その料理の名は(後)
ユノウス・ルベット。
数々の料理を世に送り出し、料理界の偉大なる父にして、料理の神さまと呼ばれる天才料理人。
料理史の針を200年は早めたと言われる不世出の大天才。
ただし、その輝くばかりの功績に比べて、その料理史での活躍は非常に限定的だ。
その名は歴史には燦然と輝いても料理界では綺羅星の様な弟子が活躍する陰に隠れてしまう。
後世には彼が理論派で実践は得意では無かったとする料理史研究家も居るが実際にどうだったかは分からない。
長寿種であり、今なお生きているとも噂される謎多き人物。
ドミヌス・レオポルド・ルベット。
この世にチョコレートをもたらしたチョコレートの父。
また多くの食通を唸らせた料理界最強の男である。
この最強の男が育ったのもまた弟であるユノウスの存在が大きいだろう。
多くの逸話が残り、今なお、歴代最高の料理人の一人として一等星の輝きを歴史に刻む怪物。
史実にはたった一度のみ、この二人の対決があったと記されている。
神の如き男と世界最強の男。
両雄はたった一度のみ、その牙をぶつけ合ったのだ。
もっともその対決の顛末は歴史には語られていない。
ただ最強を決する戦いがあったことのみが記されている。
その戦いの結果を想像し、語るのもまた後世の料理史研究家の楽しみになっているのもまた事実・・・。
◇◇◇◇◇
「し、師匠。結婚するんですか?」
目の前で弟子のパッテンが目を大きく見開いたままフリーズしていた。
その様子に俺は困惑した。
「ああ、そのつもりだが・・・」
「お、」
お?
「おめでとうございます・・・」
「ありがとう」
パッテンは壊れた自動人形の様な不自然な動きで去っていた。
どうした?パッテンよ・・・。
俺が戸惑ってると横でミッシェがあちゃー、という顔をしていた。
何がなんだか分からんな。
「で、ボスはうちの社長と戦うの?」
ミッシェの言葉に俺は頷いた。
「そうだな」
「そりゃ、残念ね。絶対負けるわよ」
おい、断言することないだろ。
「はは!弟が俺と本気で戦う訳ないだろ!きっとこれは接待だ!」
あはは・・・。
だ、大丈夫だよね??
わ、わざと負けてくれるよね!?
「いつものダンディーキャラがブレてるわよ。社長がわざと負けるとかあり得ないわ。負けず嫌いなんだから」
く、ちくしょう。俺の漢気はこんなことで揺らぐものだったのかよ!
負けねぇ。
「弟はそんなに負けず嫌いか?」
「いや、だって、この前の世界戦を見ちゃうとねぇ・・・」
「・・・」
先日に行われたデュエルの世界大会。
ついにあのアルヴィス・ウォーが世界王者になったのだ。
アルヴィス・ウォー。
俺とは学校が違うけど、同学年なんだよな・・・。
学生の世界チャンピオンは史上初らしい。
そんな彼が優勝記念のエキシビジョンマッチの相手に俺の弟、ユノウス・ルベットを指定した事は大きな驚きを持って迎えられた。
その求めに世界戦の観戦に来ていたユノウス伯爵は笑顔で応じて、競技場に立った。
そして、一方的な虐殺が始まった。
5試合先取をユノウスがあっさりと3連勝すると粘るアルヴィス・ウォーの求めに応じて再戦を開始した。
その結果、ユノウスはアルヴィスと無制限の再戦を行い、無傷の20連勝を果たしたのだった。
あれだけの人数の観客があそこまで凍り付くのは初めて見た。
コロシアムは何か見ては行けないものを見てしまったような重苦しい雰囲気に包まれたのだ。
最後の一撃でアルヴィスが気絶していなかったら、どこまでやったのか知らないが・・・。
終始、笑顔で淡々と勝利するユノウスに全員どん引きだったのだ。
ちなみにユノウスは15才。
世界戦には出場資格すらない少年である・・・。
◇◇◇◇◇
「と言うわけでボスが社長に勝てるか会議を開催しまーす」
「わー」
「パチパチ」
「なんだ、このくだらないノリは・・・」
明らかにテンションがおかしい。
俺はがっくりと肩を落としながら話を聞いた。
まず最初に口を開いたのが、喋らなければイケメンと噂のラファエルだ。
・・・何故そう称される男が真っ先に口を開くのか。
残念すぎるだろ・・・。
「俺が思うに痩せれば勝てるよ!人として!彼は童貞だろ!」
おい。
「なんの勝負か分からないので却下します」
「ミッシェ。酷いじゃないか!」
お前は本当に成長したのか、ラファエル!
