悪意の海
※注意※
今回は物語の中に津波が出てきます。
東北の震災があり、描写について見るのが辛い、不愉快に思われる方も多いことだと思います。
今回の内容につきましては、次回の前書きであらすじをつけますので、見たくない方はスルーで宜しくお願いします。
やれやれ。
どうしてこうなった。
ライオットは額を押さえながら唸った。
「どうされました?ライオット殿」
「いや、何でもない」
ファリ王女、突然のテスタンティス訪問。
そして、あれよあれよと理由を付けて居座られた。
今や、事実上の大使扱いだ。
「例の話は考えて頂けましたか?」
「お願いする相手が違うとしか言えませんね」
まだ王ではないと断り続けているが、いつまで持つか。
彼女の要求。
ようは援助の要求だ。
支援をどうか、どうかという話だ。
直球だ。
それ故に避けにくい。
しかし、良い手だな。
最重要人物であるファリがこの国に来たことでウォルドに対して手心を加える必要性が出てきた。
その上、厄介なことに。
「学校でそう親しく話しかけられるのも困ります。姫」
そう、ここは学校の広場なのだ。人目もある。
「そうなのですか?」
この少女、一ヶ月前からご学友となった。
居座りついでに王立学院に無理矢理、転入してきたのだ。
やることが早すぎる。
一応、交流のある国の姫君だ。
そんなに邪険にも出来ない。
確かに、実質的に王様とは言え、対外的に見て、ライオットの身分は未だ、学生に留まっている。
そこを突いてきた。
ただ必死になっているだけだろうが、この少女には手段を選ばない怖さがある。
「実はもう一つお願いしたいことがあるのです」
「なんですか。ファリ姫」
「僕と結婚してください」
・・・。
「・・・何を言っているんですか?」
「援助するにしても、その方がウォルドの民は安心すると思うのです。側室で結構ですし、ただの事実婚で構いません。もちろん、この身が必要であれば、どんな形でも差し出します。無理は承知でお願いしたいのです」
それをカードとして切ってくるのか。
思い切りの良さには関心するが、猪突猛進すぎる。
「そこまでする理由がわかりません」
「僕の立場は滅びそうな国の姫ですから」
必死になる理由がそれなら。
やはり納得は行かない。
「そんなに良い国ですか?あの国は」
「正直、そこまで良いとは思っていません」
「ならば」
「僕に責務があるなら、それは民を守ることです」
その一点における高貴さは評価できる。
しかし、その一途さに苛立ちが募る。
「俺は」
我慢できずに言葉が口をついた。
「俺は一番大切な人をウォルドに奪われた。お前たちを許す気はない」
言ってしまった。
しかし、どうせ、いずれは露呈することだ。
「国を潰し、民を殺し、それで溜飲が下りますか?ライオットさま」
どうだろう。ただ罰を与えることを決めただけだ。
それ以上の意味を求めていない。
俺は答えた。
「そうだ」
「では、僕を殺してくださって構いません。それでウォルドをお許しください」
・・・。
頭が痛くなってきた。
何が目的で話しているんだ。こいつ。
「無茶を言う。それで両国の友好などあり得ないだろう」
姫殺しだぞ?
