子供と干し柿
※7月12日改訂
さらに一年がたった。
僕ももう5歳だ。
こっちに来て5年。色々な事が分かってきた。
「やぁ!」
僕は気合いを入れて剣を振るう。
それをあっさりと受け流すエレス。
すっとエレスの剣が伸びてくる。僕は体を倒しながら剣を避けきる。
もう一度、剣を構えて打つ。エレスは半歩下がってこれを無効化してしまう。
本当に速いなぁ。
あれだけ体の動きを要求する剣撃を振るいながらコンパクトに体を回転させて威力と斬撃の速度を稼いでいる。
速さだけなら剣道の型の方が速いかもしれないけど、エレスの剣術には実戦用の威力まで備わっている。
高機動高威力。
僕の二撃目も簡単にいなされてしまった。
ついでに剣を絡め取られて飛ばされる。
うぎゃー、無念。
「まだまだだな。動きが素直すぎる」
「はぁ。参りました、師匠」
「もっとも5才児としては信じ難い動きだがな」
「はぁ…」
師匠から一本も取れない。
分かっていたがまだまだだなー。
「おい、お前は自覚してそうだが、ここで見せてるような動きを他で見せるのはやめた方が良いぞ」
「そうですか?」
「優秀というより異常だ。受け答え一つとってもな」
「はぁ」
まぁ、確かに5才児の幼児がこんなに動いたらおかしいよね。
僕は動けるんだけど。
「どうして剣を学びたいかしらんが、体重がないうちは剣に威力を求めても無駄だな」
「そうですか」
でも、この1年でもだいぶ強くなった。
「まずは動きの精緻を極めろ。剣術で一番大事なのはまっすぐな剣閃だ」
「はい、師匠」
「良し、ヒールを使いながら素振り1000回だ」
「はい」
師匠に言われるがまま、素振りを開始する。
◇◇◇◇◇
たった一年だが動きも体付きも見違える様に良くなった。
(とんでもないな)
貴族の子供などには妊婦が神殿の洗礼を受けた事による成長強化の加護がかかっている場合が多い。
ミリアも洗礼には行ったと言っていたのでそれがかかっているのはいるのだろうが。
その加護は子供の頃にしか与えられないがとにかく、貴族の子供はそれのお陰で平民より成長が相当速くなる。
それのお陰でもあるのだろうが、いや、しかし、だからといって尋常じゃない成長スピードだ。
「腕力は大の大人と同じくらいないか?」
どういうことだろう。
あの100センチ程度の体にそれだけの筋力を持ち合わせる事ができるものなのか?
そもそもこいつはハーフエルフだ。
エルフは人の5倍は生きると言われているがその分、発育は遅く成人を迎えるのに40年はかかると言われている。
未だ少女に見えるミリアですら実年齢では35を越えている。
ハーフエルフはそこまで遅くないが人の子供と比べると遅くなりがちで一緒に育てると成長が未熟な分、ハンデが多く結果いじめられたりもするらしい。
ユノは明らかに体の成長も早い。
どういうことだ?