てめぇ、北に送り返すぞ!
「俺は本気だよ!?」
なお、悪いわ!!
「北に帰れ!!」
「や、やめてくれ、もうパン作りは嫌だ・・・」
何言ってやがる。
お前の才能はどう考えても菓子パン方面だろう。
「待って、確かにその方向で挑発すれば、おもしろいかも」
「そうか?」
「ええ、きっと生きて帰れない・・・ふふ」
・・・。
誰もまじめに考えてないだろう。
俺、もう帰ろうかな・・・。
「わ、私は師匠が勝つと思います!!」
「パッテン!お前・・・」
「師匠!審査員を私にしてください!」
「お前の勝つ見込みはその程度なのか・・・!!」
俺はがっくりと肩を落とした。
すると今まで黙ってた男がついに口を開いた。
「ふふ、俺の出番だな」
「誰だ、このハゲ?」
「ハゲじゃねぇ!!アジだ!!」
そ、そうか、本気で誰だと思ったけどアジさんでしたか。
えーと。誰?
「で、なんだ?どんな方法がある」
「ふふ、相手の苦手な、そして自分の得意分野で勝負するんだ!」
なるほど、一理あるな。
しかし、ユノウスに弱点なんかあるのか?
「なるほど、つまり・・・」
「つまり、豚骨をだな!」
「却下」「ちょっ・」
さて、万策尽きたな。
意味あるのかこの会議・・・。
「そうかぁ!」
「どうした、カティネ」
「ユノウスとか言う奴が凄い料理人なのはなんとなく分かった!でも、れお、もっと凄いところある!カティネ、知ってるぞ!!」
おお、さすが俺の嫁さんだ。
くぅう、やっぱ最後はうちの嫁に助けられる訳だな。
カティネは得意げに胸を張ると言った。
「れお、おっぱいなら負けない!!!」
「「「料理勝負じゃねぇえええ」」」
◇◇◇◇◇
「はー、やれやれ、一体何の会議だったのかねぇ」
まぁ、みんな、俺を気にしてくれたのかもな。
サンキュー、みんな。
俺は調理台を前に積まれた食材を睨んでいた。
料理対決は3品。
スープ料理、メインの肉料理、デザート。
さて、どうやって構築する。
悩む。
悩むが・・・。
く、何も見えてこねぇ。
すると、突然、通信機が鳴った。
俺は慌てて出る。
「やぁ、元気してるか。レオ」
やたらと軽い口調の弟が出た。
「ブラザー・・・お前・・・」
「どうした?随分と落ち込んでいるようだが?」
「そりゃ、てめぇと試合うからに決まってるだろ!!」
「そんなことか。別に公爵なんて今更どうでも良いだろう?」
そう言われて俺はぽかんとした。
いや、まぁ、確かに別に執着しねぇけども・・・。
「まぁ、気にするな。レオが公爵じゃない方が僕も使いやすいし」
「お、お前なぁ」
それが本音かよ。勘弁してくれ。
「いや、公爵云々は抜きにしても、レオとは一度、本気で試合しておこうと思ってね・・・」
本気で試合。
その言葉に俺の心は震えた。
ちっ、たしかにな。
それが一番、今の俺に必要な言葉かもな。
「ほぅ、おもしれえ」
俺は笑った。
そうだな。そうさ。
俺は弟に言い放った。
「いつまでも自分が上に居ると思ってんじゃねぇぞ。ユノウス」
「いい加減下を見てるのも疲れたよ。上がって来い。レオポルド」
はははは!!
上等だ!!
いいね、粋じゃねぇか!
この喧嘩、このドン・レオポルドが買うぜ!
