探し物は私2
次の日。
私はロキ室長に呼ばれていた。
扉を叩くと、どうぞクマーと言う声が返ってきたのでロキの私室の中に入った。
ロキ室長の私室は謎のオブジェが並んでいる。
変なオブジェに混じるように人一人分の大きさでデフォルトされた可愛らしいピンク色のクマの縫いぐるみがあった。
ただ、一見すると可愛らしいものの大きさが大きさだけにちょっと不気味である。
謎のクマ(というか、まぁおそらく中身はロキ室長)の口から案の定、ロキ室長が顔を出すと吠えた。
「がぉークマー!」
「なんですか、室長」
「むむむ、反応薄いクマー」
彼女は愛らしい着ぐるみボディーでちょこちょこと移動し、器用に席に座ると微妙に偉そうな感じでふんぞり返って私に告げた。
「ミルカには捜査に協力してもらいたいクマー」
「え?」
その意味を理解して困惑する。
それはつまり。
「私が犯人探しをするのですか」
「そうクマー。適任クマー」
探せば、私には分かってしまうのだろう。
私の能力をそういう風に使うのはだから正直に言って嫌だ。
そんな事はしたくない。
私は辞退する事にした。
「大切な仲間です。疑うなんて嫌です」
「再発防止の為にも必要な事だクマー」
室長はそう言って笑った。
その少々意地の悪い笑みに私は顔をしかめた。
確かに私が適当なのだろう。
自分でもそう思ってしまって実に気分が悪かった。
「ロキさん」
「ミルカの慧眼に期待するクマよ。心配しなくてミルカは補助クマー」
そういって彼女は私の後ろの扉を見て言った。
「入ってくるクマ」
すると、いつから待機していたのだろうか。
私のさっき入ってきたばかりの扉から軍服姿の男女2人が入ってきた。
その胸にはA級魔法術士を示すバッジが付いている。
「紹介するクマ。べオルグ軍教導隊特務、記憶捜査官のルール・フラットとガーマン・ブラッダーだクマ」
◇◇◇◇◇
ぼんやりと思い出す。
いや、思い出すというのはおかしいのかな。
それは私では無いもう一人の私の記憶なのだから。
私の名前はミルカ・ハース。
父の名前がオルカ・ハース。
母の名前がミレス・ハース。
両親は小さな葡萄農園を経営していた。
急な岩肌の厳しい土地に何年もかけて作った自慢の段々畑が続いているんだ。
おじいちゃんのそのまた、おじいちゃんぐらいが開墾してそれから継ぎ足し継ぎ足し大きくなった葡萄園。
両手いっぱいの収穫を終えるとみんなで葡萄を潰すんだ。
ぐちゃぐちゃ。
葡萄は葡萄酒にするの。
「わぁジュース飲みたーい」
私はこの時期になると決まって収穫したての葡萄ジュースをお願いするのだ。
「駄目よ。ミルカは底なしだから」
母がそう言うけど少しだけコップに入れたジュースをくれるのだ。
とっても甘酸っぱくておいしい我が家の葡萄ジュースはきっととびっきりのワインになるんだ。
間違いない。
なんでだろうな。
本当に良い思い出ばかりだ。
嬉しいな。
悲しいな。
これは誰の気持ちだろう。
私はミルカ・ハース。
お母さんの焼いたパンケーキと葡萄のジュースが大好き。
不思議だな。
今の私と少し違うみたい。
誰なのかな?
君は誰?
今の私はだれなの?
「しっかりしてください!!ミルカ!!」
◇◇◇◇◇
「しっかりしてください!過去に飲まれ過ぎですよ!!」
「わ、たしは・・・」
頭がぼんやりする。
妙な浮遊感にくらくらする。
「大丈夫ですか?」
「うん、平気だよ。ユフィさん」
少しずつだが意識がはっきりしてきた。
「少し休憩を入れましょう」
「うん」
今日が初めての記憶の呼び起こしだったのだ。
最初からこんなに「来るモノ」なんて思わなかった。
「今回の処置ですが、ミルカ。もう少し自分をしっかりと持っていないとこんな調子では到底進められませんです」
「私ってしっかりしてないのかな?」
なのだろう。
ほんの少量の過去を開示しただけでこの有様だ。
「違うです。貴方は前の自分に負い目を感じすぎているのです。貴方は消えたいのですか?」
私は偽物だから消えて良い。
そう思っているかどうか。
私は首を振った。
「それはやだ」
「なら、まずは拒絶してください。そんなに受け入れるだけでは自分が溶けてしまうですよ」
「わかった」
ふと、何かを思いついた様子でユフィが私に尋ねた。
「ミルカ。貴方の好物は何ですか?」
その問いに私は即答した。
「パンケーキと葡萄ジュース!」
その答えにユフィは困惑した顔をした。
「前はモンブランでしたよね?」
「え、あ・・・」
そうだった。
私の大好きなのはちょっと渋めに炊いた栗を使ったパッテンパルフェの王冠印モンブラン。
ちょっと大変だった時には必ずこのご褒美に買うのだ。
そうだった。
そうだったのに。
どうして。
私は目の前が真っ暗になってしまった。
覚悟していた事とは言え、ショックだった。
こうやって私は消えていくの?