「ですが、許してもらうことが先です。交渉は他の者に任せます」
ああ。
いっそ、この場でこの阿呆を斬り捨てて、それを理由に宣戦布告してやろうか。
苛立ちが募るばかりだ。
「姫。貴方個人への恨みはありません」
「はい」
「だが、やはり、ウォルドへの復讐は果たすつもりです」
その言葉に少女は言った。
「僕を受け入れてくださるのなら、ウォルドも受け入れてください」
「どういう意味ですか?」
「失礼ですが、ウォルド国の姫である僕を恨めないと申すならその復讐、その程度ではないのですか?」
・・・。
俺は天を仰いだ。
まったく、とんでもない娘だな。
怒りを通り越して、呆れだしてきた。
「支援はしないし、宣戦布告もやめる気はない。ウォルドは一度、滅びる」
淡々と事実のみを述べる。
「それは」
「受け入れなさい、姫。その上でその後の事を考えるのです」
「併合の後ということですか?」
「そうです。貴方がそれに向けて動くのなら止めませんよ」
「ですが」
「俺は力があって、意志がある。事はもう止めようがないのです。貴方が民の守護者なら、俺はこの国の意志の体現者たらんと思います。罰を与えるのは俺の意志だけではない。この国の意志でもある」
先の騒動で公爵が殺されている。
貴族議会ももう容赦はしない。
それになにより、ユノウスが動いている。
あいつが動いた以上、隣国が存続する可能性など無いに等しいだろう。
その言葉に少女は突然泣き出した。
「もう、ウォルドは何があっても赦されないというのですね・・・」
「・・・そうです」
「王よ、どうか、一人でも多くお救いください。お願いします、おねがいします」
えらく泣いている。
どうして、この状況で泣けるんだ。
泣くな、ばかもの。
すると、ひそひそ話が聞こえてきた。
(あ、王子様が女の子を泣かせてる)
(ちょっと、見たら駄目だって)
・・・。
ここが学校と言うことぐらい弁えてほしい。
なんの罰ゲームなんだ、これは?
すると、凄まじい勢いで一人の女性がこっちに向かってきた。
ああ。
またややこしくなる。
「らーいくーん♪」
「せ、先輩。誤解です!弁明を!」
カタリーナ先輩が物凄い良い笑顔でにこにこしている。
ああ、これは死んだな。
「ちょっとお姉さんとおはなししようか♪」
◇◇◇◇◇
海賊島。
ウォルドとべオルグの中間地点に近いべオルグ海域にそれはあった。
ちょっとした小島程度の大きさで自然の木々に覆われている。
一見すると、無人島のようだが、よく整備された港があり、見れば、人が生活している痕跡がある事が分かる。
海路には海賊のリスクがある。
これはこの世界の常識だ。
ただ、この周辺の海域を取り仕切る海賊の首領、海人ハシャーヌはウォルド側から金品を得て、海域を通る船舶の警護をする立場にあった。
人に誇れる仕事であろう。
もっとも、先代が取り付けた海上護衛などと言う仕事に海人ハシャーヌは飽き飽きしていた。
何が悲しくて海賊が国に飼われなければならないのだ。
この状況に苛立ちが募る。
ハシャーヌの夢は海賊として、すべての海を統べる存在になることだ。
そのために利用できるものは利用する。
何でも。
その日、ハシャーヌの元に大量の金銀が届いていた。
その量に思わず唾を飲む。
「港から船は出ないのだろう。どうやって届いた?」
「空からこちらのお方とご一緒に」
部下の報告に眉を歪める。
飛騎獣を使ったか。
こんなものを届けてくるとは余程の事らしいな。
使者の娘のアマリとかいう女をアジトに迎え入れた。
楚々とした良い女だ。そそる。
しかし、これはネザードの奴のおもちゃだ。
手を出すのは拙いだろう。
「ネザードさまより、例の件を依頼しにきました」
「そうか。ふん。奴も酔狂だな」
ネザードと会ったのはたったの一回だけだ。
たったそれだけだが、色々なことが分かった。
奴は危険だ。
狂人というより人外。
「同じ人間とは思えなかったな」
あんな男が寄生しているウォルドを哀れに思ったほどだ。
奴が俺に頼んだ事は一つだけ。
つまり、そういうことだろう。
だが、この依頼が来たという事は、つまり、ウォルドにはもう限界が来ているという事か。
どうやら。
このくそったれな仕事を終えて、本業に戻る時がきたようだ。
ならば、面白い。
ウォルドを見限る意味でも、このハシャーヌの名を知らしめる意味でも
意味のあることに思えた。
俺は娘に言った。
「しかし、どうして、ネザードはわざわざお前を寄越したのだ?お前は奴の大切な人形だろ?」
「あの方は私にこういうことの引き金を引かせたいのです」
少女は無表情にそう言う。
こういうことか。サディスティックな嗜好と言うわけだ。
「どう思っているんだ」