首を捻るが答えは出ない。
エレスにとって理解できない変な子供。それがユノだ。
◇◇◇◇◇
「どうだ。登ったぞ!」
僕の目の前でレオが柿の木に登っている。
おー、やるじゃん。
ただ柿の木は折れやすいから危ないよなぁ。
「へー、やるじゃん。で、ちゃんと降りれるの?」
「ばかにするなー!」
若干頬が赤い。
どうやら降りられなくなったことが過去にはあるらしい。
少しぎこちないが降りてくる。
「これぇ」
そう言って何かを差し出す。
「にいさま、それなーに?」
「柿だよ!柿!」
レオがそう答えるとユフィはぷいと横を向いた。
「わたし、レオにきいてない」
「んだと!?俺もにいさまだろ!」
はー、やれやれ。
最近になって、メーリンからユフィを外で遊ばせてほしいとの要望があったのだ。
だからこの時間から本邸の庭に出ることが多くなった。
お陰でこの悪ガキともよく遭遇し、場合によっては遊ぶ羽目になってる。
ユフィは気分を害した様子で僕の後ろに隠れた。
ちなみにユフィは顔をカーゼを当てた布巾で覆っている。
花粉やら対策である。
前に比べると体調は断然、安定している。
と言っても気を抜くとすぐに病気になるみたいだけど。
まぁ、時々リフレッシュもしているし、一応、大丈夫なのだろう。
「レオ、それがどうした?」
「おまえこれぜんぜん甘くないのな!なんでだよ!」
「いや、渋柿だから当然だろ」
「前にお前が渡したのって、甘かったじゃん」
うーん、そりゃ、そうだけど。
僕は柿に触ってみる。
すでに完熟の様だ。ふと上を見つめる。
「なぁ、この柿って収穫したりするのか?」
「収穫?採ってる奴なんか居ないぜ?だって、くそ苦いし」
苦いんじゃなくて渋いんだよ。
もったいないなぁ。
「よし、分かった。ちょっと根気いるけど手伝え。レオ」
「はぁ?何を?」
「僕らの手であのしわしわの甘い柿を作るんだよ」
「おお!あれな!良いぜどうやるんだ!」
どうやらレオは乗り気らしい。
まぁ、自然に任せて干し柿を作ってみるのも良いだろう。
この子供たちにも良い教育だな。
「ユフィはメイドに頼んで籠とひもを貰ってくるんだ」
「え?え?」
すこし混乱しているユフィに僕はもう一度、言い聞かせる。
「ひもと籠」
「うん、わかった、にいさま」
とてとて、と歩いてユフィはメイドのいる館に向かっていった。
「あー、それと一人メイドに来て貰って」
「う、うん」
大丈夫かな。
追加の注文は忘れるかもしれないな。
「で、俺たちは何するんだ」
「柿を全部収穫しよう」
柿の木は全部で2本もある。かなりの労力だぞ。
「僕が上から投げるから受け止めるんだ」
「ええ?俺は登らないの?」
危ないし。
レオでは細い木の枝の判断ができないに決まってる。
何より僕の方が軽い。
「じゃ、もいだら投げるからな」
「えー、俺も登れるぞ!」
「良いからしっかり掴めよ」
僕はとんと木に足をかけると垂直に5メートルほど一気に上った。
うん、大丈夫。
ほんの一瞬で登り終えた僕を見てレオが目を丸くしている。
「はやっ」
「ほら、第一投」
ひょいと無造作に投げる。
レオは慌てた様子で掴む。うん、ナイスキャッチ。
「こら!もっときちんと合図しろよな!」
「ほら、次!」
僕はポンポン投げてく。
お陰で下のレオは大慌てだ。
何個か落とした様だが面倒だし、良いやねぇ。
これ全部で100個位はあるんじゃねぇ?
僕は一本の木になった柿を全部落とした後で横の木にひょいと飛び移った。
「お前サルかよ!?」
この世界、猿がいるのか。
まぁ、人間がいるんだから猿が居てもおかしくはないかな。
「なんだ、レオはサル見たことあるのか」
「親父が見につれてってくれたぜ?」
へー、あのルーフェスが。意外に子煩悩なのかもな。
しかし、この世界にも動物園があるのか?
「どこで見た?」
「山に猟に行った時にだよー」
ああ、野生のサルか。
まぁ、そっちの方が当然というか自然だよな。
僕は作業を再開した。
「終わったぁ」
なぜかへとへとになったレオの横で僕は柿を見た全部で115個。
いやー、多すぎでしょ。
「こんなに集めてどうするの?」
籠を持って現れたメイドのリージュが目を丸くしている。
「リージュ、これは皮を剥くんだ」
「皮を?」
ユフィも首を捻っている。
「ほら、レオ終わりじゃ無いぞ」
「えーもういいよ」
おー、このレオの疲れよう。
まぁ、僕らが食う分には多すぎるし、張り切りすぎたかな。
苦笑しながら言う。
「良くない、行くぞ」
「私も手伝うよ」