「ユフィさん。私・・・」
「時間をかけて行きましょう。まずはそのモンブランでも食べましょうか」
◇◇◇◇◇
次の日。
昨日は顔見せだけで終わった捜査官の一人であるルールさんと捜査を開始する事になった。
もう一人のガーマンさんは男性なので周辺で男性の調査対象が発生した時や犯人が見つかった際の再度確認の為の控えになった。
今回の容疑者に男性は居ないので基本的には待機になる。
「今日は一人目の捜査を開始しますんで、よろしくお願いしますね」
情報管理室に出勤した私に対して、捜査官のルールさんがそう宣言した。
「分かりました。フラットさん」
「わぉ、私の事はルールちゃんで良いですよ」
「そうですか。わかりました、ルールさん」
即答するとルールさんは笑いながら言った。
「わぁ素直!」
捜査か。多少業務に遅れが生じるかもしれないな。
どのみち、ここの管理室はもう等級の高い情報は扱っていないだろうからそう問題は無いだろうけど。
情報管理室は世界中に無数にあるのだ。
私が個人的に知るだけでも5個。
場所を隠して秘密裏にそれぞれ独自の情報を管理している。
それを一括して全ての情報を管理しているのが室長のロキさんだ。
補給部隊の運用も今は別部署に切り替わったはずだ。
「あの、ふと疑問に思ったのですが何で彼女、えーと、ロキさんですか?彼女が記憶魔法を使わないのでしょう」
ロキさんが記憶魔法?
ルールさんの疑問に私は困惑しながら答えた。
「え?あの、神様は普通は魔法を使えないんですよ」
「え?そうなんですか?」
意外そうな顔をするルールさんに私は説明を付け加える。
「はい、あ。自己魔法、つまり自分自身を使う魔法は使えるみたいですけど。基本的に他の魔法は使えないはずです」
もっとも魔法式を入れたマジックアイテムの使用は神様でも可能なのだそうだが。
「なるほど。ですが基本的にと言うことは例外があるんですか?」
「魔法の始祖たるルーンを司るオーディンのみが例外的にあらゆる魔法を使うことが出来ると言われています」
それこそ、オーディン学校長はユノウスに匹敵する魔法使いだ。
彼女ならば今回の一件の捜査も容易だとは思う。
「そうだったのですか。詳しいですね。ミルカさんは」
「教わりましたので」
「なるー。私は魔法学院からの就職組だからそういうのはあんまり詳しく無くて」
そうなのか。
ただ、べオルグ軍やユノウス商会で働く内の大半は外部教育機関からの就職組である。
そして別段、学院出身者の方が重用されたり優秀と言うこともない。
「A級と言うと相当優秀なのでは?」
「やぁ記憶認知系は意外に就職口が無くて、宮廷魔術師は派手さ重視だし、スパイとかはやりたくないしー。最近はべオルグ軍の人気高いですからねー。組織の大きさの割に魔法使い少ないから部内認定緩いですし」
そうなのか。
魔法使いなんていくらでも就職先がありそうだが。
「調査対象の記憶は全部読みとるんですか?」
「それは無理!いや、お化けみたいな人なら出来るかもしれないけど、記憶魔法は多少なりとも人の人格に影響を及ぼすし、何よりそれだけの情報量を普通の人は捌けないんですよぉ」
「そうなんですか」
周りが簡単に平気な顔で全部読みとる人間ばかりなので、記憶捜査とはそういうモノだと思っていたのだが、本来は割と制約があるモノらしい。
「私は全体容量で一ヶ月間分ぐらいの情報量でいっぱいだな。だから一人に一ヶ月分の吸い上げをしたら、リセットしてから、また次に行く感じ」
「リセット。と言うことは一度入手した記憶を消すんですか?」
「そそ、あ、いやーちょっと詳しく言うと違うけど。まぁそんな感じですよ」
「どういう意味ですか?」
「やぁ人間の脳の中をいじる訳ではないんだよ。エゴ進化理論を知っているかにゃ?」
「エゴ進化論?すみません。魔法関係の学科は一切習って居ませんのでちょっと・・・」
「わぁ提唱者は私たちんとこのしゃちょさんだから他人の受け入りも受け入りだけどねー。エゴ進化論って言うのはねぇ。人間が他の動物とはちょっと違う進化をしているっていう理論なんだな」
しゃちょさんと言うのはパパの事だろう。
しかし。
「ちょっと違う?」
困惑する私にルールはニコニコしながら言った。
「動物の進化ってどういうものかな?」
「えっと、環境に適応した遺伝子が結果的に生き残って、優性遺伝が・・・」
「そう、遺伝子を使ったトライ&エラーを繰り返す進化だよ。でも人間は違うんだぁ」
「違う?」
「そうそう、人はねぇDNAより高度な進化因子を持ってるんだよ。それが社会的進化因子、エゴだよ」
「エゴ・・・」
「わぁ魂と言い換えて良いね。人はトライ&エラーではなくエゴ集合=集合知を集めて、社会的進化を遂げる生き物に変わったんだよ。エゴやマナはDNAと同じその為のツールなのさ。人間は個々に判別して進化するんじゃ無くて集合体として計算して進化してきた。進化の為に必要な情報を集合知として集積して、それを材料に進化するのさ。伝承性進化、継続性進化とも言えるね」
進化の効率化。
その為に人間と言う種が開発したのが高次元エネルギーで作られているエゴと言う名前のシステムなのだ、と言うなの事か。
「人を社会が進化させる?」
「そそ。や、ちがうか。人は自己進化より社会という枠の進化を優先させてるみたいな?その社会の進化が結果的に後追いでそこに所属する人を進化させてるってーの?私たちは目に見えないけれども魂というエゴ体を持ち、個々のエゴは繋がっていて、集合エゴへと情報を絶えず提供している。或いはこれはミーム的進化論と言っても良いかもしれないけれどね」
「エゴは高次エネルギーなんですよね?」