「特に、何も」
ふん、どうやら心までお人形さんのようだな。
まぁ、良い。
「こっちにこい」
俺はアジトを出て海に向かった。
複雑な魔法を唱える。
――― 海繭
俺の手に透明なボールが生まれた。
「これが何か分かるか?」
「いえ、魔法の事はわかりません」
そうか。俺は笑った。
「これは種だ。これだけでは意味が無いがな」
「はぁ、何の種なんでしょう」
俺はそれを無造作に海に投げ込むと言った。
「これと同じ物をすでに数カ所に設置済みだ。いまから使う魔法はこれを使用することで本来の何十倍もの威力を発揮する」
「面倒な魔法なのですね」
その言葉に俺は笑った。
たしかにここまで面倒な魔法はそう無いだろう。
しかし、その価値はある。
「ああ、ただし、飛び抜けて強力だがな。他の神級魔法とは破壊のステージが違う」
「はぁ」
俺の自信に少女は無表情に返した。
俺はかまわずに続けた。
「戦略級罠魔法、神級魔法式、大海嘯は一定海域のすべての波を融合し、合成した上で指定領域へ波紋を囲い込み、収束させる魔法だ」
「波を合成?」
理解できないようだな。
それでも説明を続ける。
「本来は任意の方向に大波を起こして船を潰す魔法だ。しかし、エッグを使うと話が変わってくる。複数箇所に設置したエッグが弾けると強大な波と内部波が両方、発生する。これを一カ所で集中する様にし、波を合成する。さらに、アルカネの沿岸には海深の浅い大陸棚が続いているという地形条件を加味すれば、さてどうなると思う?」
少女は目を見開いた。
ようやく感情が動いたな。
「・・・津波でべオルグ領の港町アルカネを消滅させる気ですね」
「そうだ。よく分かったな」
俺は魔法式を発動させた。
――― 大海嘯
海が戦慄いた。
その事に俺は満足気に目を細めた。
都市を一つ飲み込むぐらいの大波を自在に作り出せる魔法使い。
世界が恐怖しないわけがない。
世界が俺に恐怖するのだ。
ここからでは、その惨事までは見えない。
俺が愉快そうに少女を見つめると、彼女は無表情のまま、きびすを返した。
「・・・それでは私は帰ります」
「ふふ、感想をいただこうか」
「・・・さいあくですね」
なかなか良い言葉だな。俺は笑った。
ふん。
これでネザードの奴の意向に沿えたかな?
まぁ、良い。奴の愉悦に付き合うのもこれで終わりだ。
くく。この結果に世界中が恐怖するだろう。
すべての海を統べる者のその一歩にふさわしい花火だ。
俺は海が鳴く様を眺めてしばし、笑った。
◇◇◇◇◇
冬。
S級チャンピオンシップが開幕した。
数日間の日程を終えて、既に最終日が始まっている。
僕はコロシアムに設けられた特等席でその様子を眺めていた。
「東から出て来ますはぁぁぁ、ナーグ国の伝説的デュエリストぉ!!奇跡のリベンジャーぁぁトーラ・ボォォォォカァァアァア!!!」
うわ、あのアナウンサー、すげぇ巻き舌。
癖がありすぎるだけに受け入れられるか、怖いんだけど。
まぁ、面白がって採用したのは僕なんですけどね。
コロシアムには音声拡張器と音声伝達器が設置してある。
べオルグ軍特製だ。
ファンファーレが鳴り響き、吹き出した煙幕から選手が飛び出してきた。
うぉおおおおお。と歓声があがる。
中央には空間にガラス状の氷雪鏡面を作り出す魔法と新たに作られた光投影魔法によって拡大化された登場選手の様子が常時映し出されている。
結構、見栄えは良くなったかな。
イベントスタッフが観客に指示を出す。
観客にマスゲームやウェブをさせて、スクリーンに投影したりして見た。
案外うまくいくもんだな。
それとなく形になればと思っていたが。
試合が始まった。
試合は光記録魔法で保存される。
記録メディアでは無いため長期保存は無理だが一時的に記録された光情報を復元・再演できる。
「ナイデル選手のショットのスピードが出ました!おおっと!時速353キロ!単発魔法式でこれは驚異的速度です!!」
解説を交え、スローモーションで再演される光景に観客が歓声を上げている。
うーん。
スピード観測なんて今までなかったのに一体、何が驚異なのか。
なお、余興でドラコン風に出場選手によるスピードショットコンテストやパワーショットコンテストを行ったがそれもかなり盛り上がった。
そういえば、ナイデルはスピードショットコンテストで優勝してたな。
あの時は時速348キロだっけ?本番に強いんだな。
試合が終わり、最後に選手全員で表彰式。
トロフィーを今大会優勝者のジャック・ジーンが掲げる。
そして、お立ち台ではシャンパンファイトが始まった。
アルコールをぶっかけまくってるわ。
濡れ濡れですな。
うん。
いろいろゴチャまぜだけど良いかな?