「はぁ、いったい何が?」
困惑するメイドを連れだって炊事場に向かった。
皮を剥く作業からはメイド2人にも手伝って貰った。
「これを剥くと何になるの?」
不思議な顔をしながら柿をナイフで剥くメイドの横で僕らはヒモに柿を結んでいく。
「紐の数ぜんぜん足りないなぁ」
「柿、多いよぉ」
レオがまたも弱音を吐いている。どうやらこういう労働はお嫌いなようだ。
「にいさま、結べました!」
「よーし、偉いぞ。ユフィ」
なでなで。
「お湯できたよ」
メイドの一人が告げたので僕らは紐につるした柿をさっと茹でる。
殺菌の為の処置だ。
「これを雨の当たらない日当たりの良い場所に干します。こんな風に重ならないようにお願いします」
「じゃ、私が干してきますね」
「よし、レオも行ってこい」
「ええ!?なんで俺」
不満げなレオが柿をもって出て行く。
さて大変だぞ。
最終的にさらに2人のメイドに手伝って貰って柿干しは完了した。
うーん、さすがに100個も干してると尋常じゃないな。
◇◇◇◇◇
一週間後。
干した柿を揉んで回る。
「これ食べれるようになるの?」
「なるなる」
「まだ堅いね」
◇◇◇◇◇
数日後。
2度目の揉み。
だいぶ甘い香りがする。
「まだ?ねえ、まだ?」
レオの催促に僕は首を振った。
「まだ」
◇◇◇◇◇
そして、丁度2週間後。
漸く念願の干し柿が完成した。
「できたな」
甘い香りがする。
「おお、旨そう!」
「みんなで食べよう」
早速、メイドたちを呼んで50個ほど収穫する。
「にいさま、残りは?」
ユフィの言葉に僕は言った。
「ころ柿にしようと思う」
「ころ柿?なにそれ?」
「もうちょっとしわしわの柿だよ。その方がもうちょっと保存が利くだろうし」
こんなに喰い切れないだろうし。
完成した柿をみんな(僕らとメイド5人)で食べることにした。
「あら」
「美味しい」
一口食べたメイドたちがそう感想を述べた。
「すげぇ!これだよ!これが食べたかったんだ」
レオは猛烈な勢いで柿を食ってる。
そんなにたくさん食うなよ。
柿は三人で三等分した。メイドに渡した分をのぞいて一人15個だ。
「にいさま、これ美味しい」
「うん、甘いね」
まぁ、普通に美味しいけど。
それなりだな。うーん。甘すぎ。
「すげぇ!やべぇよ!これ俺がつくったんだぜ!」
知ってるよ。
しかし、レオは上機嫌だな。
「そうだねー、レオが一番がんばったもんね」
僕が適当に持ち上げると満面の笑みで言った。
「だろー!」
随分と得意げだ。まぁ良いことだね。うん。
僕は一個食べるとミリアたちへのお土産分を残し、残りをメイドに渡した。
「残りはメイドさんの方で適当に持っててください」
「あら?良いの?」
「僕らじゃ、食いきれませんので」
嫌いじゃないけど、正直なところ、僕は肉の方が好きだな。
「俺はあげないからなぁ」
「良いよ、別に」
誰も取らないから。しかし、柿をそんなに食べてどうするんだか。
「私も、はい」
ユフィも自分の分をメイドに渡す。
おお、ユフィはお利口さんだなぁ。感心。
「俺はあげないからなぁ!」
「いいよ、べつにぃ」
どうやらユフィは僕のマネっ子をしたかっただけのようだ。
僕はその様子に思わず笑った。
◇◇◇◇◇
「まぁ、美味しい」
メーリンは一口運んで頬を綻ばせた。
干し柿というのも珍しい。東洋の一部にはこの柿菓子が流通しているらしいけれど。
子供たちが自分たちで作ったというのも驚きだ。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい」
ルーフェスが戻ったようだ。
しばらく、中央の王都に出て行っていたので本邸には久しぶりの帰還である。
「相変わらず中央は騒がしいよ」
「そうでしたか」
主人の帰還を受けてメイドがワインを用意する。
ワイン受けにはこの干し柿を出すようだ。
「ん?なんだこれは?」
「これはレオ様が作った干し柿です」
ルーフェスはレオを大変に可愛がっている。
それはユフィやユノよりずっとだ。
長子だからなのかも知れないが。
「おお、レオがか」
まぁ、嘘は吐いていない。
レオが取り分を渡したものでは無いが一緒に作ったものだ。
「うん、美味いな。あの歳でこんな物が作れるのか。はは、レオは天才だな」
天才というと、本当にとんでもない息子が一人いるのだけれど、きっと当分、気づかないでしょうね。
この人はミリアにもその息子にも冷たいし無関心だから。
はぁ、私は仲良くしたいのだけれど。