「そだよ。だから別の利用法があったんだな」
「それが魔法・・・」
「わぁ、正解!」
そう言ってルールは手を叩いて喜んだ。
「ついでにソウルストレージもその一つなんだよ。エゴ集合知の自分の割り当てがソウルストレージなんだ」
「ソウルストレージ」
つまり、魂というシステムが生まれて後付けの形で魔法や魂の自己領域が生まれたと。
「そそ、で、その容量は存在力によって大きさがことなるわけ。高次エネルギーの固まりであるソウルストレージ領域内に人は物を納めたり、記憶を保存しておけるわけ」
「記憶を、保存??」
「わぁ、というかねぇ。それが正しいの。ソウルストレージは本来的には集合エゴ内に置ける自分領域部分なの。そこには集合知に上げた自分の情報のバックアップがあったりして」
「まさか、記憶のトレースって」
「そそ、ここを使うわけ。ここは魂が保存してきた過去情報の全てが詰まってる訳で。ヒールじゃない高度回復とかもこれを使うんだよ。で、話が戻るけど、つまり、これに影響されないでソウルストレージ内に別枠で保存できる情報量って言うのが私の場合に一ヶ月分くらいなのさぁ」
そうなのか。
だから彼女の容量は一ヶ月と言う訳か。
「あの、記憶の消去ってこのストレージを消去するんですか?」
「そっちは脳の方を消去するみたい。エゴは人にとってはもう一つの命だからね。それを損なう行為はかなりリスキーだよね」
「そうなんですか」
「そそ、だから記憶消去はね。記憶が戻ってしまう可能性があるんだよ」
「え?」
「走馬燈って言うでしょ。人間はショック状態になると自己保全の為にエゴ情報を見る場合があるんだよね。だからそれで記憶が戻ったり、だからね。記憶消去は完璧ではないんだよね」
するとルールは少し困ったような顔で呟いた。
「やぁ、だから、万が一、そうだね。ソウルストレージがリセットされる事無く一つのエゴが別の肉体に宿った場合とか、もしかすると前世の記憶が蘇えちゃったりするかもね」
それはおそらく、彼の事を行っているのだろう。
私のパパ、ユノウス社長が異世界から転生してきた人間であると言う事実は今となってはもう相当に有名な話である。
「前世の記憶を保有出来る?」
「エゴが無傷でソウルストレージの元情報を閲覧できるなら可能だと思うよ」
そうなのか。
私は良く知らなかったけれど、おそらくユフィから少しづつ受けている処置もそういうものなのだろう。
「じゃぁ、さっそく、一人目ですねー。呼び出して見ましょうか」
少々雑談が過ぎたかな。私は頷く。
通話機を使って呼び出しを掛けた。
「本日はよろしくお願いします」
「あ、はい、どうもよろしく」
一人目のオペレーターはアンジュ・フロル嬢だ。
等級は一級。
「それでは最初に今回の調査について説明しますね」
「は、はい」
「やや、そんなに緊張しないで良いですよ。見つかったところで大した事にはなりませんし」
相手をリラックスさせるつもりなのかルールはそう言った。
確かにそれは事実だ。
軍規はあるにはあるのだが、私たち、情報管理官には適応されない。
万が一、背信行為が見つかっても、行われる処置は該当事案への記憶消去と別部署への降格や左遷ぐらい。
もちろん、離職は自由である。
軽いと言えば軽い処分。
こんなに緩くても良いのかと疑問に思うほどである。
その部分に関しては多少気が楽ではある。
「そんな大事に、ですか・・・」
「法神契約がありますからー」
「そうですけど・・・」
法神契約か。
法を司る神 との契約を破るとその個人や組織は聖団から一時的に破門される。
破門とは、聖団に所属する教会やギルド、店舗への立ち入り禁止だ。
これらの施設には法陣が張られており、破門された者は中に入る事はできない。
異端者や犯罪者を排除するにはもっとも効率が良いやり方だ。
ただ、排除する力は絶対的なものでは無いのだが。
魔法が使えない一般人には十分に効果的だし使える者にも制限を加えることは有効だ。
何にせよ魔除けぐらいにはなる。
簡単な説明の後でルールが記憶の読みとり処置を行った。
「問題無いですよ」
「え、もう終わりですか?」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございます」
彼女はほっとした様子を見せる。
それもそうか。
誰だって自分の記憶を読まれるなんて気持ちの良いものでは無い。
だけど、放置すれば確実に前線で戦っている人が死ぬ。
受けてしまった以上はやり遂げるしかない。
私は意を決してそれを口にした。
「ルールさんお願いがあるのですが」
「はーい?」
◇◇◇◇◇
スパイの存在について軍会議では激論になっていた。
間喋の存在は確かに驚異と言えば驚異だ。
しかし、それでも根本的に平和なのだろう。
官僚たちは無駄とは言わないが重箱の隅を突くような論調の議論を延々と続けている。
要は誰が責任を取るのだと。
まさか負けてもいない戦で責任を問うてくるとは。
勝利がほぼ既定路線になって以来、軍会議は点数稼ぎと足の引っ張り合いがメインになっている。
全員が他人を殴ってまでして奪ったパイを平等に分け合える訳ではない。
まぁ政略戦争とはそういう物なのかもしれないが。
僕は手を叩いた。
「一部の情報の漏洩があったとしてもその影響は限定的だ」
僕の言葉に聖団の将軍の一人がすぐさま異を唱えた。
「しかし再発防止の為にも情報漏洩の経路を知らなければ!」
「当然やっていることだ」
「大体が聖団征伐軍の機密情報を民間会社に預ける事自体が」
その言葉に僕は目を細めた。
まぁ、彼の言いたいことは分からないでもないが。
情報の漏洩は魔団の工作だ。