◇◇◇◇◇
時間は過ぎ。
決戦前夜。
俺は最後の仕込みを行っていた。
明日の試合。
ついにあのユノウスと対決する。
そうだな、弟。
てめぇを倒さなきゃ、世界最強も名ばかりよ。
俺は意識を集中していた。
すると一人の少女が不安気な顔でこっちに近づいてきた。
「れお」
「おう、カティネ。おかしなことに巻き込んですまねぇな」
少女は首を振った。
その後、小さく呟いた。
「れお、カティネ。迷惑か?」
おいおい。
「何を言ってるんだ?」
「れお、カティネといると親に嫌われる」
少女の手が不安で震えている。
里を出て一人になったカティネには頼れる奴は俺しかいない。
俺はカティネの頭に手を置いた。
がしがしと撫でる。
「心配するな。カティネ、お前は安心して俺と居ろ」
「・・・分かった」
◇◇◇◇◇
時々、ふと、心残りに思い出す。
思い返す。
幼い頃の思い出だ。
初めてユノウスから柿をもらった日。
あの日以来、俺はユノウスが登っていた木を見上げていた。
あいつはあそこに簡単に登るんだよな。
あそこにはおいしい柿がなっている。
俺にも登れるのかな。
すこしずつ手を伸ばし、手を伸ばし。
それでも何度も滑って、落ちて・・・。
「おぼっちゃま、柿の枝は折れやすいのです!お止めください」
やだよ。
俺はメイドの制止を振り切って何度も何度も挑戦した。
そして、ついに。
「やった!登れた!!」
俺はさっそく柿に手を伸ばした。
「うぎゃぁ!?」
なんだこの渋いのは!?酷い。
苦い。
俺は苦しくなってバタバタした。
枝揺れる。
ああ、危ない!
危ない!!折れたら大変だ!
俺は暫く枝の上にじっとしていた。
何となく渋みがとれて揺れが収まったころ、僕は周囲を見渡した。
遠くに綺麗な夕焼けが見えた。
「良い景色だなぁ・・・」
ぼんやりと思った。
これがいつも、あいつの見ている景色なのか。
あの頃、俺は手を伸ばせば、何にでも届くと思っていた。
それから色々な事が起こって、弟も妹も俺から遠くに行ってしまった。
あの火事の日、王立学校、3校対抗戦・・・。
俺はいつも遠くであいつを見ていた。
今になってふと思う。
いつからかな。
あの木に登れなくなったのは。
上を見ることをやめたのは。
手を伸ばすことをやめたのは。
今の俺は知っている。
俺が伸ばせる手の長さを。
この手をいくら伸ばしても届かないものがある事を。
そして、気づいている。
俺はもうあの木に向かって無邪気に手を伸ばしたりしない事を・・・。
◇◇◇◇◇
決戦の日。
俺は朝から会場入りした。
「へー、もう会場が出来ているなぁ」
それにしても随分と審査員の数が多い。
「よくこのメンバーが集まったな」
その顔ぶれを見て俺は苦笑した。
面子もあり得ない豪華さだ。
聖皇 イノケンティス・ニコラス9世
テスタンティス国国王 ライオット・D・テスタンティス
カタリーナ・A・テスタンティス
ファリ・W・テスタンティス
エルヴァン国大公 クリフト・バーン
テスタンティス国公爵ルーフェス・ルベット
メーリン・ルベット
ミリア・ルベット
その他、貴族
聖人 ユリア・アンネリーゼ
叡智神 オーディン
冥神 ヘル
その他、アリシス、ミルカ、ミーナ、エレス、ユキア、ミッシェ、ラファエル、親方、アジ、クレイ、エヴァン、ユシャン、ヨークソン、その他商会の面子、俺の同級生などなど大勢。
総勢100名以上。
つか、多過ぎだろ。
「料理は全員分作るんだったな」
くぅ、痺れるねぇ。
遠くにユノウスの姿が見える。
随分と余裕の笑みを浮かべているな。
「それでは調理始め!」
◇◇◇◇◇
総勢100人分の料理を作らなければならない。
「師匠、がんばりましょう!」
「ああ」
俺の横にはパッテンが居る。
少女は俺のサポートのシェフに志願してくれたのだ。
他に各部門から厳選した10人のシェフもついている。
この体制で料理を作れるのだ。
破格の好条件だ。
一方、ユノウスは・・・。
