殺戮者の記憶
※7月12日改訂
ぴとり。
「はぁ、はぁ・・・」
文官の男は呼吸に喘いでいた。
息が苦しい。
動悸が止まらない。
迫り来る恐怖に心臓が軋む。
どうしてこうなったのか。
ぴとり。
「あぁあ」
恐怖に声が歪む。
何故だ。
何故、こんな事になってしまったのだろう。
ぴとり。
くる。近づいて来る。
「来ないでくれ」
ぴとり。
しかし、男の祈りは届かない。
角を曲がって、奴が来た。
ここはどこにも道が繋がっていない。袋小路に逃げ込んでしまった。
嗚呼、逃げられない。
「ば、化け物が!!」
ぴとりっ。
その言葉に異形が動きを止めた。
「ばけものではない。よは かみ、である」
くけ、けけ、け。
けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ
けけ、け。
その化け物が嗤う。
ああ、酷く醜い。
笑み。
ぴとり。
ここで男は恐怖に震えながらも最後の勇気を振り絞った。
化け物に体をぶつけて、突破口を開こうと考えたのだ。
走って、ぶつかり。
そして。
・・・ぽきり。
あっさりと、あまりに呆気なく。
異形に掴まった文官の首があり得ない方向に折れ曲がった。
そこから溢れ出る赤いものを異形は啜った。
猾猾と音が響く。
「あ”あ”、おいちぃ」
異形は笑みを浮かべた。
「うふ、ふ、ふふふ」
ふふ、ふ、ふふ。
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
ふふふふふふふふふふふふ、うふ。
ぴとり。
それはゆっくりと歩き出した。
次の食事を求めて。
◇◇◇◇◇
「つまり、犯人はヤスか」
「何を言っているんですか?ユシャン様の見立てだと犯人は海人です。使われた魔法は大海嘯で間違いないです」
むぅ。
まぁ、ふざけてる状況ではないか。
通信機から出る言葉に僕は顔を歪めた。
海人。
読み方がうみんちゅなら沖縄人だな。
怪人・・・パンツ怪人。
「なんかしょうもないことを考えてませんか?」
「おいおい、この状況でそんなことを考える奴がいるかよ。僕は真面目だぜ」
僕は立ち上がると精神力の回復用に張った精神時間加速結界を切る。
よし、MP充填完了。
あれから30分ぐらいか。
さて、反撃と行こう。
「ん、行くのか?」
隣で海を眺めていたユキアの言葉に僕は頷いた。
「ああ」
海人のいる海賊島の場所ならとっくの昔に掴んでいる。
海路を守る義賊という話しだったがどうやら、悪党に鞍替えしたらしい。
バカな奴だな。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
――― 遠隔視転移
海賊島は沿岸500キロ。
視覚拡張で安全に飛べる距離は空中なら100キロ。
一回でこの距離のジャンプをし続ければ。
この魔法の連続発動で5回分だな。
転移を成功させた僕は重力を制御し、空中に制止すると次の方角を見定めた。
さらに転移する。
さらに転移。
転移。
転移と繰り返して。
僕は海人ハシャーヌの住む島にたどり着いた。
うん、さすがに速い。
かなり強引な手段だが、ここまで所用一分もかからなかった。
魔法の有能性は全く異常だな。
僕は海賊島に降り立つと周囲を見渡した。
視界の隅に港を捉えた。
海賊が出航の準備中のようだ。
この様子ならまだこの港に海人はいるだろう。
間に合った。
僕は魔法式を展開した。
―――凍結地獄
凍結魔法式。
港に止まったすべての船が凍りつく。
「な、なんだ!?」
困惑した様子で海賊が顔を出す。
―――視覚転移
僕は男の目の前に転移した。
「な!?」
無駄に言葉を交わす必要は無い。
さっさと記憶を貰おう。
―――四肢操
―――記憶探索
体の動きを奪うとそれから彼の記憶を読み解いた。
「な・・・にを」
なるほど。
うん。連中の顔や性格や行動など、大体分かった。
では、おやすみ。
―――凍結地獄
凍結魔法式。
男が凍り付くのを見ながら、僕は次の魔法式を発動した。
―――グランサーチ
周囲の位置情報を獲得。
―――完全崩壊
情報に基づき、人以外のすべてを対象にする。
範囲殲滅魔法。
船を、木々を、人をのぞくすべてを破砕する。
「な!?」「うわ!!」
―――凍結地獄
周囲の物質が破壊され、晒け出された人の姿を一瞥すると僕は凍結魔法式を発動させる。
まずは5人。
全部で103人か。
問題はない。
船は潰したんだから、たっぷり時間はある。
さて、ゆるりと潰して行こうか。
僕は周囲を文字通りの更地に変えると歩き出した。
◇◇◇◇◇
俺、ハシャーヌは怒りに震えていた。
自分の生まれた島はすべてが今や無惨に剥げ渡っていた。
アジトが、港が、船が、家が、墓が、木々が、思いでのすべてが。
等しく、塵になる。
部下は見つかるや氷の柱になった。
蹂躙。
破壊。
その破壊の中心には一人の化け物が居た。
まだ幼い子供に見える、その化け物はさして面白くも無さそうに淡々と島を破壊していく。
俺はすでにその化け物に対して一回、戦いを挑み。
破れていた。
俺が全力を持って発動した魔法はその化け物の一睨みで破壊された。
ハジャではない。
あれは。
「後光だと」
震えながら呟く。
空間ごと、魔法を破壊する。
子供の持つあの得体のしれない黒い剣がその力を発現させているように見えた。
いずれにしてもありえない。
「くそ、無茶苦茶だろ」
「ハ、ハシャーヌさま」
敵が来ました。
その言葉を言い終わる前に部下は凍った。
俺の目の前に物言わぬ氷の人柱が出来た。
俺は一歩後ずさった。
くそったれ。
もう逃げられない。
「くそ!!化け物が!!」
子供の姿が見えた。
怒りに任せて、前に飛び出す。
用意した魔法式が簡単に破壊される。
「うぉぉおおお!!」
ならばと振るう拳が、化け物をすり抜けた。
当たる瞬間に化け物が消えた。
瞬間転移魔法だと!?