ユノウス商会のセキュリティーでも防げない物が他の誰に防げるというのだろうか。
その言葉に反応したのはユノウス商会の代表であるクレイだ。
不満そうな顔で彼は呟いた。
「信用できないということであれば、神の瞳によるサポートは打ち切ることになりますよ。利害関係を気にして、おおっぴらに動けないユノウス軍に代わり、ユノウス商会が神の瞳を貸し出していることを忘れないでほしい」
脅迫とも取れる言葉に将軍は顔を青くした。
「ろ、論外だ。情報無しで動けるものか」
将軍の不安げな表情に呆れ顔でエヴァンが呟く。
「それが今まで普通だったのでは?」
「いえ、私が言っているのは責任の、ですねぇ・・・」
エヴァンが冷徹な態度で告げた。
「それを操る技術も我が方にしかありませんので」
クレイはやや呆れ顔になって小声で横に座っているエヴァンに囁いた。
「物資の大半をうちが用意しているというのに。自分たちだけで戦争ができるとでも思っているのだろうか?」
「まぁそういうな。他人に服を着せられて戦争をしている方の屈辱も多少は分かるだろう」
聖団に所属する将軍の物言いはそのまま、聖団の危機感の現れかもしれないな。
ここまでユノウス軍が強くなるとは想定していなかったのだろう。
確かにユノウス軍は強く便利になりすぎた。
聖団がこちらが提供する装備に依存する度合いは日に日に増している。
面倒なことだ。
僕はため息を吐いて会議室に設置された大きな地図を見た。
魔団側の厄介な結界はまもなく割れる。
そうなれば、一瞬で片が付くだろう。
それを世界が目撃した時、彼らは僕をどう思うだろうか。
◇◇◇◇◇
会議を終えた僕は私室に戻るのでは無く、情報管理室に顔を出していた。
僕が部屋に入ってくるとオペレーターたちに若干の緊張が走った様に見えた。
真剣な表情で世界を回す者たちの真ん中にライオンの着ぐるみが鎮座していた。
「やぁ、ロキ。今日はライオンなのか」
「そうガオー」
今日の語尾はがおか。
本来、トリックスターで道化師というロキの性格がこんなにファンシーでファンキーなものになるとはね。
「ミルカは大丈夫か?あまり辛い役目に就けるなよ。あいつはまだ子供なんだ」
「お前は過保護なのか、放任主義なのか、はっきりするがお」
僕はその言葉に苦笑した。
「あいつは娘だぞ。そりゃ心配だろ」
「ミルカに対してはポジションがはっきりしてるがおねぇ。でも本人がいつまでもそう思ってると思うがお?」
あいつも思春期だから?
僕はため息を吐いた。
「あのなぁ、ロキ」
「そうだ、良い機会がお。お前に一つ忠告しておくがお」
「忠告?」
ロキがそういった事を僕にするのは初めてだ。
彼女は全ての情報を管理している。
その立場上、もっとそう言う事はあって良いはずだ。そうでありながら、今まで無かったのだ。
だからこそ意外に思えた。
「心配するながお。恋愛関係の話なんて藪蛇がお。精々、拗れてそのまま犬にでも食われるがおよ。そういうことはロキちゃんの預かり知らぬことがお」
「余計なお世話だ」
その方向なら僕も聞く耳を持たない。
大体、どうしようもないだろう。
「そうがぉ、だから別の忠告がぉ」
「なんだよ」
「悪魔に手を出したがぉね」
「ああ、逃げられたが」
悪魔とは何なのか。
興味深い現象だったがあれは害悪に過ぎた。
「失敗がぉ。あれからはもっと有益な情報を回収するべきだったがぉ」
「何故」
あれは妹のユフィをはめた訳だし、その状況を故意に僕に知らせない工作までしていた。
結果、かなり危険な状態を放置することになったのだ。
「お前には謎が多すぎるがぉ。厄介な創世神相手に聞くよりはずいぶんと聞きやすい相手だったがぉ」
「僕の謎?何が?」
「お前は魔法協会に対して魔法をなんと説明したがぉ?」
「説明?僕が連中にせっつかれて発表したエゴ進化論の話か?」
魔法の秘儀を独占しすぎているとやっかみを混じりの因縁を振られて嫌々発表したものだ。
内容は割と基本中の基本だったのだが既存の理論からは外れていたらしい。
「そうがぉ。お前は魔法をマナをどうやって説明した?」
「僕はマナを高度情報エネルギー、魔法を余剰エゴエネルギーの使用と答えたね」
「そう、お前はそう言ったがぉ。
人間はエゴ(魂)を作り出すイド(肉体)として進化した。
人は動物が血肉を作るように、血と肉と魂を作る器官を持っている。
魂は三次元には干渉しない高次元エネルギー体であり、人間はそれに情報を納めて、かつ共有している。
それが天国であり、地獄である。
集合エゴで情報は解析され、人々の個別エゴにも影響を与えながらエゴの進化を促す。人は肉体的な変化は無くとも社会的影響によるエゴの進化を無限に続け、環境に最適化されている。
そして。
お前はこう続けた。
人が増えれば魂が飽和する。魂、高次元エネルギーに余剰が出てくる。
その上で魂はその保有する情報によって集合し保管される。
それは祈りや願い、恨みなど単純な物ほど多い。
そういったモノは人が増えれば、植物が光合成で酸素を増やすように増え続け、膨大な魂、つまり高次元エネルギーをエゴ内に集め続けることになる。
お前は魔法とはこの指向性のある高次エネルギーの余剰を利用する事だと言った、がぉ」
「間違っているか?」
現象として魔法が存在する以上、魔法には発生する現象相当のエネルギー量をどこからか調達する必要がある。
魔素は魔法の使用で消費するなら誰かが作らなければならない。
魔素を作っているものの正体は何なのか。
突き詰めて行けば結論はたった一つだろう。
「はてさて合っているとして、それでお前は自分自身をどう説明する気がぉ?」
「僕を説明・・・?」
自分自身を説明しろだって?