「ユノウス社長のサポートについてるのユフィちゃんですよね・・・」
「・・・そうだな」
というか向こうは二人しか料理人が見えないのだが・・・。
何を作っているんだ。
完全なる精緻の料理人と呼ばれるユフィには、今の俺でも同じレシピで戦えば100%勝てないだろうなぁ・・・。
たった二人で100人分か。
ぞっとするほどの速度で作業が進んでいく。
やばい、あんなのを気にしたらダメだ。
「気にしたら負けだぜ。自分の作業に集中しろ、パッテン」
「はい!」
◇◇◇◇◇
双方の料理が完成した。
俺は自分の料理を前に座っていた。
「まずはレオポルドから」
「ああ」
俺は自分の用意したスープを盛り合わせた。
「彩菜5種のポタージュスープだ」
厳選したほうれん草、空豆、カボチャ、馬鈴薯、人参を茹でて甘みを増したものをミキサーに掛けてポタージュにした。
それぞれのポタージュにも個性の違う下味をつけてある。
それを魚介から丁寧に出汁をとって、さまざまな風味を加えたスープの上にムースにして乗せた。
「ほぅ。これは!」
「ミキサーにかけて作った5種類の野菜ムースですか、実に美しい色彩だ!!」
「5種の組み合わせで様々な風味が生まれる。はは、何とも豪勢な味だな!」
「それに下地のスープも。ふむ・・・」
「実に美味だ!!」
「おもしろい」
審査員たちは何度も頷いている。
「前菜を兼ねるスープか。なるほど、たった3品というメニューを考えてか、広がりを持ったスープを用意したのだな」
「ええ」
「おいしいですね。オデンさま」
「そうじゃのー、ってオデンっていうなぁ!!ヘル!!」
「オデンさま、これはなんですか?」
「ふふ、儂様が知らんでか!これはな!5種の野菜ポタージュを個性に合わせてヴィルーテとクレームに仕上げた上でミキサーにかけておるのじゃ。下地はビスクじゃのう。さまざまな野菜をそのまま味わっておる様じゃのう、実に滋味に富んでおるのじゃ!!」
「ほほう、なるほど、さすが便利ですね、オデン様。撫で撫でしますね」
「わ、儂様を便利辞書扱いにするのは止すのじゃ!!」
コースとして考えるならスープとメインでフルコースに匹敵するだけの厚みを持たせる必要がある。
前菜を兼ねるしっかりした食べるスープを作った。
「構成もよく考えてある、すばらしい!!」
審査員の賞賛の声に軽く頭を下げる。
さて、次はユノウスだな。
彼は俺に、にこりと笑うとスープを注いだ。
これは。
「次、ユノウス」
「原始のスープです」
透き通る琥珀色のスープ。
なんの変哲もないオニオンスープに見える。
俺は一口それを飲んだ。
困惑する。
「これは」
どういうことだ。
「塩水?」
一同がユノウスの料理に困惑する。
これが料理界の神と呼ばれる男の料理なのか?
「どういう・・・・・・何?」
クリフト大公が目を見開いた。
「どうしたのです?クリフト大公??」
「味が生まれた」
「え?」
慌てた様子で他のものも料理を口にした。
「これは。なんと極上のコンソメ味・・・!!」
「いや、更に」「待て、どういうことだ!!」
全員がすぐに今、口の中で起こっていることを理解した。
「味が進化していく・・・?」
俺はその料理の正体に気づいた。
いや、この正体は料理ではない。
「教えてください、オデンちゃん」
「ふむ、これは遅延魔法式なのじゃ!って誰が、オデンちゃんなのじゃ!?」
「そう。このスープの中に無数の味の要素を遅延魔法を使って封じ込めました。これらは時間を使い、ゆっくりと融けていきます。無数の味が生まれては消え、いくつものスープが生まれていきます」
「変化するスープだと?」
時間の流れ。
スープに物語を封じ込めたのか。
俺の舌は震えた。
また味が変わった。
美味すぎる。もはや俺のスープなど歯牙にかけないレベルだというのに。
次の一匙は更に上にいくというのか?
スプーンを持つ、俺の手は震えていた。
口に入れる。
「まだ美味くなるのか!!」
くそ。
ここまでの味の理由はなんだ!?