いいよね。もう、やっちゃったし。
うわ、グレード選手が脱ぎ始めた。
僕はこっそり指示を出す。
「Aー4スタッフ。彼を会場の外にエスコートしろ」
「こちらA-4。スクリーンアウト処置、了解」
さて、どういう反応かな。
僕は後ろを振り返った。
数人の有力貴族がこのVIP席についていた。
終始上機嫌だった奇天烈大公クリフト。
その他の面子は少々、警戒心を強めている反応だな。
僕らの技術力は確かに驚異だろう。
大公の了解を得て、僕はこの貴族たちに売り込みを行っているのだ。
次の商売の種を蒔くためにここに来ている。
僕は全員を見渡すと言った。
「いかがでしたでしょうか?」
「素晴らしい大会だった。それは間違いない」
これは本心のようだ。僕は笑うと礼を述べた。
「ありがとうございます」
「世界門についても話を持ち帰ろう。技術は素晴らしい」
「是非、お願いしたい」
上手く行くかは微妙だろうが、今はまだその程度で良い。
準備段階だ。
「しかし、本当に竜と戦える軍などあるのか?」
「それにつきましては、これをご覧ください」
僕は光再現魔法を発動させる。
その映像に驚きの声が生まれた。
「これは」
「まさか、幼竜を撃退したのか?」
「ええ、私の軍が昨日撃退したばかりの竜との戦闘映像です」
「にわかに信じがたい」
「同じく」
さて、そろそろ、本題に入ろうか。
と、その時、僕の通信機が警戒音を発した。
第一級のエマージェンシーコールだと!?
竜その他の被害による都市壊滅の危険性??
まじかよ。何が起こった!?
僕は平然とした態度を装いながら、礼をし、言った。
「みなさん、申し訳ありません。火急の用件な様です。エヴァン。後は頼む」
「はい」
僕はその場をエヴァンに任せると転移魔法を使い、べオルググラードに転移した。
◇◇◇◇◇
「来たか!」
戦略会議室。
ヨークソンが緊迫した顔で僕を迎えた。
僕は手短に尋ねた。
「何があった?」
「海上観測班が超規模の内部波を観測した!観測地点での時速500キロ。このまま進行すれば、間違いなく津波になるぞ!」
僕は唖然とした。
「津波だと?地震か!?」
「外的要因は無い!!おそらく魔法による人的災害だ!」
ユシャンが怒りに満ちた声を上げた。
それだけ聞けば、十分だ。
僕は転移魔法を発動させるとアルカネまで跳んだ。
◇◇◇◇◇
転移魔法が成功し、僕は転移印のある官舎に到着した。
扉を飛び出すと屋上を目指す。
「え、領主閣下!?」
「話はあとだ!」
僕は加速魔法で階段を駆ける。
くそ、一旦、外に出て浮遊魔法で飛んだ方が良かったか!
屋上に飛び出す。
この官舎がここらでは一番高い建物のはずだ。
海の様子を確認する。
「うわ、潮がひいてやがる」
明らかな大波の前兆。
やばい。どうする。
このままではもう幾ばくかでこの町を津波が蹂躙することになる。
魔法で対処する。
それは当然として、防ぎきれる保証が無い。
混乱覚悟で自己逃避を促すか。
くそ。迷ってる時間はねぇだろ!