考えてみたことが無かった。
「お前は魔法に親和性が強すぎるがぉ。あり得ない次元で魔法が使えるがぉ」
「あり得ないって」
僕は自分が特殊な人間だってことは重々承知している。
「人間が魔法の創設者であるオーディンより親和性が高いのはおかしいがぉ。お前は・・・。・・・おそらく、だから呼ばれた。お前からはエゴの力の源泉である始祖鬼の血の臭いがするがぉ」
「始祖鬼の血・・・?」
僕は自分の中の知識を思い浮かべた。
その単語はオーディンから受け継いだ知識にある。
僕の理屈で言うところのエゴを生み出す根源の血。
何故そう呼ばれているのかも謎な血の名前。
「魔法の祖の血。お前の前世には何かがあるがぉね」
前世??
只の一市民だったぞ?
「待て。前世の僕には何も無いぞ」
「嘘がぉ。オーディンは気づかなかったけれど、ロキちゃんには見えたがぉ。お前の過去生は明らかに改竄されている。魔法部分、改竄自体は完璧なのに内容が杜撰で幼稚過ぎるがぉ。そもそも即死のはずのトラック事故で死亡状況を克明に記録しすぎがぉよ。矛盾が多すぎる。お前は本当は・・・」
本当は?
「どうやって死んだがぉ?」
「僕の死が・・・違う・・・?」
僕は困惑して自分の記憶を思い出してみる。
僕はトラックに引かれて死んだ。
その描写も含めて、なぜかドラマのワンシーンのように克明で。
説明的だ。
確かに情報が整い過ぎている。
端から見て分かりやすく、もっともな死に方。
だが改竄を受けているなら覚えている訳が無い。
だとすれば。
何故、誰が、何の目的で?
◇◇◇◇◇
その記憶は強烈だった。
私の目の前でそれは起こっていた。
ぐちゃぐちゃ。
まるで葡萄潰しみたいな音が響いている。
ぐちゃぐちゃ。
でも潰れているのは葡萄なんかじゃない。
ぐちゃぐちゃ。
嗚呼。
潰れているのは私の両親だ。
私は押入の中でそれを見ていた。
心の中で泣き叫んだ。
ぐちゃぐちゃ。
愛しい母や父の名前を呼びたかった。
それでも。
声を出せば、私がああなるのだ。
何故か私はそれを理解してしまった。
だから声は出さなかった。
だから涙も出さなかった。
ぐちゃぐちゃ。
嗚呼、潰れる音がする。
今、壊れているのは私の心だ。
私はあまりに正しい選択をして。
私は両親が死ぬ様を淡々と見届けた。
◇◇◇◇◇
「はぁはぁ」
「大丈夫ですか?ミルカ」
ユフィの心配そうな言葉に漸く我に返る。
今日は確か、10回目の記憶処置を行ったのだった。
ここまで一応は順調に記憶を開示し、私は元の私に戻りつつあった。
「へ、へいきだ、よ・・・」
私はそう言いながら苦笑した。
我ながら白々しい。
床に壮大にぶちまけてしまった胃袋の中身を見ながらも平気を装おうとする自分自身に思わず苦笑してしまったのだ。
寮の自室で良かった。
多くの人に見られるのはしんどい。
「どうですか」
「どう・・・って?」
「向き合えますか?貴方は自分の過去に」
「わ・・・たしは」
頭がぐるぐるする。
最悪を通り越した気分で私は呟いた
「ちょっときつい」
珍しく弱音が出てきた。
「なら忘れてください」
「え?」
ユフィは私に言った。
「もう忘れて良いはずです。ミルカ。人は忘れる事が出来るのですから」
「わ、忘れられる訳が無いよ!!」
「忘れられないのは忘れたくないだけです。拘っているのはミルカなんですよ?」
「そ、それは」
「もし忘れたくないなら平気になってください」
ユフィさんの言いたいことは分かった。
気持ちを強く持てという事は毎回言われていることだった。
「分かったよ。大丈夫だし、平気だから」
たとえ向き合っても大丈夫。
「私は負けないから」
◇◇◇◇◇
調査を開始して一週間が経った。
私がルールにお願いしたのは記憶が直接読めない私のために調べを受けた人たちの行動をある程度、詳細に表にしたものをレポートしてもらったのだ。
今、私の前には全員の行動のレポートが並べられていた。
およそ一週間をかけての全員の調べが終わった。
結果は。
「あー全員シロだったね」
「そうですね」
その部分に異論は無い。
彼女たちの間に犯人は居ない。
記憶捜査はやはり信用していいのだと思う。
その部分ではほっとしている。
今回の一件があって少し調べたがソウルストレージの部分的改竄は魔法の難易度が極めて高すぎるようだ。
ユノウスやオーディンクラスの魔法使いでも苦戦するレベルの難易度らしい。
あのレベルがほいほい居る訳もないし。
相手があのレベルならやはり対処のしようも無い。
「じゃ、そういうことで」
「はい、彼女たちの中には犯人はいないと思います」
この段階で犯人が簡単に炙り出せるとは私もおそらく、ロキ室長も考えてはいないはずだ。
そう言いながら私は三枚のレポートを前に出した。
「犯人は居ませんが怪しいのはこの三人です」
「え?どういう意味?」
こんなに間接的な情報だと慧眼は発動しない。
それでも怪しいかどうかぐらいは私にもある程度分かるのだ。
論理だって考えれば見えてくるものもある。。
「この3人は共通してかなりの頻度で他人との接触が見られます」
「他人。犯人は別に居るって事?で、ですが他人に情報を渡しているような記憶は無かったですし」