一つに味覚の変化がここまでの美味さと感動を与えているのだろう。
どんな料理でも最大の喜びを生むのは最初の一口。
無限に味を変えるという事・・・。
「新鮮味」という究極の旨味をこのスープは極めている。
そして、無限のスープが口の中で生まれては解け、
消えていく・・・。
どこまで変化するのだ、このスープは。
どこまで進化するのだ、このスープは。
嗚呼、探求の旅が始まる。
ユノウスがゆっくりと呟く。
「では、暫し、ゆっくりと」
魅惑的な笑みを浮かべ告げる。
「最後の一滴まで、この味の探求を楽しんでください」
◇◇◇◇◇
スープの実食が終わった。
俺は彼のスープを飲み終えると溜め息を吐いた。
なんという至福の時間だったことか。
「ブラザー、こりゃ、ないぜ・・・」
これが神と呼ばれるユノウスの料理なのか。
まさに規格外。
食という概念すら変えるような料理だ。
美食というものは結局のところエンターテイメントなのだ。
如何にして喜びを生むか。
く、俺は堅実に行き過ぎた。
こんな化物相手にどうやって勝つっていうんだよ。
「れお」
カティネが不安そうにこちらを見ている。
心配するな。
次は俺の得意中の得意。
肉料理だからな。これでユノウスに負ける訳には行かない。
「次、レオポルド」
俺は自分の皿を差し出した。
「5種牛の一口ミルフィーユ刺しだ」
異なる調理を得て生まれた、色とりどりの肉を層に成るように鉄串で差し、岩塩と胡椒を振って、アロゼした。
異なる肉質の牛種を異なる育成で厳選した牛肉。
異なる熟成法で作りあげた肉、異なる調理法で仕上げた肉。
無数の牛肉の美味さがこの一皿に詰まっている。
「こ、これは、なんと美しい!!」
「美味い!!こんな肉は食べた事がない!!」
「肉の熟成具合もわずかに変えてあるのか!!」
「カリと焼き上げた脂身の肉、ローストした肉、これはドライエイジングを施した肉か。薄い層にこれだけの個性をこのレベルで融合するとは」
「付け合わせのソースもまた絶品だ!」
「オデンちゃん、これはなんてお肉ですか?」
「ふむ、どうやら原種牛を掛け合わせた種牛を使ったらしいのう。さらに脂の刺しの量を飼育方法で段階的に変更させておるようじゃ」
「この試合の為に?」
「んー、特注する時間はないから探してきたのじゃろうのう」
そう、牛を原種から掛け合わせて作った肉の数々だ。
異なる個性を開花させる為に無数の調理方法で仕上げている。
「一口に牛料理のフルコースを味わっているような豊かさ。それで居てこの一体感」
「究極のステーキを味わってる様です」
「組み合わせとソースの違いが串一本一本にまったく別ものにしている」
「オデンちゃん、何でここまでぜんぜん違う料理に仕上がっているのか、分かりますか?」
「ふふ、ヘルは味音痴じゃのう・・・」
「(調子にのってきましたね、おでん)オデンちゃん、おしえてー」
「仕方ないのぅ、仕方ないのー」
「うざ・・・」
「うざい言うなぁ!!これはのう!!香りじゃ!」
「どう言うことですか?」
「まずは肉に成形したのち、それぞれを薫製の様に煙で充満させた室にいれて匂い漬けしたのじゃな。それだけでないのじゃ!アロゼする際のオイル、さらに使用するミネラル岩塩をそれぞれ別々にしておるのじゃ!」
「へー・・・」
「反応薄いのじゃぁ・・・」
「肉牛を極めなければこれほどの物を作る事は出来ないだろう」
「まことに美味なり」
反応や良し。
俺はユノウスをみた。
あいつは笑っていた。
「次、ユノウス」
「はい」
ユノウスは自らの皿を差し出した。
それは・・・。
「罪のステーキです」
ユノウスが出したのは・・・。
ただのステーキだった。
ジュージューと美味しそうな焼き音を立てている。
なんだと?
ただのステーキ??
「これは一体」
名だたる美食家たちがその料理を前に困惑した顔をする。
するとユノウスは全員を制止するように言葉を発した。
「みなさん、フォークを入れる前にステーキの様子を確認してください」
言われて俺はステーキを注視した。
・・・なに?
「まさか」
「おい?これは!?」
ステーキがまるで生きているように脈動している??