俺が振り返ろうとした瞬間。
―四肢操
――電磁針
―――封因結界
――――魔解結界
化け物の放った無数の魔法式が一斉に俺を襲った。
体が動かない。
魔法式が編めない。
これは。
「そこで見てな」
「なっ!?」
初めてその子供が呟いた言葉に俺は戦慄した。
このままでは。
すべてがおわる。
しかし。
俺は指一本、動かせない。
俺は恐怖に震え。叫んだ。
「やめろぉおおお!!!」
子供の背中が遠くなった。
◇◇◇◇◇
島が一つ完全に破壊された。
無数の氷の柱となった部下たちの墓標。
すべてが壊され砂となった島。
それらを前に俺は泣いていた。
「くそ、くそぉ」
俺のすべてが否定された。
何もかもが失われた。
もう終わりだ。
俺の野望は潰えた。俺の夢は死んだ。
「くそ!!」
子供は随分とつまらなそうな顔で俺を見下している。
未だ動けぬ俺に向かって魔法を唱える。
―――記憶探索
一体、何の魔法だ?
理解できない俺を前に彼が呟いた。
「妖魔将ネザード?聖魔時代の魔王じゃないのか?なんで、そんな奴が?」
困惑した様子で何かを思案している。
俺は無視か。
俺は叫んだ。
「もう十分だろ!!殺せ!!」
「え、やだよ」
は?
何だと?
俺は餓鬼を睨みつけた。
「てめぇ、ふざけんな!!殺せ!」
「意味が分からん。お前から命令を受ける謂われがないな。はっきり言って不快度指数MAXなんだけど」
「は!まさか、てめぇ人を殺したことがねぇのか!!この甘ちゃんが!!」
とんだ甘ちゃんだ。
嘲る俺の言葉にその子供は眉を歪ませた。
「え、なんで、いきなりそんな煽りに?いやいや、記憶見た感じじゃお前もないじゃん。人殺し」
確かに義賊のごっこ遊びに付き合っていた俺に今まで、その経験は無い。
「だが、俺にはその覚悟があるし、行動は起こした!!」
津波を生み出し、世界を蹂躙しようと考えていた。
「へぇ、そう」
半眼で子供が俺を見ている。
何だよ、その可哀想な奴を見る目は!!
「人も殺せない半端者がいい気になるな!!」
「いやいや、死にたきゃ勝手に死んでくれ」
「なんだと!?」
彼は呆れ顔で呟いた。
「大体、お前は殺せるからという理由で無害な猫や犬を殺して廻る趣味でも持ってるのか?構わないけど、僕にはないな」
俺は無害か!?
「てめえ!俺を猫や犬と一緒にするつもりか!?」
「うん。まぁ、あの魔法は少々厄介だけど」
彼は呆れ顔で言葉を続けた。
「正直、殺人なんて人間の生物的欠陥の発露すぎるだろ。お前は動物が共食いしたら、気持ち悪いと思わないの?それ以前に、人を殺すのが恰好良いとかいうセンスが本当に気持ち悪い」
「てめぇ」
くそ。俺にもっと力があれば!
子供が笑う。
「正直、誰かが殺してくれる世の中の方がずっと優しいよね」
「どういう意味だ」
殺されるのが優しいだと?
「僕がもといた世界なんて誰も殺してくれないから自分で死ぬしかなかったもんな。そっちの方がよほど覚悟がいるんじゃない?」
「そんな意気地のない雑魚と俺を一緒にするな!!」
「殺してくれと相手に懇願しているお前が、か?」
子供は呆れ顔で言い放った。
「人を殺すのに覚悟なんているかよ。必要なのは理由と利益だろ。僕がお前を殺すことに何のメリットがあるんだ?それによっては考えてやっても良いぞ?」
「てめぇ、俺を無価値だとでも言うのか!!」
子供は苦笑した。
「んにゃ、逆だろ。利用価値があるから殺されないのさ」
「な・・・に・・・?」
どういう意味だ?