「そうですね。ルールさん。ひとつ質問ですが、貴方は本人のプライバシーに配慮してでしょうけど、全て親戚の人や友人、知人と言った言い回しでレポートを書いていますね?」
「えーっと。まぁ、これ本部報告にも回しますし」
しどろみどろになるルールさん、悪気があっての事では無いだろう。
私も別に責めている訳ではない。
「一点確認ですが、ソウルストレージを消去しても一定の記憶は脳に残るんですよね?」
「うん、まぁそこそこ覚えているけど」
彼女の中に詳細な記憶が残っていなくてもある程度なら答えられるだろう。
だから私は尋ねた。
「なら、この中に関係性が非常に親密な他人は居ますか?無防備な状態を晒すほどに」
「ど、どういう意味??」
「もっとはっきり言えば、期間中に一緒に寝た人を探しています。頻繁に性的関係を持つ様な親しい恋人。これはハニートラップでは無いかと考えています。同衾して対象が完全に寝入った隙に魔法処置で記憶を奪っているのでは無いかと」
犯人は記憶泥棒だ。
奪われた方にはおそらく自覚は無い。
ルールはぽかんとした顔をした。
「・・・なる。そっか、私と同じ能力を有する者が間喋をしているのか。そんな方法で・・・可能性はあるよね」
「誰がそうか教えてください」
ルールは困惑しながら一人のレポートを指した。
瞬間。
私の慧眼がチリッと疼いた。
◇◇◇◇◇
いやぁ良い稼ぎになった。
俺は今回の報酬額を思い出してほくほく顔で笑みを浮かべていた。
言われた通りに女に接触して渡された金でデートに誘い、親しい関係になるだけのアルバイト。
まったく持ってチョロい。
こりゃまだ暫くは稼げるな。
騙している女だって悪くない女だ。
顔はそこそこ良いし、性格も悪くないし、何より稼ぎが良い。
騙していた事はこれからも隠すとして、実は自分がろくな定職に就いて居ないなんて嘘をカミングアウトするタイミングによって上手く行けば、このまま居着いてもいいのでは無いか。
そう思える程度に都合が良い女。
子供でも出来れば、良い感じで一生寄生出来るのではないだろうか。
俺は気楽な様子でその騙している彼女の部屋にやってきた。
部屋を開けると黒い服の人たちが立っていた。
「え」
「キイロ・コナーだな?」
俺は一歩後ずさった。
何が起こっている
「ユノウス軍教導隊の者だ」
その言葉に目の前が真っ白になった。
「待ってくれ!俺は何も知らない!!」
「話は詰め所で聞こう」
あっと言う間に組み伏せられる。
俺は必死になって暴れた。
「本当だよ!大体!俺は頼まれて女と寝ただけ!それ以上の事はしていないの!」
「なるほど、つまり依頼主が居て我が軍のオペレーターに接近したのか!」
「お、オペレーター??知らないぞ!俺はただあの女を騙してつき合えって、お金を貰って・・・」
「しらを切りやがって!!」
な、なんだ?
あの女がどんな仕事をしているというのだ?
ユノウス軍の教導官の剣幕に俺は恐怖を感じた。
俺はハメられたのか?
すると一人の女性が奥から出てきた。
「嘘でしょ、キイロ・・・」
「アンジュ・・・。ち、違う!今のはその!何も知らないんだ!!」
アンジェの横には一人の少女が立っていた。
その少女は一歩前に出る淡々と呟いた。
「そうでしょうね。貴方には記憶を何も残っていないでしょうね」
「お、おう。分かってくれたか」
「その辺のカラクリも読めていますから」
「か、カラクリ?」
「貴方はただの蜥蜴の尻尾です」
そう告げる少女の目が鋭くなった。
言いようの無い恐怖が心臓に突き刺さる。
まるで全てを見透かされているような気分になる。
「だから貴方から聞きたいことはたった一つだけです」
◇◇◇◇◇
私はとある人物を待って会議室に一人で居た。
「失礼します」
「お待ちしていました。ガーマンさん」
私は入って来た男に挨拶をする。
ガーマン・ブラッター。
初老に差し掛かった成人男性。
平均的な体力に高度な魔法技術を有し、勤勉。
物腰は柔らかく品行方正。
特定の差別もなく特に問題の無い人物。
現在はユノウス軍のA級魔法技師であり、担当業務は記憶捜査。
「用件とは?」
「犯人が分かりました」
私がそう告げると初老の男は顎髭をさすった。
「ほぅ、それで犯人は誰ですか」
「犯人は貴方ですよ。記憶捜査官、いえ魔団の特殊工作員」
「・・・はぁ?」
「貴方がその容姿を魔法で変えて記憶を盗んだのでしょう?三班の一人、アンジュ嬢には最近出来た彼氏が居ました。その男の名はキイロ。貴方の協力者の一人です」
「私の?何の冗談だね?」
私は努めて冷静なガーマンのその反応を見ながら言った。
「キイロ・コナーは何者かの依頼を受けてアンジュ嬢に近づいて居たそうです」
「ほう、そうなのか」
「はい」
「それで彼は私の事を何か言ったのかね?私はそのような人間と話した事は無いのだが」
「それは貴方の記憶を探れば簡単に分かるのですが。そうですね。答えますと彼は何も知りませんでした」
「ふむ、それで?」
「私は彼に一つの事しか尋ねませんでした。その依頼者から最近で外出を禁じられた日は無いかと?彼は言いましたよ。ほんの2週間前にそういう奇妙な命令に従ったと」
「それで?」
「私が想定したスパイの能力は二つです。一つは記憶を奪う魔法能力」
「もう一つは?」
「他人に化ける能力です。容姿だけでなく記憶までトレースして完全に他人になりすます完全変身魔法技能者。・・・それが貴方です」