「はい、このステーキは今なお生きております。そのことを、皆様努々お忘れ無く、この料理を頂いてください」
ユノウスは言葉の爆弾を投げつけてきた。
一同は騒然とした。
◇◇◇◇◇
全員のフォークとナイフが止まった。
「む、むぅ」
理由は分かる。
それは今、命あるものを奪う背徳感と生きている物を口にするという嫌悪感。
その両方に悩むからだろう。
「何を臆する!我々は今まで美食の名のもと、様々な物を食べてきたのだぞ」
「し、しかし・・・」
後込みする美食家たちを前にクリフトが手を挙げた。
「では、もっとも罪深い、私がまず頂こう」
そう言って、クリフト大公は入念に食に対する感謝の作法を行う。
やがて覚悟が決まったのか、ナイフとフォークを手に持つ。
「頂きます」
ステーキにナイフを入れる。
一切れだけ切る。
彼はその一切れをおそるおそる口に入れた。
「なんと・・・いう・・・ことだ」
クリフト大公は滂沱の涙を流していた。
「ど、どうなのですか?」
「くぅ!私は頂くぞ!!」
堰を破ったように食する者たちが続く。
全員がたった一口でフォークを置いた。
「・・・」
皆、その場で震えている。
震え、涙を流している。
「クリフト大公。何が起こったのです?」
この変化。
まるで毒か麻薬でも盛られているのかとすら思ってしまう。
「そうか、これが・・・」
「これが・・・?」
「愛の味なのか・・・」
どういうことだ。
クリフト大公は何を言っている。
俺が困惑しているとユノウスが笑いながら俺に料理を示した。
「どうした、レオ、食べないのかい?折角の命が冷めてしまうよ?」
そ、その台詞、怖すぎるだろ、ユノウス。
俺は覚悟を決めた。
「分かったよ」
俺は礼を捧げるとステーキを口にした。
俺は震えた。
おい。
「このステーキは」
喉が震える。体が満たされていく。
「この命は・・・食される為だけに生まれてきたのか・・・」
俺の言葉にユノウスが頷いた。
「そうだ。この料理はただ貴方たちに食べて頂く為だけに命を与えられ、生きているのだ」
舌に、喉に、体に、細胞に、まるで愛撫するかのような刺激が生まれる。
望むように生まれ、口にされ、舌としばし戯れ、その望むままに味を変え、喉を優しく潤し、体に入るや栄養になり、血肉になり、体の弱きを癒し、助け、そして、俺自身となる。
まるで無限の母の愛に包まれているかのような。
そんな感動が全身を貫く。
「ユノウス・・・」
俺は泣いていた。
これが。
これがユノウスの料理。
「むぅ、まるで天上の恵み、神の食事マナ、あるいは神の酒ソーマのような尋常ならざる料理じゃのう・・・」
「ふふ、背徳的ですね。今までの料理でここまで生を食べさせる料理はそうそうないのでは?どんな料理でも死を戴くのが基本ですので」
「この料理は俺たちと一体になることに喜びを覚え、無償の愛を与えておる」
「おお、腰の痛みが消えましたぞ!」
「私も実は痛めていたところが!!」
歓喜の声が次々上がる。
・・・っ。反則だろ。
これが料理なのか?料理とはここまでの領域に辿りつけるのか?
俺は・・・こんな料理を作れるのか?
