深淵の狭間にあるもの
テスタンティスから遙か南。
封印大陸にほど近い、レーバリオ半島にそれはあった。
石の島の半分以上を占める巨大な大穴。
広さは北海道ほどもある。
そこに僕らはユキアに連れられてやってきた。
「ここが深淵の狭間と呼ばれる天然の超深層ダンジョンだ」
「ここが?」
見た目、ただの馬鹿でかい大穴なんだけど。
しかし、この大きさは凄い。
さすがに壮観だ。
「ほう、まだ遺っておったのか」
オデンが穴を見た瞬間にそう呟く。
「知っているのか、オデン」
「オデンゆーなー!儂様のことは可愛らしくおーちゃん♪と呼ぶのじゃ!」
「知っているというのか、おっちゃん」
「違うのじゃ!!そうじゃないのじゃ!」
オデンが手をぶんぶんさせて抗議した。
よし、絶対にオデンとしか呼ばん。
「ぷぅ、もう良い!良いか、ここはかつて神竜戦争の最後の戦場となった場所なのじゃ!」
「へー」
その後をユキアが継いだ。
「そうだ。ダンジョンに相当して1000層の深さがある。この奥には七魄竜が一柱、尸狗竜の封印された概念核が眠っている」
七魄竜って。
なんでそんな危険な物が野晒しなんだ。
「儂様たちはあれを封じるのに戦力の大半をここで散らしたからのう。嫌な思い出じゃわい」
遠い目をしてオデンがそう告げる。
「どうして、そんな場所に竜核が野晒しなんだ?」
「あの当時の神々は竜を滅ぼす事に成功したものの、自分たちも壊滅被害を受けてしまった。まぁ、世界が滅ぶ寸前まで行ったらしいからな。それで体制を整えるのに50年かかって、その間、ここを放置したらしい」
50年。それだけ被害が大きかったのだろうけど。
「で?」
「50年経って来て見たら、概念核から漏れ出す魔素で魔獣が超凶悪化、神だろうが魔神だろうが誰にも手を出せない状態になってしまったわけだ」
「おい」
どんだけヤバいんだよ、この魔境。
「なんじゃ、使用済み核燃料をそのまま放置したら、ゴジラが量産された様なものじゃな」
「オデン、そういう例え方はやめろ!」
色々なところからお叱りを受けるから!
「とにかく、放置状態のこのダンジョンを攻略して、最終的に深奥にある概念核を回収する。いいな?」
ユキアの言葉に僕は頷いた。
「まかせろ、最強パーティーを用意したからな」
これがユノウス軍最強メンバーだ!
じゃーん。
ユノウスLV315。
ユキアLV1302。
おでんLV2021。
とーるLV1225。
愚王LV245。
・・・。
・・・あ、あれ、おかしいな。
「ぎぃ、私が末席ですネ」
お、おう、そ、そうだな。
あれー。
なんで、僕、ここに居るのかなぁ?
「汝、愚王ファナティクロアとか随分とDQNな名前じゃのー」
「ぎぃ、賢神さまに誉められましタ」
誉めてないぞ。
このオデンは全然誉めていないぞ。
愚王を男に含めるかはさておいて、この男女格差。
酷すぎる。
いや、男の実力はLVでは決まらないぞ。
僕には、そう神に祝福されまくってる男だから大丈夫。
大丈夫!
力は借り物でも、僕さいつよだから!
◇◇◇◇◇
攻略が始まった。
そして、さっそく僕の空気化が始まった。
「く、くそ」
焦る僕の前に敵が現れた。
アビスボアーLV125。5体。
アビスクロアーLV115。3体。
アビスアイLV155。1体。
よし、今度こそ、行くぞ!
「おりゃ」
ユキアの鋼糸が問答無用で敵を切り刻む。
い、一撃で全滅だと!?
高レベルモンスターがまるで塵のようだ。
これは酷い。
くそ!つぎだ、次!
この第一層部分。
敵のレベルは100~150と言ったところだ。
時々、深層から出てくるLV500台のイレギュラーモンスターが混じる程度で安定している。
雑魚はユキアが鋼糸で速攻で片づけてしまう。
鋼糸ずるい!!