その言葉に。
一瞬、ガーマンは言葉を失ったようだ。
「驚いた。よくそこまでの言いがかりが出来るものだな。そんな事が私に出来る訳がないだろ」
私は大量の紙束をガーマンに突きつけた。
「ビックデータ。膨大な神の瞳の情報を総洗いして調べ、分かった事実があります。その命令の日、キイロ・コナーは二人居ました」
「な・・・に?」
「彼は言いつけを破って外出していたんですよ。まぁ、それは別としてもう一人のキイロ・コナーはアンジュ嬢と買い物を楽しんだ後、その晩、ベッドインし」
「・・・そして?」
「彼女を満足させた後、寝入った彼女に何かをささやきながら頻りに頭を撫でていました。はてさて何をしていたのでしょうね」
「愛の言葉でも囁いていたのでは無いかね?下世話な事じゃないか」
「その次の日。去ったキイロ・コナーを神の瞳の過去情報で追いました。貴方と繋がるかを追ったのです。結果はまぁ貴方が容姿を変える部分までは発見できませんでしたが点と点が線で繋がりました。貴方は神の瞳を巻くために3度ほど別の容姿を経由する工作を行った様ですが、それも特定しました。我々は貴方を不可解な第二のキイロと断定しました」
「君の推理は完璧じゃないな。まるで私が犯人の様に錯覚してこじつけでシナリオを書いている。三度も容姿が変わったのならば、それはもう繋がって居ないの同じ事だろう。結局、私がキイロになった証拠は本当はないのだろう?」
ガーマンは余裕が無くなってきたのか若干早口になってきている。
「調べは済んでるんですよ。確かに貴方が直接彼に変わった様子を撮影した過去の瞳は在りませんでしたが、貴方が消えるタイミングとキイロやキイロと接触したエージェントの行動は結びつき過ぎました。そして、貴方は今回、万が一にも男性の記憶捜査をする際には直接担当官をする立場に居た。万が一にキイロが捜査線上に炙り出されてもそれを容易にもみ消せる立場にあったのです。なるほど、確かに記憶捜査官という場所は間喋にとってはとても便利ですね」
ぎりっと強い音が鳴った。
ガーマンが歯ぎしりをさせたのだろう。
漸く表情を変えたガーマンは怒りに満ちた瞳を私に向けた。
「疑い程度では証拠にはならないのでは?私はもちろん自分の記憶の開示を拒否しますよ!」
「私たちが証拠主義で動く甘ちゃんに思えて?」
私は宣言した。
「今回の捜査権限者である私が貴方を黒と決めつけ逮捕します。もちろん、超法規的処置です。貴方が法廷に立てるとは思わないでくださいね」
「・・・呆れた話だ!お前の推理は決定的に足りていない。それでも断ずるか!!」
「この国では嫌疑で十分ですよ。証拠は貴方の脳の中に在りますからね」
「まったくとんだチートがまかり通るものだな!」
そう言ってガーマンは凄まじい勢いで私に突進してきた。
常人には見ることすら叶わないような手刀を繰り出す。
私はそれをあっさりと受け止めた。
「なに?」
「事前の情報ではミルカ・ハースは何の能力も持っていないはずですか。やれやれ」
僕はにやりと笑った。
「ここまで似てなくてもバレないか。まぁお前はミルカを良くは知らないもんな」
僕は男の腕をいなしながら投げ飛ばした。
「な!?」
吹き飛んだ男を前に擬態を解除し、改めて僕は名乗った。
「本当の自己紹介がまだだったな。僕がこの町の領主であるユノウス・ルベット・べオルグだ。もしかしてもう知っていたかい?」
「擬態だと!?」
男は驚愕の表情で魔法式を作り出した。
転移魔法。
「今回は中々良い勉強になった。お礼をさせてくれ」
魔式切り。
僕の展開した鋼糸によって全ての魔法が破壊すると同時に男の自由を完全に奪う。
「それこそ僕に喧嘩を売って只で済むと思うなよ」
「きさぁまあああああ!!!」
無駄に言葉を交わす必要もない。
拷問も不要だ。
「その記憶、見せてもらうよ」
僕は強制的に男の記憶を徴収した。
「ぐぬぅ・・・」
「ふん、やはりお前だったな」
――――封魔針
魔素を飛ばし、魔法を使えなくする魔法を体に打ち込む。
しばらくは何も出来なくなるだろう。
男の記憶を改めて確認して僕は目を細めた。
タイプは違うがこいつも蛇人の一人だったのか。
中々面白い魔法使いだったが戦闘能力はイマイチのようである。
僕は外に待機させて居た兵士たちに連絡を取った。
兵士は拘束されたキイロを連れて現れた。
同時進行でそっちの確認に行っていたミルカも姿を表した。
僕は拘束されて無効化された男を兵士に明け渡すと一緒に入って来たミルカに笑いかけた。
「名推理だったな。ミルカ」
「ありがとう、パパ」
ミルカはそう言って僕に頭を下げた。
その言葉に僕はちょっと苦笑した。
なんとなく場違いな響きである。
「キイロ。きさまぁ」
男が拘束され入って来たキイロに対して怒りをぶつけた。
キイロは困惑した様子で震えた。
「だ、誰だよ?あんた!?」
「彼を責めるのは良くないですよ。まだ詳しい事情は何も知らないのですから」
「なに!?」
「彼はまだ拘束されたばかりなのですから」
ミルカがそう告げる。
男はその言葉の意味をどうやら察したらしい。
戸惑った表情で呻いた。
「裏付けははったりか!?」
「ええ、半分くらいは」
にっこりと笑うミルカにガーマンは呆然とした様子で口を半開きにした。