涙を流し、呆然とする俺に対してユノウスが声を掛けてくる。
「レオ、お前は僕の料理から何を感じた?」
俺は失望を乗せて、言葉を吐いた。
「・・・力の差を」
「違うだろ。僕はそんな想いを込めて料理を作ったりしない」
「っ・・・」
「分からないのか?レオ」
「・・・っ」
どういうことだよ。
ユノウス、今更。
俺に手を伸ばすなよ・・・。
「この料理を超えて見せろというのか・・・?俺に」
「僕は神に負けたりしない」
っ、俺は下を向いた。
なんで。どうして。
俺は・・・。
「れお・・・」
カティネが俺を抱きしめる。
「大丈夫だ。れおの料理が一番だ。カティネは知っているぞ」
「か、カティネ・・・」
俺は。
すると、カティネの体がゆっくりと離れた。
「大丈夫だ。カティネは一人でも生きていけるぞ」
何を。バカなことを。
「カティネが里に帰れば、れおは元通りだ。何も問題ない」
「・・・くそ、だせぇ」
俺は立ち上がった。
カティネの頭を撫でる。
「・・・れおぉ」
「心配するな!!カティネ!!俺は負けない!!」
「うん!」
俺は彼女を抱きしめた。
そして、ユノウスに向き合うと言い放った。
「見せてやるよ。ユノウス。俺の最後の一品を!」
「いいだろう、見せてみろ。レオ」
◇◇◇◇◇
「では、レオポルド。デザートをどうぞ」
「ああ」
俺は最後のデザートを配った。
「ラ・アンジュ・ドゥ・ショコラフレだ」
ステーキに湧いて、余韻に浸っていた一同がその新たな料理に目を見開いた。
「こ、これが噂のチョコレートか!」
そう、俺が用意したものはチョコレートだ。
まるで宝石箱のような入れ物に並べられたチョコレートたち。
「ふ、ふむ。早速、食べて見ねば」
審査員たちが物珍しさに心躍らせて口にそれを入れる。
「ほぅ美味い・・・しかし、なんとも」
「ビターですなぁ」
「ええ、甘い味が蕩ろけるとほろ苦い風味が残る。それが何とも言えぬ・・・」
審査員の前に俺は立った。
「料理には思いを込めるものだぜ。俺はユノウスに比べれば、路端の石みたいな料理人だろうさ。それでも想いを伝えることは出来る」
この料理にはたった一つの想い
俺のその言葉にクリフト大公は笑った。
「ほぅ、ではレオポルド。お前がこの想いとは」
俺は笑った。
「カティネへの愛さ」
俺は宣言した。
「俺はたとえこの試合に負けようともカティネを娶る」
そういうことだ。とっくに決めていた。
「公爵は諦めるのか?」
「そうだ」
最初から公爵位に固執してはいない。
今の俺に必要なものは、カティネだ!!
「うむ、その心意気や良し!!!」
俺の言葉に全員が立ち上がった。
そして、会場を埋め尽くすほどに盛大な拍手が鳴り響く。
「ふふ、チョコは恋の味なのじゃ」
「あらあら、素敵な味ですね」
俺の言葉にカティネが目をうるうるさせている。
「れ、れお」
「カティネ。想いは届いたか?」
「うん!!」
よし、来た!!
「よし!じゃ、行くか」
「え?」
俺をカティネの腕を掴むと笑って言った。
「と言うわけで負けるのは嫌なんで去るわ、ユノウス」
はは、ここは逃げるが勝ちだぜ。
俺の言葉に苦笑を浮かべたユノウスが言った。
「はは、レオらしいな。けれど、少し待てよ、レオ」
「やだよ」
「いやいや、僕の最後のデザートを見て行けって」
「なんだと?」
「これが僕の用意した最後の料理だ」
彼は奥を指さした。
「天のケーキだ」
彼のデザートが運ばれてくる。
それを見て俺の目は点になった。
あ、
あん?
俺は大きく口を開いた。
天高くそびえ立つケーキ・・・。
その豪勢過ぎるケーキはどこから見ても、誰が見ても明らかにあれだった。
「おい、てめぇ!?」
「ああ、つまり・・・」
まて!まて!!!!
「結婚おめでとう、レオ」
そう。
ユノウスの用意した最後の一品は超巨大なウェディングケーキだった。
俺は信じがたい状況に自分の父を見た。
「お、親父!?」
「なんだ?」
「し、しょうぶは?」
「俺はあの時、用意した料理人と勝負したら認めると言ったぞ?」
ああ、言ったな。
確かに、一度も勝てば認めるとは言わなかった・・・。
なるほどって、ふ・ざ・け・る・な!