グリセリスキマイラ LV512。1体。
お待ちかねのイレギュラーモンスター。
今度こそ僕が・・・・・・。
「つぶすの」
超巨大なハンマーを抱えた幼女が神速で進むとその神槌を叩き込む。
――― 神雷轟槌
神唱魔法式ミュルニルは単純な打撃や雷撃を生む魔法ではない。
そのインパクトによって、対象の物質の箍を外し、電子陽子中性子など全ての物質を支配し、エネルギー化してしまう魔法なのだ。
そのエネルギーはすべてインパクトのパワーに加算される。
打撃によって打撃を重ねる超重打撃。
打撃と共に超エネルギーを生み出す物質崩壊制御魔法。
その一撃をとーるは自在に使える。
僕の目の前で500オーバーの半神獣がぺしゃんこになった。
一撃かよ。
「みんちなの」
ハンマーは掲げて、そんな物騒なことを呟くとーるたん。
お、おう。
確かにミンチだな。
「はんばーぐはすき」
どうやら、トールさまはハンバーグをご所望だ。
「帰ったらな」
「ざんねんなの」
指をくわえたとーるがしょんぼりしながら最前列に戻った。
まさか、あれを食べる気だったのか??
怖すぎる。
「とーる、もともと脳筋で話が通じない奴じゃったが、幼女化してますますかしこさが残念になったようじゃのー」
「そうみたいだな」
まぁ、ステータス上ですら賢さ100ちょいだし、しょうがないのかなぁ。
人間種その他は基本的にレベル上がっても数値の伸びは一律だ。
簡単に表すと
生命力 LV×3
精神力 LV×3
筋力 LV×2
速力 LV×2
魔力 LV×2
知力 LV×2
LV自体が戦神の加護によるものだからだろうが、こういうことになっている。
ところが、神は基礎ステータスや祝福が無い代わりにLVのボーナスに補正がかかっている。
オデンの場合
存在力 LV×2.0 (4042)
顕在力 LV×5.5 (11115)
筋力 LV×0.8 (1616)
速力 LV×0.8 (1616)
魔力 LV×5.5 (11115)
知力 LV×5.5 (11115)
トールの場合
存在力 LV×3.7 (4532)
顕在力 LV×1.6 (1960)
筋力 LV×6.8 (8330)
速力 LV×4.7 (5757)
魔力 LV×1.3 (1592)
知力 LV×0.1 (122)
とーるたん、知力0.1って。
そして、この筋力値ぃ・・・。
「ふむ、時代は脳筋じゃ」
「く、くそ、まだだ、まだ慌てる時間じゃない」
その後もバーサーカーとーるたんとバーサーカーユキアの活躍で対して苦も無く、突き進んでいく。
僕は取りこぼしをちびちび狩って過ごしたよ。
ひもじいです。
「しかし、ひまじゃのー。よし、主人様、儂様とちょっと良いことでも・・・」
「寄ってくるな、オデン!くそ、某邪神に言い寄られてる主人公の気分だ」
「あれ?もしかして呼びました、まひ、っ!?のじゃ!??」
一発殴った。
「いい加減にしろ、このオデン!!」
いまのは危なかった。
ぎりぎりAUTOだったかもしれん。
「ぎぃ、邪神さま、お茶が沸きましタ」
「お、おう」
「ぎぃ、賢神もどうゾ」
「む。汝、中々できるのう」
って、なんでお茶してるの僕ら。
くそ、お茶うめー。
お茶うめー(滂沱)。
「何やってるんだ」
僕らがふて茶し出したのを見て、ユキアが近づいて来た。
「お前、強いのは分かったからこっちにも回せよ」
「そうじゃ、接待プレイを要求するのじゃ!」
僕らの要求にユキアが首を傾げた。
「んー、そういうの向いてないんだよな。私の鋼糸」
「僕たちにも経験値よこせ!!」
「はは!お前も鋼糸使えばいいだろ!」
さらっと無茶をいう。
お茶は有るというのに。
「お前みたいに上手く使えないんだよ!!」
鋼糸って筋力要求量がハンパないんだぞ。
正直、僕の筋力値じゃ内燃魔法で強化してもLV100の魔獣を切り刻むのは無理です。
「じゃ、少し休むか」
「とーるもおかしたいむなの」
とーるたんはそう言って懐からユノウス商会特製ドーナツを取り出すや食べ始めた。
「どーなつおいちぃ」
満足気である。
「お、おう・・・」
休むのか。
まぁ、お茶してた俺らが非難することでは・・・。
「ユキア!!酒飲むな!!」
「ちっ」
こいつ、酔ってると鋼糸の制御ミスることがあるからな。
危険すぎる。
「何というか本当にチームぷれいに向かんのぅ、儂様ら」
言うな、オデン。
やっぱ、戦闘民族集めても協調性が無いよねー。
失敗したなぁ。
歩みを進める。
「しかし、ぐんぐんLVが上がるな」
「嫌みか!」
そりゃ、お前は上がっただろ。
「違う、この経験値倍増くんが凄いなと言っているんだ」
「ふふ、当然じゃ、主人様と儂様の愛の結晶だからのう」
「オデン、変な言い回しするな」
僕らがここに来るに当たって身につけてきたのがこの腕に巻いた黒いバンドである。
これが経験値倍増くんだ。
ニャル汚や竜を研究して、他者を倒した時に竜が経験値を吸収する仕組みを解明し、竜の素材で作り上げたこの一品。
これを身につければ、なんと経験値吸収効率当社比200%!