「ここはべオルグ領だ。お前には罰を与える。国家反逆罪で労役50年だ。反論は認めない。と、言うわけで制約を掛けるが受け入れるか?」
「ふざけるな!!」
子供は詰まらないと言った顔で周囲を見渡すと呟いた。
「あの凍り付けになった部下はどうする?お前が労役に応じるなら、制約を施すことを条件に解放するが」
「なんだと?」
「わかんないか?僕はお前としか、交渉しないと言ってるんだ。お前の決定が連中の運命だ」
「卑怯だろ!!」
「お前が賊長だろ?自分のやったことに責任を持てよ。お前がああやってこうなった。実にわかりやすい末路だ」
そういって島を子供が示す。
この破壊が末路。
「ふざけるな!!」
「お前が提案を受け入れないなら、連中は別に必要ないな。このまま生きたまま、氷漬けかな?」
俺は怒りに震えた。
「てめぇ!」
「さて、お前にはこれをやろう」
子供の掌の中に何かの魔法が生まれる。
漆黒の球体が突如、出現した。
なんだ?
これは??
―――記憶転写・殺戮宴
黒い球体の表面が蠢くと触手のような小さい管が伸び出した。
それが、俺に触れた。
その瞬間。
俺は絶叫した。
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
殺される!ころされる!
首を切って殺される!肺を焼かれて殺される!
血が出なくなるまで肉を削いで殺される!自分の肉を食わされて殺される。すべての骨を砕かれて、転がされて殺される。
干され、晒せれ、鳥に食われて殺される。
殺される!ころされる!!
やめろ。やめてくれ!!!
俺の言葉に黒いの触手が外された。
子供が淡々と告げる。
「これは蛇人の記憶から呼び起こした狂気殺人目録だ」
「やめ・・・ろ・・・」
「言っておくがてめぇが殺そうとした3万人に比べれば、随分と少ない数だぞ。断った場合、こいつを使った殺戮の追体験を永遠にリピートしてやるよ。良い罰ゲームだろ?」
人の悪い笑みを浮かべて彼がそう言う。
「しゅみがわるすぎる」
「お、気に入ったか。じゃあ決定だ」
やめろ。いやだ。
「やめ・・・ろ」
「やだよ」
「たのむ・・・」
「駄目だ」
黒い球体が俺の中に入り込んでいた。
ああ、あああ。
しかし、先ほどのような恐怖は襲ってこない。
お、俺の中に組み込まれたのか?
あの狂気が?
「制約を受け入れろ、ハシャーヌ。すぐにこいつを発動させても良いぞ?」
「あぁあ」
「お前がここで断るなら、この映像を延々と繰り返す。制約を破れば、こいつがお前の心を殺す。逃れるには僕に従うしかない」
「・・・あ・あ・・・」
「返事をしろ」
「し」
「し?」
「したがいます」
「良し」
子供の手が伸びる。
「制約を掛ける」
◇◇◇◇◇
「と言うわけで、海賊島を征服してきた」
「征服ですか?」
僕の言葉にエヴァンが苦笑した。
「ああ。屈服させてきたからな。これで弱かった海軍関係も見通しがたったな」
べオルググラードの海上戦闘能力はかなり低い。
海賊は海上戦闘の人材としては優秀な面子だろう。
強力な制約かかってるから、強制的に命令できるし。
「アルカネの状況を聞いていただけに意外ですよ」
「何が?」
「もっと酷い目にあわせるかと」
いや、結構痛めつけてきたつもりだけど。
いろいろ考慮すると、あれ以上する気にはなれなかった。
「まぁ、僕の個人的な判断でぎりぎり執行猶予かな。未遂だし」
「豹変したからとは言え、それまで海賊島は義賊でしたからね」
そうなのだ。
ほとんど、罪を犯してない初犯。
まぁ、もう二度とバカなことはしないと誓わせて首に首輪つなげればそれで赦すかな。
別に恨みは無い。
しかし、お馬鹿が一人暴走すると津波が起こるとかキチガイな世界観だな。
ヒットラーが核爆弾を持ってるよりはマシかなー。
「任せておいた、貴族の反応はどうだった?」
「上々ですよ。ただ、警戒もされましたがね」
うん。それで良い。
あんまり考えなしの貴族と話しても意味がない。
その方が断然良い反応だ。
と、その時。
「大変です!!」
部下の一人が息を切らして執務室に入ってきた。
おい・・・またかよ。
「今度はなんだ?」
「はっきりとした確認が取れませんが、ウォルドの帝都ヴィードノグが事実上、消滅しました」
僕は目を見開いた。
・・・。
・・・・・・。
「はぁ!!??」