証拠もくそもない。
ほとんどがはったりだったのだ。
「お前が俺をハメたのか」
「はい。そうです」
「いつから、いつから気づいた?少なくとも俺のところにキイロの話はまったく上がって来なかったぞ!?俺は内部に居ながら何の情報も無くここに立たされた!!それがどういう事だか分かっているのか!?」
最初からある程度想定して動いて居なければ、この注意深い男がのこのこと網に掛かっては居ないだろう。
だから一人で計画を作り、極少数を動かして。
実行犯と協力者の二人を同時に攻略したのだ。
ミルカは平然とそれを成した。
「この筋書きを書いたのは私です。貴方が犯人の可能性も最初から考えていました」
「最初から?」
「会った時からですよ。私はそういう人間なんです。そういう風に習って育ったんです」
「なっ、な・・・に?」
淡々とそう述べるミルカの言葉に心底ぞっとした様子でガーマンだった男が呟いた。
「お、お前は何なんだ。こんな事が見透かした様に分かって良いはずがない」
「貴方の同類ですよ。誰かさん」
ミルカはどこか自嘲気味な笑みを浮かべて言った。
「私も誰でも無い人間なんです」
その言葉に僕は眉を少し動かした。
正直、ミルカは聡すぎるきらいがある。
それが彼女を傷つけることも多々あるのだ。
「大丈夫か、ミルカ?」
「平気です。パパ」
彼女はそう言って小さく頷いた。
◇◇◇◇◇
夢を見た。
たった一人で泣いている女の子の夢だ。
私はその女の子に声をかけた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「あのね。私ずっと一人でここに隠れて居たの」
「うん分かったよ。伝わってきたよ」
「どうしても言えない言葉があるの。厭だから逃げたの」
「大丈夫だよ。知っているから」
「厭なの。怖いの。だってそれを言いたくないから」
「うん知ってる。私も怖いよ」
だから。
一緒に言おう。
私は彼女を抱きしめた。
「ほんと?一緒に言ってくれる?」
「ほんとだよ」
だって私は貴方だから。
そう言うと少女は顔を上げた。
やがて夢が醒めていく。
その世界に光が満ちて。
私は。
◇◇◇◇◇
「今日で処置は終わりです。お疲れ様でしたミルカ」
「ありがとう、ユフィさん」
私は最後の記憶を取り戻してニコと笑った。
「どうですか?何か変わりましたか?」
「んー。変わったかな。でも変わらないような」
「そうですね。貴方の魂の情報は絶えず更新してましたから、貴方自身のそう言ったモノは記憶を失おうが失うまいが継続していましたから」
「つまり、変わらなくて当然ってこと?」
「不具合が直った程度ですよ。そういう意味ではすっきりしたのでは?」
なんだか私が壊れた機械か何かみたい。
ユフィさんらしいと言えばらしい言い方に私は苦笑した。
「あはは、なんかその言い方はちょっと・・・でも確かに少しだけ気が楽になったと思います」
「それなら幸いですよ。医者として処置した甲斐があったのです」
私は改めてお礼を言った。
「長い間、ありがとうございます。ユフィさん」
本当にお世話になりっぱなしで恐縮だ。
「ミルカが変わっても」
「え?」
何故だかユフィさんは少しだけ照れくさそうに私に言った。
「貴方が変わっても私たちは変わりませんから。居場所は一緒だから。だからいつも通り私たちの妹として甘えてくれて良いんですよ。ミルカは」
その言葉に私は涙を流した。
「うん、嬉しいよ」
私はこんなわがまましてしまって、本当にバカだと思った。
今の私のことを大切に想ってくれている人たちがいる。
その人たちが変わらないで私を待っていてくれる。
それが何より嬉しくて涙を流した。
◇◇◇◇◇
記憶処置の終わった次の日。
パパが私を呼び出した。
パパは私はとある場所に連れ出したのだ。
そこがどこかすぐに分かった。
私の生家の跡地だ。
そこには墓標があった。
「これは」
「君の両親の墓だ」
意外に立派な墓標に二人の名前が記されている。
「これはパパが作ってくれたの?」
「ああ、そうだ」
墓には綺麗な花が添えられている。
「このお花も?」
「ああ、命日ぐらいはお墓お参りしている。お前の記憶を消した罪滅ぼしみたいなものかな。これからはミルカも一緒に来るだろ?」
「うん」
私はちょっとなんだか嬉しくなって涙が出てきた。
私は本当に色々な人に感謝をしないといけない。
「今までありがとう、ユノウスさん」
私の代わりになってくれて。
私のパパになってくれて。
名前を呼んだからだろうか、一瞬驚いた顔をしていたユノウスさんは直ぐに笑ってこう言った。
「どういたしまして、ミルカ」
私は笑った。
私はたくさん大切なモノを喪ったけど。
今でもたくさんの大切なモノに囲まれて生きてこれたから。
大丈夫です。
ごめんね。ありがとう。
「パパ、ママ。さようなら」
私は漸くそう言った。
ずっと怖くて言えなかった言葉だ。
回り道になったけど。
私はようやく言える強さと支えてくれる友を手にいれたよ。
もう大丈夫だから。
「ありがとう」
◇◇◇◇◇
帰りに葡萄の実が成っているのが目に付いた。
そうか。
ここの葡萄はこの頃が収穫なんだ。
葡萄の実をもぎとって、一粒口にした。
とっても幸せな気分になる。
うん、私はこの味が大好きなのだ。