さらに通常ではレベルアップしないはずの神様でも魔素を吸収出来るようになる優れ物だ。
何というチートアイテム。
きた、きたぞ。僕らの時代が!!
「わはははは」
「わははははじゃー」
「ギィ、喜ばしいことでス」
◇◇◇◇◇
半日ほど進んだ。
しかし、ここって完全にエクストラダンジョンだよなぁ。
普通、ゲームクリア後に来る場所なんじゃないの?
まぁ、最近の秘匿なんちゃらにはクリアしなくても行けるからな。
そういうものか。
敵のレベルが200台に変わってきた。
そろそろ、10階層ぐらいか?
マージン考えるとちょっと厳しいかな。
「蜘蛛がいるのじゃ。捕獲するのじゃ」
「お、馬だ。捕獲しなくちゃ」
「おい、レベル上げはどうした」
僕らの行動を観察していたユキアがそうジト目で告げる。
はっ。
い、いかん、どうしてもお持ち帰りして研究したくなる。
マッドな性が出まくる。
「むぅ」
「どうした、オデン」
「なんか来るのじゃ」
何かって何だよ。
「くるぞ」
お?
神核獣 デスサイズホーン LV4500
「GUUUUUUUUUUUU」
お、おい。神核獣だと?
巨大な体躯の漆黒の曲角獣がこちらを睨んでいる。
「4500!?よし、行け、ユキア!」
「おまえなぁ・・・」
ユキアが鋼糸で馬を縛りあげる。
しかし。
「ぐっ!?」
切り裂けないばかりか、ユキアが引きずられる。
まるでロデオに失敗したカウボーイみたいだ。
「いくの」
とーるが槌を叩き込む。
よし、きた。これでかて・・・。
「かたいの」
効いてない!?
「うむ、どうやら神唱化した表層皮を纏っておるようじゃのう。奴めはここで死んだ神の神遺物を核に取り込んだ魔獣のようじゃのう」
オデンが冷静に分析してる。
それでミョルニルの持つ特性である物質崩壊が阻害されたのか。
とーるたんは神様幼女だからラグナ使えないもんな。
すると、漆黒の馬が僕の姿を見て襲いかかってきた。
おまえ、僕が一番弱そうとか思ってるだろ!
「こっちきた!」
漆黒馬が凄まじい勢いで僕を吹き飛ばした。
僕の姿が消える。
「ギィ、幻影にございまス」
無唱式による幻影を生み出した愚王が笑う。
「ギィ、邪神さま、私が時間を稼ぎまス」
愚王が単身、前に出る。
すると、黒馬の周りを無数の愚王が現れて翻弄する。
ぶ、分身の術・・・。
さすが、忍者ずるい。
「主人様、合わせるのじゃ」
「おう」
僕とオデンが同時に同一魔法式を構築する。
――― 超重連湊・神唱滅槍
無数の神唱で作り出された投槍が黒馬を繋ぎとめる。
一つ一つの神唱に魔法式が宿っている。
「GUUUUUUUUUU」
「よし、動きを止めたのじゃ」
「お前ら、私を範囲に入れるな!!」
引っ張られてるユキアの文句は無視する。
エタ勇者は大丈夫。
ラグナがあるだろ。うん。
「ユキア離脱しろ」
「言うのが遅いっ!!」
次は本当にやばいんだよ。
ほら、逃げろ。
「オデン、準備しろ」
「了解なのじゃ」
オデンが神槍によって生み出された神唱結晶に移る魔法式を繋げる。
――― 神唱大魔法陣
それの完成を見て、僕は手に持った杖を掲げた。
三礼儀賞杖と名付けた、それは。
魔王神、賢神、雷神の体の一部を使って作られた儀式杖だ。
「その叡智を借りるぞ、オーディン」
「主人様の望むままに」
――― 神力顕参・賢神叡智
知力ブースト・10000オーヴァー。
オデンの魔力は神唱大魔法陣に使っているのでここでは借りない。
賢神の知力を受け取った僕は魔力変換の効果で跳ね上がった魔力を行使した。
魔法陣に魔力が注がれる。
たった一度のみ生み出される新たなる神級魔法。
――――神唱大魔法陣・創魔法
――概念式顕在・阿釈迦の顎門
破滅の祈りが魄の回廊までの経路を繋ぐ。
虚無の顎門。
空間が只の黒に染まり広がる。
生み出された黒い顎門が対象を喰らった。
「GUUUUUU!?」
「創造魔法だと!?」
ユキアの驚愕に破壊が重なる。
黒馬は神唱の力を失い表皮を失い、ひび割れが入ったその体躯を振るわせながら、苦しんだ。
わぉ、まだ生きてやがるし。
「しとめるの」
とーるが正に雷光の速さで突っ込むとその巨大槌を叩き込んだ。
神唱が破壊された肉体が物質崩壊の一撃に弾ける。
「砕けるのじゃ!」
「よっしゃー」
僕は絶命寸前の黒馬まで駆けるとその核を掴んだ。
グローブに宿したラグナの力で引き抜く。
それを天高く掲げて、僕は叫んだ。
「神核とったどー!!」
やったぁ、神キャラゲットぉ!