僕は魔法式を唱えた。
大音量魔法に反響魔法。
「べオルグ領・領主ユノウスだ!!もうすぐ大津波がここを襲う!!全員とにかく逃げろ!!!」
とにかく全域に警告を響かせる。
通信機が鳴った。
出るとヨークソンがこちらに一方的に報告を始めた。
「そっちに全部の転送門を接続した。おそらく活動時間は、ほぼねぇが可能な限りの軍人を送って避難活動に当たらせるぞ。いいな!?」
「ああ、そっちで指揮を頼む。僕は魔法で津波をどうにかする」
「おう、頼むぞ!」
そう言って通信が切れる。
さて、どうするか。
魔法は極地的強度は非常に高いが広域をカヴァーするのは実のところ苦手だ。
津波の完全消去には途方もない規模の魔法式が必要になるだろう。
アルカネのは3万人以上の人間が住んでいる。
失敗すれば、かなりの人数が死ぬことになる。
救助に当たる軍人もたくさん失うだろう。
ここまで人の命がかかった状況で魔法を使うのは初めてだ。
覚悟を決めて僕は魔法を唱えた。
――― 遠隔視転移
視覚認識転移魔法。目測確認での転移魔法だ。
まずは海に近づく。
潮が引き、浅瀬が広がっているに転移した。
僕は手を宙に掲げた。
――大魔法陣
巨大な光輪が周囲に広がる。
光系魔法。
敷設型の戦略級魔法陣魔法式魔法の呼び水だ。
要は光で出来た巨大魔法陣を描くためだけの魔法である。
僕を中心に半径100メートルに及ぶ超集積型の多重多層魔法陣が展開される。
魔法陣魔法はまだその技術が未完成な部分が多い。
魔法陣は魔法による回路だ。
僕が普段やっている魔法式を回路のようにつなげてより、高度な魔法を実現させるためのものだ。
つまり、僕の三重加速砲などの魔法も一種の魔法陣魔法なのだ。
光子集積型魔法式は自動計算によって複雑怪奇にその内部魔法式を変化させていく。
魔法規模が僕の要求する規模に達した。
―――― 大魔法陣・極・超重檻
遙か遠くの海上に巨大な重力の檻が出現した。
黒く歪む重力場がその顎門を大きく開き、大海を喰らい始める。
そこに巨大な波が押し寄せた。
偉大なる海が無数の力に蹂躙され、悲鳴を上げた。
くそ、さすがにこの規模の魔法式の制御は妖精式をすべて制御補助に回しても限界ぎりぎりだ。
「くそがぁああ!!」
津波をすべて重力場に納めた。
成功。しかし。
「くっ・・・そ・・・」
あえて収束を掛けずにかき集めた大量の海水を安全に戻るための減衰魔法式に精神力が足りない。
このまま、重力崩壊させてはすべてが無駄になる。
ルナを使ってMPを稼いでも足りない。
なら、この重力球を可能な限り遠くに運ぶか?
上手く行くか?影響が未知数すぎる。
くそ、このままじゃ。
その時。
「がんばれよ。ヒーロー」
そう言って僕の肩に手が置かれた。
その声に僕は首を動かした。
「ユキア」
「私の中の力を使え。ユノウス」
彼女の手が触れたところが熱い。
これ、神力顕参か。
魔王神の強大な力がその手を通して流れ込んでくる。
僕は減衰魔法式を展開した。
水が静かにこぼれ、
海が元の姿を取り戻す。
静かな海を前に僕は盛大にため息を吐いた。
はぁぁぁあ、なんとかなったぁ・・・。
僕はその場に座り込むと呟いた。
「まじ感謝だわ。ユキア」
「お前なぁ、一人であんま突っ走るなよ」
そう言うと彼女は手を僕の頭に置いた。
「だがよくやった」
そう言って、がしがしと頭を撫でる。
うわぁ、なんか恥ずかしい。
「子供扱いは止せって」
「はは、9才も30才も私から見れば、どっちもガキだ」
まぁ、そうかも知れないが。
おっさん、傷つくよ?
