った男に従っているのか」
「んーどういう意味かな?」
「全ての元凶、あの男、愚かなる人間の最なる果て、偽りなる神、虚神アルファズス」
その言葉にフィリアの気配が変わった。
今までより遙かに軽薄な笑みを浮かべて見つめて返してくる。
「きみもそこまでわかってるならわかるでしょ?」
「何が、だ」
「これは仕方の無いことだってことだよ、って事☆」
「我らの望みは奴の居ない世界だ。アレが意図して世界を狂わせた」
「そんな世界は訪れないよ。いあや違うかなぁ」
フィリアは苦笑し、言った。
「この世界は最初からクルってた。かなしいよね」
今のフィリアの言葉には諦観と自虐に溢れている。
「語らいは無意味か」
「分かってて分からないは聞かないよ☆ざんねーん」
フィリアが一歩前に出た。
アーガスは自らを滅ぼそうとする神に対して手で制止した。
「結論はまだだ」
「待たないよ?」
フィリアの言葉を無視してアーガスは傍らに伏せる娘、レイアに向き合った。
「頭を上げよ、レイア」
「は、はい」
もはや猶予は無い。
フィリアに滅ばされるのもしゃくだが防ぎようも無い。
「我は汝等が神。決断せよ」
「決断ですか」
「望むが良い。戦いか。従順か」
アーガスは神だがその存在はこの国の民の祈りに依るモノだ。
アーガス個人の意志はあるにしても国神なのだからこの民の意思でその処遇を決めるべきだろう。
「神よ、戦えばどうなります」
「我は汝等が守りの神、嘘はつけぬよ。この者一人にこの国一つ。滅ぼされよう」
魔王神が滅んだあの時より神が人を先んじる時代は終わった。
いまやその力の差は歴然だ。
「私は」
レイアは苦悩した。
国を残す事が正しいかも分からない。
それでも生きていく事が正しいと信じたい。
フィリアがまた一歩前に出た。
「私は生きる道を望みます」
その言葉にアーガスは目を伏せた。
「契約は更新された。我は聖団に属する神となり、またこのレイアが新たな契約の始祖となる」
「え?」
レイアはその言葉に困惑した。
つまり。
「ふーん、そうなんだ」
「新たなる血の契約により、この者に連なる者が新たな眷属となる。王となれ。レイア姫、いやレイア女王よ」
あまりの展開に頭の理解がついていけない。
「良いな?人の汝が人を導け」
「わ、分かりました」
アーガスによって促されレイアは漸く頷いた。
「聖団の神となった以上、あの神柱は破壊する」
「ものわかりいいねー」
アーガスは自らフィリアの前にやってきた。
「誓約の聖印を刻め」
「わかったよ」
フィリアが誓約をアーガスに刻む。
服従のルーン。これでアーガスは創世神への反逆はできなくなった。
もとよりアレを倒せる器では無かった。
アーガスは自嘲した。
「感謝する。フィリアよ」
「どうして?」
「民の声は聞こえていた。この国は滅びようとしていた」
国は飢えと不満に溢れ、悲痛な叫びに満ちていた。
結局、アーガスの力ではそれを防ぎようが無かった。
「そう、貴方も大変ね」
「聖団にこの国の守護を頼む」
「もちろんよ」
アーガスは神柱の方角を差した。
「見よ。結界が砕けるぞ」
◇◇◇◇◇
ヴィラーヌの剣がスルトの神核を貫いた。
彼女が崩れるように倒れると同時に破砕するような音が空に響いた。
彼は、はっとした顔をした。
「結界が砕けただと?」
「すると!」
トールがヴィラーヌに向かって突進してくる。
ヴィラーヌはその動きに合わせて剣を突き出す。
またも轟音と共に宙が爆発し、トールの動きが変化する。
厄介な動きだ。
「かいしゅうした!」
トールの狙いはスルトだった。
彼女はスルトを回収すると距離をとる。
―――概念式・霧
さっきまでこちらの魔法を阻害しバランスをとっていたスルトが倒れた。
トール一人なら概念魔法で押し切れる。
「均衡は崩れた。終わりだ」