「正直、お前がこんな可愛い娘と結婚できるとは思ってもいなかった」
お、おい。
「まぁ、この人は可愛ければ、女は何でもいいのよ」
「・・・・・・メーリン。・・・ふ、まぁそうかもしれないな」
親父のその言葉に元妻のミリアが実に嫌そうな顔で呟いた。
「この歳にして、漸く開き直ったわ。こいつ」
ミリアとメーリンに冷たい視線を送られても一向に動じてない親父。
あ、ある意味すげぇな・・・。
「いやー、おめでとうございます。ボス」
「一応、おめでとう。ボス」
「お前等全員グルだったのか!!」
「いやー、結婚式の余興って話だったんだけど。さすが、社長、えげつない料理の数々でしたね」
「ぷっ、ねぇ、ラファエル見た?さっきのこいつの顔・・・」
ミッシェ、てめぇ・・・。後で絞める。
「師匠」
「パッテン・・・」
「おめでとうございます!」
「ありがとう」
すると、パッテンは小さなケーキを差し出した。
「これ、お祝いに作りました!師匠に普通のケーキは良くないでしょうから、代わりに食べてください!!」
パッテンのケーキを俺は口に入れた。
はは、希少糖のケーキか。うめぇ。
相変わらずだな。パッテン。
「本当に上手くなったな、パッテン」
「師匠・・・」
「この料理にはお前の想いが詰まってるぜ。ああ、お前の気持ちは受け取ったぜ」
「え?気持ちですか??」
おぅよ。パッテンもまたおっぱいだぜ。
「パッテン、俺の嫁になるか?」
俺の言葉にパッテンの顔が真っ赤になった。
「え、えぇ??」
俺は笑って傍らのカティネに言った。
「俺はモテる男だからな!嫁がたくさん居てもしょうがないのだ!なぁ、カティネ」
「ん?んー、れおはいろおとこだから、しょうがないなぁ」
良し。嫁の許可は貰ったぞ。
「どうだ。パッテン」
あまりの展開にパッテンが目を廻している。
ぐるぐる目で頭を抱える。
「あわあわわ、ええ、あ・・・そ、その・・・」
「パッテン!来いよ!」
「ははい、よ、よろしくです」
良し来たー!!
「と言うわけで、花嫁追加だ!!」
俺の宣言に会場が湧く。
「あいつ、どさくさに紛れて重婚しようとしてるです!殺処分したいです」
「はは、レオらしいな」
「いいぞ!ボス!!」
「パッテン、おめでとう!ボスはしねー!」
「はは、重婚とは豪勢ですなぁ。なぁ、アンネ」
「あら、祝詞を聖皇さまがやるほうが余程豪勢ですよ」
「おっと。ふむ、一人用の祝詞しか用意しておらなんだった」
◇◇◇◇◇
「ここに聖なる神々の祝福があらんこと」
聖皇の祝詞で盛大な式が終わった。
終わった。
俺はもうにやにやが止まらなくなっていた。
これ、あれだろ。
つまり、あれだよな?
初夜が3Pとか俺まじ感涙。
俺は二人の花嫁を抱き寄せると感極まった俺は勝利の雄叫びを上げた。
「両手におっぱいいいいい!!ひゃほぉおおおおおおおおお!!!!!」
ふはっははは、我がモテ道、ここに極めりぃ!!!
「最悪だ、あいつ・・・」
俺は傍らの嫁を抱き寄せると花道を駆けだした。
駆けながら想う。
そうだよな。
諦めなきゃ、手を伸ばし続ければ、
いつか届くだろ。
何度ももがきゃいいんだよ。何度失敗したって。
手を伸ばして、その数を
並べて、
重ねて、
繋いで、
継いで、
接いで、
それで積もっていく物がきっと、きっとあるからさ!!
諦めなきゃ、何度だって手は伸ばせるのだから。
諦めねぇよ!俺は!!
ありがとよ。ユノウス。
てめぇが上に居たお陰で、俺は下ばかり見ないで生きて来れたぜ。
そして、そこで待ってろよ。
もう、下は向かねぇ、上だけ向いて生きてやる!
俺の目標で居てくれよな!!
そして。
「次は俺が泣かしちゃる!」
わはははは。
首を洗って待ってろ!!ユノウスぅ!!!
◇◇◇◇◇
こうして、ユノウスとドン・レオポルドの歴史上唯一の対決は決着が着かず終わっている。
しかし、後世にこの結果は語られず、その真相は歴史の闇のまた闇である。
また、彼らが再戦を果たしたのか、その決着が着いたのか。
その真相もまた歴史の闇の彼方である。
ここでドン・レオポルドに纏わる話はお終い・・・。
もし語られるとしても、それはまた別の物語の、別のおはなしである・・・。