ユキアが頭を撫でるのをやめてくれないので僕は渋々そのまま、海を眺めた。
「つか、魚取れるかな?これ」
波に乗ってきた魚は潰れてないと思うが。
海底地形にどの程度の影響があったのだろう。
「おまえ、そこの心配かよ」
いや、超重要だから、そこ。
この港の今後の生活に関係してくることだ。
「圧縮かけない重力制御とかややこしい事してた理由が魚の保護かよ」
「漁民の生活も大事だろ」
鮨が食えなくなるのも嫌だし。
「その結果制御しきれないとか本末転倒じゃねぇか」
「そこはそんなに関係ないから」
魔法式の複雑さはMP消費にそこまで影響はしない。
ただ、レベルの低さが精神力切れを起こした直接的原因なのは否定のしようもない。
それは事実だ。
「あー、やっぱり、レベル上げないと行けないな」
知力特化型なので魔法は問題ないが精神力が足りない状況が多すぎる。
うーん。
幼女神、囲うだけじゃやっぱ無理かぁ。
レベル上げと内政・商売並行とかますます死ねるな。
タスクが多すぎるわー。まじないわー。
「んー、そうだな。そうだ。お前にうってつけの場所がある」
「なんだよ!?何を企んでやがる」
これ幸いと、またなんか酷いことを切りだそうとしてるだろ。
嫌な予感しかしねぇ。
「まぁ、今度の機会にな」
はぁ、面倒な。
「しかし、とんでもない魔法だな」
そうだな。
かなり胸くそ悪い魔法だと思う。
「さすがに元・日本人としてこいつは許容できないな」
やってくれたじゃねぇか。
まじで切れたわ。
良い度胸だな。おい。
犯人は誰だか知らねえが喧嘩売る相手を間違えたな。
「ぶっつぶす」
僕の宣言にユキアが頷いた。
◇◇◇◇◇
私はまだ見慣れない新しい屋敷を歩いていた。
漸く、ご主人のいる部屋についた。
薄暗い闇の中、私のご主人はソファーに横になりながら、血のように赤いワインを傾けていた。
「報告を聞こうか」
私、アマリは目を閉じると言った。
「はい、海人の神級戦略魔法式、大海嘯は無効化されました」
その報告に、ご主人、ネザードは愉快そうな顔をした。
「ほぅ、ほぅ」
その呟きは残念というより、面白いと言った顔だ。
成果にまったく拘っていない。
彼にとってこの魔法式の発動は只の嫌がらせに過ぎないのだろう。
何万という人死にをもたらす魔法すら、ただの余興、嫌がらせに過ぎない。
「ふむ、あれを完全無効化するとは、さすがだな」
ネザードはその事実を愉快そうに笑った。
「初回で幼竜相手に多少苦戦したと聞いたが、あれは竜と言う特殊生命に対する情報不足が招いた一時的な事態に過ぎなかったようだな。
最近、魔団の監視団が見た彼の幼竜を撃退する手際と言い、個体で見た場合の彼の戦闘強度は成竜クラスに比肩すると考えて良いだろうな。
やはり、ここは逃げる方が良いようだな。ふふ」
ネザードには拘りは無い。
ただ、ひたすらに災厄を振りまく最低。
私はその人となりに恐怖しながら言った。
「よろしいのですか?」
このまま、逃げても。
この男に拘りが無いと知りながらあえて聞いた。
「なに。最後のピースさえ揃えば、それで祭りは始められる」
祭り。
彼がなにかを始める為の準備をしていることは知っている。
美学のない、拘りのない男が500年も掛けてやろうとしていること。
おそらく、とんでもないことだろう。
「既に500年の時を待ったのだ。今更焦る必要など無い。じっくり、ゆっくりと七竜大祭の刻を待とうではないか」
七竜大祭。それがなにを意味するのか。
私は知らない。
しかし、この幽鬼のような男がこの世界に対して用意しているらしい遊び。
どれほどの災厄なのだろうか。
私はため息を小さく吐いた。
この世界はどこまで人を裏切り続けるのだろう。
どこまで人を呪い続けるのだろう。
私には、この世界が人を罵り、嘲り、呪い続ける醜い汚物にしか見えない。
この世界には悪意しかない。
もしかすると、滅びるのがお似合いなのかもしれない。
そう思った。