「むー!」
こっちを威嚇するトール。
しかし、終わりだ。
「そうじゃのう!結界は破られたのじゃ」
その言葉と共に転移が発動した。
閃光と共に現れた二人の姿にヴィラーヌは目を細めた。
「魔法神オーディンと冥王神ヘルか」
「スルトよ。立つがよい」
――― 神唱活性
オーディンの魔素物質化魔法が起動する。
神核に及んだスルトの傷が瞬時に癒えていく。
スルトが立ち上がった。
しかし、その表情は苦しそうである。
「まだ全快とはいえんな」
「あれだけ存在力を削がれればのう」
ヴィラーヌはため息混じりの言葉をつぶやいた。
「忌々しい」
苦悶の顔でスルトは緊張した声を発した。
「奴の魂は概念核だ」
その驚愕の事実に、しかし、オーディンは苦笑しただけだった。
「じゃろうな。この魔法の神たる儂様も使えぬ概念の魔法を使うのじゃからのう」
予見していたか。
状況は4対1。
ヴィラーヌは思案した。
いくら此方が絶対に死なず、絶対に滅びないという存在でも勝てるか分からない状況だ。
自らの概念核からより魔素を介し、深き其処の意思に接続する。
「無駄じゃ」
―――概念式・霧
―――奇跡の弐・黎聖
概念魔法式が起動しない?
同時に発動したオーディンの魔法せいか?
強烈な違和感に困惑する。
何かが失われた?
「儂様の持つ神級魔法は七つじゃ。これは奇跡の弐」
ヴィラーヌは漸く気がついた。
精霊感が失われているだと?
「絶対精霊魔法と言ったところかのう」
「全ての魔素の絶対支配?」
馬鹿な。
魔素と存在力の欠片。
それを全て支配する魔法などある訳が。
「なんせ儂様は魔法の神じゃからな」
支配領域に限度があるはずだ。
あれは疑似精霊魔法だ。ならば精霊魔法で対抗すれば良い。
「来い。原始の精霊よ」
その瞬間、四柱の神とヴィラーヌの立っていた空間が弾けた。
膨大な魔素の圧によってそう言った現象が起こったのだ。
「驚いたのう。魔領を覆っていた超巨大精霊か」
原始獣テューポン。
ヴィラーヌの使役する世界最大最古の精霊の大きさは七つの国を覆う程に巨大だ。
ヴィラーヌは精霊を構成する魔素の一部を徴収した。
―――概念式・虚無
黒い空間が広がり、物質が消滅していく。
その様子にオーディンは笑った。
「ふむ、儂様の完全支配の及ばない魔素の代償消費による魔法発動か。やりよる、じゃが儂様は無敵じゃぞ」
その宣言と共に。
一つの魔法式が起動した。
――― 奇跡の零・未知
突如として現出した何かが全てを消去するという強大な概念「虚無」の前に飲まれる。
しかし。
「消えぬだと?」
何が起こっている?
概念を越える魔法効果は竜滅だけのはずだ。
「分からぬなぁ。分からぬよ。本当の奇跡とは得体がしれぬのじゃ」
「貴様」
「定義不能。それがこの虚構魔法よ。概念は強大だが単純なルールにしか作用せん。説明不能のバグに喰われるが良い」
世界に定義されない未知の力がヴィラーヌを襲う。
さすがこれは相手にはできない。
彼は引き下がると吠えた。
「次は倒す」
まったく忌々しい、ヴィラーヌは怒りを露わにしてそう叫んだ。
「ふむ、さすがの儂様も一対一では分が悪いのじゃ。遠慮しよう」
「ふん」
ヴィラーヌの姿が消えた。
それを見届けたオーディンがため息を吐いた。
「退いてくれたか」
オーディンは滝のような汗をかきながら呟いた。
奇跡・未知は制御不能の暴走魔法だ。
こんな訳の分からないものを維持し続けるのは実のところ不可能だった。
ただのブラフ。
――― 奇跡の四・裂界
オーディンは用意した空間の裂け目に未知を流した。
そして、それごと空間を消し去る。
結界は開いたが同時に手に負えない化け物のヴィラーヌを閉じこめていた鎖も破られた。
それは途方もないリスクだ。
「さて、これからどうするのじゃ?ユノウスよ」