◇◇◇◇◇
その日の攻略は10層部分で終了した。
このメンツで丸一日潰して進行率1%とか、ハード過ぎだろ。
まぁ、良いか。気長にいこう。
僕はべオルググラードに帰るなり、研究室にこもった。
当然、目的は一つ。
「と言うわけで神様復活の儀だ」
「のじゃー!」
「テンション高過ぎだろ・・・」
何故か居る二人を無視して僕は笑った。
オデンは気づいたら、何故か手伝ってたが気にしたら負けなので割愛。
ユキアはコロボックルか、ブラウニーか、座敷童子て感じでこの官舎に住み着いてるので割愛。
「誰が座敷童子だ!」
「酷いのじゃ、がんばって手伝ったのにぃ」
無視する。
さーて、前回は外れだったから今回は当たりを引くぞ。
僕は意気揚々と魔法陣を発動した。
でろー!
いつも毎度おなじみなエフェクトと共に人の姿が現れた。
白髪。
透けるような白い細身の躯。
少女が目を開く。ルビーの様な赤い瞳。
これは。
「で誰?」
「どうも、ヘルです」
軽い挨拶が返ってきた。
ん??ヘル?
へるって。
地獄の女神?
最強の死神じゃん。
つか、悪神じゃん。邪神じゃん。
あれ?これまずいんじゃ。ヤバい?
「かかっ、なんじゃ、お主も死んでおったのか、死神のくせにのー」
「はぁ・・・」
はぁ、って。
オデンの軽い突っ込みに彼女はいまいち焦点のあっていない瞳でぼんやりと呟いた。
ようやく、僕に向き変えると小さな頭をぺこりと下げた。
「どうやら、助けていただいたようで」
「え、いや、ご丁寧に」
なんだ、この状況。
「では職務に戻ります」
「待て!かつて、お前の管理していた魄の庭園はもう存在しないのじゃ」
彼女は無表情のまま停止した。
あ、結構ショックを受けてるっぽい。
「仕事がない・・・なるほど、・・・無職ですか、それは困りました」
困ったんだ。
困ったようにまったく見えない少女は淡々とそう呟いた。
「いや、召還主がおるじゃろ」
「なるほど。では、仕事をください、マスター」
「お、おう。僕の部下になれ」
「分かりました。私はヘル、特技は採魂です」
あっさりと了承したな。
しかし、採魂って、そんな特技がなんの役に立つんだよ・・・。
「ヘル、僕を祝福してくれ」
「はい、では這いつくばってください」
へ?
「どうされました?」
なんか、もの凄いことを要求されたような?
「キスじゃないの?」
「私は地の底の女神。地の底より深きを踏み統べる者。その祝福は相手を地に堕とすことによってなされます」
「なにをする?」
「相手の頭を踏みつけます。ぐりぐり」
ぐりぐり・・・。
え、本気?嘘だろ。
「どうしますか?」
「・・・・・・」
地味に嫌な作業だなぁ。
古神の連中ってこんなのばっかなの?
僕は決めた。
「頼む」
僕は少女の前で平伏した。
く、くるならこいやー!
「では、形だけ」
少女はタイツを脱ぐと、ちょこんと白い足先を僕の頭にのせた。
それですぐに引っ込めた。あら、拍子抜け。
「はは!臆したか!ヘルぅ!」
僕の言葉にヘルは首を小さく傾げた。
「・・・あたまがおかしい?」
うるさい。
これは精一杯の虚勢なのよ。
僕は獲得した祝福をサーチで確認した。
輪廻の再演 生命力・精神力を50%引き上げる。また一日一回のみ魂魄の消失を防ぐ(死亡回避1)
お?これって超強くない??
死亡回避1回とか地味に強スキルだろ。
「まぁ、何にせよ、よろしく頼むわ。ヘル」
「ええ、少し不安ですが、よろしくお願いします」
そう言って少女は頭を下げた。
こうして、死神ヘルが仲間になった。